84 / 92
10話「悠久の霧」
2
しおりを挟む
もしかすると、熾杜は自分の運命を変えようとしたのかもしれない…だからといって、一年前にやった事は許してはいけない。
なるべく彼女を刺激しないよう気をつけながら、私はもう一度訊ねた。
「ねぇ、熾杜…どうして、そう思ったの?」
『だってそうでしょう!私の父親が本来、長になるはずだった…つまり、私が長の娘のはずなの!なのに何であんたが!』
表情を歪めた熾杜が叫ぶ――真那加達親子にすべてを奪われたんだ、と。
私の父は、熾杜の父親である伯父から長の役目を奪ったわけじゃない。
この真実を伝えたけど、彼女は首を左右にふって私の言葉を否定する。
『信じるわけないでしょう、あんたの言葉なんて!だから頂戴よ、その身体…あんたが私の代わりに消えればいいじゃない!』
まるで名案だというように、熾杜がはしゃいだ声で言った。
神となった自分が望んでいるのだから喜んで身体を差し出すべきだ、と……
「そんな事をしたって、私になれるわけじゃない。犯した罪が無くなるわけじゃないのよ!」
私達の故郷を滅ぼしただけじゃなく、千森や関係のない人々を襲った事実は消えたりしない。
それに気づいてほしかったけど、彼女は理解できていない様子で口を開いた。
『ほんと、意味わかんない…私は、なーにも悪い事してないもの。霧の神である私は間違わないし』
黒い靄を纏わせた腕を上げ、私に向けて手をかざした熾杜は微笑んでいる。
『まぁ、いいわ…動かないでね。その身体、私がこれから先ずっと使うんだもの…傷つけたくないの、わかるでしょ?』
おそらく水城さんの身体を奪った時と同じ方法を、彼女は使おうとしているんだと思う。
…でも、あの時と今とでは条件が違っている事に気づいてるのかな。
視界の端に見える天宮様が首を横にふっているので、熾杜が本当に気づいてないのは間違いない。
熾杜の目的は、私の身体を奪って桜矢さんと結ばれる事…それとは別に、もうひとつある。
思えば私が天宮様と病室の鍵を探していた時、あの子は私でなく天宮様を見て言っていた。
――その力、せっかくだから利用しようと思ったのに…思わぬ邪魔が入っちゃったの。ねぇ、もう大丈夫だと思うから…それ、頂戴?
…つまり〈神の血族〉の力を使って何かやろうとしている、という事だよね。
確か、天宮様の力は誰よりも強いのだと言っていた…だからあの時、直接狙ってきたんだろうな。
一年前の事さえなければ、天宮様がここを訪れなかっただろうから狙われる心配はなかったはず。
という事は、ここを訪れた為に狙われたのだとしたら私達が巻き込んだも同義だよね。
熾杜の言葉に警戒した八守さんはもちろん、神代さんと古夜さんも天宮様を守るように一歩前に出る。
天宮様の傍にいる禰々さんが、不快感を顕わにして口を開く。
「愚かな…どうか【迷いの想い出】へのエネルギー供給停止を命じてください」
「それをすればどうなるか、わからない貴女ではないでしょう?あれはただの残滓…禰々、少し落ち着きなさい」
首を横にふった天宮様が、禰々さんを諫めると熾杜の方に顔を向けて訊ねた。
「黙って聞いていれば、先ほどからおかしな事を言ってますが――それは誰からの入れ知恵ですか?」
確かに、一体誰が熾杜に色々と教えたのだろう?
水城さんの件は熾杜本人が話を盗み聞いたから知ったみたいだけど、それ以外は一体何処で知ったのかわからない。
そもそも今までの【迷いの想い出】の中枢となった人は、少なくともこんな危険な使い方をしなかっただろうし……
『…この世界を統べているという神様と、その御使い様よ。貴方達〈神の血族〉とは違って本物の神様!』
私達の疑問に、何故か熾杜は笑いながら答えた。
――後で教えてもらったけど【迷いの想い出】の一部となっている為、応答拒否ができなかったみたい。
だから誤魔化しや偽りを述べず、律儀に答えてくれたんだね。
あれ、ところで『世界を統べる神様』って何?
学校の授業の中で、神話時代の話を聞く機会があるけど『世界を統べる神様』という存在っていたかな?
