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33.にやにやしなくったっていいだろう(ノア視点)
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「ただの魔力切れよ。まったく、大げさなんだから」
「…………」
呆れたように言うジェイドを前に、僕はすっかり小さくなっていた。
緊急事態だから今すぐ来てくれとこの腐れ縁の友人を呼びつけたものの、アイシャの発熱の原因は彼が述べたとおりだ。
心配する必要などまったくなかったわけで、ただ回復するまで寝かせておけばよかったのだ。
よく考えればそのくらい分かったはずなのに、完全に気が動転してしまっていた。
冷静な判断が出来ていなかったことは反省している。
「何で魔力切れになる前に止めてあげなかったの。大魔導士様が聞いて呆れるわ」
そんなこと言われても、僕は魔力切れなんか起こしたことないし。
そう口答えしそうになったが、何とか飲み込んだ。
駆け付けたジェイドに「大丈夫」と言われたときの安心には、代えがたいものがあった。
ここは甘んじて受けるべきだろう。
押し黙った僕の顔を見て、ジェイドが苦笑しながらふっと息をついた。
「まぁ、もしもってこともあったかもしれないから、悪い判断ではなかったと思うわ」
汗を拭いてもらって、着替えて眠っているアイシャを見下ろす。
額には冷やしたタオルが載っていて、表情も頬の赤さも、朝と比べると少しは落ち着いているように見えた。
「アタシが仕事中だったってこと以外は」
「……悪かった」
僕が謝罪すると、ジェイドがきょとんと目を丸くする。
そして、くすくすと笑いだした。
僕が謝るのがそんなにおかしいのか。いたたまれなくなって目を逸らす。
彼の言葉を借りるなら「きちんとお返しする予定」の子だ。預かっているうちに何かあったら困るのは僕なんだから、心配して当然なわけで――そんなににやにやしなくったっていいだろう。
「とりあえず今日は1日ゆっくり寝かせてあげなさい。魔法使わせちゃダメよ」
「分かってる」
「ごはん食べられそうなら、何か作ってあげて。ああ、急にたくさん食べたらお腹がびっくりしちゃうから、スープくらいで」
「分かったって」
それからそれからと、いくつも世話を焼くジェイド。
今日ばかりは反発する気になれず、大人しく聞いておいた。
ひとしきり話し終えたジェイドを、魔法警察の本庁まで転移させる。
転移の魔法も使えないのに、よくやっているものだ。
寝ているアイシャと二人、残される。
旦那さま、というアイシャの声が聞こえた気がした。いつもお腹がすくと一段とうるさいのだ。
うるさくされる前に、何か準備しておこう。
キッチンに向かって、保冷庫から材料を取り出す。
魔法で材料をみじん切りにして――あっという間に、準備が終わってしまった。
ダイニングの椅子に座る。
しん、と静まり返ったダイニングに、火にかけた鍋が立てるくつくつという音だけが、やけに大きく聞こえる。
この家、こんなに静かだったっけ。
こうして一人で、静かに過ごすのはいつぶりだろうか。
――「旦那さま! 早く、早く!」
――「ああもう、引っ張らないで」
アイシャに手を引かれて、家の中を駆け回って、家の外も走り回って。
そういう日々がいつの間にか、日常になっていた。
そうでなかったとき、自分がどうやって過ごしていたのか、思い出せないくらいに。
アイシャがいないと、時間が経つのが遅い。
アイシャがいないとこんなにも――家が広い。
「…………」
呆れたように言うジェイドを前に、僕はすっかり小さくなっていた。
緊急事態だから今すぐ来てくれとこの腐れ縁の友人を呼びつけたものの、アイシャの発熱の原因は彼が述べたとおりだ。
心配する必要などまったくなかったわけで、ただ回復するまで寝かせておけばよかったのだ。
よく考えればそのくらい分かったはずなのに、完全に気が動転してしまっていた。
冷静な判断が出来ていなかったことは反省している。
「何で魔力切れになる前に止めてあげなかったの。大魔導士様が聞いて呆れるわ」
そんなこと言われても、僕は魔力切れなんか起こしたことないし。
そう口答えしそうになったが、何とか飲み込んだ。
駆け付けたジェイドに「大丈夫」と言われたときの安心には、代えがたいものがあった。
ここは甘んじて受けるべきだろう。
押し黙った僕の顔を見て、ジェイドが苦笑しながらふっと息をついた。
「まぁ、もしもってこともあったかもしれないから、悪い判断ではなかったと思うわ」
汗を拭いてもらって、着替えて眠っているアイシャを見下ろす。
額には冷やしたタオルが載っていて、表情も頬の赤さも、朝と比べると少しは落ち着いているように見えた。
「アタシが仕事中だったってこと以外は」
「……悪かった」
僕が謝罪すると、ジェイドがきょとんと目を丸くする。
そして、くすくすと笑いだした。
僕が謝るのがそんなにおかしいのか。いたたまれなくなって目を逸らす。
彼の言葉を借りるなら「きちんとお返しする予定」の子だ。預かっているうちに何かあったら困るのは僕なんだから、心配して当然なわけで――そんなににやにやしなくったっていいだろう。
「とりあえず今日は1日ゆっくり寝かせてあげなさい。魔法使わせちゃダメよ」
「分かってる」
「ごはん食べられそうなら、何か作ってあげて。ああ、急にたくさん食べたらお腹がびっくりしちゃうから、スープくらいで」
「分かったって」
それからそれからと、いくつも世話を焼くジェイド。
今日ばかりは反発する気になれず、大人しく聞いておいた。
ひとしきり話し終えたジェイドを、魔法警察の本庁まで転移させる。
転移の魔法も使えないのに、よくやっているものだ。
寝ているアイシャと二人、残される。
旦那さま、というアイシャの声が聞こえた気がした。いつもお腹がすくと一段とうるさいのだ。
うるさくされる前に、何か準備しておこう。
キッチンに向かって、保冷庫から材料を取り出す。
魔法で材料をみじん切りにして――あっという間に、準備が終わってしまった。
ダイニングの椅子に座る。
しん、と静まり返ったダイニングに、火にかけた鍋が立てるくつくつという音だけが、やけに大きく聞こえる。
この家、こんなに静かだったっけ。
こうして一人で、静かに過ごすのはいつぶりだろうか。
――「旦那さま! 早く、早く!」
――「ああもう、引っ張らないで」
アイシャに手を引かれて、家の中を駆け回って、家の外も走り回って。
そういう日々がいつの間にか、日常になっていた。
そうでなかったとき、自分がどうやって過ごしていたのか、思い出せないくらいに。
アイシャがいないと、時間が経つのが遅い。
アイシャがいないとこんなにも――家が広い。
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