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第四話 休日の触れ合い

第四話 一二

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 昼食後、ミトドリに話を通してから、慈乃しのはスイセンとテオとともに街へと繰り出した。
 慈乃にとってはたった二日前に訪れた街は、休日によるひとの多さのせいか違う場所のように思えた。
 ひとの賑わいはもちろん、商店の活気も一層増し、花々が彩る通りの景色までもが鮮やかに映る。
 圧倒されつつもスイセン達とはぐれないように、慈乃は必死になって彼らの背を追っていた。
 時折、スイセンが足を止めては後ろを振り返り、テオも「シノお姉ちゃん、だいじょうぶ?」と声を掛けてくれた。
 そんな彼らの気遣いのおかげもあって、ひとごみが苦手な慈乃もなんとか無事に目的地にたどり着くことができた。
「夕方になるとますます混んでしまうので、まずはおつかいを済ませてしまいましょう」
 スイセンは意外にも慣れた様子で、中年男性の店主に注文をした。店主は「スイくん、またおつかい? 偉いね~」と言いながら、会計をし、注文分の砂糖とおまけの飴までくれた。
「ありがとうございます」
 スイセンが愛想よく笑うと、店主も笑顔を返した。
「いいっていいって! 今後ともごひいきに。テオくんと、ん? 姉ちゃんは初めて会ったか?」
 店主はテオを見て目を細めていたが、慈乃に目に留めると目をまるくした。
 慈乃は緊張しながら、小さく頭を下げた。
「は、い。……慈乃、といいます。よろしくお願いします」
「シノさんは最近学び家に来た職員さんなんですよ」
 スイセンがさりげなく慈乃を前に出しながら、紹介をした。
「ご丁寧にどうもな。俺はここの店主をやってるトーヤだ。よろしくな、シノちゃん」
 トーヤは商売人らしい気持ちの良い笑みを浮かべた。
「買い物はもちろん、顔を見せに来てくれるだけでも歓迎するさ。近所のおじさんだと思ってよろしくしてくれると嬉しいよ」
 まもなくトーヤは客に呼ばれたので、慈乃達を送り出すと店の奥へと戻った。

 さすがに七つ年下のスイセンに重い荷物を持たせるのは申し訳ないので、慈乃は歩きながら控えめながらも荷物を持つことを申し出た。
 しかし、スイセンは有無を言わせぬ笑顔でもって、断固として拒否した。彼曰く、己の信条に反するらしい。最終的に「ここは男のぼくを立てると思って、お願いします」といわれてしまっては、慈乃も折れるしかなかった。
 砂糖の代わりに慈乃に手渡されたのは、おまけでもらった飴だった。
「ちょうど三つもらったので、ひとり一個ずつですね。はい、テオにもあげるね」
 スイセンは、慈乃とは反対隣にいるテオにも飴を渡した。
「ありがとう、スイお兄ちゃん」
 テオは嬉しそうに、ふんわりと笑った。
「そういえば……。私達は、どこに、向かっているのですか?」
 ふと疑問に思って慈乃が尋ねると、スイセンとテオが顔を見合わせた。
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「おはなやさん」
「お花屋さん?」
 テオが口にした答えは意外なものだった。慈乃が思わずおうむ返しすると、スイセンが詳細を語ってくれた。
「ぼく達の部屋に飾るんです。学び家にある花でもいいんですけど、たまにはあまり目にしない花を買って飾りたいねってテオと話してたんですよ」
「おこづかいもためたんだよ」
 学び家ではあまり額は大きくはないものの、子ども達にもお小遣いが支給されている。小さく胸を張るテオの姿は非常に微笑ましかった。
「スイセンはぜったいいれるんだ」
「あはは……。テオが言うなら、仕方ないか」
 テオの希望をしぶしぶ了承するスイセンの反応に、慈乃は首を傾げる。
(スイくんはスイセンの花守だったはずよね……。花守は自分の司る花が好きなものだとばかり思っていたけれど、違ったのかしら?)
 慈乃のきょとんとした顔を、スイセンが不思議そうに見返した。
「シノさん? どうかしました?」
「えっと……。スイくんは、スイセンの花があまり……好きではない、のかな、と……」
「ああ、そう見えました?」
 スイセンは苦笑気味に答えた。
「花守な以上、スイセンは好きですよ。なんですけど……、ちょっと煩い、といいますか。ほら、花の精の性格って花言葉に依るところも大きいじゃないですか。スイセンの場合、それが顕著で」
 花の精の性格が花言葉に影響されているという話は初耳だった。カモミールにもそれが反映されているのだろうか、と思い至ったところで、カモミールの花言葉を知らないことに気づいた。すごろくの時にも実感したが、カモミールのことくらいはもっと詳しくならなくては、と慈乃が反省している間にも、スイセンの話は続いていた。
「スイセンは水面に映る自分の姿に恋い焦がれ、叶わぬ恋の苦しみより死んだ少年・ナルキッソスの化身といわれています。これに由来して、スイセンの花言葉は〈うぬぼれ〉〈自己愛〉というわけなんです。自己愛者のことをナルシストといいますよね、それです」
 スイセンはここまで一気にまくし立てたかと思うと、大きなため息をついた。
「これが本当にすごくて。シノさんも花守だからわかると思うんですけど、花の精の言葉って意識していないときでも普通に聞こえますよね」
 カモミールの花の精が時々語りかけてくる現象を思い出して、慈乃は頷く。聞きたいと思っても応えてくれないこともあれば、突然声が届くこともある。気ままな存在だと思う。
「スイセンが近いところにある時は、スイセンの花の加護が強まるからなのか、それとも自分の姿を見て酔っているだけなのか……。とにかく、自画自賛や自慢が止まらないんです」
 心なしか、スイセンの顔色が悪い。相当堪えているようだ。
「なので、できれば近くに飾るのは避けたいんです。でも……」
 スイセンが悩まし気な視線を向けた先には、純粋な眼差しで彼をじっと見つめるテオの姿があった。
 テオからしてみたら、慕っている兄の司る花なのだから、スイセンは外せないのだろう。
 スイセンにもそれがわかっているから無下にはできないでいる。それは、スイセンに気が弱いからではなく、彼の優しさ故だと、慈乃には思えた。
 同時に、自分とは似ているようで、その実、全く反対だとも思った。
 もし、慈乃がスイセンと同じ立場にあったとき、慈乃もまたテオの期待に応えようとするだろう。しかし、それはテオを思いやってのことというよりも、自身の気の弱さ故に断り切れないからではないだろうかと想像できた。
 ふとした拍子に自己否定のような思考回路に陥ってしまう自身に気づき、慈乃は頭を振った。
(今は、関係ないでしょう……!)
「ついたー!」
 テオの無邪気な声に引き戻されて、慈乃は顔を上げた。
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