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第二話 本当の居場所

第二話 七

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 浅い眠りから覚める。
(ああ、またこの夢なのね……)
 美桜が式神として囚われていたときによく見ていた夢だった。夢とはいっても実際に五年前に起きたことだが。
 現実でも追い詰められているのに夢ですら追い打ちをかけてくる。いや、現実で追い詰められているからこんな悪夢を見たのだろうか。
 室内は薄暗く、夜明けには程遠い。
 今でこそ夜に眠り、朝に目覚める規則正しい生活をしているが、以前は違っていた。陽の光は遠く、決まって夜に呼び出されては妖を滅し続ける日々だった。
 夜に目が冴えてしまうのは夢のせいもあるが、習慣的なせいでもあるだろう。眠気が訪れることはなく、勝手に頭が働き出す。眠っている間は忘れることができていた負の感情が目を覚まし、美桜の胸を重たくした。
 真に感情を全て失うことができたらどんなにか楽だっただろう。
式神として飼われている間は心を殺して生きてきたつもりだったが、その実『殺した』のではなく『押さえつけていた』だけなのだと気づいた。そうでなければ『恐怖』に追われ続けることもなかっただろう。
もともと不安定だった感情は紫苑と再会したことでより揺らぐようになってしまった。涙を流す資格などないとわかっていながら泣くのは、ひとえに自身の心が弱くなったからで、罪悪感と嫌悪感に苦しむのは当然の報いなのだと思う。
(こんなことに、なるくらいなら……)
 式神として囚われた当初は紫苑との再会を心の拠りどころになんとか生き抜こうと思っていた。しかし後に気づいたのだ。妖の血に染まりきった手をどうして愛しい人に伸ばせるのかと。それからは紫苑の存在は美桜にとって重荷になった。優しかった日常に見た幸せそうな紫苑の微笑みを切り裂くように、刀を振るい続けた。戻ることができないのなら、この身に一刻も早い破滅が訪れるように振る舞おうと。
 それなのに運命は美桜にとってどこまでも残酷だった。
(紫苑と出逢う運命なんて、要らなかった)
 美桜は抱えていた膝に顔を埋めた。まるで世界のなにもかもを拒絶するかのように。

 結局、美桜は寝直すこともできず、かといって何かをする気にもならず、部屋の隅で膝を抱えたままぼんやりし続けていた。気づけば雨戸の隙間から一条の光が射しこんでいた。
(もう、朝なのね……)
 朝は嫌いだ。式神に降された当初は陽の光が恋しくてたまらなかったのに、いつしか眩しい陽の光を厭わしく思うようになっていた。ずっと新しい一日の始まりなんて要らないと思っていた。けれど美桜の一存で世の摂理が変わるはずもなく、人生を終わりにする気力も残っておらず、今日が始まろうとしていた。
 憂鬱で胸の奥が重たく、のろのろと立ち上がると足元がふらついたが、構わずに美桜は朝支度を済ませ、いつものように朝食の準備をするため土間へ向かおうと廊下に出る。
「あ……」
 すると紫苑と鉢合わせた。
 二人の間に気まずい沈黙が流れるがほんの一瞬のことで、紫苑は普段と変わりないように見える態度で美桜に挨拶する。
「おはよう、美桜」
 しかし美桜に取り繕う元気はなく、紫苑の目もまともに見られないまま、いつにも増して小さな声で「おはよう……」とだけ辛うじて返した。
「……顔色が良くないけど、大丈夫なの? 家事のことなら無理しないで、休んでても……」
「……いえ、大丈夫よ」
 体を動かすのは怠いが、それをおしてでも何かしていないと気が滅入りそうだった。
 紫苑は何か言いたそうにしていたが「……そう」とだけ呟く。
これ以上会話を続ける気にはならなくて、美桜は「また、あとで」と言い置いてそそくさと廊下の奥へ歩を進めた。背中に心配するような視線を感じたが、美桜は気づかないふりをした。

 美桜は紫苑とともに居間で朝食を摂った。普段からそれほどしゃべらない二人ではあるが、今日に限ってはいつもとは別種の沈黙が二人の間に漂っていた。
(きっと、私のせいだわ……)
 そう自覚はしていても明るく振る舞う気力がない。
 無言の朝食を終え、なんとか美桜は紫苑を仕事へ送り出した。
(掃除、しなくちゃ……)
 義務感と責任感に突き動かされて、美桜はぼんやりした意識のまま掃除を進める。気がついたら掃除は終わっていて、どっと疲れが襲ってきた。
(少し、休まないと……。体がもたないわ……)
 泥のような体を引きずって、美桜は自室に戻った。部屋の隅の壁に背を預けて座っていると、次第にまどろみ始め、浅い眠りが美桜に夢という名の過去を見せた。
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