36 / 103
5話「実りの羽根」
4
しおりを挟む
「げほっ…もう、わかりましたから――」
何度も咳をしながら、白い青年は降参だというように両手を上げた。
そして、白い青年の前にいるのは青緑色の髪の青年と青みのある黒髪の青年の2人だ。
この2人は、青筋をたてて白い青年を睨みつけると説教していた。
壁際に気配を消して立つ銀髪の青年は、彼らの様子に苦笑いを浮かべるしかない。
このような状況になった理由は、今から1時間くらい前まで遡る――真那加が診察室を去った後、禁じられた森より助け出されたひとりの少女が診察室へ運び込まれた。
その少女は、銀髪の青年と青みのある黒髪の青年が連れてきたのだ。
『霧』の影響を強く受けている少女を救う為に、白い青年が切り離しを行ったわけである。
その方法とは、気を失っている少女に意識を繋いで絡みついている『霧』の力を取り除くのだ。
……だが、白い青年は千森に来てから『霧』に意識を繋いで常に力を行使している状態であった。
何度も力を使った為、白い青年は疲弊していたようだ…そして、それが彼の吐血に繋がってしまったらしい。
「天宮様…一度、力を使うのをやめてください。大体、神代様に無理させるなとおっしゃった貴方が一番無理をしてどうするのですか?」
青みのある黒髪の青年は、白い青年・天宮を叱りつけた。
それに同調するように、青緑色の髪の青年も口を開く。
「そうです!あの時だって、御自分を犠牲に――」
「八守、やめなさい…」
自分の口元に人差し指をあてた天宮は、青緑色の髪の青年・八守の言葉を止めた。
そして、ゆっくりと人差し指を診察室の扉の方を指した。
部屋にいた全員がその意味に気づき、扉の方へ視線を向ける。
壁際にいた銀髪の青年が扉を開ける、と…そこには桃色がかった茶髪の少女が、困ったような様子で立っていた。
銀髪の青年は、少女を安心させるように優しく声をかける。
「…どうしました、理哉?今、十紀ならここにはいないですよ?」
「ぇ…っと、その――」
桃色がかった茶髪の少女・理哉は、診察室の中の方をうかがいながら言葉に詰まっていた。
…おそらく、会話の内容が少し漏れ聞こえてしまったのだろう。
それに気づいた銀髪の青年は、一度天宮達の方に視線を向けてから苦笑した。
「聞き分けの悪い人に説教していただけですから――それよりも…理哉、どうしてここに?」
「そうなんですか、って…そんな事より、神代様――ここに千代がいるんですよね?会わせてください!」
何か問題でもあったのかと考えていた理哉は、銀髪の青年・神代の言葉に安心したように頷きかけてから運び込まれたであろう友人について訊ねたのだ。
理哉の『会いたい』という気持ちを痛いほど理解できる神代は、どうしたものかと考え込む。
――運び込まれた少女・千代に会わせるべきか、このまま会わせないべきか……どちらにしても、理哉の心に深い傷となるだろう事は間違いない。
判断に困った神代は、もう一度天宮の方へ視線を向けた。
八守と青みのある黒髪の青年は天宮の方に目を向けており、最終判断を任せたようだ。
困ったように眉をひそめた天宮は、顎に手を当てて考え込むと…そして、ゆっくりと口を開いた。
「…神代、会わせてあげなさい――このままでは、おそらく彼女は深く後悔する事になりますから…古夜、少し休むので後は任せます」
天宮の言葉に頷いた青みのある黒髪の青年・古夜は、神代の傍に移動すると理哉を診察室に招き入れた。
理哉が診察室に入ると同時に、八守が天宮を支えるようにして診察室を出る。
おそらく、待合室で休息をとる為だろう……
神代は診察室の扉を閉めようとして何かを思い出したらしく、天宮の方に目を向けると声をかけた。
「天宮様、わかっていると思いますが…そのソファーに座って、大人しくしていて下さいね?後……」
「十紀と穐寿が戻ってきたら、彼女の事を伝えますよ…ごほっ」
咳をした拍子に口の端から血を垂らした天宮が、わかっているというように頷いて答える。
その様子にため息をついた八守が、天宮の口元を拭うとソファーに横になるよう言った。
扉を閉めながら、神代は思った――早めに天宮を用意した部屋に放り込んでしまわないといけないな、と。
診察室の扉が閉められたのを見た天宮は、ソファーに横たわりながら苦笑する。
