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19話 侵入者 その3
しおりを挟む「……竜?」
評議会のメンバーの3人はそれぞれ同時に口を開いた。眼前に見えるは間違いなく竜。前方の木々をなぎ倒し、銀色の巨大な魔物は地面へと降り立ったのだ。その巨体は言わずもがな、何よりも圧倒的な存在感はどのような形容詞でも言い表せないものとなっていた。
「竜族……ドラゴン……? こんなことが……」
ニッグですら、なにか現実ではない物を見ているような感覚になっていた。それ程までに目の前に現れた存在はあり得ないのだ。
「この地は既に……」
「嘘ッ! ……言葉をっ?」
「話しただとっ!?」
迎撃態勢を取っていたはずのエルメスとランパードも目の前の存在が、流暢な言葉を話したことに驚き、攻撃に移ることができないでいた。いや、例えシルバードラゴンがなにも話さなかったとしても、攻撃には移れなかっただろう。
エルメスとランパードの顔からはおびただしい程の汗が零れ落ちていたのだから。
「この地は既にわが主、魔神の領域。下等な生物の立ち入れる領域ではない。失せろ」
シルバードラゴンのレドンドは話し終えると同時に、とてつもない程の咆哮を打ち鳴らした。
「ぐっ……!!」
思わず耳を塞いでしまう程の強烈な咆哮はヨルムンガントの森の全域へと轟いたほどであった。周囲の木々に止まっていた鳥や獣は一斉にその場から逃げ去って行く。
「……今、去るのであれば、見逃してやろう。我が主は無駄な殺生は好まぬ」
レドンドは悠然と語りだす。ニッグを含め、ランパードとエルメスも完全に立ち向かう機会を逃していた。どのように対処すればよいのかを考えてはいる……だが、出て来ないのだ。彼らの戦闘の記憶にも、これ程の魔物と対峙した記憶などはない。
だが、レドンドの言葉により、逆に彼らは開き直ることができた。答えは立ち向かう以外にないのだから。
「凄いこと言われているわよ……去れだって」
「完全に舐められてるな。まさか、ドラゴンなんて伝説上の生き物が現れるなんてよ……! こんな奴がアルビオン王国の領内に存在していたとはな!」
「よし、覚悟は決まったわね。ニッグ!!」
エルメスは後ろのニッグに大声を出した。ランパードは既に恐怖を打ち破り、戦闘態勢に入っている。
「30秒だ、30秒だけ時間を稼げ。俺が決める」
「わかったわ……ランパード!」
「ああ……なんとか持ちこたえるしかねぇな……!」
30秒の攻防戦。エルメスとランパードはレドンドと打ち合うことを決めたのだ。果たして目の前の怪物相手にそんなことが可能なのか? 考えている暇などない、可能性があるのであれば、試すしかないのだ。
「引かぬか……それも良かろう。魔神の眷属たる私の能力を思い知るが良い」
「いいぜ……勝負と行こうじゃねぇか! 弱肉強食の世の中らしく、シンプルにな!」
ランパードはサイコゴーレム戦とは違う、最初からの全開攻撃を繰り出す。先ほどのレドンドの咆哮のように、自らを奮い立たせるおたけびを周囲に拡散させた。
そして、闘気を両腕の拳に集中……サイコゴーレムを粉々に砕ける程の攻撃力を発現させ、レドンドに照準を合わせた。
そして、ランパードの強烈な右ストレートはレドンドの銀の鱗に向かって撃ち出される。
「ふんっ!」
しかし、レドンドは遥かな巨体からは考えられないような速度で身体を反転させ、尻尾をランパードに向けて振り抜いた。完全に後の先の攻撃であったにも関わらず、その速度はたやすくランパードの右ストレートを追い抜き、彼に命中させる。
「ぐわあああっ!」
「ランパード!」
ランパードの右腕は肩の部分から全て吹き飛んだ。血管も潰れてしまったのか、血はほとんど出ていない。
「ランパード! お前、よくもっ!」
その場で倒れこむランパードを見て感情を爆発させるエルメスは涙を目に噴き出しながら魔法を詠唱、レイの魔法を撃ち出した……だが、それよりも早く……
「消えろ」
レイの魔法を撃ち出す直前に、レドンドのブレス攻撃がエルメスを襲ったのだ。強力過ぎる邪念の塊がエルメスに直撃する。
「きゃああ!!」
エルメスは吹き飛ばされ、大木に激突。そのまま、地面へと落下した。微かに動きはあったが、既に声もあげられないのか、身体のあらゆる部分が折れ曲がってしまっている。
「エルメス……!」
ニッグはエルメスが飛ばされたところに駆け寄る衝動を必死に抑え込んでいた。今、ニッグが溜めを解除すればたちまち全滅してしまう。これは確実なことだ。
「何をする気かは知らんが、この二人では私の足止めも不可能だったようだ」
「くっ!」
レドンドはニッグに照準を合わせている。彼の溜めを待つ気など毛頭ない。主人である智司の領域を犯すものには死を。これは絶対であったのだ。
「てめぇ……よくも……エルメスを……!」
「ほう、まだ動けるか」
肩から右腕が吹き飛んでいるランパードは既に戦える状態ではない。だが、それでも彼は立ち上がった。少しでも時間を稼ぐために。死をも恐れぬ闘志を持ち合わせた戦士の姿がそこにはあった。
「ぬあああああ!」
