【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
345 / 388
第二五話 希望の灯

第二五話 四

しおりを挟む
 意識を取り戻してからのあかりの回復ぶりは目覚ましく、七日も経てば昴から外出許可が降りた。
「そろそろ外に出ないとね。邸の中にいてばかりなのも身体に良くないし」
 この七日間のうち、あかりはほとんどの時間を自室で過ごしていた。ただ、何をするでもなくぼーっと虚空を見つめて、ときおり結月たちが会いに来ればたまに言葉を発する。昴が称したようにまさに『動く人形』のようだった。
「ねえ、あかりちゃん。今日は南の地と南朱湖に行ってみない?」
「みなみ? なんしゅこ……?」
「そう。あかりちゃんが生まれ育った場所だよ」
 あかりははいともいいえとも答えなかったが、結月が左手を差し出すとすっとその手をとった。虚ろだったあかりの顏がほんの僅かに緩んだような気がする。
あかりたち四人は連れ立って南の地を目指した。今はまだ人目にさらされるのは避けたくて、商店の立ち並ぶ玄舞大路ではなく林が広がる西白道から南朱湖に入る。
ここで数多の命が散っていったとは想像しがたいほど、目の前の広大な湖は穏やかに凪いでいる。
献花台に花を供えた結月は、湖に向き直ると静かに瞑目した。あかりはその姿を隣でじっと見つめていたが、やがて結月の真似をして手を合わせ、目を閉じる。その様子を見届けてから秋之介と昴も黙禱を捧げた。
南朱湖を前にしてもあかりの様子に変化はなく、凄惨な過去を忘れていることが彼女にとって良いことなのか悪いことなのかはわからない。結月たちはあかりが何の反応も見せないことに落胆しながらも、心のどこかでは安堵もしていた。
「そんじゃ、南の地の町を見ながら帰りますか」
「うん。あかり、行こう」
 あかりは結月と手をつないでから歩き出した。
 最後の戦いの後、各地ではより復興に力が注がれていた。それは住民がいない南の地も例外ではなく、他の地の民同士が協力し合ってあかりの草案を読み込みながら道を整えたり建物を立て直したりしていた。その結果、南朱湖の氾濫により瓦礫の山と化した町は、すっかり元の景観を取り戻していた。ただし、景観に限った話である。住民あっての町なのに、ここには人の営みや賑わいが全くない。なによりこの地を治めるべきである朱咲や朱咲家の者がいないのだった。
 形ばかりの町並みを見て、あかりは何を思うのだろう。そもそも何かを思うのだろうか。
 朱咲家の邸跡を通り過ぎ、朱咲門を潜る。そのまま朱咲大路をゆっくりと進みながら、南の黄麟門へと向かう。
 その間あかりは一言もしゃべらなかったが、南の黄麟門にまでたどり着くと通ってきた大路を振り返った。
「さび、しいね……」
「えっ?」
 まさかあかりの口から感想がもれるとは思わず、三人は声をそろえて聞き返した。しかしあかりはそれきり口を閉ざしてしまい、『寂しい』と繰り返すことも、別の言葉を発することもなかった。
しおりを挟む

処理中です...