「まったく…神代といい、十紀といい――優し過ぎますよ、彼らに…」
「優しいかどうかで言うと、貴方もですよ。天宮様、本当は彼ら――〈咎人〉の子孫達を救いたいとお考えなのでしょう?」
片膝をついて目線を合わせた八守は、労うように問いかけた。
憎しみに近い感情を抱いていても、このままではいけないとわかっているのだろう…と、八守は感じていたのだ。
小さく息をついた天宮は、閉じていた瞼を開くと何も映さぬ水色の瞳を天井に向ける。
「…そうかもしれませんね。ただ、まだ気持ちの整理ができていないだけで――まぁ、あの『霧』を人間から奪って無力化させようとして失敗した責任だと考えて、今回は折り合いをつけましょうかね」
「まずは…ですね。そうと決まれば、今はゆっくりされてから…桜矢を取り戻しましょう」
哀しそうに微笑んでいる天宮の頭を、八守はゆっくりと撫でた。
子供扱いをするなというようにその手を払いのけた天宮は、天井に向けていた目を八守へと向ける。
「…そういえば、八守――貴方達は、さっきから私を何処かに放り込もうと考えているようですね?」
「う゛っ…」
固まった八守の様子に、天宮は鼻で笑うと八守から天井に視線を戻した。
「そうですか、そうですか…その時は一緒に閉じこもってもらいますよ、八守?」
傍らにいる八守に向け、声を低く囁いた天宮は瞼を閉じると深くため息をついた。
***
何度も咳をしながら、白い青年は降参だというように両手を上げた。
そして、白い青年の前にいるのは青緑色の髪の青年と青みのある黒髪の青年の2人だ。
この2人は、青筋をたてて白い青年を睨みつけると説教していた。
壁際に気配を消して立つ銀髪の青年は、彼らの様子に苦笑いを浮かべるしかない。
このような状況になった理由は、今から1時間くらい前まで遡る――真那加が診察室を去った後、禁じられた森より助け出されたひとりの少女が診察室へ運び込まれた。
その少女は、銀髪の青年と青みのある黒髪の青年が連れてきたのだ。
『霧』の影響を強く受けている少女を救う為に、白い青年が切り離しを行ったわけである。
その方法とは、気を失っている少女に意識を繋いで絡みついている『霧』の力を取り除くのだ。
……だが、白い青年は千森に来てから『霧』に意識を繋いで常に力を行使している状態であった。
何度も力を使った為、白い青年は疲弊していたようだ…そして、それが彼の吐血に繋がってしまったらしい。
「天宮様…一度、力を使うのをやめてください。大体、神代様に無理させるなとおっしゃった貴方が一番無理をしてどうするのですか?」
青みのある黒髪の青年は、白い青年・天宮を叱りつけた。
それに同調するように、青緑色の髪の青年も口を開く。
「そうです!あの時だって、御自分を犠牲に――」
「八守、やめなさい…」
自分の口元に人差し指をあてた天宮は、青緑色の髪の青年・八守の言葉を止めた。
そして、ゆっくりと人差し指を診察室の扉の方を指した。
部屋にいた全員がその意味に気づき、扉の方へ視線を向ける。
壁際にいた銀髪の青年が扉を開ける、と…そこには桃色がかった茶髪の少女が、困ったような様子で立っていた。
銀髪の青年は、少女を安心させるように優しく声をかける。
「…どうしました、理哉?今、十紀ならここにはいないですよ?」
「ぇ…っと、その――」
桃色がかった茶髪の少女・理哉は、診察室の中の方をうかがいながら言葉に詰まっていた。
…おそらく、会話の内容が少し漏れ聞こえてしまったのだろう。
それに気づいた銀髪の青年は、一度天宮達の方に視線を向けてから苦笑した。
「聞き分けの悪い人に説教していただけですから――それよりも…理哉、どうしてここに?」
「そうなんですか、って…そんな事より、神代様――ここに千代がいるんですよね?会わせてください!」
何か問題でもあったのかと考えていた理哉は、銀髪の青年・神代の言葉に安心したように頷きかけてから運び込まれたであろう友人について訊ねたのだ。
理哉の『会いたい』という気持ちを痛いほど理解できる神代は、どうしたものかと考え込む。
――運び込まれた少女・千代に会わせるべきか、このまま会わせないべきか……どちらにしても、理哉の心に深い傷となるだろう事は間違いない。
判断に困った神代は、もう一度天宮の方へ視線を向けた。
八守と青みのある黒髪の青年は天宮の方に目を向けており、最終判断を任せたようだ。
