上 下
40 / 134

☆第四十話 不思議の存在の有栖☆

しおりを挟む

「有栖、大丈夫かな…?」
 ジープで運ばれた有栖は、地下駐車場の搬入口から、ドロイドのメンテナンスルームへと運ばれた。
「それでは皆様、メンテナンスの為に、少々失礼をいたします」
 とか、お腹に大穴の開いたメイドロイドは、明るく入室をしたのが、十分ほど前。
 部屋の扉は堅く閉ざされ、まるで大病の手術室のように、扉の上の赤いランプが「作業中」と光っていた。
「ショータロー、そんなに心配をしなくても 大丈夫だろう」
「私も そう思います。章之助様も真希様も、落ち着いていらっしゃいましたし」
「真希さんとか~、すっごく興味深そうに、有栖ちゃんを診てたし~」
 ある意味で、研究所の人たちとは章太郎よりもずっと親しい三人だから、とても信頼しているのだと、解る。
「そ、そうなんだろうけど…」
 それでも男子としては、ドロイドとはいえ女性型で感情表現まで出来る存在が、お腹に穴を開けているのだから、どうしたって心配だ。
 ソファーに腰掛けているブーケたちや、その足下で一緒に座っているお供たちとは違って、章太郎は廊下でウロウロと落ち着かない。
 その肩に乗っているヌイグルミの刀は、のんびりと居眠りまでしていたり。
 更に十分ほどが過ぎて、メンテナンスルームの扉が開かれた。
「! 爺ちゃん、有栖は…?」
 焦りを隠せない孫へ、章之助博士は、無言で頭を左右に振る。
「そ、そんな…っ!」
 ロボ少女が死んだ――。
 正確には、破壊されたと言うベキなのだろうけれど、少年の心理としては、死だ。
「………くそぅっ!」
 深い悲しみと、どうしようもない怒りが、湧き上がってくる。
「いや~、あの現象の原理、まださっぱり解らんのぉ。まあ、ブーケたち三人と、桃太郎のお供たちから、関連づけられそうだとは解るんじゃが。はっはっは」
「…え?」
 大笑いをする祖父に、やや混乱をした章太郎は、フと思い当たる。
 このマッドなサイエンティストは、自分に理解出来ない現象が起こると、それを受け入れる為にか少し落ちこみ、すぐに真相究明の意志でやたら前向きになったりするのだ。
 今の反応を見るに、有栖はメカ的な意味で破壊されたのではなく、何らかの、祖父にもまだ解らないナゾ現象を起こしているのだろう。
「あの…それで、有栖は…?」
 章太郎の感覚では、破壊されていないっぽい。
「ん? あぁ、そうじゃったそうじゃった! 章太郎、お前さんの力が必要なようじゃぞな! ほれみんなも、入った入った!」
 背中を押されながら、メンテナンスルームへ入ると、メンテナンスベッドの傍らでは、真希が有栖のデータを記録していた。
 お腹に穴を開けられた本人である有栖は、章太郎たちに気が付いて、ベッドに固定されたまま丁寧な挨拶をくれる。
「お見苦しい姿を…」
「え、いや、それは…有栖は、平気っ――ぅおおっ!」
 頭を上に、斜め七十度に傾いたベッドで固定されている有栖は、仕事用のエプロンドレスなどを全て脱がされた、裸の状態。
 ボロボロのドレスは、研究対称として開発部へと廻されたらしいけれど、有栖本体はメカなフレームに柔らかく薄い軟質素材でコーティングがされていて、更に表面は人工皮膚で覆われている。
 少年からすれば、丸いバストも艶々な下腹部も露出していて、ダメージメカだと解っていても、なんだか見てはいけないような気にもされた。
「ああ、章太郎さん。見て下さい、有栖のお腹を」
「え、あぁ…はぃ…」
 お伽話の三人も躊躇いなく見ているのは、女性同士だからだろうか。
「有栖ちゃん…痛くないですか?」
 というユキの問いに。
「はい。痛いという感覚が、私には初めての体験ですので、この感覚が痛いと呼べるのかは確定できませんが、なにやら『このままでは稼働率が下がり続けていつか停止してしまう』というような、不思議な緊急状態という信号が確認できます」
「いやそれっ、笑顔で話せる事じゃないからっ!」
 焦るのは章太郎ばかりだ。
「いやいや章太郎、有栖には活動に必要なエネルギーをベッドから送り続けているから、とりあえず機能停止はあり得んだろう。それよりも、ドロイドである有栖が、痛覚を持ったという事実じゃよ」
「え、あぁ…元々、機能としては なかったの?」
 孫の質問に、真希が応える。
「介護用の試作機という意味では、痛覚などを模したシステムを試験的に搭載はしています。しかし、生物と同レベルの危険信号では、作業にもプログラムにも支障が出る可能性がありましたし、痛覚等のブログラムは、まだ不完全でした」
「な、なるほど…」
 専門家でもない少年には、殆ど解らないけれど、有栖の報告から推察される痛覚は、人間のそれに近いという事らしい。
 それを笑顔で報告しているのは、単にメカの部分のお陰なのか、はたまた接客業としての神憑りな対応根性の賜か。
「それにホレ、見てみぃ」
