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☆第六十話 蜃鬼楼語?☆

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「ショータロー…っ!」
「あっ、章太郎くんっ!」
 丸腰で無防備なまま、蜃鬼楼へと歩を進める少年の姿に、赤ずきんも魔法少女も驚かされた。
 後ろから、三歩遅れて付き添う雪女の傷は、完全に癒えている。
 しかし、その白い身体が不思議な輝きを放っている事にも、二人は気付いた。
 蜃鬼楼を警戒しながら、少年の隣へと駆け寄って、色々と尋ねる赤ずきん。
「ショータローっ、蜃鬼楼へ、接近するのかっ?」
「うん。ブーケと美鶴も、あの蜃鬼楼から敵意っていうか…いつもの悪意みたいなの、感じないだろ?」
「そ、それはそうだが…」
 赤ずきんに気遣われる少年の後ろでは、魔法少女が雪女の怪我を確認している。
「雪ちゃん、傷、大丈夫なの~?」
「ご心配をお掛けいたしました…。傷は もう完全に治癒されました」
 着物の背中も真っ白で綺麗で、しかも仄かな輝きも、なんだか温かい感じだ。
 雪女は、思う事を二人へ話す。
「章太郎様と同じく…私は、あの蜃鬼楼と言葉を交わせれば…と、感じました」
「蜃鬼楼と、話すの~?」
 魔法少女の疑問に、章太郎が答える。
「出来るかどうか、まあ わからないけどさ…。でも、もしかしたら…何かわかるかもしれないだろ?」
「ぅむ…」
 ブーケはまだ懐疑的だ。
「俺の勝手な行動だけど…三人には一応、警戒しておいて欲しい」
 章太郎の変身時間が極端に短いので、変身してから話し合いを始めたとして、万が一にも蜃鬼楼が襲ってきたら、たぶん時間切れ。
 という事態の方が、ブーケたちにとっても厄介だろう。
 取り敢えずの計画だけど、少年を中心として、左右と背後を御伽噺の少女たちで護りながら、四人は蜃鬼楼の前へと歩み寄った。
 ――ガオオォォ…。
 目の前の蜃鬼楼は、丸い身体をユラユラと揺らし、両掌の爪が開いているものの、刃先は内側へ向けていて、なんだか戸惑っているようにも見える。
「…やっばり、いつもみたいな悪意は、感じないな…」
「…うむ」
「うん~」
「はい…」
 もし左右から攻撃とかされたら、赤ずきんと魔法少女が対応し、章太郎への直接攻撃なら背後から雪女による防御の刃。
 という構えである。
「じゃあ…」
 三人へ視線で意志を伝え、息を飲んで、少年は更に一歩前へ出た。
「…お、お前は…俺たちに、何か、伝えたいのか…?」
 隙アリ、とかで攻撃してこないでくれよ。
 とか想いつつ、反応を見ていると。
 ――グ…がおおぉぉ…。
 赤いツリ目や大きく裂け口はそのままだけど、あきらかに、声が違った。
「!」
 章太郎は、想わず三人へと向いて、驚きを共有してしまう。
「この蜃鬼楼~、なんか 穏やかだよね~」
「私も、そう感じました」
「敵意は、無いのか…?」
 とはいえ、戦闘隊長である赤ずきんは、特に警戒意識を緩めない。
「こ、言葉…あぁ、解らないよな…そうだ!」
 章太郎は、ポケットからスマフォを取りだして、蜃鬼楼へと見せた。
「えっと…見えるか? これで、この場での、俺たちの会話を記録…残せる筈だ…わかるかな…?」
 蜃鬼楼は、相変わらずの強面ポーカーフェイスなので、章太郎たちにも、言葉が通じているのかすらわからない状態だ。
「えぇと…あーあー、本日は晴天なり」
 と、まずは録音して見せて、スマフォを見せながら再生。
『あーあー、本日は晴天なり』
 ――がおおぉぉっ!
