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☆第三十六話 爺ちゃんたちと昼食☆
しおりを挟む席へ戻って直ぐに、有栖によって注文の品が届けられる。
接客係の後ろから、一メートルほどの高さがあるカートが、付き従っていた。
『お待たせを致しました。オムライス、ラーメン、サンドイッチ、スパゲティー・ナポリタン、ビーフステース、素うどんをお持ち致しました』
メイドロイドは笑顔で告げながら、カートから注文客の前へと、食事を置いてゆく。
「おお! サンドイッチ、ハムや卵や野菜がタップリなのだな!」
お皿に並べられたサンドイッチは、フワフワなパンにシャキシャキなレタスや瑞々しいハム、薄くフワフワに調理された卵焼きなどの具が鮮やか。
綺麗な彩りを見ただけで、絶対に美味しいと確信出来てしまえる程の作りだ。
「おむらいす、とても綺麗で美味しそうです?」
オムライスも、楕円形のお皿に美しく盛られていて、端まで焦げ目とか一切無い完璧な焼き上がり。
ケチャップも厨房で作られているらしく、香りも色も光沢も艶めかしくて、食欲を強く刺激してくる。
「うわ~、ラーメン~、具がいっぱいだ~♪」
大きな丼の縁から数枚の海苔がはみ出していて、大きなチャーシューや半熟卵、ナルトやモヤシなど、鉄板と言える具が山盛りだ。
スープは醤油味のようで、艶も脂が濃すぎない色合いで、実に美味しそう。
「私、実はこれが大好物なのです」
真希が注文したスパゲティー・ナポリタンは、誰もの記憶の奥に存在しているような、懐かしさを感じさせる一品だった。
深めのお皿に盛られた赤いパスタは、ケチャップだけでなく、タマネギやソーセージなどの豊かな香りでも、食欲を刺激してくる。
「~♪」
素うどんは、実にシンプルな素うどんだけど、薄茶色で透明な汁は鰹節の良い香り。
具はうどんとカマボコのみだけど、シンプルで勝負出来る風格のような、シッカリとした自信さえ感じられた。
「うおおっ! ビーフステーキだっ!」
章太郎と章之助の前に運ばれたビーフステーキは、まだシュウジュウと焼き音を立てていて、脂を跳ねる程に熱々だ。
ミディアムで注文した肉色は、濃い目のキツネ色で焼き上がっていて、良い香りを発散しまくっていた。
ソース類と一緒に塩も用意されていて、味付けは好みで食べるらしい。
「お、美味しそうっ♪」
とてつもない空腹の章太郎は、ステーキ二人前で注文してあるので、目の前のステーキを食べ終わったら次が運ばれてくる事になっていた。
「ワシはステーキなんて 久しぶりじゃのう」
「そうなの? 爺ちゃんなら、ここで食べ放題なんでしょ?」
少年からすれば羨ましい食事環境だけど、祖父はやはり、研究者肌の人物である。
「普段は 研究しながら食べられる物がほとんどじゃからな。おにぎりとかホットドッグとかアメリカンドッグとか」
「アメリカンドッグって…ご飯になるの?」
どちらかと言えば、おやつに近いと思う。
それに何と言っても、栄養が偏らないか、心配してしまう。
孫の心配を、博士の助手である真希が応えてくれる。
「その点でしたら、ご心配には及びません」
研究員たちの、研究所内に於ける食事は、過去半年ほど記録が残され更新され続けているという。
「博士に限らず、研究者という人種は食事に頓着のない方が多いですから。まあ私もなんですが。ですので、どのメニューでも、本日の食事に必要とされる栄養は 常に補給されるように作られているのです」
「しかもアレじゃぞ? どんな栄養素を入れても、味や香りや食感には、全く影響せんからのう。極論すれば、まったく同じメニューばかりを食べ続けても、栄養には全く悪影響を及ぼさんのじゃな」
「へえぇ…す、すごいね…っ!」
好き嫌いのある人間にとっては、まさに夢のようなシステムだ。
「じゃろう? この食事のシステムは、真希くんの提案で 更に真希くん主導で創られたんじゃよ」
「そ、そうなんですか…っ!」
祖父の言葉に、章太郎は真希へと、驚きと尊敬の眼差しを送る。
「えっあっぃいえそのっ――ここ、これもこの研究所だから出来た事ですすしっ――そそそれにそのあのそうですよっ! 逆に子供の好き嫌いを無くすには適さないシステムですしっ!」
美しい才女は顔を真っ赤に上気させて、アワアワとパニックになっている。
どうやら真希は、発明品に感心されるのは好きでも、自分が褒められるのは苦手らしかった。
「ね~ね~、早く食べないと~、冷めちゃうよ~」
「ああ、そうだった! それじゃあみんな」
みんなで手を合わせて。
「「「「「「頂きます」」」」~す♪」ぞい」
