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27話 アゾットタウン その1
しおりを挟む「ここが、アゾットタウンか……」
智司達を乗せた馬車はサーバン共和国領内の街、アゾットタウンへと到着した。ランシール学園を出発してから丁度、3日目の朝だ。塔までの距離はまだ離れており、塔の麓の街とは言っても、実際は少し離れたところに存在していた。
「この地域は霧が立ち込める気候やからな……周辺も湿原地帯になってるし。ソウルタワーからの瘴気とも言われてるけどな」
デイトナと比べると湿度が高い。気温自体はそこまで変化はないが、霧により、街の視界も良いとは言えない状況になっている。年中視界が悪い状態は続いているので、街の人々は慣れている現象ではあるが。
「それでは、私は戻ります。ここからは、トム教官の師にあたる、ランカークスのメンバー、カシム・キルシュトさんが案内をしてくれます。彼は、バンナコッタという宿屋で待っているはずですので」
「わかりました。ここまでのお送り、感謝いたします」
御者に礼を言ったのはサラだ。他の者も軽く挨拶を済ませ、馬車はそのまま走り去って行った。
智司達はすぐに宿屋「パンナコッタ」と探すことにした。まずは拠点の確保をすることが優先と考えたからだ。
「あれかな? 突き当りの……宿屋パンナコッタって書いてあるし」
「近くに停車してくれとったんやな。助かるわ」
馬車の中は広い空間だっただけに、それほど窮屈というわけではなかったが、それでも退屈だっただけに、皆は宿屋でのベッドが恋しくなっていたのだ。
「ナイゼルじゃないけど、私も早くお風呂とか入りたいし」
「同感です、前の街からそれなりに時間も経過していますし」
リリーとサラも自然と足早になっていた。そして、目の前のパンナコッタが近づいて来た時……。
「てめぇ! この役立たずが!」
「うっ……! す、すまない……!」
男に突き飛ばされ、地面に力なく倒れこむ女性の姿が目に入った。パンナコッタから間近の路地の隅での出来事だ。
「ネリスよ。てめぇなんざ、「ジープロウダ」に居るのはお頭の情けだろうが? 本来なら慰み者になるはずが、お頭からの指令はまだ手を出すなだ……! イライラさせやがる」
頬骨が突き出た、細身の男が、女性に怒鳴り散らしていたのだ。さらにその両脇には猿のような二人の人物が立っている。
「といっても、アルガスさん。おあずけが解かれるのも時間の問題でしょ? その時はたっぷりと楽しみましょうぜ! ひゃははははっ!」
「ははははははっ! そうだな!」
「くっ……うう……!」
大通りにも聞こえる程の大きな笑い声だ。柄の悪そうな男が3人と、ピンク色の髪を有している、ネリスと呼ばれた女性が一人だ。耳にもかからないくらいのショートカットが特徴の彼女は、黒いタイツを穿いており、青い柔道着のような服を着ていた。
「ごめん、なんかデルトを思い出した……。いや、さすがに、彼に失礼すぎるかな」
「そうね。あいつは乱暴者だけど、ああいう完全に性根が腐ってるような連中とは違うわ」
「パンナコッタは目の前やけど、見過ごすわけにはいかんよな」
「当たり前ですよ、ナイゼル。見て見ぬふりなんてしたら、友人関係解消かもしれません」
「それは辛いわ。ま、俺が見過ごすわけないけどな」
「ええ、そういう方面での信頼はしています」
4人はそれぞれ口を開き、同じ心境であることを確認した。智司としてはいきなり3人とも殴り倒し、半殺しくらいにしてやりたい衝動に駆られていたが、女性との関係性が不明の為、まずは冷静に話をしようと考えていた。
「そこまでだ」
お約束の言葉と言えるだろうか。智司が先陣を切るように言葉を放った。彼は眉間にしわを寄せて、男達を睨んでいる。男達も智司達の4人に気付いた。
「あ? なんだ、クソ餓鬼ども?」
「それはこっちの台詞だ。こんな路地裏で、女性に酷いことしやがって……。今すぐ離れろ」
「いきなりなんだお前は? アルガスさん、この生意気な餓鬼、どうしちまいますか?」
「ぶっ殺すか……正義面したことを後悔させて……ん?」
アルガスと呼ばれた男は目を見開く。顔中に細かい傷をおった男。黒の五厘刈りの髪型をしており、視線はリリーとサラに向けられていた。
頬骨が出た頬や色黒の肌は場合によってはモテ要素にならなくもないが、すべては不気味なだらしない口元で台無しになっている。
「おいおい……所詮は10代の餓鬼だと思ってたが、良い女連れてるじゃねぇか、ああ?」
アルガスは半笑いになり興奮気味に話し出した。リリーやサラは勿論、智司やナイゼルですらしかめた表情をするほどに不気味な雰囲気を醸し出している。。
「おい、餓鬼ども。女二人を置いて行きな。それで勘弁してやるよ」
「……」
智司は驚く程に雑魚の発言に呆れかえっていた。彼が相対している3人は相当な雑魚に分類される、それは間違いない。
智司の感覚の雑魚というものは強さの指標にはなり得ないが、リリーやナイゼル達から見ても大した連中ではないのは明白であった。
