3 / 126
3話 森の支配者
しおりを挟むアルビオン王国の南の大地一帯を覆っているヨルムンガントの森。バラクーダなどの突然変異で生まれた魔物の住処として危険視されている場所ではあるが、その突然変異の発生は何時起きるのかはほとんどわかっていない。
いつの時でも、そういった事態は突然に現れるものなのだから。
「智司さま」
「なに、ハズキ?」
「レドンドからの報告です。この館より数キロメートル先の地点で、強力な波動を感じ取ったとのことです」
智司はハズキからの報告をロビーのソファーに座りながら聞いていた。特に彼にも焦った様子はなく、報告しているハズキも同等だ。
「バラクーダやサイコゴーレムといった魔物じゃないの?」
「はい。おそらくは、突然変異の魔物かと思われます。如何なさいますか? ご命令をいただければ、早急に撃退して参りますが」
「そうだな……まあ、俺が行くよ」
「畏まりました。それではお供いたします」
智司は立ち上がり、そのまま館の外へと出た。ハズキもその後ろをついて来ている。彼女としては智司の強さに全幅の信頼を寄せてはいるが、彼に盾突く存在そのものを許さないといった感情が読み取れた。
「レドンド、場所はどの方向か分かるか?」
「はい、智司様。ここより真北に2キロメートル地点になります」
「よし、ならば討伐に向かうとしようか」
「はっ」
ハズキだけでなく、レドンドも智司の後に付いてくる。水戸のご老公の行列どころではない。常軌を逸した者達の大名行列とも言えるような、強大な闘気が彼らが過ぎ去った後には漂っていた。
そして、2キロメートル地点にて、その標的と相対することになった。
そこに居たのは神々しい雰囲気を纏った、長大な大蛇だ。
白い肉体が美しさすら漂わせている。智司は生まれて初めて蛇という存在にそんな感情を抱いていた。長大な大蛇はレドンド、智司、ハズキの順に目線を合わせた。
「主らから放たれている闘気……人のものではない。伝説の竜を使役する者が居ろうとは……」
本来であれば智司が恐怖する場面ではある。だが、圧倒的な巨体を有している人語を話す存在の方が、智司に畏怖の念を覚えているようだった。
「突然変異の魔物か。こんなに人の言葉を話せるんだな」
「私は突然変異の魔物ではない。1000年も以前から、この大森林を支配してきた存在だ。マザースネークという名前もある。この数百年はほとんど地上に姿を現してはいなかった」
マザースネークと名乗った大蛇は語りだす。自らが王であることを突き付けるかのように。
「主らのような異常な闘気を持つ存在は初めてだ……この私を数百年振りに呼び起こす程の存在……突然変異で現れた者にしては強すぎる。貴様らはどこから来た存在だ……?」
「突然変異、か。ハズキ、俺の転送も突然変異に該当するのかな?」
「そのお考えは的を射ているかもしれません。この世界へ来る際に、そのメカニズムに触れ、この森に降り立った。考えられることです」
智司の考えに同調するかのようにハズキは頷いている。真偽の程はわからないが、そのように考えれば納得の行く事態とも言える。この世界へ転生される中で、自然とヨルムンガントの森へ導かれたということなのだろう。
「まあいい。俺の支配下に入るとも思えないし、始末しようか」
智司の冷酷な一言は、マザースネークに戦慄を覚えさせていた。人間の形を有していない敵などに情けをかける余裕などはない。彼は目の前の大蛇を倒すことに一片の躊躇いすらないのだ。
「やってみるがよい。私は1000年もの間、ヨルムンガントの森を支配していた至高の存在。人の身ではないようだが、私に戦いを挑んだことを後悔させてやろう!」
そして、マザースネークは強大な闘気を内部から拡散させ、周囲の動物たちを避難させる程の影響力を与えた。
最早、戦闘は避けられない。弱肉強食の生業である、強い方が全ての権利を有する状況になっていたのだ。智司としてもそれは願ったりである。この大森林を統べる者との戦いはあらゆる意味で、彼にとってメリットがあると考えられた。
智司はハズキとレドンドに手を出さないようにそれとなく伝え、彼らよりも何歩か前へ踏み出した。
「凄まじい闘気だ。さすがは長年に渡って縄張りを守っていただけのことはあるな」
「ふむ、誉め言葉として受け取っておこう。さあ、来るがよい!」
マザースネークの挑発とも言える言葉。その言葉に智司も奮い立たされたのか、合わせるように闇の力を体内に込め始める。いつでも強力な攻撃が可能な段階へと瞬時に移行していた。
「こ、こんなことが……!!」
長大な主であるマザースネーク。本来であれば、1000年を生きる圧倒的な魔物との戦いだけに、智司が挑戦者になるはずであった。だが、マザースネークの表情はそんなものを無視して一変してしまっている。
「行くぞっ」
そして放たれる魔人の波動。黒い衝撃波はマザースネークを用意に飲み込み、そのまま遥か後方へと誘って行ったのだ。勝負は数秒とかからぬ段階で決まってしまった。
勝利を確信した智司は、どこか寂し気な表情でマザースネークの前へと歩み寄る。
「……まさか、一撃とは」
「がふっ、こんな……ことが……!」
寂しげな彼の表情の理由はマザースネークへの哀れみではない。強力な大森林の支配者のあまりにも弱い実力に対してのものだ。
「智司様。1000年を生き永らえる魔物であろうと、この大森林の覇者程度の狭い支配者では、魔神であるあなた様には到底及ばないということですね」
「みたいだね。まあ、俺の強さの実験台の役割としては役に立ってくれた。感謝するよ」
そう言いながら智司は瀕死のマザースネークに頭を下げた。
「魔神か……その常軌を逸した強さ……。お主たちに支配されるのであれば、この大森林はある意味で平穏が保たれると言えよう……」
最後にそのような言葉を残したマザースネークは、安らかな表情で瞳を閉じ、命の灯を消した。智司たちがこの森林を守る保証などどこにもなかったが、マザースネークの最後の表情は次の者に託す先人の表情と酷似していたのだ。
「智司様。敵の気配は完全に消え去ったようです。如何なさいますか?」
「ああ、戻るとしよう」
「畏まりました」
マザースネークの最後の断末魔の言葉を確認した智司たちは、そのまま振り返り館へと戻って行った。
0
お気に入りに追加
1,310
あなたにおすすめの小説
追放されたギルドの書記ですが、落ちこぼれスキル《転写》が覚醒して何でも《コピー》出来るようになったので、魔法を極めることにしました
遥 かずら
ファンタジー
冒険者ギルドに所属しているエンジは剣と魔法の才能が無く、文字を書くことだけが取り柄であった。落ちこぼれスキル【転写】を使いギルド帳の筆記作業で生計を立てていた。そんなある日、立ち寄った勇者パーティーの貴重な古代書を間違って書き写してしまい、盗人扱いされ、勇者によってギルドから追放されてしまう。
追放されたエンジは、【転写】スキルが、物やスキル、ステータスや魔法に至るまで何でも【コピー】できるほどに極められていることに気が付く。
やがて彼は【コピー】マスターと呼ばれ、世界最強の冒険者となっていくのであった。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる
けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ
俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる
だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが
倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、
どちらが良い?……ですか。」
「異世界転生で。」
即答。
転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。
なろうにも数話遅れてますが投稿しております。
誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。
自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)
朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。
「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」
生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。
十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。
そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。
魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。
※『小説家になろう』でも掲載しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる