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第五章

エレノアの決意

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部屋に戻ると、アンナがテキパキとケガの手当てをしてくれた。手慣れたものだ。エレノアは感心しながら、アンナの手元を眺めていた。
そこへウィレムが部屋に飛び込んできた。
「義姉さん、怪我したって?」
ちょうど包帯を巻き終えたアンナは立ち上がり、控えていたケリーの横に並ぶ。
ウィレムはソファにかけているエレノアの足元に駆け寄ってきた。
「大袈裟ね、ちょっと転んだだけよ。」
エレノアは笑って答えるが、体はかすかに震えていた。隣に座っていたカイルが、そっとエレノアの手を握りしめてくれた。



カイルとウィレムは、カビニアに現れたときからトリオのことを警戒していた。
晩餐のあと、カイルはトリオがプレイルームから姿を消したのに気づくとすぐに、ウィレムと二手にわかれてエレノアを探した。
まずエレノアの部屋に向かったが、エレノアはいなかった。
ちょうど戻ってきたジュリアンと鉢合わせる。
「ジュリアン、エレノアと一緒じゃなかったのか?」
カイルが問う。
「先ほど、お部屋に送ったところですが。まさか、いらっしゃらないのですか。」
ジュリアンはエレノアを送ったあと、プレイリー家のメイドによばれて部屋の前から離れてしまったと言う。
「トリオの姿も見当たらないんだ。」
カイルの言葉を聞いて、ジュリアンは青くなった。
「探してきます。」
「いや、待って。エレノアが戻るかも知れないから、部屋の前にいて。」
「わかりました。」
カイルはジュリアンを残すと、また屋敷内を探しに戻った。ふいに、晩餐前にトリオが厩舎に行ったと伯爵が言っていたのを思い出した。


厩舎の近くまで来ると、カイルを呼ぶ声が聞こえた。
駆けつけてみれば、エレノアが倒れている。反対側の出口に一瞬人影が見えた気がした。
エレノアを助け起こしながら、何があったか問うと、転んだだけだと言う。

そんなはずないだろう?
君が馬に驚いて転ぶなんて、そんなはずない。
カイルを呼ぶあの声‥、怖かったんだろう?僕の前で強がらないで、エレノア。
エレノアの足首は腫れている。
自分が油断したせいで、エレノアが怪我をした。
カイルは自分の不甲斐なさにやるせなくなって、エレノアを抱きしめた。
ごめん、エレノア、守ってやれなくてごめん。

‥どうして僕は、いつも間に合わないんだろう。


カイルがエレノアを抱きかかえ部屋に戻った後、ウィレムとジュリアンは厩舎と周辺を調べた。厩舎近くの小屋には、積み上げた藁の上に布がひかれ、蝋燭や縄が隠してあった。
ウィレムは、すぐさまトリオを探すよう騎士たちに指示したが、トリオは既に屋敷を去っていた。はじめからすぐに逃げられるよう準備していたのだろう。
ジュリアンを呼び出したメイドはすぐに捕まった。伯爵一行に知られないよう、地下牢に閉じ込めた。




その晩、エレノアはなかなか寝つけなかった。
目を閉じると、トリオの下卑た顔が頭に浮かぶ。体に回された腕の感触が残っていて気持ち悪い‥。
トリオが覆い被さってきたときの恐怖と、掴まれた腕の痛みに震える。

トリオは、滞在中、態度を改めずエレノアと呼び続けた。それを許してしまった自分の甘さにつけ込まれたのかもしれない。
悔しい、くやしくてたまらない。あんな男に辱しめられるなんて。

爵位を継いだとて、若い女だと軽く見られてしまう。どんなに仕事に励もうと、はなから偏見にとらわれている者には理解されない。これが現実なのだ。

レオンと別れれば、ますます軽んじられるだろう。
新しい取り引き先に足元をみられるかもしれない。昔からの付きあいの相手だって、いつ態度を変えるかもしれない。

兄亡き後、公爵様がいつもそばにいてくれた。
商談にも同席してくれていた。
口を挟むことなく黙って座っているだけだったが、公爵様がその場にいるだけで、相手はエレノアにも敬意を払うのだ。
だが、これからは違う。
エレノア一人で商談の席に対等につくためには、名実共に伯爵としての地位を確立しなくてはいけない。
今まで、ロゼンタールの名を盾に社交から逃げていたが、それではいけないのだ。

一人でも立てるようになりたい、エレノアは決意した。
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