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☆第六十三話 夜のお茶会☆

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「ただいま、有栖」
「主様、ブーケ様、雪様、満さま…お帰りなさいませ♪」
 章太郎としては、マンションの部屋でお出迎えをしてくれても十分だけど、召使いの有栖としては、マンションの玄関でお出迎えをするのが、メイドの流儀らしい。
 有栖流の完璧なメイド作法としては、四人みんなの手荷物を預かって、部屋まで先導をするベキだとの事。
 なのだが、章太郎たちもそこまでは主人に成りきれていないというか、そこまでして貰うのも気が引ける。
「主様、お荷物を預からせて頂きます♪」
 という言葉を貰わなくとも、章太郎はなんだか申し訳ない気持ちを抱きながら黙って有栖へカバンを差し出すと、メイド少女は恭しく、そして喜びと誇りを隠せない愛らしい笑顔で、カバンを受け取って前を歩き出すのだ。
(…まだ慣れない…)
 有栖の要望なので、章太郎はカバンを預けるようにしたけれど、申し訳なさというか、身に余る贅沢な気がしてしまっていたりする。
 そんな、割と常識的な少年の戸惑う姿も、御伽噺の少女たちには微笑ましく映っていたり。
「御夕食は、いつも通り…午後六時になさいますか?」
「うん、ありがとう」
 有栖の先導で自室へ戻った章太郎は、メイド少女から報告を受ける。
「大旦那様からの伝言で御座います。午後の九時過ぎに、こちらのマンションへと、モニター通話を戴く。とのお話で御座います」
「なるほど…爺ちゃん的にも、何か思うところがあったって事か…」
 蜃鬼楼の音声データは、有栖から章之助へと伝えて貰っているから、その件について、何か気づいたり知りたい事があるのだろう。
「なんたって、蜃鬼楼が 人語に聞こえる声を発した、今のところ唯一の例だもんな」
 章太郎の脱衣を手伝う有栖は、制服のポケットで居眠りをしているヌイグルミ刀をソっと取り出し、メイドドレスのエプロンポケットへと、優しく移す。
「蜃鬼楼との会話…」
 有栖的にも、何か思うところがあるのだろうか。
「有栖はどう? 蜃鬼楼との対話とか、可能だと思う?」
 主の問いに、召使い少女は恭しく礼を捧げて、返答をした。
「…個体数を把握できないまでも、諍いを好まない蜃鬼楼が存在をする…。という可能性に関しましては、有栖は 有り得るのでは…と、愚行いたします」
「…つまり、これまで俺たちが遭遇した蜃鬼楼が悪意満々だっただけで、そうではない蜃鬼楼はいる…。という考えでいいの?」
「仰る通りに御座います」
「…そうだよなぁ。一種類の生命体に関して、みんなの意思が同じーとか、むしろその方が不自然だよな」
 とか、オカルト系の問題に対して、知的生物に関する常識で考える少年だ。
 どの生物に於いても、強い雄ではなく弱い雄を選ぶ雌が、三割近くはいたりする。
 これは、章太郎が現実主義者とかとは、全く違う話である。
「っていうか…俺が現実主義者とか、自分でも もう無いかなーとは 思ってるんだけどな…」
「?」
 有栖には、よく解らない話のようだ。

