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☆第百六話 章太郎の努力・有栖の場合☆
しおりを挟む翌朝、章太郎はセットしたタイマーのお陰で、朝の六時半に目が覚めた。
「よしっ…ふわわ…」
全身を伸ばし気合いを入れ、ベッドから飛び起き、制服に着替えてキッチンへ向かう。
「俺が、少しでも…っ!」
章太郎は、昨夜の祖父との会話で、決意をしていた。
異次元の穴を塞いでも、仮に御伽噺の少女たちが強制的に元の世界へ帰ったりしなくても、済むように。
「その為には、みんながこっちの世界にいて良かったって、思って貰えるように…っ!」
祖父の言う通り、穴を塞いだからみんなの精神が元の世界へ帰ると、決まっているワケではない。
むしろ何も起きなかったり、あるいは逆に、少女たちが二度と元の世界との行き来が出来なくなってしまったりするかもしれない。
それでも、少女たちの意志を尊重する状況を造り出すには「愛じゃよ…愛」と、マッドな物理学者でもある章之助の言葉だ。
そして章太郎も、尊敬する祖父の言葉というだけでなく、それが唯一の方法だとも、感じている。
「まずは、いつも家事をこなしてくれる 有栖への、感謝を…」
このマンションでの家事を一手に引き受けてくれている。
とも言えるメイド少女の有栖は、元々は祖父の研究所で試作開発と試験的な少数量産をされた、少女型メイドロイドの一体であった。
蜃鬼楼との戦闘で章太郎の盾となってお腹に大きな穴が開けられてしまい、そのまま機能停止するかと思われたものの、なんと蜃鬼楼のエネルギーと反応し合い、更に章太郎の聖力も得て、メカ生体となって復活というか回復をした存在である。
そんなワケで、甲斐甲斐しいメイド少女の有栖はコチラの世界出身なので、異世界の穴を塞いでもどうにかなってしまう可能性は、極めて低いと思われていたり。
「でもまぁ…念のために…あれ?」
ブツブツと考えながらキッチンへやって来て章太郎は、既にみんなの朝食作りを始めているメイド少女の姿を見付けた。
章太郎の声に、有栖も気がつく。
「あ、主様♪ お早う御座います」
「ぇ、あ、ぅうん…」
「今朝は お早くにお目覚めされましたご様子ですが、何かお急ぎのご用件が 御座いましょうか?」
早く学校へ行かねばならない用事はないけど、さりとて言い訳も直ぐに思いつかない。
「あぁいや、えぇと…み、水を…」
とりあえずキッチンなので、無難な答えしか浮かばなかった。
「申しつかりまして御座います」
主の嘘など考えもしない忠臣メイド少女は、一点の曇りも無い程に美しく完璧洗浄をされたグラスを用意し、常日頃から煮沸をしてから冷やした水を冷蔵庫から取り出して、コップへ注いでくれた。
「お待たせを致しました」
トレイで差し出されたコップを受け取りながら、少年としては「有難う」と言いそうになるけれど、メイドとしては「主に気を遣わせる事は罪」だと聞かされている。
「あ、ぅん…」
常識的な年頃少年としては、これが精一杯の「主の所作」でもあった。
(有栖…もうこの時間には 起きてるんだな…)
章太郎としては、いつも家事をこなしてくれる有栖へ感謝の気持ちとして、たまには朝食くらいは作って楽をさせてあげたいとか、考えている。
(ふむむ…)
有栖への調査が不足していたと、章太郎は反省をした。
いつもの朝食の席で、章太郎的には考え抜いて、ごく自然に問う。
「あぁ~有栖のゴハンは、いつも美味しいなぁ~♪ こんなに美味しいご飯を作ってくれるなんて~、いつも有栖は、何時頃に、起きてるのかな~?」
「? お兄さま、有栖お姉さまが起きる時間を、知りたいのですか~?」
無垢な小学生年齢の翠深衣が、普通に章太郎の問いへ、興味を持ったらしい。
「えっあっいや…っ! ととと特別にとかっ、そういう話では…っ!」
異様に慌てる少年へ、女子たちみんなも、疑問を感じた様子。
「ん~? 章太郎君、早起きしたいの~?」
「ふむ。アリスに合わせて早起きするのは、健康にも良いと思うぞ」
「なんだショータ、普段は オレと同じで寝坊助のクセに♪」
「ですが…その心掛け…とてもご立派ですわ♪」
と、少女たちの感心はそれぞれだ。
「ま、まぁ…」
聞き出し失敗かと思った章太郎の問いを、しかしやはり、忠臣な有栖は聞き逃したりなどしなかった。
「主様、有栖は毎日、朝の六時に 起床をさせて戴いております♪」
と、美しい笑顔で上申を捧げる。
「あ、朝六時…っ! そ、そうなんだ…」
今朝の六時半起床だって、章太郎にとっては超早朝だ。
(こ、これは…本当に、頑張らないと…っ!)