困ったように眉をひそめた天宮は、顎に手を当てて考え込むと…そして、ゆっくりと口を開いた。
「…神代、会わせてあげなさい――このままでは、おそらく彼女は深く後悔する事になりますから…古夜、少し休むので後は任せます」
天宮の言葉に頷いた青みのある黒髪の青年・古夜は、神代の傍に移動すると理哉を診察室に招き入れた。
理哉が診察室に入ると同時に、八守が天宮を支えるようにして診察室を出る。
おそらく、待合室で休息をとる為だろう……
神代は診察室の扉を閉めようとして何かを思い出したらしく、天宮の方に目を向けると声をかけた。
「天宮様、わかっていると思いますが…そのソファーに座って、大人しくしていて下さいね?後……」
「十紀と穐寿が戻ってきたら、彼女の事を伝えますよ…ごほっ」
咳をした拍子に口の端から血を垂らした天宮が、わかっているというように頷いて答える。
その様子にため息をついた八守が、天宮の口元を拭うとソファーに横になるよう言った。
扉を閉めながら、神代は思った――早めに天宮を用意した部屋に放り込んでしまわないといけないな、と。
診察室の扉が閉められたのを見た天宮は、ソファーに横たわりながら苦笑する。
「まったく…神代といい、十紀といい――優し過ぎますよ、彼らに…」
「優しいかどうかで言うと、貴方もですよ。天宮様、本当は彼ら――〈咎人〉の子孫達を救いたいとお考えなのでしょう?」
片膝をついて目線を合わせた八守は、労うように問いかけた。
憎しみに近い感情を抱いていても、このままではいけないとわかっているのだろう…と、八守は感じていたのだ。
小さく息をついた天宮は、閉じていた瞼を開くと何も映さぬ水色の瞳を天井に向ける。
「…そうかもしれませんね。ただ、まだ気持ちの整理ができていないだけで――まぁ、あの『霧』を人間から奪って無力化させようとして失敗した責任だと考えて、今回は折り合いをつけましょうかね」
「まずは…ですね。そうと決まれば、今はゆっくりされてから…桜矢を取り戻しましょう」
哀しそうに微笑んでいる天宮の頭を、八守はゆっくりと撫でた。
子供扱いをするなというようにその手を払いのけた天宮は、天井に向けていた目を八守へと向ける。
「…そういえば、八守――貴方達は、さっきから私を何処かに放り込もうと考えているようですね?」
「う゛っ…」
固まった八守の様子に、天宮は鼻で笑うと八守から天井に視線を戻した。
「そうですか、そうですか…その時は一緒に閉じこもってもらいますよ、八守?」
傍らにいる八守に向け、声を低く囁いた天宮は瞼を閉じると深くため息をついた。
***
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
うたかた夢曲
雪原るい
ファンタジー
昔、人と人ならざる者達との争いがあった。
それを治めたのは、3人の英雄だった…――
時は流れ――真実が偽りとなり、偽りが真実に変わる…
遥か昔の約束は、歪められ伝えられていった。
――果たして、偽りを真実にしたものは何だったのか…
誰が誰と交わした約束なのか…
これは、人と人ならざる闇の者達が織りなす物語――
***
自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。
※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。
⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。
本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目です。
[章分け]
・一章「迷いの記憶」1~7話(予定)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私と神様と時々おっさん
花雨
ファンタジー
主人公 青空京花は数年前の航空機事故で家族を失う………。
失意を胸に抱いて今は一人暮らし…そんな京花自身も交通事故に遭い、まさに今、命尽きようとしていた………。
そんな時、ある意外な人物が現れるのであった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる