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第三話 束の間の平穏

第三話 九

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 瞬時に判断を下した紫苑は、一見抵抗する術をもたない風雅に向けて新たな霊符を使役した。霊符は風雅に貼りつくかに思えたが、その寸前にきれいな切り口でもって真っ二つに裁断された。二片になった霊符が地につく前に、風雅は目にも止まらぬ速さで紫苑へと突っ込んだ。風雅の手の中で銀色が鈍く光る。
(やっぱりまだ持ってたか)
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
 風雅の行動は想定の内だ。紫苑は焦ることなく結界を張ると、風雅の使い古した短刀を正面から弾き飛ばした。手中から離れた愛刀を空中で掴み取りながら風雅は身軽な動作でくるりと一回転し、紫苑から距離を置いたところに着地した。
「あー、もー、面倒だな! さっさとやられて俺の玩具になれよ」
「そんな悪趣味に付き合うつもりはない」
 苛立ちを隠そうともしない風雅に対し、紫苑は常の調子で淡々と言い返す。
「そっちこそ、いい加減美桜のことを諦めてくれない? 鬱陶しくてたまらない」
「それはできない相談だ、なっ!」
 風雅は大きく跳躍すると落下の勢いそのままに短刀を振りかぶるが、紫苑は的確に結界を張って攻撃を弾き返した。その衝撃を受け止めながら風雅が後方に飛び退く隙を狙って、紫苑もまた霊符でもって攻めの一手を打つ。それを寸ででかわした風雅は正面から紫苑に斬りかかった。
 風雅が短刀で攻撃を繰り出す一方、紫苑が結界を張ってそれを防ぐ。風雅の隙を狙って紫苑が霊符で攻撃しようとしたところを、風雅がひらりとかわす。その攻防戦がしばらく続いた。
 辺りはとうに暗くなっていて、中途半端に欠けた月が夜空の高くに昇っている。戌の刻はとっくに過ぎているだろう。
 攻守の手を休めないまま紫苑が思ったのは厄介なこの戦いのことよりも、それにより家でひとりで待っているであろう美桜のことだった。
 美桜は優しいから、きっと自分の帰りを健気に待ち続けてくれているだろう。そしてこんな静かな月夜の晩に理由も知らされないまま自分が戻らないことで、父の殉死を聞かされたときのことを思い出しているかもしれない。
 紫苑こそ実の父を失ったから、その不安と恐怖は痛いほどわかる。もし今、紫苑が美桜の立場だったらと思うとぞっとした。
(こんなところで時間を浪費するなんて馬鹿げてる。早く美桜のところに帰らないと)
 こんなときこそ美桜の側にいたいと思うのに、その状況を他でもない自分がつくりだしていることが情けなくてもどかしい。いよいよ紫苑は覚悟を決めた。
(相打ちになるだろうけど、それでこの状況を打破できるなら)
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