伏魔殿の静寂

あづま永尋

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扉の先に

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 ピッ。
 金持ち子息の通う、ムダに金を掛ける学園の寮は全室オートロックのカードキー。役職付きの生徒には個室を与えられるが、基本的には二人部屋であり晃心こうしんも例外ではない。
 ただいま。
 今日も今日とて遅くなってしまったので、同室者に迷惑を掛けないように心の中だけで帰宅のあいさつを呟いて、静かに扉を開けた先には──。
「……失礼しました。部屋間違えました」
 パタン。
 見てはいけないモノを見てしまった。
 もう一度部屋番号を確認するが違っていない。近頃続く睡眠不足のせいでどうやら幻覚を見たらしい。大事を取って、今日は幼馴染のところ……は親衛隊の誰かや新聞部や彼の恋人と鉢合わせでもしたら面倒なので、迷惑を承知に副隊長のところででもお世話になろう。
「いい度胸だな」
 一瞬で考えをまとめて回れ右をすれば、狙ったかのように首根っこを捕まれ自室に引きずり込まれる。
「……どのようなお戯れでしょうか、宝生ほうしょう様?」
 ナニをどのような手違いが発生して、風紀委員のトップである彼が一般生徒の部屋に居座っている事態に陥るのだ。しかもこんな真夜中に。ドッキリだとしか思えない。もしくはうっかりとカードキーを失くしたとでもいう、かわいい理由でもあるのか。それならば寮長の所へ行け。セフレが欲しいのならば、こんな所に来なくてもこの男ならばより取り見取りなはず。それとも以前自分に押し付けた署名が本当に必要になって取りに来たとでも言うのか。それならばわざわざ面倒なことをするな。まず、それ以前に不法侵入であり同室者はドコ行った。
「何だコレは」
 内心色々と毒突いていれば、言葉と共にいつの間にかテーブルの上に山積みされた物体を示される。確か自室の片端に置いてあったのだが。腕を組んで仁王立ちしている美丈夫を見上げつつ、きょとんと首を傾げて素直に答える。
「ウィダインゼ○ーとカロ○ーメート」
 別名、十秒メシ。大変お世話になっている。むしろ主食。
「他にしっかりメシ食ってるだろうな」
 話が見えない。
 低くなっていく声音にケロリと言い放つ。
「野菜ジュース」
 だから一体なんだ。
 コレでもいつもより体調には気を付けている方だ、どちらかといえば。今倒れる訳にはいかない。もしも食物繊維や成分が足りないならばカプセルや補助食品を飲めば手っ取り早い。以前副隊長に取り上げられ直後破棄された栄養補助食品達は買い直して棚に並んでいる。生徒会が崩壊状態となってからは晃心が忙しく立ち回っているので、気を利かせた彼がココを訪れたことは無いので知らないはず。
「……他。」
「残念ながら、ボクの所には他に食料はありません。売店か食堂へどうぞ」
 ヒマだろ、この男。
 広大な土地を持ち人里離れた陸の孤島の全寮制学園では、基本的に売店で必要な生活用品がすべて揃うし、通販なんかでも手に入れることができる。そして冷蔵庫は共同使用であるが同室者の管理している食材については晃心が知る所ではない。
「……メシ作る」
 片手で顔を覆って深い溜め息をついた男前は唸った。
「お好きにどうぞ」
 わざわざ他人の部屋で料理を作る、変わった趣味を持つ男と会話しているのも面倒になってきた。それでなくとも時間が惜しい。
「おい」
「はい?」
「どこ行く」
 扉に手をかければ、さらに低くなった不機嫌そうな声音を拾い仕方なく振り返る。
「風紀委員長様がお望みの署名の束はテーブルに置きました。こちらもヒマではありませんので、自室へ失礼させていただきますぅ」
 自室とはプライバシーを考慮されて作られた個人部屋。二人部屋といえどもさすが金持ち学校、基本的に2LDKのつくりとなっている。本当にムダだ。
「寝るのか」
「……そうですね。宝生様もおやすみなさい。いい夢を」
 同室者の行方は気になるが、部屋の住人が就寝ならば委員長も帰るだろう。
 ニッコリと微笑んで適当に返事をしながら晃心は自室の扉を閉めた。



