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第一章

第九話 夢から現実。決意。

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「ンジュッ、ジュッ……。んぐっ、んふんふっ……。こくっ……」


「き、きもちい、っう……、レ、レムさんもっと激しく、してっ……」


「ンジュッジュッ、んふぅ……。んちゅ……ん、んぅう? んんうウウッ!?」


 焦げ茶色の腹筋にギャランドゥが視界全開に入り込んできて、レムはその腹筋をドンッ、と突き飛ばした。
 口の中には慣れようのない苦い味が広がっていて、ドロドロと張り付いてくる。強いていうなら生臭い獣味だった。
 そう、精液である。今まで口にした夢で飲んだものとはかけ離れた味が、口いっぱいに広がっている。


「ど、どういうことだっ。う、う、宇崎くんっ……」


「あ、やばい、起きちゃった……」


「こ、ここは夢じゃないのか? ど、どういうことだっ……。宇崎くん答えるんだ! 早く答えるんだ!」


 口を拭うなりレムは詰め寄る。口の中の感覚だけではなく、胸ぐら掴んだ手のひらに返ってくる感触までが生々しい。


 夢から覚めている……。


 そう分かっても、どうやって戻ってきたのか皆目見当がつかない。
 ついさっきまで夢の中にいて、垢目に奉仕していたと思っていたのだからとうぜんである。


「お、おちついてっ! レムさんがフェラを始めたところで目が覚めたんだよ! 気付いたら、レムさんが人形みたいに座っててっ!」


 首を前後に振るわれながらに、すべてを洗いざらい吐きだす宇崎。
 正直に話したからといってレムの気が収まるはずもなく――。


「それがなぜキミの場合フェラチオをさせる理由になるんだ! 宇崎くんっ!」


「垢目が、垢目がチンポしゃぶられてるの見て、うらやましかったんだからしかたないでしょ!」


「し、しかたないだと!? ぐっ……。宇崎くんっ! ……キミはどうかしてるぞ! いかれてるっ! キミはどこか変だ!!」


 フェラチオさせられていたことは置いておくとして、レムには夢から覚めた理由がまったくもって分からなかった。


 垢目はトドメを刺すつもりだった。
 狙いは分からないままだが、夢世界に幽閉するつもりだった。
 それだけは明確に分かるがゆえに、レムは謎に包まれていた。


(なぜだ……。分からない……。宇崎くんに辱められて無理やり起きたからか? そんなわけ……)


 ――とはいってもそれ以外、考えられない……。


 ジーッと穴が開くほどに、レムは宇崎を凝視する。
 視線を合わそうとしなかった宇崎がチラチラ目を合わせてきて、しまいに鼻の下を伸ばし始めた。


 真犯人ともいえる垢目の浮上によって、一度は宇崎の潔白が証明された。
 ものの、すべてを台無しにした宇崎を、レムは睨んだ。


「くっ……、宇崎くん。偶然ではあるが、どうやらボクはキミに助けられたようだ。だからといって、キミのしでかしたことは許されることではないぞ。準強姦。れっきとした犯罪だ。しかし、いまはそれどころではない」


 レムの反応に逐一表情を変化させていた宇崎ではあったが、レムの言おうとしていることを察して真剣な表情で頷いた。


「いい表情だ。宇崎くん。垢目について知ってることをすべて話してくれ。このままだと、キミは退魔協会に身柄を拘束されて、ボクは垢目の手に堕ちるだろう。それだけは避けねばならない。キミも同じ気持ちだろう?」


 レムが犯されているあいだ念仏を唱え続けていた宇崎ではあったが、そのあいだ行われた、垢目とレムのやり取りを見聞きしていたのだ。
 このままでは青春を謳歌出来なくなることくらいは察しが付いていた。


「わ、わかった。レムさん。答えられることならなんでも答えるよ」


「垢目が赴任してきた時期。キミと密に接しはじめた時期。そして、キミがボクに好意を抱いたきっかけを教えてくれ」


 ――この三点が判明すれば、垢目が生き霊かどうか見極められるだろう……。
 そう思って、レムは問い掛ける。


 垢目が起こした霊障の数々は、とてもじゃないが、生き霊の仕業の一言では片付けられない。そう思ってしまうくらい、垢目に張られた罠の数々は芸が細かい。


「垢目は僕が入学する前からいたよ。話しかけてくるようになったのは、レムさんが転入してきてからだ。――特別レムさんのはなしをするわけでもなかったんだけど、それから生き霊を生ませたり、あと取り込ませたりも出来るようになったんだ。レムさんに好意、って、――それは夢の中で言ったとおりだよ」


「あ、あぁそうだったな。しかし、垢目のことがまったくもって分からなくなったな。ボクに好意を持っていたキミを、たまたま器として使ったとなると、垢目が生き霊という可能性も捨てきれなくなったな……」


