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第一九話 水無月の狂乱
第一九話 一三
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「昴は心配なんだろうけど、もっと秋を信じよう? 秋も、気持ちはわかるけど、冷静に考え直して……」
「わかってねえくせに、知ったような口利くなよ!」
ところが興奮状態にある秋之介には結月の態度は癇に障ったらしい。声を荒らげ、昴ではなく結月を鋭く睨みつける。
「親父を亡くした痛みも、お袋を守り切れなかった悔しさも、おまえにはわかんねえよ!」
この前と同じ流れになりそうで、あかりは咄嗟に声をあげ、二人を止めようとしたが、あかりが言葉を紡ぐ前にぞっとするほど低く冷たい声が落ちた。
「……それ、本気で言ってる?」
あかりが目を見開いて見た先には、表情のない結月がいた。無表情のようなときはよくあるが、完全に表情を消した結月を見るのはあかりでもそう数は多くない。あかりが見上げた結月の横顔はもともと整っていることもあって、無表情の今、凄みを帯びているようにすら感じられる。漏れ出る妖気はひんやりとしていて、水無月だというのに寒気がした。
感情の起伏があまり激しくない結月が、このときばかりは怒っていることは明白だった。
「おれは、菊助様も梓様も、実の両親のように、慕ってた。なのに、何も思わないって、おれには何も理解できないって、本当にそう、思ってるの?」
「ああ、そうだよ! どれだけ慕ってたとしても、失くして初めて気づくものだってあるんだ。おまえにわかるはずがねえよな!」
「……」
吐き捨てるように叫ぶ秋之介を、結月は無言で睨み返す。結月は確かに怒っていたが、瞳には失望の色が浮かんでいた。稽古場の出口へと足を向ける結月を、あかりは咄嗟に引きとめる。
「ゆ、結月……!」
さすがにあかりの声は無視できなかったのか、結月は動かしかけた足を止めたが、振り返ることはしなかった。
「……こんな精神状態で、霊符は扱えない。落ち着いたら、戻ってくる、から」
静かに落とされた声には、消しきれない冷たい熱が込められている。それに中てられてしまったあかりはそれ以上何も言えず、その場に立ち尽くして遠ざかる結月の背中を見つめていることしかできなかったが、秋之介の盛大な舌打ちにびくりと我に返った。
「すかしやがって。腹立つ」
そして秋之介も、結月が出て行ったのとは別の道程で稽古場から出て行こうとした。
「秋くん」
昴の呼び止める声すら無視して、秋之介はその場を去っていった。
残されたあかりと昴は再び顔を見合わせる。そこには先ほどのような微笑みはなく、ただただ困ったような呆れたようななんともいえない空気だけが残った。
「わかってねえくせに、知ったような口利くなよ!」
ところが興奮状態にある秋之介には結月の態度は癇に障ったらしい。声を荒らげ、昴ではなく結月を鋭く睨みつける。
「親父を亡くした痛みも、お袋を守り切れなかった悔しさも、おまえにはわかんねえよ!」
この前と同じ流れになりそうで、あかりは咄嗟に声をあげ、二人を止めようとしたが、あかりが言葉を紡ぐ前にぞっとするほど低く冷たい声が落ちた。
「……それ、本気で言ってる?」
あかりが目を見開いて見た先には、表情のない結月がいた。無表情のようなときはよくあるが、完全に表情を消した結月を見るのはあかりでもそう数は多くない。あかりが見上げた結月の横顔はもともと整っていることもあって、無表情の今、凄みを帯びているようにすら感じられる。漏れ出る妖気はひんやりとしていて、水無月だというのに寒気がした。
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「おれは、菊助様も梓様も、実の両親のように、慕ってた。なのに、何も思わないって、おれには何も理解できないって、本当にそう、思ってるの?」
「ああ、そうだよ! どれだけ慕ってたとしても、失くして初めて気づくものだってあるんだ。おまえにわかるはずがねえよな!」
「……」
吐き捨てるように叫ぶ秋之介を、結月は無言で睨み返す。結月は確かに怒っていたが、瞳には失望の色が浮かんでいた。稽古場の出口へと足を向ける結月を、あかりは咄嗟に引きとめる。
「ゆ、結月……!」
さすがにあかりの声は無視できなかったのか、結月は動かしかけた足を止めたが、振り返ることはしなかった。
「……こんな精神状態で、霊符は扱えない。落ち着いたら、戻ってくる、から」
静かに落とされた声には、消しきれない冷たい熱が込められている。それに中てられてしまったあかりはそれ以上何も言えず、その場に立ち尽くして遠ざかる結月の背中を見つめていることしかできなかったが、秋之介の盛大な舌打ちにびくりと我に返った。
「すかしやがって。腹立つ」
そして秋之介も、結月が出て行ったのとは別の道程で稽古場から出て行こうとした。
「秋くん」
昴の呼び止める声すら無視して、秋之介はその場を去っていった。
残されたあかりと昴は再び顔を見合わせる。そこには先ほどのような微笑みはなく、ただただ困ったような呆れたようななんともいえない空気だけが残った。
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