「アルガスさん……! あ、あの……そっちの女……!」
「あ、なんだよ?」
アルガスの部下の一人が怯えたような口調で口を開く。脂汗を流していたのだ。
「そっちの青い髪の女は見たことありますぜ……たしか……!」
「ん? モデルかなんかじゃねぇのか?」
サラはアルガスの言葉に少し嬉しい表情を示す。アルガスは当たり前のように言ってのけたのだ。例え敵であろうと悪い気分にはならない。
智司やナイゼル以外の者達の視点からでも、リリーとサラは非常に美人であることが証明されていた。
「いえ、そうではなくて……もしかすると、この女……天網評議会のメンバーかも……!」
部下の一人の言葉にこの中のリーダー格であるアルガスは度肝を抜かされた。サラに視線を合わせ、汗だくになっている。
「天網評議会だとっ!?」
アルガスは漏洩していた。他国のデイトナからそれなりの距離がある街ではあるが、評議会の名前は知れ渡っているようだ。
「アルガスさん! 評議会の奴を相手にするのは、さすがに不味いですぜ!」
「この女の顔、俺も確かに見たことがあります……! 評議会メンバーがなんでこんな所に……」
アルガスに進言した者とは違う、もう一人の人間もサラの顔には見覚えがあった。アルガスの両脇に居る二人がそのように言っているのだ。最早、間違いがないことはアルガス自身にも伝わっていた。彼の表情は怯えており、歯を食いしばっている。
「ちっ、こんなガキが評議会のメンバーとは、アルビオン王国も人手不足みたいだな!」
「どう言われようとも構いませんが……これ以上、その女性に手出しをすれば、容赦はしませんよ?」
アルガスの負け惜しみの言葉を軽くいなしたサラは、堂々と言ってのけた。アルガスはしかめた顔をより強くしたが、攻撃を開始する気配はない。
評議会メンバーに手を出すことがどれほどの覚悟がいることなのかは、彼自身も強く理解しているようだ。
「お前ら、よくもこんなあからさまな悪事ができるな。正直、呆れを通り越して気持ち悪いんだが……」
智司は心底、アルガス達3人を嫌悪している。中指のデコピンでも倒せる程に彼らとの実力差はある智司だが、手を出す気力を完全に失っていた。
「あ? 評議会のメンバーが居るからって調子に乗ってんじゃねぇぞ、ガキが!」
「ひゃはははは! 虎の威を借るなんとやらってな! ママンが強くないと、粋がることもできないのでちゅか~? いいご身分でちゅね~~!」
アルガスと部下の言葉は智司に容赦なく浴びせられる。サラには頭が上がらない者達だが、智司に対しては非常に強気だった。以前のデルトが可愛いくらいだ。どの地域、どの年代、どんな職業でもこういった輩は存在している。智司はそのように考えていた。
彼ら3人の強さをわかっている智司にはそんな言葉は通じない。最早、彼には聞こえてすらいない状況だ。
智司の内心は非常に穏やかだった。負け犬の遠吠えにしか聞こえていない為だ。敵の正確な戦力は把握していない智司ではあるが、当然自分であれば一瞬で片が付くと考えている。
「アルガスさん、どうしますか? このガキだけでも半殺しにしますか?」
「まあ、待てよ。とりあえずはお頭に報告だ。おい、ネリス」
「えっ?」
ネリスはアルガスに唐突に呼ばれた。彼女はアルガスの方向に視線を合わせるが、その表情は怯え切っている。
「てめぇは今日は野宿だ。帰ってきたらどうなるかわかってるな?」
「……は、はい」
アルガスたちは大笑いをしながらその場を去って行った。智司はその状況を見て、これが現実の世界かと思い知らされる。学園の中に居た以前のデルトなど本当に可愛いレベルだ。
誰の救いもない弱肉強食の世界の現れと言えるのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
ネリスは弱々しく言う。話し方とのギャップが感じられた。
「すまない……巻き込んでしまって……」
「いや、気にしなくていいよ。とりあえず、俺達の宿に来ないか? 野宿はさすがに不味いだろう?」
智司は嫌な顔を全く見せずに言って見せた。彼は辛い言葉には慣れている。自らが過去に浴びせられていたからだ。
襲って来る人間を殺すことに躊躇が無くなりつつある魔神である為に、このような行為も偽善と呼べるのかもしれない。しかし、智司は最低限の人間としての義は失いたいとは思わなかった。
ネリスはアルガスの言葉を気にしていたが、すぐに智司から差し伸べられた腕に縋り付いた。そして……。
「う……うあああああ……」
彼女は涙を流した……。人目を忍ばず、感情のままに泣きじゃくる。智司を始め、ナイゼル、リリー、サラの3人も彼女の涙を静かに見ていた。
決して急かしたりはしない。智司は何を思ったのか、彼女を両手で優しく抱きしめ、静かに泣きじゃくるネリスを介抱した。
「ん?」
「え……? むむ……?」
なんとなく面白くない雰囲気で感情を露わにするリリーとサラ。特にそれ以上なにも言うことはなかったが、智司にとっては今後、寿命が縮まることになるかもしれない行為であったのだ。
