上 下
23 / 126

23話 天網評議会 その2

しおりを挟む
「アナスタシア様!」

 先ほどまで沈んだ表情になっていたサラだが、会議室に現れた大男にもひけを取らない体格のアナスタシアを見るなり、たちまち生気が戻り始めた。

 同じ女性であり、非常にお世話になっている彼女が近くに現れたことに対する安心感だ。

「やれやれ、美人が台無しさねサラ。ここは危険地帯ではないんだよ? 大丈夫、落ち着きな」

 黒髪を短く切っているアナスタシアは見事な気配りでサラを安心させていく。

 彼女の心中を完全に読んでいるかのような口ぶりだ。アナスタシアは美人な風貌ではあるのだが、男らし過ぎる体格や顔つきから、どうしても格好良いとう言葉が先行してしまう人物であった。

「すみません、ご心配おかけしました……」
「いいさ。あんたも随分と大変な目にあったみたいだからね」

 ニッグとエルメス、ランパードが1体の魔物に成す術なく葬られた。その事態に直面していたサラだ。その時の恐怖は想像を絶することはアナスタシアにも理解できていた。それだけに彼女を労い、落ち着かせることに神経を集中させたのだ。

 そして、サラの顔色が戻って来たことからも、彼女は落ち着きを取り戻したと判断した。

「それにしてもダンダイラム。話はある程度聞いていたけど、相当に不味い事態さね」
「うむ……なにせ、相手は伝説のドラゴン族だからな。私も以前に、亜種に該当するワイバーンを見たことはあるが……真の竜族の存在など、現代では聞いたことがない」

 現在の評議会で最年長のダンダイラムは過去の実績を考えていた。竜族という枠組みには当てはまらないが、竜の派生であるワイバーンは見たことがあった。

 ワイバーンも希少種に該当しており、竜族には及ばないが、かなり危険な魔物として、評議会でも認知されている。

 そして、真の竜族はアルビオン王国が建国される以前に滅び去った存在として認識されている。だからこそ、伝説上の魔物と言われていたのだ。


「王国建国以前の存在である竜族。私でも勝てない存在かい、サラ?」
「……申し訳ありません、アナスタシア様」

 サラは、アナスタシアから目線を逸らして言った。彼女としても信じたくはないことであるが、あのレドンドと名乗る銀竜に、アナスタシアが一人で勝てるなどとは全く想像ができなかった。

 ニッグ、エルメス、ランパードの3人ですら、ほぼダメージを与えられずに殺されたのだから。

「あり得ない」

 そんな時、アナスタシアの後方より男の声が聞こえて来た。アナスタシアはすぐに後ろを振り返る。そこには眼鏡を掛けた、黒髪をオールバックにした男が立っていたのだ。

「なんだ、ネロじゃないのさ。そんなところに立ってないで入ってきな」
「言われなくてもね」

 アナスタシアは線の細い印象を受けるネロに話しかける。ネロは無表情ながらも、そのまま部屋の中へと入って来た。

「なにがあり得ないんだい?」
「僕が負ける可能性が。サラは僕はもちろん、アナスタシアの強さも知らない。実際に、ニッグとの実力差も相当に離れているよ。伝説のドラゴンだなんて肩書きを前に、相手を過大に評価をし過ぎているな」

 ネロは真っすぐにサラを見据えていた。その瞳には一片の曇りすら感じられない。竜族の話を聞いても、ネロは自分の力を全く疑ってはいないのだ。神経質な外見とは正反対の闘志が彼の中には燃え上がっている。

 そして、決して過信ではないほどの気配が彼の肉体からは溢れ出ていた。

「も、申し訳ありません……ネロ様。謝罪いたします」
「サラが謝ることじゃないさね。しかし、ネロは相変わらず自信家だね。もちろん過信じゃないのは分かってるけどさ」
「評議会序列2位。それは、ほぼ最強を意味している。僕が敗れる程の存在が領土内に居るなら、アルビオン王国は崖っぷちに立たされていることを意味しているよ。アナスタシアもそれは理解しているだろ?」

 ネロは軽く眼鏡の位置調整を行いながら、アナスタシアに質問していた。彼の言葉は間違っていない。それはアナスタシアにも理解できている。

「もちろんそうさね。ただし、遠隔監視に長け、敵の戦力把握も得意なサラの言葉だよ? 完全に的外れということもないさね。あんただってそれはわかっているだろ?」

 アナスタシアのネロを諭すような言葉。年齢22歳のネロに対して、32歳のアナスタシア。年長者からの説得力のある言葉でもあった。ネロとしても、サラの能力は認めていたが、彼は敢えて首を横に振った。

