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9話「鎮めの供物」
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十紀と穐寿は手早くメモ書きを配布し、里長の屋敷の前まで移動した。
しーんと静まり返っているので、おそらく家にいる者達は大人しくしているのだろう。
…まぁ、大人しくできなかった者達は医院の一室に閉じ込めているのだが。
その件も含めて、里長に物申せばいいだろうと考えた十紀が門を手で押すと鍵はかかっていないようで押せば簡単に開いた。
少々不用心ではあるが、大人しくできなかった者達が戻って来た時の為に開けていたのだろう。
どうせなら、全員が全員大人しく静かに過ごしていればいいのに…と、十紀は少しだけ思った。
足音を殺して廊下を行くと、扉の隙間から明かりが漏れている部屋を見つける――おそらく、長がいるのだろう。
(なるほど、報告を待っている…という事か)
静かにため息をついた十紀が視線だけで合図を送ると、穐寿は小さく頷いた。
そして、指示を受けた彼は扉に手をかけて勢いよく扉を開ける。
「随分と呑気なものだな。だが、待ち人達は事態が収束するまで戻ってこないと思うぞ?」
「十紀、貴様いつの間に……」
突然の訪問者に、屋敷の主である長・哉瀬は驚きに目を見開いた。
しかし、すぐに十紀を睨みつけると言葉を続ける。
「あれらに何かしたのか…さすが余所者、といったところか。貴様らはここの決まりを何ひとつ理解しておらんようだな?」
「ふっ、お前こそ何も理解していないようだな。俺達が余所者、ねぇ…そもそも、お前達はひとつ誤解をしている」
養女の方はわかっているようだったから、特に言う必要はないかと考えていたが間違いだったな…と十紀は笑う。
隣に立つ穐寿の方は、呆れた様子で哉瀬に冷たい視線を向けている…だが、いつでも攻撃できるように刀に手を添えていた。
嘲笑うように哉瀬を見た十紀は、相手が次の言葉を発する前に続ける。
「俺が余所者なら、神代も余所者という事になるな…お前の言い方なら」
「言っている意味がわからん、神代は分家に生まれた【司祭】の力を持つ者だ。幼い頃に本家で引き取ったがな!」
ふん、と鼻で笑う哉瀬の様子に十紀や穐寿は思わず苦笑した。
その笑みに何かを感じ取ったのだろう、哉瀬は眉をひそめる。
「貴様ら、何がおかしい?」
「いえ、まったく気づいていなかったのだな…と、思わず――失礼しました」
小さく咳払いをした穐寿は頭を下げて謝罪しているが、哉瀬は意味がわからず首をかしげた。
何に気づいていないというのか、まったく理解できなかったのだ。
十紀と穐寿は6年くらい前、千森に移住してきた――前任者の話によると、麟国の王宮付き医師だったらしい。
何かをやらかして飛ばされたのか、としか考えていなかったがここでも何かしていたのか?
そういえば2人がやって来た時、冥国の王都で医師をしていたという男も療養の名目で同行していた。
…何やら大怪我を負った為、冥国王都の医院を退職したらしい。
前任者は別の医院へ移動するのだと言っていたので、何もできないだろうと放置している。
それでは、療養しに来ていた男の方か…?
だが、こちらの方は見舞いと称して紫色の髪をした娘が来たくらいで――そういえば、あの娘が帰っていくところは見ていない。
心当たりとしてはそれぐらいか、と考えている哉瀬に十紀は深いため息をつく。
「よし、まず訂正事項からいくべきだな。神代はお前達〈咎人〉と血なぞ繋がっていない…本物をお前達に渡さぬように、こちらで事前に手を打ったから気づかなかっただろう?」
そこまで語った十紀は哉瀬の座るソファーの肘掛け部分に腰掛けると、ポケットから煙草を出すと1本くわえた。
何も答えない哉瀬の顔を横目に、くわえた煙草に火を点けてから言葉を続ける。
「お前達の方へ、偽の報告がいくのを数年遅らせた。知治曰く、幼子の1~2年は僅かな違いらしいのでな…神代と話し合って偽りの報告を作り上げた」
「偽りの報告、2年を遅らせた…?では、本物――誰と入れ替えたというのだ?」
拳を震わせながら、すぐ隣にいる十紀を睨めつけた。
自分達の事を〈咎人〉と呼ぶ理由は、祖先達のした事を考えればわかる…が、その呼び方をするのは〈神の血族〉だけである。
――しかし、ぞんざいな言い方をしているが何故この男にそう呼ばれなければならないのだろうか?
