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第五章

カビニアでの商談

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ウィレムが来て屋敷が賑やかになった。ウィレムとカイルはすぐに打ち解けた。二人とも人あたりがよく、明るいところが似ている。
エレノアはカイルとうまく距離を縮められず、この旅で気まずくならないか心配だったが、ウィレムの明るさに助けられた。

視察には、ポリニエールに残ってくれたアンナとケリー、護衛のジュリアン、他にも数人の騎士と荷運びの使用人が同行した。

今回の視察で、エレノアは新たに始めようと考えていることがあった。ポリニエールは温暖な平地が多いのだが、北の方に高地がある。そこを牧草地にして馬を育てたいのだ。

目的の高地にほど近いカビニアの街の館に着くと、屋敷の管理人と使用人が迎えてくれた。
明日にはプレイリー伯爵がカビニアの館を訪れる予定になっている。

プレイリー伯爵家は牧畜を営んでいて、ポリニエールの古くからの取引先だ。
今回は馬の飼育について、現地を一緒に回ってもらい、助言をもらう予定だ。カビニア高地で牧畜が実現できれば、牧草や種馬の仕入れをプレイリーの独占とすることを検討している。

「久しぶりだね。ポリニエール伯。」
「プレイリー伯爵様、わざわざお越しいただきありがとうございます。」
今のエレノアは、表向きは公爵家の若奥様であり、伯爵より身分は上だ。それに、取引の力関係もポリニエールの方が強いが、エレノアはあえて年嵩のプレイリーに対して伯爵と敬意を表した。
「息子のトリオだ。」
紹介されたのは、見た目は悪くないが、ニヤニヤと品のない表情が残念な男だ。
「初めまして、エレノア。」
プレイリー伯爵がぎょっとした顔で息子をみた。
父親のプレイリー伯爵がエレノアをポリニエール伯と呼んでいるにも関わらず、トリオはわざと未婚の令嬢に対する呼び方で、慣れなれしくもエレノアと呼んだ。

エレノア嬢?軽く見られたものね。
「‥エレオノーラ・ロゼンタール・ポリニエールです。トリオ様とは、今までお会いしたことがありませんが、商談の場は初めてでいらっしゃるのかしら。」
ロゼンタール夫人であり、ポリニエール伯爵であることをアピールしつつ、トリオは未熟だから失礼なのか?と皮肉る。
エレノアが、言わんとすることを理解して、トリオの顔が真っ赤になる。

「いやいや、ポリニエール伯は相変わらず若くてお美しいですな。」
プレイリー伯爵が、一触即発な空気をかえようと割って入る。
エレノアを持ち上げ、話をそらそうとしたのだろうが、逆効果だ。若くてきれいだからご令嬢扱いを許せとでもいうのか、それこそ不遜だ。
エレノアは若かろうと、女だろうと、ポリニエールの大領主であり伯爵なのだ。それに対して、トリオこそ爵位なしのただの令息だ。
一応、プレイリー伯爵は息子が無礼なことをわかっているようだから、あとでちゃんと灸を据えてくれることだろう。エレノアはひとまず流すことにした。
「どうぞ。まずは、中で疲れをとってください。それからお話ししましょう。」
エレノアはプレイリー伯一行を屋敷に招き入れた。


「トリオってやつ、義姉さんを見る目が気に入らない。ああいう自分の立場を分かっていない奴は、何をするかわからないから、気をつけた方がいいですよ。」
書斎に入るなり、ウィレムが言う。
「そうだね。」
カイルも同意する。
二人は護衛騎士という形で同行しているため、この視察中は先方から話を振られない限り、名乗ることはしないと前もって決めていた。

「ウィレムったら心配性ね。トリオは取るに足らないただの愚か者に見えたけど?」
「意外と言うね。さすが義姉さんだ。」
ウィレムが茶化す。
「エレノア、愚か者だからこそ怖いんだ。ウィレムの言うとおり気をつけた方がいい。」
カイルは真面目な顔をして、エレノアの肩をつかみ、まるで子どもに言い聞かせるように、じっと瞳を見つめて言った。
‥カイルの顔、ちっ、近いわ。

「わかったわ」
とりあえず素直に答えたが、エレノアは胸がどきどきしてトリオの話しなどどこかに飛んでいった。
だが、この時、エレノアは二人の忠告をきちんと聞くべきだったのだ。


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