 もともとの生まれる理由が、人間の解消しきれない純粋な欲求である以上、生き霊は複雑な行動をとれない。


(しかし、人間のなせるわざとは思えない。同業か? どちらにしても一度負けてしまった宇崎くん以上の脅威になるだろう。……処女を失いかねんな)


 思いに耽る中、神妙な面持ちをした宇崎から言葉を掛けられる。


「レムさん。難しい顔してるけど、そんなに垢目って強いの? 垢目が、僕に寄生していただけじゃないってところまでは分かるんだけど……」


「いままでで最高に厄介な相手かも知れないな。夢世界を使って除霊なんてぬるいことが出来ないくらいにな。実世界で身体を許すことになるかもしれない」


「え? 垢目とやるの? ……マジで? ……嘘でしょ?」


 宇崎は、夢の中とは別次元の力をもったレムに、男子トイレで転げさせられたばかりだ。手も足も出ないとはこのこと、そう思うくらいの力でだ。
 垢目がいくら並の生き霊ではないと知っても、レムの身の心配はしていなかった。ただ、垢目とやられるのはキツい……。


 もともとあったレムへの好意。
 今となっては、人間七人分の感情を溜め込むことの出来る、強い激情と変貌しているのだ。


「そうなるだろうな。そのくらい垢目には厄介な生き霊が憑いている。憑いていないとなるとなお厄介な相手だ。――しかしだ。ボクが直接対峙すれば確実に垢目を成仏させられる。確実な方法がそれしかない以上、手段は選べないよ」


「ま、まってよ。そこまでする必要あるの? 誰得? バケモノとやって、しまいにバケモノに処女まで捧げるって、レムさん頭がおかしいんじゃないの?」


 宇崎を除霊した翌日の朝に聞かれた台詞。
 しかし、そのときとは血相がまったくといっていいほど違っていた。
 当然である。
 宇崎の想いはそのときより遥かに強いモノへと変化していたのだから。
 

「損得勘定なんて、自分の中にだけあればいいものだろう。少なくともボクにとって、行き場に困った霊体をほったらかすのは、困ってる人を見て見ぬ振りしているようなものだぞ」


「ようなものって……、みんな見て見ぬ振りするでしょ!? 自分が困ってまで人助けするやついる?!」


 目を血走らせて声を張りあげる宇崎に、レムは少し驚かされる。
 ふっ、と少し困ったようなため息を吐いて、控えめに笑んだ。


「困ってる人をほったらかしにしたら、ボクは寝付きが悪くなるだろう。それは困るんだ。ボクのもつ、夢の世界を行き来する能力に支障が出るからな。――手を差し伸べないほうが、ボクも困るんだ。これでも納得してもらえないかな?」


 グッ、と奥歯が割れんばかりに歯噛みする宇崎。
 そんな彼よりも一回り以上小さなレムが、爪先をピンと伸ばして背伸びすると、宇崎の頭を撫でた。


「宇崎くん。ひとつ頼みがあるんだ。初体験が垢目というのは、すごくいやなんだ。どうにもあの男は生理的に受けつけない。――出来れば初体験の相手はキミのほうが助かる。少なくともキミの好意は、いやなくらいに知っているからな」


「えっ?」


「ここまで首を突っ込んだんだ。それぐらい面倒見てくれるだろう?」


 目を泳がせたまま身体を硬直させている宇崎の手を取り、レムは言葉を交わさずに引いていく。


                  ※


 着いた先は保健室だった。
 レムは保健室の扉に結界を張って、現世と隔離した空間を作り上げる。


「よし。夢の世界ではないが、ボクが呪を解くまで誰もここには入ってこられない。……ふぅ。宇崎くん。まだ緊張しているのか?」


「あ、い、いや……」


 しどろもどろしている宇崎に、レムはどうにもペースを狂わされる。
 夢の中ではめちゃくちゃな男だったというのに、まるで童貞である。
 レムも処女ではあるが、夢世界での経験人数の多さからか、余裕が有り余っていた。それに覚悟も決まっていたのだ。


 スルッ、とスカーフを抜きとると、セーラー服を脱いでは畳んで重ねていく。しかし、下着姿になっても宇崎は硬直したままだった。


(弱ったな……)


 そう思ったレムではあったが、突然、にたっと笑って斜め上を見て挑発を始めるのであった。


「宇崎くんが相手をしてくれないなら、垢目とぶっつけ本番しかないかな? それはそれでいいのかも知れないが……」


「まって! それは困る! レムさん!」


 血走っている目を尖らせた宇崎からベッドに押し倒されて、レムは驚かされる。だがそれは、その荒々しい力に驚かされのではない。
 垢目に抱かれると言ったときに、必死に止めてきたときと同じ表情だったからである。


 ――これでいいんだ。そう強く思って身体を開くレム。


 が、レムが宇崎に身体を委ねることさえ垢目は見越していて、レムの初体験を使っての謀略が開始されるのであった。
  
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