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5話「実りの羽根」
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「…まったく、少し待ってやった結果がこれとはな――」
自分の屋敷にある居間で、疲れた様子の里長はひとり愚痴るように呟いた。
今朝の出来事での対応に追われて、ようやくひと息つけたらしい。
「まさか、天宮様がいらっしゃった本当の理由は…王家に今回の失態が知られてしまったからではないのか!」
苛々とした口調で言うと、彼はテーブルを強く叩いた。
一年前、医院に保護された隣の集落の娘――同じ【祭司の一族】の者でありながら、『霧』に喰われなかった生き残り。
どうやって生き残る事ができたのか…知りたくないし、考えたくもない。
いや、知りたくなくとも結果が隣の集落の状態でわかってしまうのだから――
あの娘が手引きしたのか……それとも、『霧』が贄を喰い足りなくて範囲を変更したのかはわからないが。
そう考えた里長は、ソファーに深く腰掛けた。
(実湖にいた【祭司の一族】は、もう存在しなくなったようなものだ…となれば――神代を中心とする分家さえ抑えれば全て修まる)
自分達が唯一の【祭司の一族】本流となったのだから、神代と十紀に従う分流の者達も黙るしかないだろう。
そもそも、一応猶予の時間は与えてあったのだから文句を言ってくる事はないはずだ。
もう、これ以上の失態は赦されない……
このままでは、王家から本当に見放されてしまう――せっかく姻戚になるチャンスを得たというのに、だ。
……何の為に、数年前に実湖の本家と話し合ったと思っているのだ。
麟王家と実湖、千森の【祭司の一族】本家が何十年かに一度婚姻を結んでいるのには重要な意味があると言われている。
その意味は、王家とそれに連なる者にしか伝えられていないそうだが……
内孫のひとりを王家に嫁がせる事で話し合いを済ませたのに、一年前の件で白紙に戻りかかってしまった。
それをなんとか、もうひとりの内孫で進めてもらえるようにしたというのに――
まさか、この婚姻について何か変更が…?
それを天宮様が伝えに来たのではないだろうか…?
そんな考えが、里長の頭を過る……が、その嫌な予感を払拭するかのように首を横にふる。
(こうなれば、十紀や神代が何か事を起こす前にこちらが動くしかあるまい…)
――この状況を打破すれば、天宮様も問題を麟王陛下に報告しないはずだ。
「…鳴戸!希琉!何処にいるっ!?此処へ来い!」
里長の怒鳴り声に、ドタバタと足音が廊下に響かせて来たのは黒髪でふくよかな体格の青年・鳴戸である。
急いで来た為か、彼は疲れたように息を切らせていた……
そんな鳴戸の様子に、里長は一瞬呆れた表情を浮かべたがすぐにそれを隠して口を開く。
「…もう、一刻の猶予もやれん。あの娘を、どんな状態でも構わん…捕らえてこい。それを、あの森に捨て置く」
「わかりました…ったく、理哉のやつ――傷ひとつ与えてねーんだもんな、少しくらいやっておけよ」
里長の命に頷いた鳴戸が、ここにはいない少女に向けて文句をつけた。
そもそも、理哉が刃物を屋敷から持ち出していたのを知っていたので鳴戸は彼女に任せようと考えていたのだ。
しかし、気がつけば理哉は刃物を持ち歩く事をやめており…どうしたものかと迷っている様子を見せていた。
結局、自分がやらねばならなくなってしまったので鳴戸は不満を口にしたようだ。
鳴戸から、ある程度聞いていた里長はたしなめるように言う。
「そうはいってやるな…下手に手をだしていれば、全てが水の泡になってしまうだろう」
「そりゃ…まぁ、そうですけどねー」
口を尖らせて、まだ不満を口にしそうな鳴戸に向けて里長が早く向かうよう命じた。
