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9話「鎮めの供物」
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煙草を吸う十紀はこちらの言葉を聞いていない様子で、物思いにふけった状態のまま答える。
「分家にいた神代を無理矢理奪った際、自分達とは似ても似つかない存在だと気づかなかったんだろう?気づいていれば、お前達に管理を託しても大丈夫だと私は考えていたんだがな…その上、希琉も王家に無理矢理婚約を決められる事もなかった」
すっと首筋に当たる冷たいものに気づいた哉瀬は、視線だけで確認する。
いつの間にか背後に立っていたらしい穐寿が、微笑みながら首筋に刀の刃を当てていた…下手な行動をすれば飛ばされてしまうだろう事は、安易に想像できた。
穐寿の行動も気に留めていない十紀は紫煙をくゆらせながら、言葉に怒りを込める。
「…随分な扱いをしてくれたようだな、千森の里長よ。神代から幼い頃の話を聞いてな、私は本当に呆れた…あぁ、知らなかったか。神代は私の実弟だ――今回は、従兄弟という設定にしたがな」
「……」
もう、ここまでくれば哉瀬にも理解できた――目の前にいるこの男は、天宮と同じ〈神の血族〉だという事に。
そして、分家から引き取ったと思っていた子供は入れ替わった〈神の血族〉の者であると。
十紀の横顔を眺めて改めて考える…あまり気にしていなかったが、確かに面差しが神代によく似ていた。
養女である希琉は早くにその事実に気づいた様子だった、とこの男は言っていたのでそれは間違いないだろう。
「な、何が目的…いや、望みだ?」
恨み言を告げに来ただけとは考えていない哉瀬は、嫌な汗を額から流しながら訊ねた。
十紀は哉瀬へ金色の瞳を向けると、煙草を携帯していた灰皿に入れる。
「望み、か…そんな大それたものじゃないが、こちらからの要求はひとつ。これ以上、何もするな…お前達の事は、もう信用できん――これは我ら〈神の血族〉の王・天宮の意志でもある。信用するかしないかはそちらに任せるが、その時は覚悟しろよ」
「…脅し、か?」
哉瀬の言葉に、十紀は鼻で笑うと立ち上がった。
「脅し、だと?こちらは〈咎人〉の罪をすべて赦していないんだが、お前は自分達の立場をわかっているのか?」
そこで言葉を切ると、哉瀬の髪を勢いよく鷲掴んだ。
「私達は〈咎人〉とそれを生みだした人の子を赦した覚えはない。天宮と風宮の願いだから、最期の時まで世界と人の子を守護すると決めたんだ…何故、我々ばかりリスクを背負わされなければならない!ふざけるな!!」
こちらを睨みつけ、普段では考えられない怒気をはらんだ十紀の様子に哉瀬の身体は自然と震えた。
いつまでも哉瀬の髪を放そうとしない十紀の手に触れた穐寿は、視線をまったく哉瀬へ向けず語りかける。
「我々は今回の件を重く見ているので、すべてが終わり次第貴方には里長の任を降りていただきます。これは私達だけの意見ではなく、〈神の血族〉の総意となりますのでご理解ください。大丈夫ですよ、楽隠居していただくだけですから」
「…儂を降ろして誰を、里長にしようというのだ?」
若干怯えながら言う哉瀬に、にっこりと微笑んだ穐寿は口を開いた。
「そうですね。古夜が言っていた案を採用して――この屋敷の地下にあるという座敷牢にでも入ってもらおうかと考えているのですが、十紀様いかがでしょう?」
「なるほどな…幼い神代を閉じ込めていた、というあの部屋か。いいと思うぞ?かなり腹を立てていたからな、古夜が」
くくく、と笑い声をあげた十紀は愉快な提案に気分を良くしたらしく哉瀬の髪から手を放す…もちろん、後ろに押すように放したわけだが。
ソファーの背もたれに背中を強かに打ちつけた哉瀬は小さく呻き声をあげて、十紀と穐寿の方を見上げた。
口元にだけ笑みを浮かべる十紀が、先ほどの哉瀬の疑問に答える。
「安心しろ、お前達が手に入れようとした『共鳴する因子』を持つ子を次代の里長として指名する…あぁ、お前達には【司祭】の力を持っていると教えていたな。この役名は、私達にとっても隠れ蓑となるから便利だよ」
【司祭】という役目は、愚かな【祭司の一族】の者達から『共鳴する因子』を持つ子を守る為〈神の血族〉の者が身代わりになっても問題ないよう考えたのだと十紀は説明した。
――つまり、昔から定期的に愚かな考えをする〈咎人〉達が現れるという事なのだろう。
「当初の予定通り、希琉とその婚約者で…と考えていたが、希琉本人もこの婚約は本意でないようだからな。こちらが隠していた子を返すしかなくなった。まぁ、理哉に継ぐ気があるのなら考えるがな」
「里長殿、ご期待しない方がいいですよ?理哉も、ここを離れたがっているようですからね…まぁ、進学させてくれなかったという点で貴方を恨んでいるようですから」
哉瀬の乱れている髪を軽く整えてあげた穐寿は、とどめとばかりに声を潜めた。
実哉と理哉の姉妹は、両親を失ってから祖父である哉瀬と共に暮らしている。
姉妹は千森で生まれ育ったとはいえ王都の学校へ行きたがっていたが、哉瀬をはじめとする【祭司の一族】の主だった者達が反対したのだ。
反対した理由というのは、危険を避ける為だという――これは、両親が亡くなった事故もあったからだろう。
