125 / 140
0話裏「ほの暗き目覚めの時」
3
しおりを挟む
向かい合わせに、ソファーに腰掛けた珠雨と嵯苑はしばらく何も喋らずお茶を静かに飲んでいた。
時計の針の音だけが、静かな室内に響いているだけだ。
何かを思い出した様子の珠雨が、おもむろに口を開いた。
「そういえば…この街の郊外に、とても高貴な方が療養していると小耳にしましてね」
「ああ、確かにそのような話がありますね。まったく…夢明医院から来た何人もの医師が、腹立たしい事にここから色々と持っていきましたから」
肩をすくめた嵯苑は、わざとらしくため息をつく。
どうやら夢明から派遣された医師団が、玖苑医院から医療品などを運びだしたらしい…使用目的も、ほとんど説明はなかったようだ。
「黙秘権を行使されると、こちらとしてはお手上げ状態ですよ。しかし、先日あった報道を合わせて考えれば誰だって答えに辿り着く…それを先輩は聞いたのでしょう?」
「まぁ、そうですね。突然の事でしたから、この街の者ならば戻ってきているとわかりますしね。やはり、間違いなさそうですか?」
「珠雨先輩…我が国の王家のスキャンダル、好きなんですか?」
そういうのが好きであったとは…と、意外な一面を見た気分になった嵯苑は珠雨に訊ねた。
自分の医院内にも、そういったスキャンダル話が好きな者はいたので情報として答えられるが。
珠雨は肩をすくめて、くすりと笑う。
「特にスキャンダル話が好きとかではないですけど、一応情報として知っておきたかったものですから」
…それを『もの好き』と言うのでは、と思ってしまったがかろうじて口から出さなかった嵯苑は内心自分を褒めた。
だが、まあ知りたいのなら…と自分の知っている範囲で話す。
「派遣された医師団の一部は何も知らされていないようでしたが、先輩の予想通りですよ。ただ――」
医療品を提供する際対応したのは嵯苑だったが、その時に妙な人物が数人医師団に紛れ込んでいるのに気づいたのだという…見た目だけは立派な医師なので、嵯苑以外の者は気づけていなかったらしい。
「匂い、とでもいうんですか…彼らは医師というより、珠雨先輩と同じ研究者の匂いがしましたよ」
心の中で「何かしでかしそうな意味で同じだ」という言葉を付け加えておく。
まぁ、例え口に出したとしてもこの人は否定するだろうが。
「さすがに、彼ら本人に医師じゃないだろう?とは訊けないので、提供だけしてさっさと向かっていただきましたがね」
「その判断で正解だったかもしれませんね…ここには大勢の人がいますから、彼らが逆上して何かしてきては大変ですし」
最悪、口封じされていただろうと珠雨は言う。
何故口封じされる可能性があるのかまでは、嵯苑にはわからなかったが――余計な事に首を突っ込みたくなかったのだ。
もうすでに我が子らの為とはいえ、危ない橋を渡っているのだから……
「…話を戻しますが、あの方はこの街の郊外にある屋敷にいるというのが我々住民の共通認識です」
だから黙秘されても、大方は予想できるのだと嵯苑は言葉を続けた。
「ひとりに対して医師の人数が多いと感じましたが、それ以上はまったく…ねぇ、珠雨先輩。王都では、何か噂を聞きませんでしたか?」
「噂、ですか?そうですね…流行り病や伝染病の類を患われた、といった話は聞きませんでしたが。あの方は心を病まれたから、という事実だけですね」
顎に手をやり思案した珠雨は、客観的事実のみを伝える。
実際、珠雨自身も塑亜から聞いた内容以上の事は知らないので仕方ない。
最初に話題を振ったのは自分であるが、逆に訊ねられると困るものなのだなと珠雨は思った。
とても高貴な方、と言っても「元」が付く彼女が心身を弱らせた本当の原因は確証まで持てない…しかし、その偽の医師達が何か関係しているのだろう。
何か大きな出来事が起こらなければいいのだが、とふたりは同じ事を願った。
***
時計の針の音だけが、静かな室内に響いているだけだ。
何かを思い出した様子の珠雨が、おもむろに口を開いた。
「そういえば…この街の郊外に、とても高貴な方が療養していると小耳にしましてね」
「ああ、確かにそのような話がありますね。まったく…夢明医院から来た何人もの医師が、腹立たしい事にここから色々と持っていきましたから」
肩をすくめた嵯苑は、わざとらしくため息をつく。
どうやら夢明から派遣された医師団が、玖苑医院から医療品などを運びだしたらしい…使用目的も、ほとんど説明はなかったようだ。
「黙秘権を行使されると、こちらとしてはお手上げ状態ですよ。しかし、先日あった報道を合わせて考えれば誰だって答えに辿り着く…それを先輩は聞いたのでしょう?」
「まぁ、そうですね。突然の事でしたから、この街の者ならば戻ってきているとわかりますしね。やはり、間違いなさそうですか?」
「珠雨先輩…我が国の王家のスキャンダル、好きなんですか?」
そういうのが好きであったとは…と、意外な一面を見た気分になった嵯苑は珠雨に訊ねた。
自分の医院内にも、そういったスキャンダル話が好きな者はいたので情報として答えられるが。
