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☆第九十一話 初めての給食☆

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 翠深衣は、担任の先生に連れられて三年一組の教室へ行き、一緒に入室をする。
 見知らぬ少女にクラス中が静まって、先生がホワイトボードへ、少女の名前を書いた。
「皆さんに、転入生を紹介します。それでは、自己紹介を」
 促された翠深衣は、大きくて優しい声で、自己紹介。
「初めまして。尾八潮翠深衣です。よろしくお願いいたします」
 サラサラな黒髪に大きくてキラキラな瞳が、同級生たちを魅了する。
「可愛い…?」
「髪の毛サラサラだ~♪」
 廊下側後ろの席へ促された翠深衣は、大きな黒いランドセルを上下に揺らしながら、席へと向かった。
 隣の席は男の子で、この学校は、男女が互い違いに座っている。
「よろしくお願いします」
「ぅ…っ!」
 隣の男子へ笑顔で挨拶をするも、男子は焦った様子で、ソッポを向いてしまう。
 授業が始まると、指された翠深衣は、起立してシッカリと正しい答えを口にする。
「では 尾八潮さん、この漢字の読みは わかりますか?」
「はい。『はたけ』です」
「「「わあぁ~…」」」
 原典から頭が良いスイミーは、学校へ通うまでの間に有栖たちから色々と教えられていた事もあり、同年代の中ではとても優秀だ。
 教室の外から、後ろ扉のガラス越しに教室を見守っていたメイド少女も、安心をする。
「あの様子でしたら、スイミーちゃんは 大丈夫の様子ですね♪」
 翠深衣には、下校時に有栖が迎えに来る旨を伝えてあるけれど、もし友達と一緒に下校出来るならそれが一番である事は、有栖にも解っていた。
「それでは、私は お買い物を済ませてしまいましょう♪」
 掃除や洗濯などの家事もあるので、有栖は商店街経由で、帰宅をする事にした。

 休み時間になると、クラスの女子たちから色々と話しかけられる翠深衣。
 席の周りは女子たちで一杯になり、隣の席だった男子は、その空気で追い出される格好であった。
「ねーねー尾八潮さん、どこから来たの?」
「海…の見える場所♪ あと、翠深衣でいいよ~♪」
「髪の毛、ツヤツヤサラサラで綺麗~♪ シャンプー、なに使ってるのー?」
「ありがとー♪ お兄ちゃんたちと同じのだよー♪」
「目も大きくて綺麗だよね~♪ キラキラしてる~♪」
「そうかなー、みんなと変わらないよー♪」
 女子たちの興味は、翠深衣の容姿に対しての方が強いらしい。
 対して男子たちは、綺麗な転入生女子を遠巻きに見ているだけで、話しかけるなんて無理な心理だ。
 そんな中で、翠深衣の興味を惹きたいらしい一人の少年が、強気ながらオズオズと近づいてきた。
「………」
 翠深衣を囲む女子たちの外枠で、翠深衣をチラチラ見ながらも、それ以上の接近が出来ない少年に、気付く女子。
「? 男子、どうしたのー?」
「! な、なんだよっ!」
 存在を指摘され、女子たちに注目された恥ずかしさで、男子は強気に否定的な態度を取ってしまう。
「ふーん」
 こういった男子の反応を、女子たちも慣れているからか、特に用事が無ければ譲る理由も無い、といった対応である。
「あ、翠深衣ちゃんって、童話のスイミーと 同じ名前だよねー♪」
「うん♪」
 自分が童話のキャラクターで、スイミーの絵本は多くの子供たちに読まれていると、スイミー自身も章太郎たちから聞かされている。
 祖母くらいの年齢な校長先生も知っていた程なので、同級生たちが知っていても、驚きはしなかった。
「お母さんが、スイミー好きだったの?」
「うーん、どうなのかなー。でも、漢字の名前は、難しいって よく言われるー♪」
「あはは~♪」
 スイミー的には、自分がスイミー自身であると告げても、特に問題はない。
 友達が驚いて怖がられたりするのはイヤだけど、明かさないのも、嘘を吐いているみたいで心苦しくはあるのだ。
 とはいえ翠深衣としては、今の空気で「私、スイミー」とか話しても、なんだか違うような気がして、つい事実を伏せてしまったり。
 人間としては小学生のようなスイミーだけど、知性はそれ相応以上に高いせいか、色々と考えてしまっていた。
 チャイムが鳴って、休み時間が終わると、再び授業。
 隣の男子が戻って来ると、なんとなく気まずそうな空気を隠せていない感じ。
 なので翠深衣は、男子がこちらをチラ見したタイミングで、友好意志を表す静かな笑顔で応えた。
「…にこ」
「!」
 チラ見した事がバレた事も、翠深衣の笑顔が可愛い事も、男子的にはやっぱり恥ずかしくて、また凄い勢いで正面へ向いてしまった。

