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裏切り者の裏切り
しおりを挟む永久氷山、頂上。今刃と雪香の戦いが始まった。
「死になさい」
「いくら美女の頼みでもそれは断らせて頂く。君は一度私の求婚を断った雪女だね?」
「記憶にないし気持ち悪いから喋らないで頂戴!」
雪香が作りだす氷の竜を刃が次々と砕く。更に雪香は少し息が切れているのに関わらず刃の呼吸は全く乱れていなかった。
(この男。前より強くなってる!?)
「しかし!今から私の嫁になるというのなら話は別だ。君が私の三十七人目の嫁になるなら君の頼みを聞いてあげよう」
「死ね」
「ハッハッハッ!なるほど気に入った!君は必ず我が三十七人目の嫁にする!」
「なんでそうなるのよ気持ち悪い!あと三十七人目強調し過ぎて気持ち悪いわ!今すぐ呼吸を止めて死になさい!!」
雪香が刃の周りを凍らせると同時に恭平と遥香が物陰から飛び出し刃の首にクナイと黒く鋭い爪で攻撃した。
「ん?その程度で私の首が取れるとでも!?」
「うわゎ!衝撃波ッスか!!」
「危ねぇ!無事か!?」
突然の衝撃波に吹き飛ばされた遥香を恭平がお姫様抱っこをしながら凍った地面に着地する。
「む!君達!何私の前でイチャイチャしているんだね!その女の子は初めて見るけど顔を私に見せてくれ!可愛かったら私の三十八番目の嫁にする!」
「誰があんたなんかに見せるかバーカっス!!」
遥香は恭平の後ろで素早く黒いマスクを装備し、顔を隠した。今の遥香は全身黒い服を着て黒いマスクで顔を隠しているので本格的な忍者の姿をしている。
「その体のラインからして君は美女!私の三十八番目の嫁決定!」
「殺すっスよ!?」
「そうじゃそうじゃ!遥香たんはワシの嫁じゃぁ!!!!」
「あんたまだいたっスかぁ!話がややこしくなるので出てくんなっス!!」
「断る!ワシは今や思念体じゃから体もないし遥香たんとイチャイチャ出来んがワシの遥香たんを狙う輩を許しておけるわけないじゃろ!!」
そう言いながらオレンジ色の小さい球体が遥香の周りを飛ぶ。この球体こそ武神タケミカヅチの魂である。遥香の危機(そうでもない時も)に現れる神さまなのである。
「まあそれでも、私達の思い通りに動いてくれたことは感謝してあげるわ。死になさい」
「ん?何を」
刃が雪香に視線を向けるとそこには黒い炎を腕に集めた悠馬の姿があった。
「黒炎の咆哮」
悠馬が放った渾身の一撃が刃の姿を焼き払った。
◇
「あれは!悠馬君の炎!」
永久氷山から離れた森の中。美樹は永久氷山から放出された黒い炎を見ていた。
(お姉ちゃん!悠馬さんの炎が見えたって事は剣の勇者は既に永久氷山に行ったんだよ!早く助けに行かないと)
「待って。ここで私が悠馬君を助けにいったら私が勇者の裏切り者だと確信を持たれてしまう。でも剣だけでなく弓と槍の勇者も向かっているのなら悠馬君達の勝機は薄い。どうしたら」
「迷っているの?悠馬君を助けるべきか私に信頼されるべきか」
森の奥から声がした。美樹は突然の問いかけに驚きながらも戦闘態勢を取った。何故なら、その声にとても聞き覚えがあったから。
「こんちには美樹。こんな所で何をしてるの?」
「白、様」
そう。その声の正体は刈谷白。美樹にとっては最大にして最強の敵だ。
「別に悠馬君を助けにいってもいいんじゃない?どうせ裏切り者だってバレてるんだし」
「一体いつから?」
「あなたが魔王城から逃げてきた三日後には確信があったわよ?」
(そ、そんな早くから!?)
緑は驚きの声を上げるが美樹はそんなことはしない。既に分かっていたことだ。白に自分の正体がバレていることなど百も承知。むしろここまで黙っていた事に感謝している程だ。
「どうして勇者長様に言わなかったんですか?」
「あら分かりきったことを聞くのね。それは」
白の一言一言に恐怖を感じる。白のたった一つの仕草に死の恐怖を感じる。今の白に美樹が勝てるはずがなかった。
「面白いからよ。私は効率とか成果とかはどうでもいい。皆んなの指揮を上げたり職業柄そんなことを言ったりはするけれど本当はそんにのどうでもいいの。私は面白いと思った事だけ自分から動いて、自分が教えない方が面白いと思ったものは教えないのよ」
「なるほど。流石ですね」
「そう?ありがと」
美樹は震える体をなんとか抑えながら一言を絞り出した。なるほどという一言を出すのに時間がかかる。体が今すぐ逃げろと言っているようだ。
「逃げないの?死んじゃうわよ?」
「!!逃げませんよ」
美樹の思考が読まれたかの様なタイミングでの発言。白は確実に美樹の心を読んでいた。そして白は間違いなく美樹とのやりとりを楽しんでいるのだ。
「あなたが逃げないのはつまらないわね。今すぐ尻尾を巻いて逃げ出せば命だけは助けてあげると言ったら、あなたは逃げる?」
その言葉に心が揺り動かされる。助かる。今逃げれば生きていられる。でも、それは悠馬を裏切る事と同じ。
「それは違うわよ。あなたが悠馬君を助けに行っても何もできないわよ?あの三人はあなたより遥かに強い。あなたが行っても足手まといだわ」
確かにそうかもしれない。だけど、悠馬にこの事を聞かれれば裏切ったと思われてしまう。
「そんな事にはならないわ。悠馬君はあの三人に負けたら新しい勇者になるんだもの。関係ないわ」
そうか。それなら・・・
(ダメだよお姉ちゃん!それじゃあこの世界は変わらない!ずっとこのままでいいの!?)