『蜂がいます』
『たくさんの蜂の音がします。駆除をお願いします』
 蜂か。巣でも作っているのだろうか。ミツバチの巣分けの時期ではある。
 先代の生徒会からはじまった目安箱の制度は思いのほか役に立っていた。大半は役員へのラブレター入れと化しているが、まれに生徒の要望などが記されており目の届きにくい隅の部分などを教えられる。なんせデカイ学園である。近頃は生徒会への不満や悲しみで占められているがそれはどうでもいい。
 本当は目安箱の確認をする他に生徒会の仕事は山のようにそれこそエベレストができるが、時々息抜きしないとやっていられない。門外不出の機密文書は幼馴染に依頼せざるを得ないが、それ以外の雑務は気が向いた時に晃心が行っている。
 生徒が刺されると問題なので、こちらは用務員さんにも話を通して検討しないといけない。算段をしながら次の投書を手に取る。
「貴様の『睡眠』とやらは変わっているな」
 何で居るの。
 腕を組んで柱に背を預けた男に、手にしていたはずの紙をいつの間にか奪われる。親衛隊隊長のネコを被るのも面倒になった晃心は、半目を隠しもせずにわざとらしく溜め息をついた。
「署名はお返ししました。お帰り下さい」
 もうココに居る意味はないはず。
「アレは大倉を見限る時、一緒に持って来いと言ったはずだ」
「ご期待に沿えなくて申し訳ありません。ソレ返してください」
「コレが終わったらな」
 投書の代わりに掌に乗せられた物体に目を剥く。
「……レンゲ?」
 頭沸いたか、この男。
「書類退けろ。どうせ腹の足しにもならねぇゼリーしか食ってねぇだろ」
 ジュースも飲んでるってば。
 どっちにしろこの男が居座るならば処理はできないと踏んだ晃心は大人しく机の上を片づける。手際よく並べられる鍋と皿。差し出される茶碗を受け取って呟く。
「芸達者ですね。もしくはお母さん」
 ちょっとウチの副隊長と似ている所があるかもしれない。
「ブン殴るぞ」
「暴れたら片づけてくださいね。……冗談です。ありがとうございます」
「喰え」
 殴り合いのケンカ真っ只中にも平気で割って入る委員だ。しかも彼は武闘派である歴代委員長の中でも相当な手練てだれであると聞いている。そんな人物に手を上げられたら貧弱な自分だなんてひとたまりもないだろう。
 ふー……。
 湯気の立ち上る雑炊に、そういえば温かい食事をするのは久しぶりだったことに気付かされる。最後にナニを食べたのかも忘れた。
「──おいしい。」
 やさしい味。やさしい匂い。
「当然だ」
 偉そうに踏ん反り返る姿と素材を生かした味付けの雑炊との、妙にチグハグした言動に知らず入っていた肩の力が抜ける。
「何ですか?」
「黙って喰え」
 視界に入った彼の指先は晃心の髪を摘み、ひねり、絡める。
 机に浅く腰掛けた文武両道才色兼備の風紀委員長様と、食事をする一般生徒である自分。変な図だ。
「材料費くらいなら払います」
「黙れ」
 言いたい事は山のようにあるが仕方なく静かに口に運べば、時々茶碗の中に漬物を放り込まれ味が変わって飽きが来ない。意外と甲斐甲斐しい男らしい。
 食器の音だけが、ひっそりとした室内に静かに響く。
「ごちそうさまでした」
「残ってる」
 手を合わせて終了を伝えれば、不服そうな指摘が掛けられる。
「お腹いっぱいです」
 元々そんなに食べない方だ。冷凍とかできるのだろうか。
 舌打ちとともに晃心が使っていたレンゲを掴んだ男は、自らの喉に豪快に残りを流し込んでいく。
「とっとと片づけて寝ろ」
 手際よく皿や鍋を回収して背を向けた男は扉の向こうに消えていった。


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