 夜の九時には、章之助からモニター通信が入るので、その前に五人は夕食と入浴を済ませておく。
「爺ちゃんの考察とか、また長いだろうからなぁ」
 リビングで、壁に仕込まれた大型モニターで、スポーツチャンネルの野球中継を流しながら、五人は寛いでいた。
「冷たいお茶が入りました♪」
「あぁ、有栖 ありがとう」
「アイスティーだ~♪」
「ありがとうございます♪」
「おぉ、美味しそうだ♪」
 有栖が煎れてくれたアイスティーは、章太郎が標準的なアイスティーで、ブーケはアップルティー、雪はミルクティーで、美鶴がレモンティー、有栖は章太郎と同じノーマルなアイスティーである。
 お茶請けも、有栖が焼いたクッキーで、紅茶の味を邪魔しない、ほのかな甘みが絶妙なクッキーである。
「んむ…んん、クッキーも美味しいなぁ♪」
「有難う存じ上げます♪ 主様…♡」
 主の満足気な笑顔が、召使いの少女にとっては、何よりのご褒美であった。
「ほんと~♪ クッキーも紅茶も、すっごく美味しい~♪」
「やはり、料理や家事に関しては、有栖の独断場だな」
 御伽噺の少女たちも、家事炊事などは手伝っているが、メイドロイドの腕前には、やはり適わないらしい。
「有難う存じ上げます♪ ですが…有栖はブーケ様たちのように、主様を守護するお役目には、全くの無力に御座いますので…」
 その辺りは、召使として少し残念な様子だ。
「いやぁ、みんなそれぞれ得意な事が違うだけだし、だからこそ支え合えるワケだし。俺なんて、借り物とはいえ戦闘力は激高だけど、破壊力が大きすぎるとか戦闘時間が短いとか、なんかパっとしないもんな」
 とか、少女たちとの会話を楽しんでいるうちに、午後九時となり、野球中継を流していたモニターが切り替わった。
 大画面に映し出されたのは、何かドリンクを飲んでいる章之助。
「爺ちゃん」
「ショーノスケ」
 ブーケは明るく、手を振って挨拶をする。
「章之助さま、今晩は」
「お爺ちゃ~ん、元気~?」
 丁寧な挨拶をする雪に比して、美鶴はまるで孫娘のようだったり。
「大旦那様…」
 召使いの少女は綺麗に立ち上がり、美しい礼を捧げた。
『ん、おぉっ! みんな元気なようじゃな』
 通信が始まると、助手の真希も、カメラに入る。
『今晩は♪ 有栖、調子はどう?』
 メイドロイドの開発は章之助だけど、実働後の管理やチェックは真希が担当をしていたので、やはり気になる様子だった。
「はい。可動状態は、極めて順調に御座います♪」
 有栖の報告に、真希は、嫁に出た妹を想う姉のような笑顔である。
「それで、爺ちゃん…送ったデータだけど…」
『おぉ、蜃鬼楼が人語を話したとか なかなか興味深い現象じゃのう♪』
 比喩とかではなく、本当に楽しそうだ。
「俺たちの見解っていうか…最後の日本語っぽいところだけは、発音そのままな解釈って感じなんだけど…。爺ちゃんたちは どう?」
 章太郎たちが気になっていたところだ。
『解明って意味じゃと、まだ何も解らんのぉ。何といっても、言葉としては初めての音声サンプルじゃからなぁ』
「そうだよねぇ…」
 蜃鬼楼に、悪意や敵意や欲望など以外の意思があり、こちらの世界の人類と、意思疎通が出来る。
 章太郎たち五人は、その可能性を、良い意味で信じたいと思っている。
 なので、章之助たちの解釈には、期待が強いのだ。
『とはいえ、ある程度じゃが、確立出来そうな手がかりは 掴み始めているぞ』
「確立…?」
 なかなかマッドな博士だからか、端的に言われても、孫の章太郎ですらよく解らない事がある、章之助の自論であった。
 そういう事実にも慣れているのが、助手の真希である。
『これまで、章太郎君たちが送ってくれた戦闘データなどと合わせてですね、蜃鬼楼の発声に含まれる、微細なイントネーションのパターンを、ある程度ですが 確立出来たのです』
「イントネーション…っ!」
 蜃鬼楼の発声にはリズムがあり、この際の行動などからパターン化が出来れば、蜃鬼楼との意思疎通の切っ掛けになる。
 という話だ。
 少し前までガチガチな現実主義者だった少年にとって、大変な科学的進展である。
 孫の目がワクワクで輝くのを、章之助は嬉しそうに確かめて、話を続けた。
『今回の音声データでな、日本語に聞こえた個所のイントネーションも、パターン解析に当て嵌めたんじゃが…』
「う、うん…っ!」
 章太郎のワクワクが、膨らんでくる。
『ここで一服』
 とか、唐突にドリンクを飲んで、無駄に引っ張る章之助だったり。
「じっ、爺ちゃん…っ!」
『ほっほっほ♪ サイエンティック・ジョークじゃよ♪ で、あの日本語らしき発音のイントネーション的には、まあ聞こえたまんま、と受け取って良さそうなんじゃ』
 孫をからかって満足気な章之助の言葉に、章太郎も想う。
「つまり…蜃鬼楼は日本語を話していた…って考えて良いって事?」
『あくまで 極めて高い可能性、という話じゃがな♪』
 章之助の見解に、少女たちも想う。
「なるほど…」
「つまり、私たちと蜃鬼楼たちは…」
「話し合えるかも~。っていう事~?」
『希望はあると、ワシらも考えておる』
 博士の後ろでは、真希も頷いていた。
「そうか…なら–」
 戦わなくても済む道がある。
 と考える章太郎とは別に、章之助は。
『つまりは最悪、信念を異にする蜃鬼楼同士の諍いとかで大混戦して、ワシらも巻き込まれる可能性~とか、否定できんがのぉ。ほっほっほ♪』
「いや…それは笑い話じゃないよ爺ちゃん…」
 凹む章太郎の耳に、そして場違いな言葉が、章之助から発せられる。
『ところで雪、スマンが 服を脱いでくれ』

                        ~第六十三話 終わり~
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