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☆第百十七話 鬼とか熊とかの事情☆

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「お邪魔します」
「お邪魔をする」
 桃太郎の家へ通された章太郎たちは、お爺さんとお婆さんへ挨拶をするつもりでいたから、二人がいない空間に、ちょっと驚かされた。
 一軒家の中は、昔話とかでなんとなく想像出来る農家の日本家屋そのままで、きっと史実の農家とは違うだろう。
 柱は丸太の表面を滑らかにした感じで、土間よりも一段高い板の床もツルツル。
 やや広い居間の中央には木枠の掘があって、押し入れや藁の座布団なども、童話というより時代劇などの背景をゴチャ混ぜにしたように思わせた。
「さぁさ、上がって上がって♪」
 笑顔で招く桃太郎に、同じ日本童話の雪女が尋ねる。
「あの…失礼ですが…お爺様と お婆様は…?」
 との問いに、桃太郎はやはり、笑顔で答えた。
「ああ、お爺さんとお婆さんは、母屋と言いますか本家と言いますか、新しく建てた村のお屋敷に住んでますよ。ここへ来る途中に、皆さん お気づきになったと思いますが♪」
 と言われて、月夜や美鶴たちも、思い出す。
「…あー、もしかして、あの大きな家か?」
「あれ~、村長さんとかの家とか、思ってた~」
 章太郎もそう思っていたけれど、あの屋敷が、桃太郎のお爺さんとお婆さんの家だったらしい。
「いや~、鬼たちから取り戻したお宝を、村人みんなで分けたんですけどね~♪ ウチの分け前を一番多くしてくれまして~♪ 実家が倒壊寸前だった事もあって、この際だと思いきって建て替えたんですね~♪ あはははは」
 そして今、みんなでいるこの家は、いわゆる別宅なのだとか。
「つまり、別荘で御座いますね♪」
 またお掃除のしがいがありそうだと、メイド少女の有栖はワクワクしていたり。
「まぁね~♪ っていうのもさ、なんか最近? 蜃鬼楼っての 出始めたからさ~。蜃鬼楼討伐を、鬼たちにも手伝った貰う大所帯って意味でも、村から少し離れてこの森の中に、家を建てたのさ♪」
「蜃鬼楼との戦い…」
「丁度、金ちゃんも来てくれたしさ~♪ もういっそ、大勢の仲間たちで住めば それが良いや~♪ 的な?」
 言われた金太郎は、やはり恥ずかしそうに俯いて真っ赤になっていて、そんな背中をツキノワグマのツキノが支えている感じだった。
 蜃鬼楼がやって来ていて、戦う為に、金太郎や鬼たちと協力をしている。
「っていう事?」
「そうそう! だからさ、章ちゃんたちも、ゼヒ寛いで下され~♪」
 特に女性陣には、明るい笑顔の桃太郎であった。
 章太郎たちも堀の廻りへ腰掛けると、ツキノがお茶の用意を始めたので、有栖も自然と手伝う。
「冷たいお茶に御座います♪」
 有栖は、ツキノが知りたい様子だったので、目の前で冷たい緑茶を煎れてみせて、みんなの前へ並べた。
「ありがとう」
「ほほぉ~♪ 冷たいお茶とは、初めてですわ~♪」
 桃太郎の隣で緊張している金太郎の前へ、ツキノが冷たい緑茶を差し出す。
 お供たちも人間と同じ飲み物を飲むあたり、やはり童話の世界である。
 鬼たちへもお茶が揃ったので、章太郎は、知りたい事への質問を切り出した。
「えぇと…金た――き金ちゃんや鬼たちが集まっていて、みんなで蜃鬼楼と戦っているって事は…この世界の蜃鬼楼って、そんなに強いの?」
「ん~、強いっていうか、しつこい?」
 桃太郎の返答を、鬼の大将が引き継いで語る。
「正直、さほど強くはありません。ただ、倒しても倒しても、翌日にゃあ、また大量にやって来やがるんでさぁ。正直、キリがありやせん」
「そうなんだ…」
 なんか、時代劇というか任侠映画を想像させる、鬼大将の語り口だ。
 赤鬼太郎の話を、金太郎の隣で聞いていたツキノが引き継ぐ。
「先ほども、本日は討伐をした蜃鬼楼の気配を 感じましたもので…私とお供たちとで 様子を見に行ったところ…皆様の戦いを拝見させて戴いた…。という次第でした」
 言葉の最後で、ツキノは金太郎を伺うと、金太郎も小さくコクンと頷く。
 金太郎は、人と話す事に関しては、苦手な様子。
「この世界には、蜃鬼楼が頻繁に現れている。という事か…」
 章太郎は、なんとなく少女たちと視線を交わらせた。
「あの…宜しいでしょうか…?」
 日本の童話同士だからか、やはり雪は、気になっていた事を、鬼大将へ尋ねる。
「皆様は、桃太郎様によって 成敗されたの…ですよね…?」
 雪の聞きたい事は、章太郎にも解った。
 童話では、村を襲って人々の財産を奪う悪者な鬼たちが、討伐をされる。
(この世界でも、その流れはあったっぽいけど…今は桃太郎の仲間 みたいだ)
 雪たちの疑問に、鬼大将は、恥ずかしそうな、そして優しい笑顔で応えた。
