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35.さくさくほろほろでおいしい

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 魔力切れで丸一日寝込んだ。
 ランタンを4つ、1時間かそこら宙に浮かべただけで、である。
 脆弱すぎる。これは由々しき事態だった。

 子どもだからだと思っていたけれど、もはや年齢だけの問題ではない。
 どうやら今世の私――アイシャの魔力量は、前世と比べて極端に少ないようだった。
 いつか限界がどの程度か試してみたいとは思っていたけれど、こんなにも閾値が低いとは思っていなかった。

 いかに前世の自分が恵まれていたのかを痛感する。
 ノアのことが片付いたら、今世でももう一度魔法学園に通ってみようかな、なんて考えていたのだけれど……これでは門前払いされるかもしれない。
 早いところ魔力効率のよい魔法陣を使えるようになった方がよさそうだ。

 そう考えたのは、ノアも同じようだった。
 私が魔力切れから復活すると、彼は私に魔法について教えてくれるようになったのだ。
 また倒れられたら敵わないから、などと言いつつも、魔力が少なくても使える魔法や、魔力伝達の効率を重視した魔法陣の記法などを教えてくれた。

 あの日、ノアが「好きだった」と言ったのは……前世の私のことではなくて。
 魔法のことだったんじゃないかと、今は思う。
 少なくとも私に魔法を教えてくれる時の彼は……どうでもいいと思っているものを扱うような態度ではなかった。

 その日も魔法の勉強をして……よく考えてみれば大魔導師のマンツーマン授業というのはとてつもなく贅沢なのでは……少し休憩にしようと、お茶とお菓子を食べることにした。

 お菓子はノアが作ってくれたものだ。料理もお菓子も魔法薬学も専門ではないと言っていたけれど、そのクオリティは十分に一流で通用するものだと思う。
 今日のダックワーズもとてもさくさくほろほろでおいしい。

 めいっぱいにダックワーズを頬張っていると、ノックの音が聞こえてきた。来客のようだ。
 けれど、ノアは無視して紅茶を啜っている。
 出なくて良いのだろうか、と思っていたところで……

 ガチャリ、とドアが開く音がした。

「え?」

 目を瞬く。

 だって、普段からノアは玄関に鍵をかけているはずで。
 それも、単なる物理錠ではなく……魔法で、鍵をかけているはずで。
 それを術者の……特に大魔導師であるノアのかけた魔法の鍵を許可なく開けることなど、本来は出来ないはずだ。

 よほど卓越した、魔法使いでない限り。

「だ、旦那さま?」
「いいよ、放っておいて」

 ノアに呼びかけるも、取り付く島もない。
 何となく機嫌が悪い、気がする。

 彼はふんと鼻を鳴らしながら言った。

「ただの招かれざる客だから」
「ご挨拶ですね」

 そう言いながらダイニングに入ってきた男は、魔法管理局の制服を着ていた。
 その顔に見覚えがある。

「フェ、」
「ん?」
「ふ、フェーン……?」

 思わず彼の名前を呼びかけて、慌てて鳴き声ということにして誤魔化した。

 どこか気だるげに立っているこの男の名前は、フェイ。私の前世の知り合いだ。
 魔法学園と、魔法大学で一緒で……私は大魔導士に、彼は魔法管理局に入職して。それからも友人として付き合いがあった。
 私が呪術で加護をひっぺがしたときに雷を落としたのも彼だった。

 一緒にいた時間は10年ではきかない。
 仲が良いかと聞かれるとちょっと分からないけれど、交友関係の広くない私にとっては一番長い付き合いの友人だ。
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