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20話 侵入者 その4

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「こ、こんなことって……! 嘘……! あり得ない……」

 後方待機をしていたサラは通信機から漏れる音と、遠隔監視からの気配で何が起きたのかをある程度把握していた。ニッグ達、3人の評議会メンバーは全滅だ。王国最強の集団である天網評議会のメンバーが3人も一気に殺されたのだ。

「お、落ち着いて……知らせないと……わたしがっ!」

 この場は危険すぎる。サラはすぐに離れることを決意した。早く離れなければ……あの銀の竜は自分など、虫けらのように殺せるのだから。

 心臓が高鳴り過ぎて、気を抜けばそのまま過呼吸で倒れてしまいそうだ。銀の竜との距離はかなり離れている。このまま走り続ければ、追い付かれる前に森を抜けだすことが可能なはず。

「サラ、なにか来る!」
「えっ?」

 サラに声をかけているのは、彼女が展開している風の精だ。彼女の周囲を飛びながら、後ろからの気配を感じ取っいた。迫って来る気配の正体は、レドンドが撃ち出した戯れの一撃。遠距離まで届くように威力を調整した邪念の塊だ。

 その邪念の一撃はレドンドの本来のブレス攻撃から比べると相当に破壊力が弱まっているが、それでもサラにとっては脅威でしかなかった。

「シルエート、お願い!」
「了解!」

 レドンドの戯れの一撃をシルエートと呼ばれた風の精霊は全力でガードした。

「ぎゃっ!! こ、こんなの……!」
「シルエート!」

 風の精霊はマスターであるサラを守る為に全開で風の守りを展開している。だが、明らかに力が足りていない。このままでは数秒足らずでサラまで巻き込まれ、死亡することは明白であった。

「こ、ここまで、なの……?」

 サラは風の精が圧されて行く状況を確認しながら、自らの命がここで潰えることを確信した。この一撃を弾く手立てはない。レドンドからすれば戯れの一撃に過ぎない攻撃であったが、サラにとってはとてつもない威力の攻撃なのだ。

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 サラが死を悟っていた瞬間、1つの影がレドンドの邪念の塊にぶつかって行った。黒の甲冑に白い大鷲を象った文様が施されている。軍事大国である、アルビオン王国の騎士であることを意味していた。

「ハンニバル様……!?」

 サラの前に現れたのは、王国が誇る騎士団を束ねる男。騎士団長のオーラン・ハンニバルだった。

「サラ殿! まだ諦めては行けません! ぐう……なんというパワーだ……!」
「ハンニバル様……」

 白い大鷲を象った、重厚な大剣でなんとかレドンドのエネルギー弾を防いでいる。サラの風の守りとハンニバルの剣。2つの守りでなんとか耐えているといった印象だ。

「生きなければなりません! なにがあったのか詳しくは分かりませんが……恐ろしい程の波動は感じ取りました! 生きて、この非常事態を王国に知らせなければ!」
「……! そうですね……私が知らせなければ……!」

 サラはハンニバルに鼓舞されたことをきっかけに立ち上がることが出来た。そして、全開で風の守りに力を込める。ハンニバルも同じように、力を集中させ、大剣を振り抜いた。

「はああああああ!」

 サラとハンニバルは全身全霊をレドンドの飛ばしたエネルギー弾の迎撃に費やしたのだ。それだけの力を使い、ようやく放たれた一撃を近くの樹木に逸らすことに成功した。大爆発と共に、森林の一部が消滅する。

「はあ、はあ……たった一発のエネルギー弾を弾くのに、これだけの体力を有するとは……なんという化け物……!」

 ハンニバルは先ほど加勢をしたばかりではあるが、既に肩で息をしている状態であった。サラも息があがってしまっている。

「早く離れなければいけません……見つかれば、おしまいです……!」
「分かりました。すぐに森を出ましょう……」

 サラの焦り切った表情を見て、やはりただ事ではないと確信したハンニバル。彼は、サラの肩を持ちながら足早に森の入り口へと走って行った。




「……ふむ、どうやら私の遠距離攻撃は防がれたようだ。戯れの一撃ではあるが……その功績に免じて、今回は特別に見逃してやろう」

 走り去っていったサラ達とは数キロ以上離れた場所に居たレドンドは、サラ達が索敵の射程外に行ったことを感知していた。その気になれば追い付くことも容易なレドンドではあったが、彼はそれ以上追うことはしなかった。

「あまり智司様の屋敷から離れるわけにもいかんな。一旦、戻るとしよう」

 レドンドに与えられた任務は、智司の住処の警護だ。レドンドはこれ以上離れるわけにはいかないと感じ取り、サラを追うことをそこで中断したのだった。



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「あ~、今日も終わったな~。この解放感がたまらんのや」

 放課後を迎えたランシール学園。Sランク教室内ではナイゼルが大きな声で、本日の授業が全て終わったことを喜んでいた。隣に座るリリーも頷いている。

「勉強は嫌いじゃなけどさ。まあ、この解放感は良いわね」
「そうやろ、さてこの後どうしよっかって考えるのが……って、智司? どないしたんや?」

 周りの生徒も徐々に帰る支度を始めている。だが、智司の帰り支度の準備は尋常ではない程に早かった。

「悪い、今日はちょっと行くところがあるから! ナイゼル、もしかしたら寮にも帰れないかも!」
「え、おい! どこ行くんや!?」
「智司? ちょ、ちょっと!」

 今の智司には、ナイゼルとリリーの言葉は耳に入っていなかった。すぐに教室を出た智司は一目散に学園の入り口に向かって歩き出した。

 一旦、ヨルムンガントの森の住処に帰る必要がある。サラの事が心配というのも勿論ではあるが、それ以外にもハズキやレドンドが無事なのかどうかも気がかりであった。

 通信機で話せばすぐにわかることなのだが、この時の智司は焦っていた為か、そのことをすっかりと忘れていた。彼はゲートを設置しているデイトナ郊外に訪れると、すぐに扉を開き、久しぶりの住処へと戻って行ったのだった。
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