「はは…まあ、そうなんですがね…。なんと言いますか、桃さんの強さにはもう、参ったとしか 言えませんでしたよ…。それに桃さんは、悪事を働いていたワシたちを、討ち果たしたりせず…村人たちへ詫び入れだけで、済ましてくれましてね…」
 と言いながら、左角の根元の傷口をへと、ソっと触れる。
「ああ~。そこはホントに、ゴメンって~」
 と、桃太郎は苦笑い。
「その刀傷、早く治したほうが 良いと思うけどな~」
「いやぁ。こいつぁあ、ワシのケジメってやつでさぁ」
 鬼にとって、角は自尊心の象徴だと聞く。
 桃太郎との戦いで角を断ち折られていれば、鬼の大将である赤鬼太郎も、有無を言わさず桃太郎の配下へ下るしかなかった。
 しかし桃太郎は、あえて断ち折るまでせず、実力の差を見せ付けただけで勝敗を決定的にして、鬼たちを許したらしい。
「角はさ~、折らなければ 傷とか回復させられるんだよね~♪ だから赤(せっ)ちゃんも、直せば良いのにさ~。ガンコだよね~♪」
「いやぁ…」
 明るい桃太郎と、恥ずかしげな感じの鬼大将の間には、敬意にも似た友情が芽生えているらしい。
「…俺、こういうの大好き♪」
 と零す少年を、少女たちも暖かく見つめていた。
「それで、モモタロー。ボクからも 質問なのだが」
「桃ちゃんで良いよ~♪ なになに~?」
 桃太郎のノリに、ブーケはちょっと戸惑う。
「う、うむ…。えぇと…。蜃鬼楼に関して、モモタ…ちゃんはたちは、何か 情報を得ているのだろうか?」
 章太郎たちが、自ら新たな童話世界へ行けるかどうかを試した元々の理由は、蜃鬼楼についての情報を求めたからだ。
「う~ん」
 桃太郎は赤鬼太郎と顔を見合わせて、答える。
「とりあえずって感じだけど~、なんか、ちょっと違うけど 村人たちの生命力~? みたいな何かを 吸いに来てる感じ~?」
 桃太郎の言葉を、鬼大将が続けた。
「へい。うまく言えませんが…多かれ少なかれ人間が持っている、仏様の後光に似た光…というのですかね? どうやら蜃鬼楼どもの狙いは、それのようなんでさぁ」
 と聞いて、章太郎もすぐに解る。
「聖力か…やっぱり、そのあたりは 同じだな」
 と、少女たちと見合って、頷き合った。
「ああ、あとね~」
 敵性な蜃鬼楼たちと一緒に、時々、小さな人間型の蜃鬼楼も来ると言う。
「なんかさ、邪気がなくてさ~。某(それがし)たちと意思疎通も出来てさ~。蜃鬼楼の世界? とかでも、攻撃的な蜃鬼楼に困ってる~、みたいな事 言ってたな~♪」
 という話に、章太郎たちも、思い当たりがあった。
「! それは…もしかして、コオロギみたいな姿 してなかった?」
「こおろぎ? 違ったよねぇ」
 と、隣で正座をする大きな鬼へ問う。
「へい。ワシたちが会った人型蜃鬼楼は、ネズミみたいな格好でしたぜ」
「ネズミ…ふぅむ…ネズミキャラ…」
 御伽噺の話となると、章太郎は、考える事に集中をしてしまう。
「…一番に思い浮かぶのは、やっぱり『おむすびころりん』かなぁ…。まあ『ねずみのすもう』はマイナーな気がするし…ぶつぶつぶつ…」
「? 章ちゃん~?」
 考え始めた章太郎の目の前で、桃太郎が平手を振るも、反応は無し。
 なので、戦闘隊長のブーケが説明をした。
「あ、あぁ…すまない。ショータローは、考え事を始めると 廻りが全く気にならなくなってしまうのだ。失礼した」
 と、ブーケは代わりの挨拶もする。
「へぇ~そうなんだ~♪ 章ちゃんって、話すといつも なんか知識欲とか旺盛だな~って思ってたけど。やっぱり、頭を使う人だったんだね~♪」
 と、今度は隣の金太郎へ話しかける。
「ぁ…ぅ、ぅん…」
 金太郎は、やはり遠慮がちな小声で同意を示した。
 桃太郎と反対側の隣では、お茶を出し終えたツキノと有栖が、金太郎の隣で再び会話を始めている。
「――それでは、ツキノ様は、金太郎様の執事では なかったのですか」
「はい。私と金太郎は、実に対等な友人関係と言えましょう」
 ザ・執事みたいなツキノが、ナゼか金太郎だけは呼び捨てにしている事が、有栖には特に気になっていた。
「熊の私が、このような性格故…金太郎は私の、執事のような行動を、受け入れて下さっているので御座います」
 執事気質なツキノワグマへの敬意として、金太郎は、ツキノの良いように振る舞わせているらしい。
 ただし「金太郎様」と呼ばれる事だけは、恥ずかし過ぎて禁止なのだとか。
「私も、そんな金太郎のお役に立ちたいと考え…人見知りですが寂しがり屋な金太郎の、補佐を勤めさせて戴いておりまして」
 と語るツキノワグマは、実に落ち着いた、ニコヤカで暖かな笑顔だった。

                        ~第百十七話 終わり~
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