_
なるべく彼女を刺激しないよう気をつけながら、私はもう一度訊ねた。
「ねぇ、熾杜…どうして、そう思ったの?」
『だってそうでしょう!私の父親が本来、長になるはずだった…つまり、私が長の娘のはずなの!なのに何であんたが!』
表情を歪めた熾杜が叫ぶ――真那加達親子にすべてを奪われたんだ、と。
私の父は、熾杜の父親である伯父から長の役目を奪ったわけじゃない。
この真実を伝えたけど、彼女は首を左右にふって私の言葉を否定する。
『信じるわけないでしょう、あんたの言葉なんて!だから頂戴よ、その身体…あんたが私の代わりに消えればいいじゃない!』
まるで名案だというように、熾杜がはしゃいだ声で言った。
神となった自分が望んでいるのだから喜んで身体を差し出すべきだ、と……
「そんな事をしたって、私になれるわけじゃない。犯した罪が無くなるわけじゃないのよ!」
私達の故郷を滅ぼしただけじゃなく、千森や関係のない人々を襲った事実は消えたりしない。
それに気づいてほしかったけど、彼女は理解できていない様子で口を開いた。
『ほんと、意味わかんない…私は、なーにも悪い事してないもの。霧の神である私は間違わないし』
黒い靄を纏わせた腕を上げ、私に向けて手をかざした熾杜は微笑んでいる。
『まぁ、いいわ…動かないでね。その身体、私がこれから先ずっと使うんだもの…傷つけたくないの、わかるでしょ?』
おそらく水城さんの身体を奪った時と同じ方法を、彼女は使おうとしているんだと思う。
…でも、あの時と今とでは条件が違っている事に気づいてるのかな。
視界の端に見える天宮様が首を横にふっているので、熾杜が本当に気づいてないのは間違いない。
熾杜の目的は、私の身体を奪って桜矢さんと結ばれる事…それとは別に、もうひとつある。
思えば私が天宮様と病室の鍵を探していた時、あの子は私でなく天宮様を見て言っていた。
――その力、せっかくだから利用しようと思ったのに…思わぬ邪魔が入っちゃったの。ねぇ、もう大丈夫だと思うから…それ、頂戴?
…つまり〈神の血族〉の力を使って何かやろうとしている、という事だよね。
確か、天宮様の力は誰よりも強いのだと言っていた…だからあの時、直接狙ってきたんだろうな。
一年前の事さえなければ、天宮様がここを訪れなかっただろうから狙われる心配はなかったはず。
という事は、ここを訪れた為に狙われたのだとしたら私達が巻き込んだも同義だよね。
熾杜の言葉に警戒した八守さんはもちろん、神代さんと古夜さんも天宮様を守るように一歩前に出る。
天宮様の傍にいる禰々さんが、不快感を顕わにして口を開く。
「愚かな…どうか【迷いの想い出】へのエネルギー供給停止を命じてください」
「それをすればどうなるか、わからない貴女ではないでしょう?あれはただの残滓…禰々、少し落ち着きなさい」
首を横にふった天宮様が、禰々さんを諫めると熾杜の方に顔を向けて訊ねた。
「黙って聞いていれば、先ほどからおかしな事を言ってますが――それは誰からの入れ知恵ですか?」
確かに、一体誰が熾杜に色々と教えたのだろう?
水城さんの件は熾杜本人が話を盗み聞いたから知ったみたいだけど、それ以外は一体何処で知ったのかわからない。
そもそも今までの【迷いの想い出】の中枢となった人は、少なくともこんな危険な使い方をしなかっただろうし……
『…この世界を統べているという神様と、その御使い様よ。貴方達〈神の血族〉とは違って本物の神様!』
私達の疑問に、何故か熾杜は笑いながら答えた。
――後で教えてもらったけど【迷いの想い出】の一部となっている為、応答拒否ができなかったみたい。
だから誤魔化しや偽りを述べず、律儀に答えてくれたんだね。
あれ、ところで『世界を統べる神様』って何?
学校の授業の中で、神話時代の話を聞く機会があるけど『世界を統べる神様』という存在っていたかな?
_
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~
紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの?
その答えは私の10歳の誕生日に判明した。
誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。
『魅了の力』
無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。
お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。
魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。
新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。
―――妹のことを忘れて。
私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。
魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。
しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。
なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。
それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。
どうかあの子が救われますようにと。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
浮気性の旦那から離婚届が届きました。お礼に感謝状を送りつけます。
京月
恋愛
旦那は騎士団長という素晴らしい役職についているが人としては最悪の男だった。妻のローゼは日々の旦那への不満が爆発し旦那を家から追い出したところ数日後に離婚届が届いた。
「今の住所が書いてある…フフフ、感謝状を書くべきね」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
貴方に側室を決める権利はございません
章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。
思い付きによるショートショート。
国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる