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2話 危険視する者たち

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「どういうことだ? ハンニバル?」
「はい、ドルト宰相、先日ヨルムンガントの森のバラクーダを数体討伐したのですが……その時に気になることが」

 初老の人物と黒き甲冑に身を包んだ口髭を立派に揃えた人物が会話をしている。その場所は明かりの灯った会議室のような所だ。

 初老の人物であるアルビオン王国のドルト宰相の表情が変化していた。

 ハンニバルと呼ばれた人物は茶色がかった髪の毛を肩辺りまで下ろしている。男性にしては十分に長髪と言える出で立ちであった。目つきは垂れ目ながらも非常に熱い視線を有しており、甲冑に包まれているが、顔つきは険しく筋肉の鎧を纏っていることに疑いようはなかった。

ハンニバルはアルビオン王国が有する騎士の団長を務めている。ヨルムンガントの森は自国が有する領土の中で、最も南に位置する広大な森林地帯だ。

一応の探索自体は終えている所ではあるが、突然変異の魔物が現れることでも有名であった。

「ヨルムンガントの森の奥地より、奇妙な闘気を感じ取りました……。今まで感じたことのないものであり、突然変異の魔物が新たに出現した可能性があります」
「突然変異の魔物か。貴公がそのように言うとは珍しい。全くの異質の魔物の可能性があるということか?」

 宰相の言葉にハンニバルは頷いた。

「はい。少なくとも、今までのバラクーダやサイコゴーレムといった魔物ではないことは確かです。新種の魔物が誕生した可能性もあるかと」

 ドルト宰相の表情はさらに変化していた。軍事大国として、世界中からも認知されているアルビオン王国。その王国が保有する騎士団の団長であるハンニバルの言葉である。宰相の態度は当然とも言えた。ハンニバルの実力は彼が一番良く知っているのだ。

 ハンニバルが口にしたバラクーダとサイコゴーレムはヨルムンガントの森に生息している強力な魔物である。バラクーダは魚型の形状をしており、サイコゴーレムは石の巨人のような体型を有している。

 それぞれ、プロの冒険者でも手を焼く程の能力を有した魔物であり、バラクーダたちから手に入れられる素材は相当に貴重である。様々な用途に用いられる素材としても有名であり、1体を仕留めることができれば、しばらくは生活に困らない程の資金を調達できるとも言われている。

「貴公の言葉だ。無下には出来ぬ。よし、早急に調査隊を編成しよう」
「調査隊ですか? ならば、私が参ります」

 ハンニバルは責任感に溢れた男でもある。それと併せて、自らが感じ取った気配を合わせた上で、団長クラスの者でないと危険であると判断したのだ。しかし、ドルト宰相はその申し出に首を横に振った。

「いや、この議題は天網評議会にかける必要がある。あの方達で決めていただこう」
「天網評議会に? ……わかりました」

 ハンニバルの表情は一瞬強張ったが、すぐに宰相の言葉に同意を示した。ドルト宰相が口にした天網評議会はアルビオン王国が有する最高の意思決定機関となっている。10名から組織される評議会であり、それぞれがハンニバルを上回る程の実力を有している。それでいて、権力は宰相以上と目される集団でもあり、国王並みの権限を有してもいる。

 宰相の上に位置する組織として結成されているアンバランスな立ち位置であるが、その真の目的は表には出せない暗部としての活動であった。だからこそ、国王とほぼ同じ位置に組織されているのだ。

 ドルト宰相はハンニバルの態度を鑑み、即座に評議会にかける必要があると判断したのだ。それほどの脅威を感じたことを意味していた。


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「智司様、この3日間での情報収集の結果を報告いたします」
「ああ、頼む」

 時を同じくして、智司たちの館。3日間の情報収集より戻ったハズキが智司の前に立っていた。彼は1階の書斎でハズキの報告を聞いている。

「まずはこの地域。ヨルムンガントの森と呼ばれる大森林地帯であり、アルビオン王国の領土となっている模様です」
「ヨルムンガントの森か。アルビオン王国の支配下って言うからには人里は存在していたってことか」
「はい、その通りです。アルビオン王国だけでも人口は500万人を軽く超える規模のようです。ヨルムンガントの森は広大な大森林として認知されており、未知の魔物も突然発生する可能性のある地域のようです」

 未知の魔物の発生……バラクーダやサイコゴーレムも突然変異の魔物には該当していたが、そういった意味では智司も突然現れた強力な魔物に該当していると言えた。

「なるほど、俺達の住処にするには丁度いいかな。それで? 学校みたいな施設はあった?」
「はい、智司様。アルビオン王国が有している最大の学園、ランシール学園が存在しています」


 ランシール学園……当然、聞き覚えのない学校ではあるが、智司の胸は大きく高鳴っていた。

「学園の状況も確認はしております。プロの冒険者を輩出している学園であり、軍事大国であるアルビオン王国の象徴でもあるようです。学生の人数はおよそ5000人、相当な規模で戦闘訓練などが行われているとのことです」
「なるほど、軍事訓練が基本的な学問になっているのか。まあ、そういった場所の方が力はより重視されそうだね」

 智司の有する力……戦闘訓練の学園と聞けば、誰しもが身構える響きではあるが、現在の智司には違って聞こえていた。自らが有する強大な能力……それを存分に発揮することができる場所なのだ。それを確信した智司は笑みをこぼしていた。

「智司様、入学されるおつもりですか?」
「俺は魔人の能力を有している。普通の学園ではおかしくなるかもしれないだろ?」
「ええ、智司様にとってはランシール学園の方が合っているかと思われます。ですが、その学園はアルビオン王国が誇る最大の学園。入学してくる者達も大陸各地、若しくは海を越えた別の大陸からも来ると言われております。慎重になることに越したことはありません」

 ハズキからの万が一の危険を考えた身を案じる言葉。智司としては嬉しくもあり、彼女にお礼をする。

「ありがとうハズキ。十分に気を付けるさ」
「勿体ないお言葉です、智司様」

 ハズキは深々と書斎の椅子に腰をかける智司に一礼をする。智司は彼女の動きを目で追いつつも窓から太陽に照らされている空を見上げた。

 予想通りかなりの規模の人々が生活しているようだ。そんな中に存在しているランシール学園。入学しないなどという選択肢はない。彼の心は期待で踊り狂っており、今すぐにでも飛び跳ねたい衝動に駆られていた。
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