大人しく従うしかなかった姉妹だが、内心では不満に思っていたのだろう……
その件を言われてしまえば、哉瀬はもう何も訊ねる事も答える事もできなかった。
***
「分家にいた神代を無理矢理奪った際、自分達とは似ても似つかない存在だと気づかなかったんだろう?気づいていれば、お前達に管理を託しても大丈夫だと私は考えていたんだがな…その上、希琉も王家に無理矢理婚約を決められる事もなかった」
すっと首筋に当たる冷たいものに気づいた哉瀬は、視線だけで確認する。
いつの間にか背後に立っていたらしい穐寿が、微笑みながら首筋に刀の刃を当てていた…下手な行動をすれば飛ばされてしまうだろう事は、安易に想像できた。
穐寿の行動も気に留めていない十紀は紫煙をくゆらせながら、言葉に怒りを込める。
「…随分な扱いをしてくれたようだな、千森の里長よ。神代から幼い頃の話を聞いてな、私は本当に呆れた…あぁ、知らなかったか。神代は私の実弟だ――今回は、従兄弟という設定にしたがな」
「……」
もう、ここまでくれば哉瀬にも理解できた――目の前にいるこの男は、天宮と同じ〈神の血族〉だという事に。
そして、分家から引き取ったと思っていた子供は入れ替わった〈神の血族〉の者であると。
十紀の横顔を眺めて改めて考える…あまり気にしていなかったが、確かに面差しが神代によく似ていた。
養女である希琉は早くにその事実に気づいた様子だった、とこの男は言っていたのでそれは間違いないだろう。
「な、何が目的…いや、望みだ?」
恨み言を告げに来ただけとは考えていない哉瀬は、嫌な汗を額から流しながら訊ねた。
十紀は哉瀬へ金色の瞳を向けると、煙草を携帯していた灰皿に入れる。
「望み、か…そんな大それたものじゃないが、こちらからの要求はひとつ。これ以上、何もするな…お前達の事は、もう信用できん――これは我ら〈神の血族〉の王・天宮の意志でもある。信用するかしないかはそちらに任せるが、その時は覚悟しろよ」
「…脅し、か?」
哉瀬の言葉に、十紀は鼻で笑うと立ち上がった。
「脅し、だと?こちらは〈咎人〉の罪をすべて赦していないんだが、お前は自分達の立場をわかっているのか?」
そこで言葉を切ると、哉瀬の髪を勢いよく鷲掴んだ。
「私達は〈咎人〉とそれを生みだした人の子を赦した覚えはない。天宮と風宮の願いだから、最期の時まで世界と人の子を守護すると決めたんだ…何故、我々ばかりリスクを背負わされなければならない!ふざけるな!!」
こちらを睨みつけ、普段では考えられない怒気をはらんだ十紀の様子に哉瀬の身体は自然と震えた。
いつまでも哉瀬の髪を放そうとしない十紀の手に触れた穐寿は、視線をまったく哉瀬へ向けず語りかける。
「我々は今回の件を重く見ているので、すべてが終わり次第貴方には里長の任を降りていただきます。これは私達だけの意見ではなく、〈神の血族〉の総意となりますのでご理解ください。大丈夫ですよ、楽隠居していただくだけですから」
「…儂を降ろして誰を、里長にしようというのだ?」
若干怯えながら言う哉瀬に、にっこりと微笑んだ穐寿は口を開いた。
「そうですね。古夜が言っていた案を採用して――この屋敷の地下にあるという座敷牢にでも入ってもらおうかと考えているのですが、十紀様いかがでしょう?」
「なるほどな…幼い神代を閉じ込めていた、というあの部屋か。いいと思うぞ?かなり腹を立てていたからな、古夜が」
くくく、と笑い声をあげた十紀は愉快な提案に気分を良くしたらしく哉瀬の髪から手を放す…もちろん、後ろに押すように放したわけだが。
ソファーの背もたれに背中を強かに打ちつけた哉瀬は小さく呻き声をあげて、十紀と穐寿の方を見上げた。
口元にだけ笑みを浮かべる十紀が、先ほどの哉瀬の疑問に答える。
「安心しろ、お前達が手に入れようとした『共鳴する因子』を持つ子を次代の里長として指名する…あぁ、お前達には【司祭】の力を持っていると教えていたな。この役名は、私達にとっても隠れ蓑となるから便利だよ」
【司祭】という役目は、愚かな【祭司の一族】の者達から『共鳴する因子』を持つ子を守る為〈神の血族〉の者が身代わりになっても問題ないよう考えたのだと十紀は説明した。
――つまり、昔から定期的に愚かな考えをする〈咎人〉達が現れるという事なのだろう。
「当初の予定通り、希琉とその婚約者で…と考えていたが、希琉本人もこの婚約は本意でないようだからな。こちらが隠していた子を返すしかなくなった。まぁ、理哉に継ぐ気があるのなら考えるがな」
「里長殿、ご期待しない方がいいですよ?理哉も、ここを離れたがっているようですからね…まぁ、進学させてくれなかったという点で貴方を恨んでいるようですから」
哉瀬の乱れている髪を軽く整えてあげた穐寿は、とどめとばかりに声を潜めた。
実哉と理哉の姉妹は、両親を失ってから祖父である哉瀬と共に暮らしている。
姉妹は千森で生まれ育ったとはいえ王都の学校へ行きたがっていたが、哉瀬をはじめとする【祭司の一族】の主だった者達が反対したのだ。
反対した理由というのは、危険を避ける為だという――これは、両親が亡くなった事故もあったからだろう。
大人しく従うしかなかった姉妹だが、内心では不満に思っていたのだろう……
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