惑う霧氷の彼方

雪原るい

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2話「断片の笑顔」

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「はぁはぁ……」

走って逃げた…まではよかったんだけど、一年間眠っていたせいか…思っていた以上に体力が落ちていたんだな、私。

あまり走れなくて、気づいたら集落の畑がたくさんあるところまで来ていた。
ただ…この畑が集落の何処にあって、医院がどっちにあるのかがわからなくなってしまった。

――…つまり、私は迷子。

「…ここ、何処だろう?」

あまり遠くには、行ってないとは思うんだけど…――
今いる場所がわからず、困っていると誰かに後ろから肩をたたかれた。

「きゃっ!?」

私は怖くなって、思わず身をすくめた。
もしかすると…医院や途中であった人達がそこに立っているような気がして、振り返るのが本当に怖かった。

「…ここで、何をしている?」

振り返らずにいる私に、後ろから声をかけてきた男の人は言葉を続ける。

「もしかして――我が主、神代かじろ様に何か用か…?」
「ぇ…か、神代かじろさん…!?いえ、その……」

驚いて振り返ると、青みのある黒髪の青年が訝しげに私を見ていた。
ちょっと、雰囲気が怖そうな人だな……

私が返事に困っていると、青年は無感情なまま言う。

「我が主は、昨夜よりお休みになられている…出直してもらおうか」
「え…っと、はい。じゃなくて、その…医院は、どっちの方向に……」

おずおずと訊ねてみると、青年は一瞬驚いたみたいだった。
そして、しばらく私を見つめた後に訊ねてきた。

「……迷子、か?」
「ぁ…はい。実は、少し怖い事があって…その、無我夢中で走っていたせいで帰り道がわからなくなってしまって……」

何があったのかは伏せた私の話を聞いた青年は、顔をしかめると小声で呟いた。
それは…私には聞きとれないくらいの、小さな呟きだった。

「……の約束を……つもり……アイツら……」
「え?」

うまく聞きとれなかった私は、思わず青年に聞き返してみた…けど、彼は無表情なままこちらを見ているだけで何も答えてくれなかった。

困っている私に青年は「医院まで案内する」と申し出てくれたので、お言葉に甘える事にしたんだけど……

「………」
「………」

道中の会話内容が思いつかないから、お互い無言で少しだけ気まずい雰囲気になっている。
何かないものか…と考えて、ふとみっつの事を思い出した。

ひとつ目は、医院にいた少女の事。
ふたつ目は、道で出会ったお菓子を持った青年の事。
みっつ目は、神代かじろさんが倒れた事について。

それらを訊ねてみようか、と考えた…けど、なんだか最初のふたつは訊ねにくい。
悪い噂とか、こういう小さな集落だとすぐ広まっちゃうかもしれないし……
もしかすると、私の勘違いかもしれないし……

だから、神代かじろさんについてを訊ねてみようと考えた。
――確か…医院に来ていた少女も、神代かじろさんが倒れたって話を十紀とき先生としていたし……

「あ、あの…神代かじろさんは…体調、大丈夫なんですか?」
「…あの方は、今日一日休まれれば大丈夫だ」

そう答えた青年は無表情だったけど、安堵しているようだった。

「そうですか、よかった。早く良くなるといいですね……すみません。お忙しい中、道案内をしてくださって……」
「…いや、かまわない。ちょうど、十紀とき様から薬を頂きに向かうところだったのでな」

そうこうしている内に、無事に医院の前までたどり着いた。
歩いて…多分、30分くらいかな?
そんなに離れたところへは行ってなかったんだね、私。

「ぁ…案内をしてくださって、ありがとうございます」
「あぁ…」

頭を下げてお礼を伝えると、青年は頷いて答えると医院の中に入っていく。
私もその後すぐ医院に入ると、水城みずきさんが待合室の掃除をしていた。

水城みずきさんは、私の方を見るとにっこりと微笑む。

「あ、真那まなちゃん!おかえりー」
水城みずきさん、ただいま…あの――」

気になった私は先に入った青年についてを、水城みずきさんに訊ねてみた。

「さっきの方は…?」
「あぁ、古夜ふるやさんの事?診察室に行ったけど…真那まなちゃん、あの方と一緒だったの?」

水城みずきさんは首をかしげながら、私に訊ねる。
私は――殺意を持っていた2人の事を伏せて、散歩中に迷子になったので古夜ふるやさんに案内を頼んだ事だけを水城みずきさんに話した。

