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第53話 空港で君を思い出す

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――13時10分発ウィーン国際空港行きの搭乗手続きを承ります。お客様は出発カウンターまでお越しください――
 成田空港は平日の昼間にも関わらず行き交う人でごった返しており、スーツ姿で忙しなく通り過ぎる人や大荷物を抱えた外国人、これから新婚旅行にでも行きそうな初々しい2人なんかもいた。そんな人々を立ち止まって眺めながら待ち合わせの人物を探すが、なかなか見当たらない。もう約束の時間のはずなのに、海外で生活してる人は時間感覚がおおらかなのかな。幸いまだ搭乗手続きは始まったばかりだからそんなに急いではないけど、やっぱり不安だ。
 近くに来ていないか探すために辺りを見回してみると、人の切れ間からグランドピアノが置かれているのが目についた。看板を見ると、「どなたでもご自由にどうぞ」とある。あれかな、最近流行ってるストリートピアノって言ったっけ。YouTuberとかがいきなり名曲弾いてサプライズするやつだよね。
 いくら周りを見渡しても目的の人物はやってくる気配もないし、ただ突っ立てるよりはちょっと弾いて待ってようかと思いピアノの前に腰かける。指慣らしに軽く撫でてみると、ちゃんとチューニングされていた。
 何の曲を弾こう……まずは練習ついでにきらきら星でも……
 初めに右手だけできらきら星を弾き始める。そういえば、音楽室で弾いてた時に山石君がこの曲弾けるようになりたいって言ってちょっと教えてあげたことがあったなぁ。結局、両手は難しすぎて挫折したんだっけ。こんなの脳みそが2つ必要だよ、とか言ってちょっと泣きそうになってて大笑いしたんだった。あぁ、音楽ってすごいなぁ。今の今まで忘れてた思い出がちょっと聞いただけで鮮明によみがえってきちゃうんだもんなぁ。
 山石君とのやり取りを思い出しながら、左手を加えてだんだんとアレンジを強めていく。ちょっと張り切って弾いてあげたら、山石君ってば子どもみたいにはしゃいで褒めてくれたなぁ。
 思い出に浸りながらきらきら星を弾き終えると、周りには足を止めてこちらに注目している人がちらほら出てきていた。ここで終わっても興ざめだろうし、もう少し弾いていこうかな。そうだ、コンクールの曲でも弾こう。
 全国大会での1曲目。コンクールの時よりもゆったりとした調子で弾き始める。うん、思った通りこっちの方が山石君っぽいな。この曲が山石君っぽいから好きだなんて言ったからちょっと変な空気になったのもいい思い出だね。そういえば私、1回も山石君に向かって好きって言わなかったな。何となくお互い分かってるような気がして言いそびれてたけど、やっぱり言っとけばよかったな。山石君だってメッセージの中でだけど、ちゃんと伝えてくれたんだし。
 ぐるぐると考え事をしながらでも指は勝手に曲を進めてくれる。何百回と練習してもはやこの曲の運指は体に染みついていた。頭と独立した指の動きのおかげで曲はどんどん進み、スマホに残されていた山石君の最後のメッセージが思い起こされる……
「……森野さん、これを見ているってことは僕はもうこの世にいないんでしょうね……
 ……なーんて、ベタな始まり方だなぁって思ったでしょ。折角だから言っとこうかと思って言ってみました。でもなんかシリアスな感じは似合わないからここからは普通に話します。
 まずは……何かな……うん。森野さん、ごめんなさい。一緒に遊びに行くって約束を何度もすっぽかして、デートの企画もしてもらって、森野さんには迷惑をかけてばっかりだったような気がします。できればもう一度退院して僕プロデュースのデートプランで森野さんをおもてなししてあげたいんだけど、もうそれは叶いそうにありません……お父さんもお母さんも明るく振る舞ってくれてるんだけど、僕知ってるんだ。2人が時々見えないところで泣いてるの。知らないふりしてあげてるけどね!
 ……治療もね、実はすっごい大変なんだよ。森野さんの前ではカッコつけて絶対弱音なんか吐かないようにしてるんだけどね。ここではもう僕はいないだろうから、ちょっと弱音言わせてもらうよ。薬が切れてくるとすっごい体痛いし、だるいし、気分も悪くなる。何なら食欲なんて一切湧かない。むりやり流し込んでるって感じだよ。こりゃ鈍感な僕でももう長くないんだろうなぁって感づいちゃうよね。
 もう一度くらい外出許可出してほしいけど、きっと無理なんだろうなぁ。というわけで、最初に謝らせてください。ごめんなさい。僕も、というか僕の方が一緒に出かけるのめちゃくちゃ楽しみにしてました。だから本当に本当に…残念です……」
 山石君のメッセージは明るい口調で始まっていたけど、漏れ出る本音から治療が大変だったことが容易に想像できた。というか、メッセージの最初は謝罪から始まるっていうのが何となく山石君らしい感じがした。
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