惑う霧氷の彼方

雪原るい

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6話「狂気の石碑」

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『霧』の化身…その正体を天宮あまみや様から教えられ、私は言葉を失ってしまった。
どうしてそうなってしまったのか…とか、助ける事はできるのか…とか、いろいろな疑問が頭の中に浮かんでくるけど何ひとつ言葉にできず。

そんな私の様子に気づいたのか、天宮あまみや様はゆっくりと話しはじめた。

「…その昔、この世界の南半球にも大陸がありました。知っていましたか?」

突然、何の話をはじめたのかわからず…私は首をかしげてしまったけど、天宮あまみや様は気にした様子もなく言葉を続ける。

「その大陸のひとつにあった国の研究者が『霧』を造りだしました、『想い』という名の記憶を手に入れる為に……そして、化身とはその『想い』を」

――人の身という器に無理矢理入れて、記憶や能力を受け継がせた兵器の事を指します。

「兵器…って、どうして?だって、彼はそんな恐ろしいものだと言っていなかった…」

たくさんの『想い』を護っている、と…そう教えてもらった――天宮あまみや様の言っている事と意味が違いすぎる。
混乱している私の手に触れた天宮あまみや様が苦笑すると、その答えを口にした。

「あのバカは、ずいぶん省いて貴女に話したのでしょう…そして、私も説明が少し足りていませんでしたね。『霧』が暴走して人間ひとを取り込む事で、自我のない歪んだ『想い』のまま行動する人形――化身という兵器を生み出すのです」

造りだした研究者達でさえ、そんな能力を持つとは予想していなかったらしい……
そして、それが発覚したきっかけは別兵器の影響を受けたからだという。

「当初の目的は死者の『想い』を集めて記録し、必要ならば伝える使用する為のものだったそうです。そういった意味で、彼が『と言ったのでしょう」
「…死者の『想い』を護る為のもの、なのに兵器…?」

誰にも伝えられない死者の『想い』……
それを記録し護っていながら、化身という兵器を生みだしている――それも、人を取り込んでしまう歪んだ『想い』とは一体何なの…?

「死を受け入れられる者ばかりではない…生者全てを妬む者もいれば、特定の人物のみに憎しみを向ける者もいる――そういった『想い』によって歪みは蓄積し、それを原動力に化身が望みを果たすのです」

私の手を放した天宮あまみや様は小さく咳をした後、心の中に浮かんでいた疑問に答えてくれた。

「だから兵器…そ、それじゃ――化身となった人は…ど、どうなるんですか?」

取り込まれた上に、歪んだ『想い』を無理矢理入れられた人達はどうなってしまうのか?
……彼らを救う手立てが、もしあるのなら私は知りたい。

天宮あまみや様なら、もしかしたら何か知っているかも……と思って訊ねてみた。
――すると、天宮あまみや様は困惑した表情を浮かべる。

「彼らを救う…もし助けられるとすれば、私達〈古代種〉――いえ、貴女方の言葉を借りるならばだけ。でも、時間が経ち過ぎると救う事はできません…」

『霧』に取り込まれて時間があまり経っていないのなら、〈神の血族古代種〉の力で助ける事ができるのだそうだ……
だけど、一定時間が過ぎてしまうと歪んだ『想い』という毒に魂を蝕まれて助けられないらしい。

――医院を襲撃した化身は、その一定時間を過ぎている状態だという。
そして、理哉りやさんのお友達もまたその状態だった。

「今から6年前…めい国であった『ある事件』をご存知ですか?」

天宮あまみや様が言う…6年前、めい国にある玖苑くおんの街で起こった惨劇――
確か、人々が狂って見境なく襲いかかるという事件だったと思う。
そういえば…、と報道されていったっけ。

その事件と、『霧』の化身…何か共通点があるのかしら?

「あの事件の発端は『霧』の化身に似た力を再現しようとした実験が失敗し、街全体に影響を及ぼしてしまったのだそうですが――その狂った人々を助ける手段は、ひとつだけだったといいます」

ぇ、あの事件と今回の件に繋がりがある?
ちょっと待って…だとしたら、その助ける方法って――

「貴女も気づいたようですが…終わらせてあげる事が、彼らの魂にとって唯一の救いとなります」

――そして、歪みの元ともいえる『霧』を制御している『要』となる者をどうにかしないと…この悲劇は終わりません。

私が答えに躊躇していると、天宮あまみや様が俯きながら代わりにそれを告げた。


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