「もぉ~…気をつけなくちゃいけないよ?小さな集落だけど、ちょ~っとだけ道が入り組んでいる上に、景色が変わり映えしないから迷子になりやすいし」

私の話を聞いた水城みずきさんは、笑いながら言葉を続ける。

「かく言う私も、小さい頃は迷子の常連さんだったけどね」
「小さい頃のお前は、かなりの方向音痴で集落一有名だったからな……いつも、集落中の大人達が探し回っていた」

診察室から出てきた青年・古夜ふるやさんが呆れたような様子で言った。
それを聞いた水城みずきさんは、顔を真っ赤にさせながら頬を膨らませる。

「むぅ~…恥ずかしいですから、真那まなちゃんの前でばらさないでくださいっ!」
「…ふふふ」

水城みずきさんの様子が面白くて、少しだけ笑っちゃった。
私が笑っているのに気づいた水城みずきさんは「もぉ~…真那まなちゃ~ん」と、頬を膨らませたまま私の肩を軽く叩いた。

「…何だ?騒々しい……」

そんなやり取りをしていると、診察室から十紀とき先生が出てきた。
古夜ふるやさんが十紀とき先生に、簡単に状況を説明する。

「あぁ~…そういう事もあったな。あの時は、本当に大変だった……」

十紀とき先生がしみじみしたように呟くと、古夜ふるやさんは小さく笑う。

「もぉ~…もう、忘れてくださいっ!!」

水城みずきさんが顔を真っ赤にさせながら、十紀とき先生の肩を強めに叩いた。
心配そうな表情を一瞬した古夜ふるやさんは、十紀とき先生の様子を確認した後にまた笑みを浮かべる。

「…では、私は屋敷に戻ります。十紀とき様、また夜に……」
「あぁ、わかった。神代かじろに、今日は大人しく寝ているよう伝えておいてくれ」

頭を下げた古夜ふるやさんに、十紀とき先生が声をかけた。
十紀とき先生の言葉に頷いて答えた古夜ふるやさんは、私や水城みずきさんに軽く頭を下げると医院を去る。

そして、水城みずきさんは古夜ふるやさんが帰った後に「ふぅ~…なんだか暑いから、顔を洗ってきま~す」と言って医院の奥にあるお手洗いへと向かった。
この場に残されているのは、私と十紀とき先生だけだ。
私は十紀とき先生に頭を下げた後、自分の病室に戻ろうとしたら十紀とき先生から声をかけられた。

「…真那加まなかさん、私に何か用があったのではないかな?」
「えっ?」

十紀とき先生の言葉に思わず驚きの声をあげてしまうと、十紀とき先生は不思議そうに続けて言う。

「違うのか…?一時間ほど前、診察室の前まで来ていただろう?」
「あぁ…」

私が診察室の前に立っていた事、気づかれていたんだ――だとしたら、あの会話の内容を立ち聞きしていた事も……

私が返事に困って考え込んでいると、十紀とき先生は私の頭を何度か撫でると口を開いた。

「――理哉りやは、本気で言っていたわけではない……今は少し事情があって、まともな判断ができていないだけだ」
「………」

あの女の子――理哉りやさん、という子に対して…私は何をしてしまったのかしら?

それを十紀とき先生に訊ねようと口を開きかけたら、十紀とき先生は首をゆっくりと横にふる。

「あれは、君の……いや、誰のせいでもない。偶然に偶然が重なり過ぎただけだ……」
「それは一体……」

私が重ねて訊ねようとしたけど、十紀とき先生はそれ以上何も語ってくれなかった。


***
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