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☆第九十三話 煮魚にあらず☆

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 食後の緑茶を戴いて、片付けは女子勢が担当してくれる。
「そ、それじゃ…」
 章太郎としては、自分も手伝いくらいはするベキだと思ってはいるものの、年頃な女子が五人いる家族構成において、家事などはみな、女子たちに占有されてしまていった。
「はい、主様?」
 特に、家事炊事に関してはエキスパートな召使いの少女がいて、メイドロイドの有栖にとっては主の役に立つ事こそが存在意義であり喜びなので、むしろ章太郎は少女に任せるのが勤めとも言えた。
「主様、ご入浴の支度が 整って御座います♪」
 最近になって、朝のゴミ出しだけはなんとか確保しているものの、まだ後ろめたい章太郎は、理由を付けて入浴をみんなの後にしていたりする。
「あ、ありがと。俺は後で――」
 しかし、今日は違った。
「お兄さま。翠深衣は、お願いがあります」
 部屋へ戻ろうとした章太郎に、翠深衣が寄って来て、ワクワク顔で見上げている。
「ん? どした?」
 何か、学校で必要な文具でもあったのか。
 屈んで目の高さを合わせた章太郎へ、翠深衣がもう少し近づいて、お願いをしてきた。
「翠深衣は、お兄さまと一緒に、お風呂へ入りたいです♪」
「んー…んんっ?」
 なんとなく「明日の放課後とかに買って帰ってくる」的な会話を予想していた章太郎は、少女のお願いに、思わず二度聞きをしたり。
「一緒って、俺と…?」
「はい♪」
 翠深衣は、とても楽しみだと隠さない笑顔。
 対して、翠深衣のお願いに、章太郎はやや戸惑う。
「えぇと…なぜ突然に…?」
 変な言葉遣いで聞いてしまった。
「はい。お友だちになった、しのぶちゃんもマキちゃんも、お兄さまやお父さまとお風呂に入っているって、言ってました♪」
 小学校低学年の妹なら、父や兄たちとお風呂に入っても、おかしくはない。
「そういえば帰宅の際に、翠深衣ちゃんは そのような願望を口にしておりました。いつもは有栖と入浴をしておりますが、今宵は主様と入浴がしたい。と」
 有栖も、いま思い出したらしい。
 章太郎にとっては、ブーケたちならともかく、翠深衣は妹に等しい感覚なので、お風呂に入る事じたいは、特に問題無いと考える。
 しかし、気になるトコロは別にあり、章太郎は有栖へと、今更ながらと自覚をしながらも尋ねる。
「えぇと…翠深衣って、スイミーだけど…湯に入って大丈夫なの?」
 普通の魚にとっても、人間の体温ですら低温火傷をしてしまうくらいに、体温差があると聞く。
 ましてや小魚のスイミーが、人間にとって心地良い暖かさの湯に浸かるなど、大丈夫なのだろうか。
 と感じて質問をして、有栖からの答えを聞きながら「まあそうか」とも思う。
「はい、主様。翠深衣ちゃんは、お魚へ戻らなければ、私たちと同じ温度の湯に浸かっても 全く問題はありません」
「…そぅ、だよね…」
 毎日ちゃんとお風呂に入っているのだから、当然だろう。
「うーん…それじゃあ、一緒に入る?」
「は~い♪」
「翠深衣ちゃん、良かったですね♪」
「はい、雪お姉さま♪」
 という事で、章太郎は翠深衣と一緒のお風呂へ入る事となった。

 脱衣所へ来ると、翠深衣は楽しそうに脱衣を開始。
「るんるん~♪」
 エンリョなく衣服を脱ぐ翠深衣に対して、章太郎の方が、ちょっと戸惑ったり。
「うぅ…」
 章太郎自身、家族と一緒にお風呂に入るなんて、幼稚園児以来な気がする。
 パッパと裸になった翠深衣は、豊かな黒髪の靡く頭も、小さくて日焼け色な背中も健康的、元気な命の塊みたいに感じられた。
 全部を脱いだ翠深衣は、脱衣した服を、洗濯籠へと押し込む。
(へぇ…有栖が ちゃんと教えてるのか…)
 浴室の扉を開けた翠深衣が、中から声を掛けてきた。
「お兄さま、早く~♪」
「あ、うん…」
 裸が恥ずかしく無いのは、年齢なのか、魚だからなのか。
(そもそも、俺が戸惑ってるのも、なんか…)
 格好悪いというか、なんとなく情けないというか。
 章太郎も脱衣をして、浴室へと入った。
