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第一二話 葉月の凶事
第一二話 二
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次の日は朝からどんよりとした曇り空だった。ここのところずっと晴れの日が続いていたので、曇りとなると妙に気分が沈む。陰鬱な気分を払いたくて、あかりは稽古に一心に臨んだがあまり集中できなかった。
縁側の梁にもたれかかりながら、あかりは誰もいない裏庭を見つめた。
「町に行けたら良かったのに」
しかし葉月に凶事が襲い来るとわかっている今、やたらと町に出るわけにはいかない。本当は町の皆の顔が見たかったが、忙しくしている昴たちの手を煩わせるのは本意ではない。だからあかりは葉月に入ってからというもの外出を控えていた。結界術や治癒術に強い玄舞の邸は黄麟家の次に強固な結界が張られているからだ。
「葉月が終わるまであと一一日、かぁ……」
仕方ないとはいえ落胆を禁じえない。あかりが深いため息を吐くと、裏庭の山茶花の茂みから物音がした。
「猫かな」
以前にも何度か迷い猫が入り込んでくることがあった。結界が敵意を感知しないため動物は割と頻繁に玄舞家にやってくる。
あかりは興味を持って草履をつっかけ、縁側から裏庭におりた。
黒い毛並みに赤い瞳。茂みから姿を現したのは忘れもしないあの狐だった。
「あのときの……!」
吸い寄せられるように赤の瞳から目が離せない。瞳には敵意や悪意は浮かんでおらず、ただただ穏やかだった。
しかしこの妖狐は現帝に使役されているはず。それにもかかわらず結界は鈴の音を鳴らさない。
「どういうことなの……?」
あかりが考え込み、立ち尽くしていると、妖狐はさっと身を翻した。
「あ、待って!」
見失ってはいけないような気がして、あかりはとっさに妖狐の後を追いかける。妖狐は茂みに身を投じず、母屋の方へと走っていった。
すると外廊下を歩いていた昴があかりを呼び止めた。
「あかりちゃん、どうしたの?」
もどかしく思いながらも、あかりは足を止めた。
「さっき黒い妖狐が裏庭に入ってきて、こっちに走っていったの……!」
「……だけど、結界は反応しなかったよ」
「私もそれが気になって……。それになんだか放っておけない気がしたの」
あかりの意思の強い瞳を見て、昴は迷う素振りを見せたがやがて深く息を吐いた。
「……わかった。一緒に行こう」
昴は素早く術使いである玄舞家の家臣に命令を下すと、あかりとともに外へ出た。
縁側の梁にもたれかかりながら、あかりは誰もいない裏庭を見つめた。
「町に行けたら良かったのに」
しかし葉月に凶事が襲い来るとわかっている今、やたらと町に出るわけにはいかない。本当は町の皆の顔が見たかったが、忙しくしている昴たちの手を煩わせるのは本意ではない。だからあかりは葉月に入ってからというもの外出を控えていた。結界術や治癒術に強い玄舞の邸は黄麟家の次に強固な結界が張られているからだ。
「葉月が終わるまであと一一日、かぁ……」
仕方ないとはいえ落胆を禁じえない。あかりが深いため息を吐くと、裏庭の山茶花の茂みから物音がした。
「猫かな」
以前にも何度か迷い猫が入り込んでくることがあった。結界が敵意を感知しないため動物は割と頻繁に玄舞家にやってくる。
あかりは興味を持って草履をつっかけ、縁側から裏庭におりた。
黒い毛並みに赤い瞳。茂みから姿を現したのは忘れもしないあの狐だった。
「あのときの……!」
吸い寄せられるように赤の瞳から目が離せない。瞳には敵意や悪意は浮かんでおらず、ただただ穏やかだった。
しかしこの妖狐は現帝に使役されているはず。それにもかかわらず結界は鈴の音を鳴らさない。
「どういうことなの……?」
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すると外廊下を歩いていた昴があかりを呼び止めた。
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「……だけど、結界は反応しなかったよ」
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あかりの意思の強い瞳を見て、昴は迷う素振りを見せたがやがて深く息を吐いた。
「……わかった。一緒に行こう」
昴は素早く術使いである玄舞家の家臣に命令を下すと、あかりとともに外へ出た。
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