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雪女

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 ここは永久氷山。永久氷山とは文字通り永遠に溶けることのない氷が大量にある氷山である。しかし人間が生身の体で永久氷山に入ると三秒もせず凍死してしまうと言う寒さである。よって勇者ですらこの氷山には滅多に入らない。そしてその氷山に今、命知らずの人間達が足を踏み入れていた。
「さ、さぶずぎっズ」
「分かるよ。俺は周りに炎があるから凍ったりはしないけど」
「うらやまじぃー!でも悠馬さんに近づくとメイさんと桜ざんにごろざれるー!」
「遥香がパパに飛びかかるから」
「近くにいるだけならいいんですよ?」
「ちかいまず!だがらいれでー!」
 遥香が鼻水が凍っている状態で悠馬の右隣へと移動する。ちなみに桜は左隣、メイはおんぶされている。
「なあ、俺は?」
「焚き火で我慢して。なんか兄貴が近づくとメイが威嚇するんだ」
「くそー!」
 恭平は文句を言いながらも足を止めない。理由は単純。今悠馬達魔王軍は勇者に追われているからだ。光の勇者、刈谷白。剣の勇者、剣刃。槍の勇者、斎藤槍悟。弓の勇者、弓塚葵。そして風の勇者、風磨美樹だ。何故それ程までの勇者の捜索から逃げ切れているのかというと、美樹は魔王軍の協力者なのでなんとか勇者達を翻弄してくれているのだ。非常にありがたいことだ。
「で、雪女は本当にここに住んでるのか?」
「はい。雪女さんの反応がありますし、小さい頃よく遊びに来てましたから」
 聞くと桜のお姉さんが雪女と仲が良く、桜のことを本当の妹の様に思ってくれていた様だ。それならばおそらく桜が助けを求めれば協力してくれるだろう。などと思っていた時。
「ゆ!悠馬さん!足が凍って!」
「な!俺もだ!」
「え?私は何も!」
「俺もだ!」
 突然に悠馬と遥香の足だけが凍った。
 (まさかこんなことろまで勇者が来るとはね。それに魔族を連れて)
 氷山の氷から女の声が聞こえた。とても綺麗で、とても冷たい声が。
「な!誤解だ!俺は勇者じゃなく」
 (どうせつくならもう少しましな嘘をつきなさい。その炎は間違いなく炎の勇者の能力よ)
「そうだけどそうじゃないっス!!」
 (あなたは勇者らしさを感じないわね。けど見たことろ拳かしら?)
 遥香を見ながらなのか遥香の特徴を見つけられず拳の勇者だと思った様だ。
「だ、だから」
 遥香が話を聞いてほしいと言う前に遥香の全身が氷づけになる。
「遥香!!」
「遥香ちゃん!」
 (さあ炎の勇者。その子を下ろしなさい)
 どうやら雪女は悠馬がメイをおんぶしているから全身を氷づけにしなかった様だ。
「待って下さい雪女さん!!」
 (!!メドゥーサ!?)
「はい!メドゥーサです!この人達の話を聞いて下さい!」
 (・・・立ち話は寒いでしょう。入りなさい。入り口は分かるわね)
「はい!ありがとうございます!」
 そういうと氷から声が聞こえなくなり遥香と悠馬の氷が割れた。
「遥香!無事か!?」
「大丈夫っス恭平さん。あ、どうも」
 恭平が氷から解放された遥香に自分の上着をかけた。下の服もかけようとしていたがセンスが絶望的にダサかったのでやめた。
「ここが入り口です」
 少し大きい氷の前。どこにも入り口らしきものは見つからなかったが、桜が素足を氷につけると少し離れた地面に下へと続く階段が現れた。
「なんで足?」
「それは、雪女さんに直接聞いて下さい」
 少し恥ずかしそうに靴下を履いた桜がそう言いながら階段を降りた。
  ◇
「どう?魔王軍は見つかったかしら?」
「それがまだ見つからねえな。そう遠くには行ってないはずだがな」
 武神のダンジョンから少し離れた場所。ダンジョンにいたエールやクランに話を聞き終わった白は一度勇者を集めていた。
「おかしいわねぇ。ねえ美樹。あなたは何か知っているのではなくて?」
「いえ。知りません」
「そう」
 白はこれで何度目かの問いかけを美樹にした。
 (なん・で・お姉ちゃんを・・)
 (怪しまれているの。あの人はもう何か知っているのかも。緑ちゃんは引き続き悠馬君に連絡を取って。でも居場所は聞いたらダメ。生死の確認だけでいいわ)
 (・・わかった。でも・・生死の確認は・・要らないと思う)
 (そうね。悠馬君が死ぬはずないわ。他の奴らは死んでいて欲しいけど)
「仕方ないわ。各自もう一度分散して魔王軍を探して頂戴」
「「「「了解」」」」
「悠馬君。もうすぐあなたを勇者にできる。だから、もう少しだけ楽しませてね」
 勇者達が解散した後白はポツリと呟いた。
  ◇