 中では、翠深衣がシャワーのコックを捻って、噴き出す湯を浴びるタイミング。
「あぁ、スイミー 熱くないか?」
「はい♪ 暖かいです♪」
 章太郎も掌に湯を当てると、丁度良い温度だ。
 少女が頭から湯を浴びて、楽しそうに眼を閉じている様子を見て、章太郎は椅子へ腰掛けてシャワーを受け取る。
「それじゃ、頭を洗うから」
「は~い♪」
 子どもの頃に、親からこうして貰った記憶があって、自分も同じ事を自然としていた。
 とはいえ、相手は小魚の化身でもあり、やはり、おっかなびっくりではある。
 頭からシャワーを当てると、翠深衣は無垢に楽しそう。
「わはーっ♪ あはは~♪」
「…海の中を泳いでいるーとか、そんな感覚なのかな?」
 とか思いつつ、裸で湯を楽しむ女の子とか、なんと平和な光景だろうと感じたり。
「えぇと、シャンプーだよな?」
「は~い、お兄さま♪」
 章太郎はシャンプーのボトルを手に取り、翠深衣へ椅子を譲り、背中向きに座らせた。
「じゃ、頭 洗うぞ」
「は~い♪ ひゃあぁ~♪」
 頭髪にシャンプーを垂らすと、少女は肩をすぼめて、くすぐったがる。
 くすぐったいポイントなのだろう。
「えーと」
 少女の頭に指を充てて、優しく泡立ててゆく。
「痛くないか?」
「はい、お兄さま♪」
 タップリと泡だったシャンプーで、長い黒髪を包むように洗う。
「んふ~♪」
 頭を洗われるのが気持ち良いのか、翠深衣は細い肩をすぼめながらも、くすぐったさを楽しんでいるようだ。
(冷静に考えると、俺はいま 小魚の頭を洗ってるって事なんだよな)
 人型だから違和感は無いけれど、スイミー状態も知っているからか、ついそんな事を考えた。
 小さな頭の隅々まで指先でマッサージをしつつ、なんとなく黒髪をダンゴみたいに頭頂で纏めて、鏡に映ったスイミーに見せる。
「お団子頭~」
「あはは~♪」
 とか遊んで、シャワーで泡を流す。
「流すぞー」
「うん。ひゃあ~♪」
 また頭頂から湯を流すと、くすぐったそうな、眼を閉じた笑顔。
 指で髪を梳くって、シャンプーを残さず洗い落として、今度は身体だ。
「えぇと…翠深衣、自分で出来る?」
 幼女だけど、女児の身体を洗うにしても、触って良いもののか、考えてしまう。
「お兄さま、洗って~♪」
「あ、うん…」
 いつもは自分で洗っているのか、あるいは一緒に入る有栖が洗っているのかは解らないけれど、今は洗って欲しいらしい。
(子供って、そうなのかな?)
 何かの本で、子供はスキンシップを求めるとか、読んだ事を思い出す。
 章太郎は、タオルにボディーソープを乗せて泡立てると、少女の背中から洗い始めた。
「くふふ~♪」
 少年が自分の身体を洗う時とは全く違う、優しく触れるように、タオルを滑らせる。
「痛くない?」
「うん~♪」
 翠深衣の背中は、章太郎の両掌を並べたくらいの幅しか無い。
 華奢とか繊細という言葉しか思い浮かばない程、儚い存在に見える。
 だけど触れる体温は温かく、ぷにぷにの弾力やタオル越しに感じる骨格などが、これからもっと強くなる生命力みたいな、不思議な強さも感じさせたり。
「よし、それじゃあ、次はお腹な」
「は~い♪」
 振り返った翠深衣の、顔は掌で洗って、身体から手足までタオルで綺麗に洗浄。
 シャワーで流すと、特に顔への湯で、またはしゃぐ少女だ。
「ふぶぶぶぶぶぶぶ♪」
 愛顔へ湯を受けながら、息を吐き出すのが楽しいらしい。
「やっぱり、魚だからかな…?」
 翠深衣の全身を綺麗に洗い終えて、今度は章太郎が自分を洗う番だ。
「それじゃあ、翠深衣は風邪を引かないように、風呂に入ってな」
 頭をシャワーで濡らすと、翠深衣が申し出る。
「お兄さま。翠深衣も、お兄さまのお体を 洗ってあげます♪」
「え、俺? あぁ、うん。それじゃあ…」
 翠深衣に椅子を譲られて、座った章太郎の前へ少女が立って、気付く。
「…あれ~? お兄さま、ウナギがいる~」
「え、あ…こ、これはウナギではなく…」
 説明に困る章太郎。
                        ~第九十三話 終わり~
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