伏魔殿の静寂

あづま永尋

文字の大きさ
上 下
19 / 29

出遅れの日

しおりを挟む


「……あの男ッ!!」
 実に久しぶりのベッドの中で晃心は朝から呪いを吐いていた。いや、いつもより日は高そうなので確実に遅刻だろう。今日は終業式なのに。薬を盛られて強制的とはいえ、かなりしばらく振りに泥のように寝た。
 いつ運ばれたのか、いつ身体を拭われたのか、いつ服を着せられたのか、いつあの男が出て行ったのかも、総てが不明。
 そして何より、無駄に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、変に絆されはじめていた自分に虫唾むしずが走る。無条件なやさしさなど、相当な愛情でもなければ裏があるに決まっていたのに。
 ゼリー飲料と栄養剤を口に放り込みながら確認すればやはり、とっくに式は始まっている時間。あの幼馴染は既に舞台に上がっているだろうし、不本意とはいえ責任を押し付けてしまった不手際に舌打ちをする。
「はよ、木谷」
「……おはよう。」
「今日は休めば?」
 部活で不在が多いはずの同室者が、共同スペースで茶を啜りながら片手を上げる。
「……そっちは?」
「一緒にサボろう」
 冗談じゃない。
 目を眇めた晃心は、大変悔しいが睡眠を取ってスッキリした頭を活動させていく。
「──従兄弟、か。直接風紀との繋がりはないけれど、卒業した従兄弟が委員だったね」
 見開いた目は純粋なる驚きか、ポーズか。
「どうせ、風紀から何か言われたんでしょ」
「どう思う?」
 何度も出入りしていたのだ、あの男は。それこそ週に何回も。しかもキッチンで料理まで作っているのだから、気付かないはずはない。それで一度も顔を合わせたことがないことの方が確率的にはとても低い。
 確実に繋がっている。だが、どうする?
 自分には部活持ちの目の前の男のように、速く走る足もなければ体力もない。たとえ、この場を突破したとしても、本気を出されたらすぐに捕らえられるのは目に見えている。ココで、片をつけなければ。
 息を一つ吐いた晃心は、真っ直ぐ同室者を見据えて言葉を選ぶ。
「待っているだけはしょうに合わない。この目で見て聞いて、それで判断する。他人に勝手に決められるだなんて、真っ平ゴメン」
「……驚いた。意外と男らしいな。タダのなよっちくて、可憐な隊長サマじゃないんだ」
「まあ、ほどほどには」
 今年度から同室になったばかりで、相手は部活でほとんど居ないのだ。晃心の本質を知る時間もないだろう。それでなくとも、基本的に親衛隊隊長のネコを被っているのだから見極めるのは難しいのかもしれない。
「俺も詳しいことは聞いてない。結構ヤバイらしいんじゃないかってことだけ。でも、木谷のこと仲間はずれとかじゃなくて、心配してココに居ろってのは解ってね。──忠告はしたよ?」
「ありがとう」
 真剣な口調から一変、茶目っ気タップリに投げられるウインクに張り詰めていた表情も気持ちも緩められる。
「危ない事するなよ」
 本当に自分の周りの人間は誰も彼もやさしすぎだ。
「うん」
 気合と共に制服のネクタイを締めた晃心は扉を開いた。



 自分の考えが間違っていなければ、遠ざけるということは都合が悪いということ。真実の近くにいる、もしくは妨害の可能性でもあるか。それとも居るだけで問題が生じるのか。
 表舞台でなく、学園の暗躍に近づかないよう、薬を盛って同室者に監視をさせた。理由が解らない。本当にあの男は何を考えているのだ。
「……え?」
 昇降口のある建物から、式が行われているはずの体育館へ続く渡り廊下を急ぐ。ふと、何とはなしに見上げた先に、思わぬ人物を認めて晃心は足を止めた。
 生徒会長?
 しかも、あそこは風紀室?
 あまりにもおかしい。
 固唾を呑んで佇んでいれば、気付いたのか顔がコチラを向く。
 距離が離れているので表情も解らなければ、やっと動きが解る程度。それでも彼から発せられる人目を引く独特な雰囲気は違えようもなく、視力のそれほど良くない晃心でも間違いないと断言できる。
 ──コレが、上に立つもの。
 そんな人間をはべらすことができたならば、さぞ心地いいだろう。それをやってのけたのが、転入生の小森こもりだった。
 不意に彼の顔が別の方向を捉える。
 何だ?
 ──聞こえる。
 蜂、だ。羽音。どんどん大きくなる。空気を振るわせる程の。
 防音完備のこの建物でも。夜でもなく、日の高いこの時間に。
 流れ込んでくる騒音に晃心は目を疑った。
 バイク。
 それも、山のように、たくさん。いつぞや給水タンクから眺めた数とは比較にならないほどの大量。それが、自分の下を通り過ぎ校舎内に押し寄せてくる。
 窓に張り付いた晃心とは裏腹に、見上げた先は腕を組んで慌てた様子はない。
 生徒会長は知っていた?
 ──そうだ、この男はあの時屋上でコトの最中だったのだ。学園近くで行われていた集会を知らないはずはない。
 言葉を失いながらも流れの先を目で追って、更に愕然とする。
 この先は──第一体育館、だ。
 終業式の会場。
 大倉も榛葉も世良も、全校生徒が集っている場所。
 駆け上がる、言いようのない悪寒。
 自分が寝ていた間に何が起こっているのだ。
 もしくは、コレも夢か。
 爪が食い込む掌、仄かに鉄の味がする下唇が否定しているが、白昼夢だとそのまま不貞寝をしたくなった。
 反射的に後にした渡り廊下。こんなに自分のコンパスの短さを呪った時はない。
「……ッえ、」
 息を切らせて足を動かせば、廊下いっぱいに鎮座する大きなシャッターに阻まれる。
 記憶では、この通路にこんな物はなかったはず。
 困惑を隠せず、叩いても体当たりしてもビクともしない。
「防火、扉……?」
 思い当たった障壁に息を飲む。
 ナゼ?
 火災報知機は鳴っていない。今までの道のりでピンポイントにココだけ。まるで体育館への道をさえぎるかのように。
 考えろ。
 体育館に繋がる通路はココだけじゃない。
 踵を返して走り出しながら、取り出したスマホの画面は真っ暗。
 必要な時には使えないだなんて、どうしようもない。己の日常の不精を呪いながら、辿り着いた先にも、トビラ。
「……ッなんっで!?」
 叩いてもビクともしない、無常な鉄へ縋りつく。
 その間も、まごついている晃心を嘲笑うかのように、渡り廊下の下を無数のバイクが通り過ぎる。お世辞にも素行がよろしいと思えない、カラフルな頭だったりパイプやバットのような凶器を眼下に捉えながら気持ちだけが焦る。
 大倉、世良、榛葉、隊のみんな……!
 考えるんだ。
 頭を扉に押し付けながら、その冷たさに冷静をもらう。
 他の通路でも体育館に通じる道が封鎖されているということは、逆を返せば今までの道のりのように関係ないところは通常通り。煙も立ち上っていなければ報知機もスプリンクラーも作動していないのでどう考えても火災でなく、確実に誰かの意図が働いている。
 通信手段がなく中の様子が解らない以上、こんな所で時間を浪費しているヒマはない。監視カメラがあるモニタールームの管轄は自分のような一般生徒がおいそれと入れる場所ではない。もしも、中で何かごとが起きていれば、ドコに連絡が行く──?
 教師? 生徒がノコノコと現れても、混乱しているだろう場所から問答無用で追い出されるのがオチ。それに、式には基本的に教師も参加している。
 風紀? 風紀!? そうだ、あそこはお留守番短縮ダイヤルがある。そして、何かを知っている可能性のある生徒会長が居て、何かを知っているらしい風紀委員長の根城。
 舌打ちした晃心は、もと来た道を急いだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王道学園のモブ

四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。 私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。 そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

ヒロインの兄は悪役令嬢推し

西楓
BL
異世界転生し、ここは前世でやっていたゲームの世界だと知る。ヒロインの兄の俺は悪役令嬢推し。妹も可愛いが悪役令嬢と王子が幸せになるようにそっと見守ろうと思っていたのに…どうして?

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

処理中です...