残る左腕に全闘気を集中、最後の一撃とばかりにレドンドに渾身のパンチを繰り出す。だが、今度は見えない程に早い尾撃が、ランパードの左腕を消滅させた。そして、痛みを感じる間もなく、レドンドの強烈な顎が彼の頭を砕いた。
ランパードは死亡した。誰にでも確信が持てる光景がそこには映し出されている。力なく倒れ伏すランパードの亡骸をニッグは後方より観察していた。
「……ランパード、ありがとう」
後方に待機していた評議会序列4位のニッグ。二人の犠牲を糧として、彼は体内に闘気をため込み、それを一気に開放させることに成功した。30秒という、戦闘に於いては命取りになる程の時間……彼ら二人の犠牲があっての賜物だ。
「先ほどの者たちとは比べ物にならんな。私は魔神の眷属レドンド。名を聞こうか」
「天網評議会序列4位、ニッグ・コーストだ。魔神の眷属レドンドか……おそろしい程の災害を目の当たりにしている気分だ」
「災害か……なに、心配することはない。我が主に人間の絶滅という願望はない。その点は安心するがよい……しかし、お主はここまでだがな」
仲間二人がやられた……そんな絶望的な状況で、恨みの対象であるはずのレドンドと普通に会話をしている。ニッグは現在の自分が、あらゆるしがらみから解放されていることを自覚していた。
目の前の伝説上の生き物との遭遇。それが彼の精神を上昇させているのだ。
「残念だがレドンド。俺に死ぬ意志はない。仲間の仇を討って、王国への脅威を振り払うさ。仲間が稼いだ30秒で、決して無駄にはしない」
「やってみるがよい……」
そして、静寂が辺りを包み込む。そして数秒後、周囲の逃げたはずの生き物がさらに遠くへ逃げ去る程の轟音がこだました。ニッグの攻撃は、生み出した闘気による波動砲だ。その攻撃はレドンドに直撃し、周囲の樹木は一瞬の内に消え去ったのだ。
「これが、全力か? 残念だ」
だが、レドンドは波動砲の一撃の直撃を受けたにも関わらず、傷一つ付いていない。そもそもレドンドの周囲を覆っている闘気を貫通していない為に、皮膚まで届いていなかった。
「まだだ!!」
「むっ!?」
波動砲により、姿を眩ませることに成功したニッグはレドンドの頭上からの奇襲攻撃を開始。創り出した剣に闘気をさらに集中させ、一気にレドンドを切り裂いた。
「はあああああああ!!」
「ぬうううううっ」
チェーンソーでも稼働させているような響きで、レドンドの肉体の闘気とニッグの剣が削り合っている。2体の生物の魂の削り合いとでも呼べばいいのだろうか。まさにそんな光景がヨルムンガントの森の一区画で広がっていたのだ。実力の差があり過ぎるとはいえ、魂のぶつかり合いであることに変わりはなかった。そして……。
「……見事であった。私に傷を付けるとはな」
「……ははは、伝説のドラゴンに傷を付けたのだ。あの世で誇れるか……」
ニッグの創り出した剣は衝撃により粉々に砕かれていた。だが、その代償としてレドンドの闘気を一部貫通し、銀の鱗を一枚削り取っていたのだ。満足そうな笑みを浮かべるニッグ。自らの命がここまでであることを悟っていた。最早、一片の力すら残っていない。
レドンドはニッグに敬意を払い、彼の上半身を一気に喰らった。レドンドなりの苦痛のない死を与えたのだ。そして、無慈悲にも、剥がされた鱗は立ちどころに修復して行った。
「レドンド、ご苦労様」
「……ハズキか」
その時、森林の奥から現れた影。赤いチェックのミニスカートと白いブラウスが魅力的なハズキが姿を現した。
「天網評議会と名乗っていたわね」
「うむ……確か、アルビオン王国の組織名だな?」
「ええ、アルビオン王国の最高権力機関。王国トップレベルの者達のはずだけど、どうだったの?」
ハズキの質問は直接的だ。レドンドは目を閉じながら先ほどまで戦っていたニッグ達を思い出していた。
「チームワークはなかなかの者達だ。だが、弱いな」
「でしょうね。でも、王国の最高戦力の強さが分かっただけでも収穫ね。……あら? 一人生きているわよ」
ハズキは瀕死の状態のエルメスの姿を捉えた。微動だにしているが、声すら上げられない程のダメージが入っているのか、彼女はなにもしゃべれなかった。
「だが、致命傷だ。数分程度であの世へ行くだろう」
「あの屋敷だけど、私と智司様だけでは広いと思わない? 丁度、召使いの増量が必要だと思っていた頃だし」
「……助けるのか?」
「大丈夫よ、任せておいて」
ハズキは笑みを浮かべながら、倒れているエルメスの前にやって来た。そして、彼女の頭に手を添える。
「安心しなさい。あなたは死なないわ、これからはご主人様の為に誠心誠意、その能力を使うの。とても喜ばしいでしょ?」
怪しく微笑む妖艶な美少女はエルメスに優しく語り掛ける。エルメスは返す言葉を出せない程に傷ついていたが、そんな瀕死の状態でも恐ろしい恐怖に包まれていることは彼女の身体から流れる汗が物語っていた。そして、エルメスの身体は不気味な邪気に包まれて行く。
「私はもう一人の生き残りを始末するとしよう。どうやらさらに後方に待機していた者が居るようだ」
「そっちは任せるわ」
……悪夢はまだ、終わっていない。
レドンドの包囲網は既にこの場にはなく、はるか後方に待機しているサラに向けられていた。
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