惑う霧氷の彼方

雪原るい

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5話「実りの羽根」

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「げほっ…もう、わかりましたから――」

何度も咳をしながら、白い青年は降参だというように両手を上げた。
そして、白い青年の前にいるのは青緑色の髪の青年と青みのある黒髪の青年の2人だ。
この2人は、青筋をたてて白い青年を睨みつけると説教していた。

壁際に気配を消して立つ銀髪の青年は、彼らの様子に苦笑いを浮かべるしかない。

このような状況になった理由わけは、今から1時間くらい前まで遡る――真那加まなかが診察室を去った後、禁じられた森より助け出されたひとりの少女が診察室へ運び込まれた。
その少女は、銀髪の青年と青みのある黒髪の青年が連れてきたのだ。

『霧』の影響を強く受けている少女を救う為に、白い青年が切り離しをおこなったわけである。
その方法とは、気を失っている少女に意識を繋いで絡みついている『霧』の力を取り除くのだ。

……だが、白い青年は千森ちもりに来てから『霧』に意識を繋いで常に力を行使している状態であった。
何度も力を使った為、白い青年は疲弊していたようだ…そして、それが彼の吐血に繋がってしまったらしい。

天宮あまみや様…一度、力を使うのをやめてください。大体、神代かじろ様に無理させるなとおっしゃった貴方が一番無理をしてどうするのですか?」

青みのある黒髪の青年は、白い青年・天宮あまみやを叱りつけた。
それに同調するように、青緑色の髪の青年も口を開く。

「そうです!あの時だって、御自分を犠牲に――」
八守やかみ、やめなさい…」

自分の口元に人差し指をあてた天宮あまみやは、青緑色の髪の青年・八守やかみの言葉を止めた。
そして、ゆっくりと人差し指を診察室の扉の方を指した。

部屋にいた全員がその意味に気づき、扉の方へ視線を向ける。
壁際にいた銀髪の青年が扉を開ける、と…そこには桃色がかった茶髪の少女が、困ったような様子で立っていた。

銀髪の青年は、少女を安心させるように優しく声をかける。

「…どうしました、理哉りや?今、十紀ときならここにはいないですよ?」
「ぇ…っと、その――」

桃色がかった茶髪の少女・理哉りやは、診察室の中の方をうかがいながら言葉に詰まっていた。
…おそらく、会話の内容が少し漏れ聞こえてしまったのだろう。

それに気づいた銀髪の青年は、一度天宮あまみや達の方に視線を向けてから苦笑した。

「聞き分けの悪い人に説教していただけですから――それよりも…理哉りや、どうしてここに?」
「そうなんですか、って…そんな事より、神代かじろ様――ここに千代ゆきのがいるんですよね?会わせてください!」

何か問題でもあったのかと考えていた理哉りやは、銀髪の青年・神代かじろの言葉に安心したように頷きかけてから運び込まれたであろう友人について訊ねたのだ。

理哉りやの『会いたい』という気持ちを痛いほど理解できる神代かじろは、どうしたものかと考え込む。

――運び込まれた少女・千代ゆきのに会わせるべきか、このまま会わせないべきか……どちらにしても、理哉りやの心に深い傷となるだろう事は間違いない。

判断に困った神代かじろは、もう一度天宮あまみやの方へ視線を向けた。
八守やかみと青みのある黒髪の青年は天宮あまみやの方に目を向けており、最終判断を任せたようだ。
困ったように眉をひそめた天宮あまみやは、顎に手を当てて考え込むと…そして、ゆっくりと口を開いた。

「…神代かじろ、会わせてあげなさい――このままでは、おそらく彼女は深く後悔する事になりますから…古夜ふるや、少し休むので後は任せます」

天宮あまみやの言葉に頷いた青みのある黒髪の青年・古夜ふるやは、神代かじろの傍に移動すると理哉りやを診察室に招き入れた。

理哉りやが診察室に入ると同時に、八守やかみ天宮あまみやを支えるようにして診察室を出る。
おそらく、待合室で休息をとる為だろう……

神代かじろは診察室の扉を閉めようとして何かを思い出したらしく、天宮あまみやの方に目を向けると声をかけた。

天宮あまみや様、わかっていると思いますが…そのソファーに座って、大人しくしていて下さいね?後……」
十紀とき穐寿あきひさが戻ってきたら、彼女の事を伝えますよ…ごほっ」

咳をした拍子に口の端から血を垂らした天宮あまみやが、わかっているというように頷いて答える。
その様子にため息をついた八守やかみが、天宮あまみやの口元を拭うとソファーに横になるよう言った。

扉を閉めながら、神代かじろは思った――早めに天宮あまみやを用意した部屋に放り込んでしまわないといけないな、と。



診察室の扉が閉められたのを見た天宮あまみやは、ソファーに横たわりながら苦笑する。

「まったく…神代かじろといい、十紀ときといい――優し過ぎますよ、彼らに…」
「優しいかどうかで言うと、貴方もですよ。天宮あまみや様、本当は彼ら――〈咎人〉の子孫達を救いたいとお考えなのでしょう?」

片膝をついて目線を合わせた八守やかみは、労うように問いかけた。
憎しみに近い感情を抱いていても、このままではいけないとわかっているのだろう…と、八守やかみは感じていたのだ。

小さく息をついた天宮あまみやは、閉じていた瞼を開くと何も映さぬ水色の瞳を天井に向ける。

「…そうかもしれませんね。ただ、まだ気持ちの整理ができていないだけで――まぁ、あの『霧』を人間から奪って無力化させようとして失敗した責任だと考えて、今回は折り合いをつけましょうかね」
「まずは…ですね。そうと決まれば、今はゆっくりされてから…桜矢おうやを取り戻しましょう」

哀しそうに微笑んでいる天宮あまみやの頭を、八守やかみはゆっくりと撫でた。
子供扱いをするなというようにその手を払いのけた天宮あまみやは、天井に向けていた目を八守やかみへと向ける。

「…そういえば、八守やかみ――貴方達は、さっきから私をと考えているようですね?」
「う゛っ…」

固まった八守やかみの様子に、天宮あまみやは鼻で笑うと八守やかみから天井に視線を戻した。

「そうですか、そうですか…その時は一緒に閉じこもってもらいますよ、八守やかみ?」

傍らにいる八守やかみに向け、声を低く囁いた天宮あまみやは瞼を閉じると深くため息をついた。


***
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