_
しーんと静まり返っているので、おそらく家にいる者達は大人しくしているのだろう。
…まぁ、大人しくできなかった者達は医院の一室に閉じ込めているのだが。
その件も含めて、里長に物申せばいいだろうと考えた十紀が門を手で押すと鍵はかかっていないようで押せば簡単に開いた。
少々不用心ではあるが、大人しくできなかった者達が戻って来た時の為に開けていたのだろう。
どうせなら、全員が全員大人しく静かに過ごしていればいいのに…と、十紀は少しだけ思った。
足音を殺して廊下を行くと、扉の隙間から明かりが漏れている部屋を見つける――おそらく、長がいるのだろう。
(なるほど、報告を待っている…という事か)
静かにため息をついた十紀が視線だけで合図を送ると、穐寿は小さく頷いた。
そして、指示を受けた彼は扉に手をかけて勢いよく扉を開ける。
「随分と呑気なものだな。だが、待ち人達は事態が収束するまで戻ってこないと思うぞ?」
「十紀、貴様いつの間に……」
突然の訪問者に、屋敷の主である長・哉瀬は驚きに目を見開いた。
しかし、すぐに十紀を睨みつけると言葉を続ける。
「あれらに何かしたのか…さすが余所者、といったところか。貴様らはここの決まりを何ひとつ理解しておらんようだな?」
「ふっ、お前こそ何も理解していないようだな。俺達が余所者、ねぇ…そもそも、お前達はひとつ誤解をしている」
養女の方はわかっているようだったから、特に言う必要はないかと考えていたが間違いだったな…と十紀は笑う。
隣に立つ穐寿の方は、呆れた様子で哉瀬に冷たい視線を向けている…だが、いつでも攻撃できるように刀に手を添えていた。
嘲笑うように哉瀬を見た十紀は、相手が次の言葉を発する前に続ける。
「俺が余所者なら、神代も余所者という事になるな…お前の言い方なら」
「言っている意味がわからん、神代は分家に生まれた【司祭】の力を持つ者だ。幼い頃に本家で引き取ったがな!」
ふん、と鼻で笑う哉瀬の様子に十紀や穐寿は思わず苦笑した。
その笑みに何かを感じ取ったのだろう、哉瀬は眉をひそめる。
「貴様ら、何がおかしい?」
「いえ、まったく気づいていなかったのだな…と、思わず――失礼しました」
小さく咳払いをした穐寿は頭を下げて謝罪しているが、哉瀬は意味がわからず首をかしげた。
何に気づいていないというのか、まったく理解できなかったのだ。
十紀と穐寿は6年くらい前、千森に移住してきた――前任者の話によると、麟国の王宮付き医師だったらしい。
何かをやらかして飛ばされたのか、としか考えていなかったがここでも何かしていたのか?
そういえば2人がやって来た時、冥国の王都で医師をしていたという男も療養の名目で同行していた。
…何やら大怪我を負った為、冥国王都の医院を退職したらしい。
前任者は別の医院へ移動するのだと言っていたので、何もできないだろうと放置している。
それでは、療養しに来ていた男の方か…?
だが、こちらの方は見舞いと称して紫色の髪をした娘が来たくらいで――そういえば、あの娘が帰っていくところは見ていない。
心当たりとしてはそれぐらいか、と考えている哉瀬に十紀は深いため息をつく。
「よし、まず訂正事項からいくべきだな。神代はお前達〈咎人〉と血なぞ繋がっていない…本物をお前達に渡さぬように、こちらで事前に手を打ったから気づかなかっただろう?」
そこまで語った十紀は哉瀬の座るソファーの肘掛け部分に腰掛けると、ポケットから煙草を出すと1本くわえた。
何も答えない哉瀬の顔を横目に、くわえた煙草に火を点けてから言葉を続ける。
「お前達の方へ、偽の報告がいくのを数年遅らせた。知治曰く、幼子の1~2年は僅かな違いらしいのでな…神代と話し合って偽りの報告を作り上げた」
「偽りの報告、2年を遅らせた…?では、本物――誰と入れ替えたというのだ?」
拳を震わせながら、すぐ隣にいる十紀を睨めつけた。
自分達の事を〈咎人〉と呼ぶ理由は、祖先達のした事を考えればわかる…が、その呼び方をするのは〈神の血族〉だけである。
――しかし、ぞんざいな言い方をしているが何故この男にそう呼ばれなければならないのだろうか?
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