 小さな板から少年の声が聞こえて、蜃鬼楼も驚いた様子。
 赤いツリ目をパチパチさせて、スマフォへ魅入っていた。
「こ、こんな感じだから…。何か、言いたい事があるなら…録音するぞ」
 あえて目の前で、再びスマフォを操作して、画面を蜃鬼楼へ向ける。
「お前は、何を伝えたいんだ…っ?」
 蜃鬼楼は、暫く黙ったままスマフォを見つめる。
 章太郎たちは息を飲みながら「こっちの意図は伝わってないのかな…?」と、不安になったり。
 数秒の後、蜃鬼楼の目が赤く光って、ゆっくりと、巨大な丸顔をスマフォへと近づけて来た。
「「「「!」」」」
 章太郎にはちょっと怖くて、三人は警戒度を強める、蜃鬼楼の巨顔。
 ――がおおぉぉ…がおお…がおおおぉぉ…。
「………」
 章太郎たちは、緊張したまま、蜃鬼楼の発音が終わるのを待つ。
 ――がおおぉ…が…ワ…。
「「「「えっ!」」」」
 蜃鬼楼の、言葉――
 四人が確かにそう感じた瞬間、丸形蜃鬼楼の後ろから、いつもの悪意が感じられた。
「! ショータローっ、下がれっ!」
 ブーケの言葉と同時に、少年が一歩退いて、少女戦士たち三人が前へ出る。
 実体化をしている蜃鬼楼も、遅い動きで振り返ると、背後の中空には、新たな揺らぎが現出をしていた。
「また蜃鬼楼…っ!」
 一度に複数の蜃鬼楼が出現する事は、さほど珍しくはないけれど、悪意のある無しは初めての経験である。
「なんか、あの揺らぎもヘンだよ~っ!」
 いつものような黒い揺らぎだけど、動きが速く、直ぐに赤い目と口が現れて光った。
「もう実体化を…っ!」
 これまでとは違う様子に四人が警戒をしている数秒の間に、蜃鬼楼は実体化を果たす。
 宙に浮かんだまま、竜巻をそのままの形にしたような全高は、三メートル程だろうか。
 細長い逆三角形な身体をユラユラと揺らし、渦の高い位置には赤いツリ目と大きく裂けた口が、ギラついていた。
 顔より下には四本の細い腕が伸びていて、先端は鋭い鎌状に尖っていて、渦のような本体にも小さくて鋭い刃が、無数に回転をしている。
「こ、これは…っ!」
 悪意も溢れて隠さないし、誰がどう見ても、友好的にハグをしに来た蜃鬼楼ではないだろう。
「ショータローっ、下がっていてくれっ!」
「わかったっ!」
 四人の目の前では、大型で丸くて悪意の無い蜃鬼楼と、小型で悪意と刃も剥き出しな蜃鬼楼が、向かい合っている。
 ――ッグルルルルッ!
 竜巻蜃鬼楼が、一歩下がった少年へと、狙いを定めた。
「くっ…こいつは、ショータローが目当てかっ!」
 三人が、丸い蜃鬼楼への警戒を解かずないまま、新たな蜃鬼楼へ注意をすると、丸い蜃鬼楼がノッソりと動いて、竜巻蜃鬼楼と章太郎の間へと、割って立った。
「え…っ!?」
 丸い蜃鬼楼は、両掌の長い爪に力を込めて、自分よりも高い位置に浮遊する竜巻同胞へ向かって、鋭い威嚇の声を上げる。
 ――ッガアアアアッ!
 その声は、いつもの蜃鬼楼でありながら、強い闘志を感じさせ、しかもやはり、いつもの悪意は感じられない。
「と、どういう事だ…?」
 まるで、章太郎たちを護る為に竜巻蜃鬼楼と対峙しているとしか、感じられない現象。
 ――ッグルルルルルルッ!
 丸形の同胞から威嚇をされた竜巻が、そのまま遠慮なく、攻撃を開始してきた。
 竜巻の全身を中空で素早く滑らせながら、全身の回転刃で掠めて切ってくる。
 しかも攻撃対称は、丸形蜃鬼楼だけでなく、御伽噺の少女たちや章太郎も、含まれているらしい。
 ――ッグルルルァァアアッ!
「うぁっ!」
「きゃあ…!」
「わわわっっ!」
 襲撃を避ける赤ずきんのミニスカートが、雪女の和服が、魔法少女の衣装が、高速回転の刃で切り裂かれ、白い肌が露わにされてゆく。
「お、おのれっ!」
 学友たちが注視している中で肌を剥かれるのは、やはり恥ずかしいのだろう。
 動きが素早い竜巻は、赤ずきんの銃弾も雪女の吹雪も魔法少女の対空攻撃も、紙一重でかわして、攻撃を仕掛けてくる。
「と、とにかく…っうわっ!」
 章太郎も変身しようとして、攻撃力で弾き返せる桃太郎か、防御力で凌げる金太郎かと迷ってしまい、その一瞬で、竜巻に接近をされてしまった。
 カードの名前を口にする一瞬の時間も、もう間に合わない程にまで、高速回転の刃が接近。
「――っ!」
「ショータローっ!」
「章太郎様っ!」
「章太郎くん~っ!」
 ――ッガオオオオッ!
 絶対的な危機に、丸形蜃鬼楼が飛び込んで、竜巻の刃を全身で受け止めていた。
「! おっ、お前…っ!」

                        ~第六十話 終わり~
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