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1章

妖の里へ『ようこそ、霧幻の里へ』

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「おやめなさい」

完全に意識を失う寸前、
耳に届いたのは、静かな女性の声だ。

とたんに触手の動きが止まる。

俺はとたんに体中が硬直し、そして弛緩した。
びりびりと後から快楽の余韻が訪れて、
体を震わせながら、必死にそれをやり過ごす。

一方、触手と応戦していた中尉もまた、息を切らしながら、
その場に片膝をついた。

俺に巻き付いていた触手は俺をゆっくりと地面に下ろすと、
名残惜しそうに肌を撫でて、そして俺から離れていった。

そしてすごすごと霧の中に消えていってしまった。

ぐっしょりと触手の体液で濡れ、服は重くなった。
俺は触手の責め苦から逃れたことで、どっと疲労感を押し寄せて
思わずその場にくたりとしゃがみこんだ。

触手の化け物が姿を消すと、
代わりに姿を現したのは妖艶な巫女だった。


なんとまぁ、美味そうな精気じゃ。
お前のようなものが、
妖の巣の中にのこのことやってくるとは、
喰ってくれと言わんばかりではないか。

だがお前たちは大事な客人。
いくら美味そうといっても取って喰う訳にはいかんのだ。
主がお待ちだ。案内しよう。


これが案内人?
俺は思わず中尉を振り返った。

「出迎えにしては、少々手荒なのでは?」

息を整えた中尉が、巫女姿の美しい女性に向かって
肩眉を上げて言った。

「そちだけで来ると思ったら、
まさかそんな贄を連れてくるとは
思わなんだ。悪かったな」

巫女は優雅に中尉を見下しながら返答する。

「大丈夫ですか?」

俺は何が何だかわからないが、とりあえず乱れた服を直した。
中尉は腰が抜けて立てない俺に肩を貸して立たせてくれた。

「あの女人が案内人、なのですか?」

「ええそうです。会いたくはなかったですが」

眉間にしわを寄せて巫女を見つめる中尉は、
珍しく不快な感情を露わにしていた。


これから行くところは東の村のはずれにあります。
東の村の人間も知らないような場所です。
驚くかと思いますが、
何があってもわたしの指示に従ってください。


「はいっ、中尉」

「思ったよりも元気そうですね。
良かったです。
では、行きましょうか。」

そうして待っていた巫女に声をかける。

「連れは大丈夫か。
なんならわらわがおぶってやってもよいぞ。
礼はもらうがの」

「いえ、わたしの部下ですのであなたの
お手を煩わせる必要はございません」

巫女は中尉の言葉に含みをもってふふっと笑うと
優雅に霧の中を進んでいく。
俺も中尉とともに巫女の後について、霧を進んでいった。

※※

永遠に続くかと思われる石段を登り、
連なる赤い鳥居をくぐり進んでいく。

霧が立ち込める白い視界の中、肌寒く、鳥の声すらも聞こえない。
自分の息遣いとざっざっと3人の足音だけが聞こえる。

ふと巫女が足を止める。

「御二方、歓迎しよう。ここが東のはずれの霧幻の里。
現し世から逃れて、しばし夢を楽しむがよい」

霧が薄くなり、目の前が開けたところには
想像していたよりも大規模な村が姿を現した。

日本家屋のような木製の建物もあれば、
西洋風の洋館のような建物も並んでいる。
そこだけが切り取られた別世界のような光景に
俺は息をのんだ。

「これ、どういうことですか、中尉」

「後で説明します、今は」

と言って中尉は人差し指を口に当てた。
もはやこれが現実なのか夢想なのかすら判別できない。
とにかくこの中で一番確かなものの指示に従う。

「では、主のところに案内しよう」

「お願いします」

俺は黙って中尉の後ろに付き従った。

※※

主の館だという洋館は古びた建物で、築50年は経っているだろう年代ものだ。
そこらにひびが入り、緑のツタが生い茂り、蜘蛛の巣の住処となっている。


ここからはわらわの案内は不要。
扉を開けてまっすぐ進むとよい。
主の元へ道が通じているであろう。では。


そういって巫女はくるりと後ろを向くと、
霧散して消えてしまった。

俺は巫女のいたところをパチパチと瞬きしてみたが、
最初から何もなかったかのようだ。

「佐倉軍曹」

まだ先ほどの光景に驚き、呆けていた俺に中尉が声をかけてきた。

「はい」


これから言うことを絶対に守ってください。
この館では決して一言も話さないこと。
主に話しかけられても決して返事もしないでください。


「な、なぜですか」

「わかりましたか?」

「はい」

有無を言わさない強い口調で念を押されて
俺はただ頷くことしかできなかった。
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