「いや、サラの能力を踏まえても、僕が銀竜に敗れることはあり得ない。僕の実力であればワイバーンも討伐可能だからね」

 ネロは以前に翼竜ワイバーンを倒した時のことを思い出していた。大きな枠組みではワイバーンとレドンドは同系統だ。彼はそのように考え、自らが負けることはあり得ないという結論を出した。序列2位の圧倒的な自負と言えるだろうか。

 アナスタシアはこれ以上の言葉は意味がないと考え、話題を変えた。

「とにかく、目下の脅威であるシルバードラゴンの討伐について話し合おうじゃないのさ」
「うむ、そうだな」

 ダンダイラムも頷き、ネロやアナスタシアも会議室の椅子に腰を下ろした。会議は本格的に進められた。

「では、改めてドラゴン討伐に関する会議を開始いたしましょう」

 アトモスが場の空気を変えるように話し出した。とりあえずはネロやアナスタシアがシルバードラゴンに勝てるかどうかというのは保留になった印象だ。

「さっきのダンライラムの提案だけどさ。ヨルムンガントの森のバラクーダたちですら、通常の騎士団員からすれば厳しい相手なんだから、まず徒労に終わるさね」


 アナスタシアは豪快に笑いながら言ってのける。突然変異で生まれ、現在は固有種として認識されているバラクーダやサイコゴーレム。評議会の者達からすれば倒すのに大した苦労はないが、騎士団員からすれば話は別なのだ。

 最新鋭の火器を揃えたとして、バラクーダたちが大量に出て来た場合、どれだけの被害が出るかの予想は容易かった。


「では、どのように対処するのが最善か? 北の公国も控えている状態で、領土内の事象にいきなり最終手段を使うのも不味いだろう。それとも、貴公が説得をするのか?」

「……あいつは気まぐれだからね。いきなり最終手段の投入は控えた方がいいね。アルビオン王国の常勝のための教えは「相手に自らの上限は決して悟られないこと」だからね。その教えがあったからこそ、1000年以上も国家を存続させられたんだろうさ」

 アナスタシアは笑いながら話している。アルビオン王国の教えは現在でも生きているのだ。実際の戦力も非常に高い王国だが、決して底を見せないことで、より敵国を牽制出来る。この教えにより、アルビオン王国は現在の発展を遂げたと言えるのだった。

「他の方法として、アルビオン王国が誇る最強兵器であるナパーム弾。あれを投下して森を全て焼き払うという手段もあるけど……やはり現実味はないさね」

 アナスタシアは冗談半分に言ってみただけではあったが、改めて考えると、そんなことを実現するのは無理があった。

 ヨルムンガントの森は相当に広大であり、全体的な広さは数万平方キロメートルにもなる。その全てをナパーム弾で焼き尽くすことは物理的には可能であっても、現実的ではなかった。

 敵からの反撃や、周辺国家の反応もある為だ。さらに、それを行ったからといって、魔神を倒せる根拠など、どこにもないのだから。

「難しい、けど、建設的な提案がある」
「ホアキン? 言ってみてくれるさね?」
「ああ。他国と協力して討伐、する」

 独特なイントネーションのホアキンは自らの考えを述べた。アナスタシアを始め、他のメンバーも成程、と頷いている。

「なかなか良い提案だ。こちらの戦力の底は見せずに、他国の戦力を削れ、さらにドラゴン討伐の可能性を上げられる。一石三鳥の考えかもしれんな」

 ダンダイラムもその提案には賛成の意志を示していた。アトモスも同じ気持ちだ。


「実現が可能かという不安はありますが、他の国にとってもドラゴンの存在は脅威にしかならないでしょう。試す価値はありそうですな」

 アトモスも賛成とばかりに口を開いた。サラやネロも考えには賛同している。

「しかし、もう一つ、早急に解決しなければならない問題があります」


 アトモスはそこで、咳払いをして話題を変えた。

「弔いをしていない状況ではニッグ達にとっても失礼ではなりますが、評議会のメンバーに欠員が出ているのは不味い状態です。早急な補充が必要になりますね」

 アトモスの言葉に皆が頷いた。ある意味では最優先で解決しなければならない事柄だ。アルビオン王国の教えである「強さの上限を見せない」ということにも抵触してしまう恐れがある。

 彼らの議題は評議会メンバーの補充の件へと移った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

俺の性癖は間違っていない!~巨乳エルフに挟まれて俺はもう我慢の限界です!~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
ある日突然、見知らぬ世界へと転移してしまった主人公。 元の世界に戻る方法を探していると、とある森で偶然にも美女なエルフと出会う。 だが彼女はとんでもない爆弾を抱えていた……そう、それは彼女の胸だ。 どうやらこの世界では大きな胸に魅力を感じる人間が 少ないらしく(主人公は大好物)彼女達はコンプレックスを抱えている様子だった。 果たして主人公の運命とは!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写などが苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

処理中です...