とりあえず、ここに居られて不平不満などを聞かされる時間がもったいなく里長は感じたからだ。
渋々といった様子で鳴戸は行ってしまう、が入れ違いにやって来たのは青く長い髪の女性・希琉だった。
「あら…鳴戸は、もう行ってしまいましたの?」
「あぁ、先ほどな…理哉に対しての文句をひと通り言って行きおったわ」
深いため息をついた里長に、なるほどと納得した希琉は苦笑する。
「まったく、仲の悪い従兄妹で呆れてしまいますわ」
「あやつ等の仲よりも、希琉……集落の何処かにいるだろう理哉を探してこい。あの騒ぎにも関わっていたのだ、全てが終わるまで謹慎させる」
ただでさえ、今朝の騒ぎで天宮様に悪い印象を持たれてしまっただろう…これ以上、悪くされて婚姻が白紙に戻されてはたまらないのだと里長は言った。
白紙になられて困るのは希琉も同じで、静かに頷きながら考える。
――自分がここに引き取られた理由が、この婚姻にあるというのに…もし、白紙になってしまえば自分の居場所はなくなるのではないか。
そもそも立場的に弱く、王家ゆかりの人間だという理由だけで養子にだされたのだから。
……そこに、希琉の意志はなかった。
だけど、それも薄くとも王家の血を引いている者の務めだと覚悟は決めていたのだ。
実哉も【祭司の一族】の者として務めを果たそうと考えているのだと知り、彼女とは密かに情報を共有していた。
まぁ…あまり仲良くしているところを見られては問題があるので、影で交流していたのだが。
そのせいなのか、何も知らない理哉から見た希琉の印象はあまり良くない。
果たして、そんな自分が彼女に「屋敷にいるように」と言ったところでわかってもらえるだろうか…?
(…こうして考えてみると、わたくしも本当に自分本位ですわよね)
そんな風に考えた希琉は、人知れず苦笑した。
まぁ、もし里長の心配している事が現実になったら…自分は実哉と話していた『もしも話』を実現するべきだろうと考えて屋敷を出る。
***
自分の屋敷にある居間で、疲れた様子の里長はひとり愚痴るように呟いた。
今朝の出来事での対応に追われて、ようやくひと息つけたらしい。
「まさか、天宮様がいらっしゃった本当の理由は…王家に今回の失態が知られてしまったからではないのか!」
苛々とした口調で言うと、彼はテーブルを強く叩いた。
一年前、医院に保護された隣の集落の娘――同じ【祭司の一族】の者でありながら、『霧』に喰われなかった生き残り。
どうやって生き残る事ができたのか…知りたくないし、考えたくもない。
いや、知りたくなくとも結果が隣の集落の状態でわかってしまうのだから――
あの娘が手引きしたのか……それとも、『霧』が贄を喰い足りなくて範囲を変更したのかはわからないが。
そう考えた里長は、ソファーに深く腰掛けた。
(実湖にいた【祭司の一族】は、もう存在しなくなったようなものだ…となれば――神代を中心とする分家さえ抑えれば全て修まる)
自分達が唯一の【祭司の一族】本流となったのだから、神代と十紀に従う分流の者達も黙るしかないだろう。
そもそも、一応猶予の時間は与えてあったのだから文句を言ってくる事はないはずだ。
もう、これ以上の失態は赦されない……
このままでは、王家から本当に見放されてしまう――せっかく姻戚になるチャンスを得たというのに、だ。
……何の為に、数年前に実湖の本家と話し合ったと思っているのだ。
麟王家と実湖、千森の【祭司の一族】本家が何十年かに一度婚姻を結んでいるのには重要な意味があると言われている。
その意味は、王家とそれに連なる者にしか伝えられていないそうだが……
内孫のひとりを王家に嫁がせる事で話し合いを済ませたのに、一年前の件で白紙に戻りかかってしまった。
それをなんとか、もうひとりの内孫で進めてもらえるようにしたというのに――
まさか、この婚姻について何か変更が…?
それを天宮様が伝えに来たのではないだろうか…?
そんな考えが、里長の頭を過る……が、その嫌な予感を払拭するかのように首を横にふる。
(こうなれば、十紀や神代が何か事を起こす前にこちらが動くしかあるまい…)
――この状況を打破すれば、天宮様も問題を麟王陛下に報告しないはずだ。
「…鳴戸!希琉!何処にいるっ!?此処へ来い!」
里長の怒鳴り声に、ドタバタと足音が廊下に響かせて来たのは黒髪でふくよかな体格の青年・鳴戸である。
急いで来た為か、彼は疲れたように息を切らせていた……
そんな鳴戸の様子に、里長は一瞬呆れた表情を浮かべたがすぐにそれを隠して口を開く。
「…もう、一刻の猶予もやれん。あの娘を、どんな状態でも構わん…捕らえてこい。それを、あの森に捨て置く」
「わかりました…ったく、理哉のやつ――傷ひとつ与えてねーんだもんな、少しくらいやっておけよ」
里長の命に頷いた鳴戸が、ここにはいない少女に向けて文句をつけた。
そもそも、理哉が刃物を屋敷から持ち出していたのを知っていたので鳴戸は彼女に任せようと考えていたのだ。
しかし、気がつけば理哉は刃物を持ち歩く事をやめており…どうしたものかと迷っている様子を見せていた。
結局、自分がやらねばならなくなってしまったので鳴戸は不満を口にしたようだ。
鳴戸から、ある程度聞いていた里長はたしなめるように言う。
「そうはいってやるな…下手に手をだしていれば、全てが水の泡になってしまうだろう」
「そりゃ…まぁ、そうですけどねー」
口を尖らせて、まだ不満を口にしそうな鳴戸に向けて里長が早く向かうよう命じた。
とりあえず、ここに居られて不平不満などを聞かされる時間がもったいなく里長は感じたからだ。
渋々といった様子で鳴戸は行ってしまう、が入れ違いにやって来たのは青く長い髪の女性・希琉だった。
「あら…鳴戸は、もう行ってしまいましたの?」
「あぁ、先ほどな…理哉に対しての文句をひと通り言って行きおったわ」
深いため息をついた里長に、なるほどと納得した希琉は苦笑する。
「まったく、仲の悪い従兄妹で呆れてしまいますわ」
「あやつ等の仲よりも、希琉……集落の何処かにいるだろう理哉を探してこい。あの騒ぎにも関わっていたのだ、全てが終わるまで謹慎させる」
ただでさえ、今朝の騒ぎで天宮様に悪い印象を持たれてしまっただろう…これ以上、悪くされて婚姻が白紙に戻されてはたまらないのだと里長は言った。
白紙になられて困るのは希琉も同じで、静かに頷きながら考える。
――自分がここに引き取られた理由が、この婚姻にあるというのに…もし、白紙になってしまえば自分の居場所はなくなるのではないか。
そもそも立場的に弱く、王家ゆかりの人間だという理由だけで養子にだされたのだから。
……そこに、希琉の意志はなかった。
だけど、それも薄くとも王家の血を引いている者の務めだと覚悟は決めていたのだ。
実哉も【祭司の一族】の者として務めを果たそうと考えているのだと知り、彼女とは密かに情報を共有していた。
まぁ…あまり仲良くしているところを見られては問題があるので、影で交流していたのだが。
そのせいなのか、何も知らない理哉から見た希琉の印象はあまり良くない。
果たして、そんな自分が彼女に「屋敷にいるように」と言ったところでわかってもらえるだろうか…?
(…こうして考えてみると、わたくしも本当に自分本位ですわよね)
そんな風に考えた希琉は、人知れず苦笑した。
まぁ、もし里長の心配している事が現実になったら…自分は実哉と話していた『もしも話』を実現するべきだろうと考えて屋敷を出る。
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