醜い皮を被った姫君

ばんご

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貴方がいるから

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俯いていると、彼はゆっくりと私の手に自分の手を重ねる

その手はあったかくて、けれど想像以上に大きかった
指先は細く、男らしい
この手に守られていると、感じられた

『わ、私も寂しい…です 
 もっと一緒にいたい 
 けれど、大事な時だから邪魔したくなくて
 会いに行ったら、迷惑じゃないかって…

 そんなこと言わないってわかってるのに
 不安で仕方がないんです…』

今まで言えなかった、胸の内に秘めていた思いを吐き出す

『私も不安ですよ 姫と同じですね』

けれど、彼の言葉と表情は不安なそぶりなど見えず、私に気遣っているのかと思ってしまう

『貴方でも、不安になったりするのですね
 そういう時はどうしたらいいですか?』

彼は迷いのない瞳で、微笑んで口にする

『今日みたいに貴女に会いにいきます
 それでは答えにはなりませんか?』

不安になったら会いに行く
素直な彼だから言えるのかも

けれど納得する自分もいた
不安になったら会いに行って、思いをぶつけ合うということも、大事なことかもしれない

『私が貴方に会いに行ったら嬉しい
 ですか?』

自信なさげに、彼の様子を伺いながら問いかけるが、彼は満面笑みを浮かべながら

『とても、嬉しいです
 貴女より大事なことなんてないですから』

ここがお店ではなかったら、きっとお互いに口づけを交わしていたのかも

その代わりに彼は、私の手を取り、手の甲に口づけを落とす
愛してる、と言われているように

別れ際に彼に大事なことを伝えた
父が近々、彼に挨拶にしに行くことを

いろんな問題が積み重なって言うのが遅くなってしまった
それを彼に告げると、どう言えばいいのかわからない、という表情をしていた

父と私との仲について、説明をした
すべて誤解であり、私を守るためにしたこと

それを聞いても、彼の表情は変わらなかった

『貴女は…それでいいのですか
 事の経緯がそうであっても、私は
 許せません

 あんな、傷だらけで目覚めない姫に
 見舞いに来ないなんて…』

悲しかったのは事実だ
けれど、その中でも父は私を愛していた

失った時間は元に戻らない
やり直す事は叶うことなどない
人生は一度きりなのだから

だけどその中で、私は少しずつだが
確かなものを築いていきたいと思った
親子という絆を

『貴方の言いたいことはわかります
 悲しかった、苦しかったことは消えません
 私の中で生き続けます
 
 けどお父様の思いを聞いて
 嬉しかったのです』

その時の嬉しさを思い出すように、私は微笑んだ

『私は、愛されていたんだって
 ひとりぼっちじゃ、なかったって…』

感極まって私は涙を流す
その涙は悲しみではなく、嬉し涙

止まらない涙に、彼は優しく拭ってくれた
一粒、一粒の涙を、掬うように

私の紡ぐ言葉をゆっくり、待っててくれる
しゃくり上げながらも、私は思いを伝える

『お父様を許してあげたかった
 ずっと一人で苦しんでいたんです
 何度も私に謝って…

 苦しかったのは私だけじゃないって
 結果がどうであっても
 私は許さずにはいられなかったのです』

『貴女は、とても優しいですね
 私には、できないことです』

ゆっくりと顔を横に振り、彼の頬に触れる

『貴方がいるから…』

『私ですか…?』

彼は何故、という表情をしていて
その反応に私は微笑みを隠せなかった

『貴方がいるから、私は前へ進めるのです
 そう思わせてくれた、変えてくれた
 他にも…言葉以上のものを
 私にくれました

 だから父と向き合えた
 感謝しかないのです』

言い終えたと同時に彼は私を抱きしめた
いつもよりも強く
私はそれに答えるように、彼の背中に腕を回した

『すみません、言葉が出なくて…
 貴方を強く抱きしめてしまいました』

彼の頬は、ほんのりと赤みを帯びていて
少し照れ屋な一面を見てしまった

『構いませんよ
 貴方に触れられることがとても
 嬉しいから』

『さっきよりも、素直ですね』

『ええ、嘘はつきたくないと思ったのです
 特に貴方の前では』

好きな人の前では、素直な自分でいたい
可愛いと、綺麗と思われたい

恋は人を変えるものかもしれない
醜いままの自分だったらきっと、信じることもなかった

彼の言葉は綺麗事、と思ったのかも
今はそう思わない
どんなことがあっても、私はこの人を離したくない

手離したくない、と思えたから
初めての恋心を捧げた相手だから

貴方は私を希望の光と言った
なら私は貴方を、一筋の光へと導いてくれる存在

貴方を知らなかったあの頃にはもう戻れない
戻りたくない



 









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