「別に構わないでしょう。あなたの生活が苦しいわけではないのだもの」
そうだ。それなら別に世界などどうでもいいのではないか?だって、
(それだけじゃない!ここで逃げたらもう二度と悠馬さんに会えないよ!)
「は!そうね!それは嫌!危なかったわ、ありがとう緑ちゃん!」
美樹が意識が戻った様に体をピクリと動かし言葉を出した。先程までの幻術をなんとかはらえたうだ。
「しかし、厄介な能力ですね。今回は一体なんの光を使ったんですか?」
「あら心外ね。私は光を使っていないわよ?おっと、話がズレてしまったわ。話を戻してもいい?」
美樹と緑は先程よりも深く意識を保つ様に深呼吸をして首の縦に振った。
「じゃあ続けるわ。今あなたが逃げるか逃げないかの話をした結果あなたは逃げないと選択したわ。なら次の二択なら、あなたはどっちを選ぶ?」
「それはどんな?」
「今あなたがもう一度私に忠誠を誓うなら、あなたの裏切り行為は水に流して、もう一度あなたを勇者にしてあげると言ったら、あなたはどうする?」
「もう一度勇者に?」
「そう。美樹も今の状況は理解しているでしょう?悠馬君達がどんなに必死になっても、悠馬君、メドゥーサ、ケルベロス、クノイチ、あの忌々しい娘だけでは三人の勇者には勝てないわ。つまりあなたがどんな行動をしても悠馬君に勝ちはない。ここまでは分かる?」
白の何故か詳しい説明に悠馬は負けないと反論したい所だが美樹はグッと堪えて頷いた。
「そんな顔しないの。今は悠馬君が勝つ確率を無くしてるだけよ。もし悠馬君が三人を撃ち倒したならまた悠馬君に手を貸せばいいでしょ?」
美樹は顔に出ていたのかと自分の顔を触った。触っただけでは結局分からなかったが多分出ていないはず。
「で、悠馬君は負けたら私に勇者にされる。あなたはここで勇者に戻る。なら悠馬君と離れ離れにはならないでしょ?」
「確かにそうですが、それでは世界は変わりません。結局勇者が世界を支配している現状の打破は出来ない」
「そう。じゃああなたは本気で世界を変えたいの?」
「へ?」
白の思わぬ一言に素っ頓狂は声が出た。しかし考えてみると、美樹が悠馬に協力したのは悠馬が好きだからで、決して世界を変えたいからではない。それはただの悠馬の受け売りだ。
「それに私が勇者にしたいのは悠馬君だけ。メドゥーサや娘は死んでいなくなるのよ?あなたにとっては嬉しいことでしょ?」
そうだ。確かにあの女がいなくなるのなら悠馬の側にいられるかもしれない。しかし白が洗脳するのだから悠馬は白の直ぐ近くにいるのなら結局近づけない。
「週に一回くらいはデートしてもいいわよ」
「本当ですか!?」
(ちょっとお姉ちゃん!意思が弱すぎるよ!!しっかりしてー!)
「は!そ、そうね!白様の言葉に惑わされたらダメよね!」
美樹は次こそは惑わされぬ様気を強く持って
「そう。悠馬君は洗脳が終われば私の物なのだから、なんでも命令できる。でも週に一度くらいならあなたに命令権を譲ってあげようかと思ってたんだけど、残念」
「そ!それはどんな命令でも!?」
(お、お姉ちゃん!!)
更に白の話を聞いた。
「勿論!ハグでもキスでも如何わしいことでも!何でも拒否せずやってくれるわよ。勿論妹ちゃんも同様に」
「最高ではないかしら緑ちゃん!?」
(そんな上手い話あるわけないでしょ!例えば私達の目の前で悠馬さんとキスしたり!毎日白様の銅像にキスさせられたり!悠馬さんとキスできる代償としてキモくてデブいおっさんとキスさせられるかもしれないんだよ!?お姉ちゃんはそれでもいいの!?)
「・・・あなたの妹キス大好きじゃない。キスのことしか考えてないわよ」
「緑ちゃんは可愛くて、少女漫画みたいなカッコいいキスに憧れを持ち過ぎてるんです。あとキス以上のこと知らないでしょうし」
「可哀想な子ね」
「でもそこが可愛いんですよぉ~」
(何意気投合してるんですかぁーー!!!!)
緑の声が聞こえている事なんかそっちのけで美樹と白はこれからの事を語りあっている。これは本格的に裏切りムード突入の美樹に緑は切り札を放った。
(お姉ちゃん!悠馬さん以外の人が殺されるってことは、遥香ちゃんも殺されちゃうんだよ!!?)
「あ、遥香・・も」
(自分は、美樹さんの事信じてますから!)
緑のこの言葉により美樹は三ヶ月程前に聞いた遥香の言葉を思い出した。
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