美味しい朝食を戴きながら、章太郎は明日の朝の起床を思い、真顔になった。
翌朝。
「……ふわわ…よしっ、起きるぞ…っ!」
時計を見たら、朝の五時三十分。
夏が近い為か、窓の外は明るくなっていた。
「…んんん~…はぁっ!」
全身を伸ばし気合いを入れて、ベッドから起きて制服へ着替える。
「………」
部屋の扉を明けて廊下を伺うと、キッチンからの物音は聞こえない。
「…よし、今朝は俺の方が 早く起きたぞっ! これから、みんなの分の朝食を準備するんだ…っ!」
そう決意をして、足音を立てないよう、静かにキッチンへ。
誰もいないキッチンは、窓からの陽光だけで、室内は暗く見える。
「………」
室内灯を点けようとして、しかし明かりで気付かれてはマズいと思い、窓からの明かりだけで朝食の支度をしようと、決意をした。
「まずは…お米だよな」
章太郎の好みに合わせてくれて、基本はお米食。
米びつは流しの下だったと思い出し、見付けて、計量カップでお米を計ろうとして、そしてフと思う。
「…有栖はいつも、どのくらい 炊いてるんだっけ…?」
炊飯そのものは、小学校の時の家庭科などで、経験がある。
カップ一杯がご飯一膳分という事は覚えているけれど、みんなでの食事の為に、いつもどのくらい炊いているのか知らないという事実に、章太郎はいま気付いた。
「どうしよう…えぇと…」
当然、有栖に訊くわけにもゆかず、しばし考える。
「…俺はいつも、朝は二杯食べて、ブーケたちは一杯ずつだよな。あ、それに お弁当の分もあるのか…」
翠深衣はみんなより少ないけれど、その分は月夜が食べているから、間違いは無い。
お弁当に関しては、少し多めに炊いたとしても、オニギリとかで消費できるだろう。
「…よし! とりあえず 合計として十六杯で…十六杯っ?」
自分で計算をしたのに、驚いて思わず声が出た。
誰にも声を気付かれていないと周囲を確かめ、かなりな量となるお米を、章太郎は二回に分けて磨ぐ事にした。
「…さて、音を立てないように…」
水も静かに出して、お米磨ぎ用のグレーなバスケットで、静かに掌でかき回す。
「えぇと…たしか、水が透明になるまで…だったっけ?」
そこまで磨いだら磨ぎすぎだけど、小学校の頃の経験なので、やはり曖昧だ。
一回目の磨いだお米をザルへ移して、新たに同じ量のお米を、バスケットへ。
「よし…あわわっ!」
少し慣れた油断で、水を入れながらウッカリお米を零しそうになったりしつつ、章太郎は二回目のお米磨ぎの最中に漸く、大切な事にハっと気付く。
「…あっ! そぅだ、おかず…」
章太郎に作れるおかずなんて、焦げた目玉焼きくらいだろう。
「それに、お味噌汁とか…そ、そっちは、インスタントで…」
とか慌てていたら、キッチンの照明が点いた。
「主様…?」
「っハぁ――っ!」
有栖の声に、時計を見るも、まだ六時前。
メカ生体であり忠臣な有栖は、章太郎が気を付けていたキッチンでの極僅かな物音を感知して、それが章太郎だと解り、急いで起きて身支度を調え、やって来たのである。
見付かってしまった。
しかも朝食の準備としては、ただお米を磨いだだけで、この先はもうメイドの領分。
(こ、こうなったら…とりあえずは、いつもの労いだけでも…)
「お、お早う有栖。いゃあその…ぃいつも有栖は――ぇええっ!?」
せめて感謝の気持ちだけでも伝えようと振り向いたら、有栖は綺麗な正座姿勢でガックりと俯いて、小刻みに震えていた。
感激のあまり、思わず膝が崩れて。
というワケではない事は、見てわかる。
「あ、あの、有栖…?」
「ぁあ、主様…有栖とした事が、なんと恥ずかしく、申し訳のない事をっ…うっうっ…」
「え…? ぇええっ!?」
泣きながら、メイド少女がドレスから鋭利な刺身包丁を組み立てて、自らの喉元へと切っ先を当てる。
「ちょっ――ぁ有栖何やってんのっ!?」
「主様自らに…お食事のお支度を整えさせてしまうなど…め、召使いとして…失態どころの失態にはっ、ございません…っ! せめてもの贖罪として、この役立たずな有栖の、命を以て…」
えいっと刃先を突き立てようとした有栖の両手首を慌てて掴み、必死に止める。
「ちっ違う違うっ! 有栖勘違いだから俺が勝手したからっ――とにかくストップっ!」
キッチンでのドタバタに、少女たちとお供たちが、眠たそうな眼で起きてきた。
「ん~…? ショータロー、どうかしたのか…ふわわ…」
誤解が解けるまで、当然、朝ご飯は食べられなかった。
~第百六話 終わり~
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