 四時限目が終わると、給食の時間がやつてくる。
「きゅうしょくー?」
 つい言葉が出てしまったけれど、小学校と中学校はお弁当ではなく給食だと、スイミーは章太郎たちから聞いていた。
 ただ初めての給食に、知的好奇心が刺激をされて、ワクワクしている翠深衣である。
「スイミーちゃん、給食初めて?」
「え~、もしかして、お嬢様~?」
 女子たちは、翠深衣の名前をそのまま童話のスイミーと重ねていて、翠深衣のあだ名がそのままオリジナルのスイミーとなったり。
 給食の際には机を合わせるので、翠深衣も女子たちに倣って、机を動かす。
 本来はこれも男女一緒のグループだけど、仲良し同士で机を合わせたりしていた。
「給食は当番だから、スイミーちゃんも、当番になる時があるよ♪」
「そうなんだ~♪」
 給食については、いつも食べるご飯と同じようなので想像出来ていたけれど、当番については、聞いただけではよく解らなかった翠深衣である。
 給食当番の生徒たちが、白い帽子やマスク等で身を包み、廊下から大きなステンレスの台車を押して、戻って来て配膳台へとセットする。
 生徒たちが白いトレイを手にした並んで、給食の配膳を順番に受け始めた。
 初めて見る光景に、スイミーは興奮を覚えた。
「わぁ~…♪ みんな凄い~っ♪」
 みんなが整列して順番に配膳を受けて、列が流れてゆく。
 原典の童話に於いて、小魚みんなで意志を一つにして大きな魚の形を作って難を逃れたスイミーにとって、配膳風景はまさしく、生きる本能の喜びだった。
 形から察するに、この列はウミヘビかウツボだろうか。
 ドキドキしながら並んだスイミーのトレイにも、美味しそうな香りの湯気を立てるホカホカなホワイトシチューや、砂糖がまぶされた揚げパン、酸味の利いたサラダやパックの牛乳など、列で流れるまま次々と乗せられてゆく。
 どれも美味しそうなメニューだけど、翠深衣が食べた経験のある食べ物は牛乳だけだったりする。
「スイミーちゃん、今日のメニューで なにが好き?」
 好きかどうかはまだ解らないけれど、みんな美味しそうだし、特にクラスメイトたちが喜んでいるメニューを選ぶ。
「うぅ~ん…揚げパン~」
 学校へ通う前の頃、章太郎たちが学校帰りに餡ドーナツを買ってきてくれた事があり、それはとても美味しかった思い出だった。
 外見だけなら、揚げパンも似ている。
 尋ねた女子の後ろの女子が、同意した。
「揚げパン、美味しいよね~。わたしも好き~♪」
 とか話しながら配膳が完了して、席へ戻って給食を囲み、日直の男子が席を立つ。
「それでは、いただきます」
「「「「「いただきま~す」」」」」
 担任の先生と一緒に、みんなで手を合わせて、お昼ご飯となった。
 初めて見るホワイトシチューに、深衣翠の好奇心はドキドキとときめく。
「いい香り~…」
 スプーンで掬って、少し熱いシチューを一口。
「…ぉ美味しい~♡」
 濃厚なクリームの香りと優しい小麦の味わいが口いっぱいに拡がって、甘いシチューも口の中で蕩ける感覚。
 ジャガイモや人参などの野菜も柔らかく煮込まれていて、隠し味の胡椒も美味しいアクセントだ。
「シチューって、美味しいね~♪」
「わたしも大好き♪ っていうか、スイミーちゃん、シチュー初めて~?」
「うん♪ 初めて食べた♪」
「そうなんだ~」
 少女たちからすれば、今どき珍しいと言えるだろう。
 サラダも、酸味がサッパリとしてシャキシャキしていて美味しいし、揚げパンも指に砂糖が付くけれどサクサクフワフワしていて、まるでお菓子みたいな食感。
「揚げパンも美味しい~♪ サラダも美味しい~♪ 牛乳も美味しい~♪」
 初めて食べたメニューが殆どだけど、スイミーにとっては、どれも感動的な給食だ。
「好き嫌いとか、無さそうだね」
 とても美味しそうに食べる翠深衣の姿に、女子たちも楽しそうだ。
「スイミーちゃん、これ使う?」
 向かいの女子が、ティッシュを二枚重ねて、手渡してくれる。
「? ティッシュ?」
「こうすると、手が汚れないよ」
 重ねたティッシュを二つ折りにして、揚げパンを摘む。
「ぁあ~、本当だ~!」
 知的好奇心の強いスイミーにとって、新たな知識も感動だった。

                        ~第九十一話 終わり~
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