「スゲー!どっからどう見ても秘密基地っスー!!!」
「こら!あんまり騒いじゃダメ!雪女さんに怒られますよ?」
 桜が開けた隠し通路をずっと進んでいく。その隠し通路は日本の地下鉄の様な作りで、とても暖かかった。そしてしばらく歩くと赤外線センサーの様なものが見えた。
「え?進めないじゃん。これ絶対俺と遥香通れないやつだよ」
「同意っス」
 しかしそんな心配はなく、すぐ様赤外線センサーが解除された。
「久しぶりねメドゥーサ、ケルベロス。そっちの子は知らない子ね」
 そこには手動で赤外線を解除したと思われる女性の姿があった。白銀の髪を腰まで下ろし、日本独特の着物を着たつり目の女性。恐らくこの女性が桜の言っていた雪女なのだろう。
「雪女さん!お久しぶりです!」
「初めてまして!雪女お姉ちゃん!」
「あ、どうも。こんにちは」
 名前を呼ばれた桜とメイが元気に挨拶を交わし、恭平は怖い上司に挨拶する様に挨拶した。
「兄貴、なにかしこまってるのさ。同じ幹部でしょ」
「え!?あ、いや、その話はやめようか」
 (怪しい。めちゃくちゃ怪しい)
「さて、炎の勇者、拳の勇者。話とやらをしてみなさい」
 雪女は仁王立ちをしながら腕を組んだ。魔王軍幹部だけあって威圧感が強い。強すぎる。
「あ、はい。あと炎の勇者じゃなくて悠馬です。黒瀬悠馬」
「自分は遥香と申します。以後お見知り置きを」
「そんなことは要らないわ。まだしばらく歩くから、歩きながら話しなさい」
 悠馬は全てを話した。間違って魔王として召喚されたこと。勇者の能力を奪うことが出来ること。遥香との出会いやこれまでの激闘などなど。
「なるほど分かったわ。あなたは仮にも魔王という訳ね」
「うん。そういうことかな」
「そしてあなたは勇者を裏切ったと」
「その通りっス」
 雪女は少し頭を抱えるとやがて決心したように冷静になった。
「そう。なら殺すのはやめてあげるわ。仮にもメドゥーサの男な様だしね」
「あ、雪女さん。私のことは桜と呼んでください!メドゥーサより可愛いでしょう!?」
「メイはメイって呼んでー!!」
「分かったわ。じゃあ」
 雪女が急に足を早めて先頭を歩く桜を抜かした。
「正座なさい」
「「「へ?」」」
「やはり来ましたか」
「覚悟はしてたんだ。問題なんてない」
 いち早く正座する桜と恭平を見て、悠馬と遥香もすぐ様正座する。メイも真似をする様に正座した。
「あなた達は何を考えているの?」
「え、えっと」
「まず魔王を召喚しようとしたのはいい判断だわ。でもどうしてこの男を召喚したの?失敗した。なら殺して違う魔王を召喚なさい。こんな一般人に務まる程魔王は甘くない。まあ桜が惚れた男なら何かはあったんでしょうけどこんな一般人を魔王にするなんてどうかしてるわ。まあそれはまだいいとして、極め付けは勇者と戦ったこと。何が勇者退治よ。馬鹿ではないの?あなた達の力で勇者を倒せるとでも?一応は弱いやつから倒しに行っていた様だけど光の勇者は神出鬼没。いつ殺させてもおかしくないわ。ただの平戦闘員の犬とサポート要員見習いのあなた達で勝てる相手ではないわ」
「え?二人は魔王軍の幹部なんじゃ」
「あなたは魔王軍幹部を舐めているの?この二人が幹部なのなら間違いなく魔王軍は勇者一人に全滅させられるわ」
「あ、あれぇー?」
 悠馬が桜と恭平を見ると二人は気まずそうに顔を下げていた。
「だって」
「二人しか生きてないなら別に幹部名乗ってもいいかなと」
「恥を知りなさい。あなた達は魔王軍幹部を侮辱したのよ」
「「ご、ごめんなさい」」
 いつも通りの恭平ならともかく怒ると怖い桜のこんな姿は初めて見た。やはり怒り方も雪女の真似をしていたのだろうか。
「はぁ。まあいいわ。過ぎたことを言ってもどうしようも無い。でも、このままでは貴方達は確実に死ぬ。だから」
「だから?」
「鍛えてあげるわ。ここは恐らく三ヶ月は見つからない。その三ヶ月の内に勇者より強くなるのよ。特に黒瀬悠馬!」
「は、はい!」
 雪女に指名された悠馬は勢いよく立ち上がり雪女に敬礼をする。する理由はないがなんとなくやらねばならんと思った。
「明日から特訓開始だから。時間は二十二時間。残りの二時間は食事と入浴時間。異論はないわね」
「ま!待ってくださいっス!それじゃ死ぬ」
「異論があるの?」
「・・・ないっス」
 遥香が雪女の恐ろしい表情に敗北し意見を取り下げる。雪女はこの中で間違いなく一番強いので反論できる人などいない。
「じゃあ桜。部屋に案内してあげなさい。明日の七時には特訓室に集合。解散!」
 地獄の特訓開始まで、あと十時間。
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