お昼ご飯が始まった。
章之助はステーキソースをタップリとかけて、章太郎は、まずは塩で頂く。
「ステーキは…ぉおお~♪」
フォークがス…と柔らかく刺さり、ナイフを入れると柔らかい抵抗でスパ…と切れる。
断面は綺麗なグラデーションの焼き加減で、肉汁もタップリと溢れ出す。
「こんなでっかいステーキ、初めてだ…あむっ!」
口いっぱいに頬張ると、甘い肉汁が口から鼻腔一杯に広がって、何とも贅沢で幸せな気持ちだ。
熱々だけど火傷しないお肉は柔らかくて、噛むと牛肉のふくよかな香りが嬉しい。
塩だけの味付けも、肉本来の甘さを引き立てていて、選んで正解だったと確信出来た。
「んんん…ぉいひぃ…?」
思わずウットリして、天を仰いでしまったり。
「んむんむ…おお、確かにこりゃ 美味しいモンじゃのぅ♪」
章之助博士も、口から肉汁とソースを滴らせながら、大きな口でビーフステーキを味わっている。
「ん…んくん…爺ちゃん、ここのステーキって初めてなの…?」
所長さんだしお昼はいつもここで食べているのだし、一通りのメニューは食べているのかと、普通に思っていたけれど。
「んむ…ワシは片手間が多いからのぅ。家で婆さんが作ってくれる朝夕いがい、あまり意識した事ないからのぉ」
博士の返答に、助手が追加の答えをくれる。
「一応、全てのメニューは申請済みですが、博士がお召し上がりになる事は、滅多にありませんですね。オススメはしているのですが」
と、口の周りをソースまみれにしながらで、モデル越えな美貌が台無しな真希。
「なぁに、若いモンが 美味しく腹一杯に食べられればそれで良いと、ワシは思っとるからな。ハッハッハ!」
「なるほど…」
祖父らしい考えだ。
「まぁ…? この おむらいす…なんとも不思議な味わいなのですね…♪」
「ここのサンドイッチも、これ程までに美味しいモノだったか!」
「ラーメンも、サッパリしてるのに味が豊かで~、美味しいよ~♪」
三人の笑顔に、章太郎も嬉しくなってくる。
「良かった…ん?」
隣を見ると、ヌイグルミな日本刀が、素うどんを食べている。
握りからデフォルメな両腕が出ていて、箸を器用に使って、うどんを啜っていた。
刀の柄の眼あたりに口があるのか、眼球の下に寄せられたうどんは、そのまま吸い込まれるように消えてゆく。
「…食べてるんだよな…?」
章太郎の問いに、ニコニコな笑顔で頷く刀だ。
御伽噺娘たちの方から、メカ生物の幼体のようだけど機械的な鳴き声が聞こえる。
「ん? ああ、お供たちか」
子犬がブーケに、小猿がユキに、小鳥が美鶴に、何かをねだっている。
「キミたちも、食べたいの~?」
美鶴が尋ねると、それぞれが元気な鳴き声で応えた。
『ブーケちゃん、ユキちゃん、美鶴ちゃん、こちらをどうぞ』
三人と友達らしい有栖が小皿を用意してくれて、ブーケたちは自分の食事から取り分けて、それぞれのお供に与える。
「お前は犬だが、サンドイッチとか 食べるのか?」
「キジちゃん、ラーメン平気~?」
餌付けとしては禁止されそうなメニューだけど、メカ生体でオカルト属性な三匹には、関係無いようだ。
それぞれお気に入りの相手から分けて貰った食べ物を、三体は嬉しそうに食べ始めた。
「…なんか、みんな仲良くなった感じだな」
試しに章太郎が呼んだら、三体とも嬉しそうに寄って来たけれど、解散をさせたら、それぞれ少女たちの元へと戻って行く。
「あの三体、ブーケたちが気に入ったのかな」
「ふーむ、相性もあるんじゃろうかな」
と、開発者の博士は分析をして、助手の美女が補足をする。
「三体のお供たちには、それぞれに自我がありますので、誰かを気に入る、という可能性はあり得ますね。パートナーとなれれば、蜃鬼楼との戦いでも、強力な戦力となってくれるでしょうし」
「…あ、そうか」
言われて思い出した感じだけど、お供の三体も隣の刀も、鬼と戦う為の仲間である。
(…ついペット感覚だったなー、俺…)
反省しつつ隣を見ると、満腹になったらしい刀は満足げに、少年の脇へと身を寄りかからせていた。
「…俺をマクラ代わりにしてる」
図々しい刀だな。
と思うものの、なんだか悪い気はしない。
章太郎が一枚目のステーキを食べ終わると、有栖が二枚目を出してくれる。
「…刀よ。お前も、一口食べる?」
刀に尋ねたら、ちょっと興味ありそうな振りを見せて、すぐに気のない様子でソッポを向いて、しかし章太郎の腿をノソノソと這い上がって、お皿の前に来た。
「…猫みたいなんだな。お前…」
~第三十六話 終わり~
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