珠雨は肩をすくめて、くすりと笑う。
「特にスキャンダル話が好きとかではないですけど、一応情報として知っておきたかったものですから」
…それを『もの好き』と言うのでは、と思ってしまったがかろうじて口から出さなかった嵯苑は内心自分を褒めた。
だが、まあ知りたいのなら…と自分の知っている範囲で話す。
「派遣された医師団の一部は何も知らされていないようでしたが、先輩の予想通りですよ。ただ――」
医療品を提供する際対応したのは嵯苑だったが、その時に妙な人物が数人医師団に紛れ込んでいるのに気づいたのだという…見た目だけは立派な医師なので、嵯苑以外の者は気づけていなかったらしい。
「匂い、とでもいうんですか…彼らは医師というより、珠雨先輩と同じ研究者の匂いがしましたよ」
心の中で「何かしでかしそうな意味で同じだ」という言葉を付け加えておく。
まぁ、例え口に出したとしてもこの人は否定するだろうが。
「さすがに、彼ら本人に医師じゃないだろう?とは訊けないので、提供だけしてさっさと向かっていただきましたがね」
「その判断で正解だったかもしれませんね…ここには大勢の人がいますから、彼らが逆上して何かしてきては大変ですし」
最悪、口封じされていただろうと珠雨は言う。
何故口封じされる可能性があるのかまでは、嵯苑にはわからなかったが――余計な事に首を突っ込みたくなかったのだ。
もうすでに我が子らの為とはいえ、危ない橋を渡っているのだから……
「…話を戻しますが、あの方はこの街の郊外にある屋敷にいるというのが我々住民の共通認識です」
だから黙秘されても、大方は予想できるのだと嵯苑は言葉を続けた。
「ひとりに対して医師の人数が多いと感じましたが、それ以上はまったく…ねぇ、珠雨先輩。王都では、何か噂を聞きませんでしたか?」
「噂、ですか?そうですね…流行り病や伝染病の類を患われた、といった話は聞きませんでしたが。あの方は心を病まれたから、という事実だけですね」
顎に手をやり思案した珠雨は、客観的事実のみを伝える。
実際、珠雨自身も塑亜から聞いた内容以上の事は知らないので仕方ない。
最初に話題を振ったのは自分であるが、逆に訊ねられると困るものなのだなと珠雨は思った。
とても高貴な方、と言っても「元」が付く彼女が心身を弱らせた本当の原因は確証まで持てない…しかし、その偽の医師達が何か関係しているのだろう。
何か大きな出来事が起こらなければいいのだが、とふたりは同じ事を願った。
***
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
うたかた夢曲
雪原るい
ファンタジー
昔、人と人ならざる者達との争いがあった。
それを治めたのは、3人の英雄だった…――
時は流れ――真実が偽りとなり、偽りが真実に変わる…
遥か昔の約束は、歪められ伝えられていった。
――果たして、偽りを真実にしたものは何だったのか…
誰が誰と交わした約束なのか…
これは、人と人ならざる闇の者達が織りなす物語――
***
自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。
※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。
⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。
本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目です。
[章分け]
・一章「迷いの記憶」1~7話(予定)
惑う霧氷の彼方
雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。
ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。
山間の小さな集落…
…だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。
――死者は霧と共に現れる…
小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは?
そして、少女が失った大切なものとは一体…?
小さな集落に死者たちの霧が包み込み…
今、悲しみの鎮魂歌が流れる…
それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語――
***
自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。
※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。
⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。
本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる