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9・到着報告

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 前ぶりが無かったせいか、エクエスは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、やはり爽やかに微笑んだ。

「そうですか。貴殿方が。現地で指示を仰げとだけ聞かされて来ましたので。けれど、貴殿方なら心強いですね」

 きちんと向こうでも説明はされているらしく、案内役と告げただけで理解したようだ。
 けれど、誰かは知らされて居なかったっていうのは、嫌がらせではなかろうか?
 こちらは内々ではあるものの、半月以上前には知らせがあったし、数日前だけど正式通達もあった。
 まあ、指示をする側と受ける側では色々と違ってくるから、向こうで事前指示が無くとも何とかなる事は成るけど。
 若くして第四の、三部隊という、中央騎士団的には一番末とはいえ、部隊長を任せられているから、嫌がらせでも受けているんだろうか。
 だからウチらみたいなのが案内役に選ばれたのかも知れないと邪推してしまう。

「先ずは本部に、無事到着した旨を報告に行きましょうか。他の方は自分の部下に案内させましょう。グラヴィ!」
「はい!」
「聞いていた通りだ。彼等を馬屋と宿舎、それから救護室へ案内して差し上げろ」
「承りました」

 若干、嫌そうな表情を浮かべたのは見なかった事にしよう。
 仕方無いじゃないか。
 カニスに任せると何を吹き込むか分かったものじゃないから、敢えて離して来たんだし。
 バルバルスに至っては、奴に任せると品性が疑われるし、最後まで案内しなさそうだ。
 それに、既にどこぞへと姿を消してるしな!あいつ、更なる減棒決定な!
 第一印象は大事って事で、グラヴィしか残らなかったんだから諦めて、この機会に人見知りを治せば良いと思うよ。

「それでは、どうぞこちらへ」

 騎士団の入り口から隊長室まではすぐだ。
 普通、一番上の人間というものは一番奥の方、最上階である五階の部屋に構えているものだと思うのだ。実際に、今の団長になる前までは最上階に執務室はあったらしい。
人伝てに聞いた、曰く「有事の際に、一番上の者が真っ先に動けんでどうする」らしい。 
 確かに、あの人の言いそうな事だと思った。けど、それだけじゃなくて、ただ毎回最上階まで上がるのが面倒だったのもあるんじゃないかな、とも思ってる。
 団長の事を直接詳しくは知らないけれど、何となく、そう思うのだ。私のは当たるのだ。
 まあ、こちらとしても楽が出来て良いけど、と執務室の扉をノックした。
 直ぐに「入れ」と入室許可が出たのでノブに手を掛ける。

「……ウチの団長は少し変わっているので、気を付けて下さい」
「それは一体どういう……」

 既にノックをしているので間が空くと不審に思われるので、答える前に扉を開けた。
 それにそれ以上に適切な言葉が見付からないんだよ、ごめんね。
 これから会う、直接の上司では無いとはいえ上の人の事を“変わっている”と予告されて困惑しているエクエスを尻目に「失礼します」とさっさと入室してしまう。

「遊撃部隊部隊長アウダークス、参りました」

 紹介されるまでは名乗らないのが常識なので、私が敬礼をするとエクエスも私に倣い背筋を伸ばす。

「おう、来たか。楽にして良いぞ。で、そっちが中央のか」
「はい、彼が中央から派遣されて来た方です」

 許可が下りたので、団長の前をエクエスに譲る。

「若輩ながら、王都を守護するレオン騎士団第四隊第三部隊部隊長を拝命しております。私の名はエクエス・C・カリドゥースと申します。この度の遠征ではお世話になります」
「おー、ご丁寧にどうも。オレはここの団長をしているロストロ・M・アチーピタルだ。堅っ苦しいのは苦手なんでな、そのつもりで頼むぜ」
「承知いたしました」
「おいおい、言った傍からそれかよ」
「申し訳ありません。何分、性分ですのでお気になさらずに」

 ニコリと微笑むエクエスに、団長の方が溜息を吐いたのを見て「おや?」と内心で首を傾げた。
 ウチの団長は東西南北の四方を守護する四侯爵家の人間のクセに、どうも奔放な所があるから初対面の人は必ず驚くのだけれど、エクエスにその様子は見られなかった。
 やり取りから初対面同士だとは思うんだけど、人物像は知ってたのかな?一部では有名らしいし。
 それでも実際に会うと皆「マジか」みたいな反応になるんだけど。

「あー、うん。もう知っているかもしれんが、今回のお前達の案内役はそこに居るアウダークス達に任せてあるから、何かあればそいつに聞け。質問は無いな。ならもう行って良いぞ」
「ハッ!では失礼致します」

 何だか面倒そうにシッシと手で追い払われたし、用もないので素直に退出しよう。
 そう思って敬礼後、踵を返して扉から出ようとしていた時だ。

「そうだ、アウダークス。お前の騎獣、また獣舎から勝手に飛び出したらしいな。討伐した魔物の分と一緒に始末書もちゃんと提出しろよ」
「……畏まりました。申し訳ありません。騎獣には罰を与えておきますので」

 団長に向き直り頭を下げた後、今度こそ執務室を後にした。
 言われなくても分かってるし、今言わなくても良くないか?
 何で今わざわざ団長直々に、と考えてハッとする。今気にすべき事は性格の悪い団長の事ではない。
 チラッと、隣を見上げれば少しだけ沈んだ様子のエクエスが。

「先程の事ですが、気になさらないで下さいね。カエシウスはよく獣舎から脱走するので、今回は偶々それが被っただけですので」
「ですが、罰を与えると」
「ああ、その事ですが」

 団長達の居る本棟から別棟へと移る廊下まで歩き、辺りに人の気配が無い事を確認して、更に念を込めてさも重大な事を話そうとしている雰囲気を出しながら、体を寄せ口元に手を当てた。

「これは、内密にお願いしたいのですが、カエシウスへの罰は」

 もったいぶる様に無駄に区切ってみる。私の雰囲気作りが上手く行ったのか、エクエスもどことなく緊張している様に見える。

「おやつを抜きにする事なのです」

 言っている意味が咀嚼そしゃく出来ていないのか、眉間に皺を寄せ難しい表情を浮かべているものの内心で「ん?」と首を傾げているのが見て取れた。

「カエシウスは他とは異なる魔獣騎なので罰を与えるのも自分に任されているのですが、抜け出せないよう厳重に括り付けてもどうやってかいつの間にか脱走していますし、ご飯を抜きにしても脱走して狩りに出かけてしまうんです。ですが、おやつにしている干した果物は狩りでは手に入らないので良い罰になるんですよ。それに最近はあまり遠出もしていないからか、心なしか丸くなった様な気がするので、減量する良い機会です」

 「まあ、それで拗ねて脱走するかも知れませんけど」と、カエシウスが如何に脱走癖があるかを披露して、寄せていた体を元に戻した。
 そこで漸く理解出来たのか、エクエスは苦笑した。

「お気を使わせてしまった様で申し訳ない」
「いえいえ、ただの事実ですよ」

 まだ申し訳なさそうにしているけれど、先程までよりもマシになった。
 それに安心して、これからの予定を詰めようと話をする事にした。




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