そして、一通り泣いた彼女は智司の手から一瞬ではあるが離れる。
「落ち着いた?」
「あ、ああ……本当に、ありがとう。助かった」
「気にしないでいいよ」
智司はネリスの手を優しく持ちながら、彼女をパンナコッタの宿屋まで連れて行った。ネリスはその間、ずっと顔を赤らめていたという。
部屋の予約は既にカシムという人物により完了しており、男2人、女2人の2部屋を確保に取ることができたのだ。ネリスをとりあえず、リリーとサラの部屋へと案内した。
「ごめんね。カシムさんは、あんた達に会う手筈だったんだけど、至急の用事が出来たんで、少しの間、待っててほしいって言ってたよ」
部屋に案内してくれた宿屋の女将さんが智司達にそんなことを話した。彼らはカシムにまだ会えていないのだ。
「至急の用事ですか?」
「なんでも、大陸南方のドラゴンがどうとか……なんだっけ? 冒険者の依頼でそんなのが出てるみたいだよ。組合の方に詳細を確認に行ったんだと思うけどね」
「!!」
智司とサラ、二人の表情がほぼ同時に変わった。智司はどこか余裕のある表情だが真剣なものになり、サラは逆に弱々しくなっていた。
「どないしたんや?」
「いや……なんでもないよ」
「……」
ナイゼルの質問に、智司はすぐに返したが、サラは暗い表情で下を向いたままになっていた。あの時のことを思い出しているのか……智司も彼女の心境を考えていた。
「とにかく、まずはネリスだよ。そっちに座って」
「あ、ああ……わかった」
ドラゴンの依頼も気にすべきことだが、今はネリスが重要だ。彼はネリスをリリー達が寝るはずのベッドへと座らせる。彼女もベッドに座ったことにより、多少は落ち着いてきたようだ。
「カシムさんが来たら言っとくからさ。ゆっくり休みなよ。1階には当店自慢の大浴場もあるからさ! 疲れをビシッと取るんだよ!」
「はい、ありがとうございます。女将さん」
面倒見のよい印象を持つ女将さんはそこまで言うと、彼らの部屋から出て行った。
そして、智司はネリスに向き直る。女将さんこと、ミルザの言った言葉も気がかりではあるが、今はネリスの話の方が気にすべき事柄だ。彼女を放っておくわけには行かない。
「関係のないあなた達を巻き込んでしまって……本当に申し訳ない。それから……助けてくれて、ありがとう」
ネリスは最低限の礼儀を欠いてはいけないと感じたのか、立ち上がり、智司達に深々と頭を下げた。そしてまたベッドへと腰をかける。落ち着きは取り戻しているが、かなり疲弊しているような顔つきになっていた。
「結構、男らしい話し方するのね。意外って言うか」
「ああ、気にしないでほしい。昔からこの話し方で……癖になっているんだ」
ネリスは話し方の割りには態度は弱々しい。今は気弱な印象は受けるが、桃色の短髪が良く似合う彼女は相当な美人だ。リリーやサラにも負けていないだろう。強いて言えば、胸のサイズはやや小ぶりといった印象だが。
「ネリスって何歳なの?」
「私か? 16だけど……」
「ええっ、同じ歳!? もう少し上だと思ってた……今年、16歳よね?」
「ああ、そうだよ」
プロの冒険者の一員として命を懸けている違いなのか、顔つきなどからは20歳以上に見えなくもない彼女。実年齢は智司やリリーと同じである。質問をしたリリー自身も驚いていた。
「それは……喜んでいいのかわからないな。あんまり上に見られるのは女としてもどうかと思うし……悪い気はしないけどさ」
「まあ、悪い意味じゃないし、いいんじゃない? ところでさ、あんたのところのアルガスとかいう奴だけど、なにあれ? 色々とヤバくない?」
リリーは同じ歳とわかったからか、さらにフランクな話し方になっていた。ネリスも特に不快には感じていないようだ。
「なにと言われても……アルガスは……不味い人物というのは同感だが」
「この街に居る集団ってことは冒険者なんか?」
ナイゼルがネリスに問いかけた。アルガスたちとの会話内容からの予想だ。的中していたのか、彼女は静かに頷いた。
「ああ。私も含め、アルガス達もジープロウダという冒険者チームだ……15人ほどのチームだけど、その内の半分はお頭に恩のある人物で構成されてる」
「お頭? ああ、チームのリーダーってこと? 恩ってことは、世話になってるんだ」
「いや、チームのリーダーとは少し違うけど……お頭は……孤児だった私達を育ててくれたんだ。だから、あの人の言葉には逆らえない」
「……」
話の流れが見えたような気がした。アルガスたちの言葉とも一致すると言えるだろう。
慰み者……それがどういう意図を差しているのかは、智司にも用意に想像がついた。彼らの会話はその後、さらに深淵へと進んでいくことになる。
冒険者チームのジープロウダ……彼ら4人が深くかかわる冒険者にして、今後の敵となる存在であることは、彼らはこの時まだ予想していなかった。
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