 祖父が指し示したお腹の大穴は、歪んだフレームや破損した内部の機械だけでは、なかった。
「…ん?」
 血管のような金属のパイプが、脈拍つように蠢いて、しかもフレームと完全融着をしていたりしている。
 この造りは。
「なんか…」
 お供たちを、チラと見る。
「そうじゃ。生機融合というか、お供たちメカ生体と同じ構造体へと、変化しておる。しかもレントゲンによると、腹部だけではなく全身みなメカ生体、という劇的変化じゃ」
 そんな超常過ぎる現象の原因は、一つしか思い当たらない。
「蜃鬼楼の影響…?」
「でしょうねぇ」
「え、えぇと…」
 有栖の現状はわかったけれど、章太郎にはそれ以上に、すごく気になる事実があった。
「それであの、有栖の修理は…?」
 取り敢えずメカ部分のエネルギーがある限り、破損による機能停止はないっぽい。
 けれど、女性型で会話が出来る存在が、お腹に穴を開けたままというのは、見てられないのだ。
「ぶっちゃけ、もはや有栖は単純なドロイドではないからのう。無理じゃ」
「ぇええ~っ!? そ、それじゃあ有栖は…っ!」
 このままベッドに固定。
 とか想像をしたら、章之助博士には、考えがあるらしい。
「あくまで可能性じゃがな。有栖がメカ生体となったなら、三人娘たちとか、あるいはお供たちと同じように、章太郎の聖力で、破損が修復されるかもしれんぞ」
「俺の、聖力で…? そんな便利な感じ…あるの?」
 疑問に思うものの、ブーケたちも章太郎の聖力で活動しているし、疲労も回復できるらしいので。
「原理としては 同じじゃよ。まあ、今のところはあくまで、ワシの推論による高い可能性に過ぎんがの」
 なんであれ、章太郎の聖力で有栖が回復できる可能性が高い。
 ややマッドな発明家である章之助がそう言うのだから、章太郎としては、そうなのだろうと可能性を信じるしかなかった。
 少年は、自分の盾となって護ってくれたメイド少女へと向く。
「ぇえと…有栖、俺の聖力を、送ってみるけど…」
「はい」
 メイドロイドは、章太郎の言う通りに掌を差し出して、笑顔で応えた。
 年頃な少年にとっては、たとえロボだと理解をしていても、少女の小さくて細い掌を取るなんて、恥ずかしい。
「そ、それじゃあ…」
 それでも、有栖が直るならと、ソっと掌を取ったら。
「あー章太郎さん、それではダメです。いつもブーケたちへするように、一番強くて柔らかい渡し方、接吻で行ってください」
「…ぇえっ!」
「なるほど」
「たしかに、章太郎様の接吻のほうが…」
「あったかいんだよね~♪」
 三人娘も賛成らしい。
「え、あの、でも…っ!」
 人前でのキスだって恥ずかしいのに、更に肉親である祖父までいる。
 少年の戸惑いは、やはりというか、特に有栖を研究対象と捉えている祖父には、全く伝わらなかったり。
「何をしておる。グズグスしてると、有栖がいつまでも痛みから解放されんぞ」
 物理学の権威とは思えない、メカの心の話を平然とする祖父。
「っ! そ、そぅだよね…っ!」
 章太郎は、恥ずかしくても耐えるしかなかった。
「章太郎様…どうぞ」
「う…っ!」
 眼を閉じて脣を預ける有栖は、素直で無垢で、なんだか庇護欲を刺激される。
(ぃっ、いかんいかんっ! 今はっ、有栖を助けるんだっ!)
 ドキドキしている場合じゃないと、自分の羞恥心を押さえ込んで、章太郎は有栖へ聖力を分け与えた。
 脣同士が優しく触れて、章太郎の身体から温かく優しい聖力が、高濃度で有栖へと満たされてゆく。
「「「「「…おおぉ…っ!」」」」」
 皆の感嘆の声が聞こえて、脣を放すと。
「まあ…腹部パーツの破損が、完全に修復をされました…っ!」
 有栖の言葉で視線を向けると、まるで少女のお腹そのものな、肌色成分しかないツルツルな腹部が視界を占めて、章太郎は真っ赤に焦った。
                        ~第四十話 終わり~
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。

みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』 俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。 しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。 「私、、オバケだもん!」 出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。 信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。 ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

処理中です...