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10話「贖罪の行方」
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塑亜の指示で新たに港へ入ってきた飛行艇に、搭乗橋が自動でつけられ往来が可能となった。
それを確認した塑亜は搭乗橋の入口付近に立ち、その飛行艇から降りてくるだろう人物を待っているとすぐに小さな足音が聞こえてきた。
「…おはようございます。というか、何…真っ直ぐ――ここの事だったの?」
「あぁ、おはよう…わかりやすかっただろ、お前でも」
やって来たのは、紺色を基調にした制服を着ている黒髪の少女だ。
彼女は塑亜の言葉に頬を膨らませる。
「ケンカ売ってるなら買うよ、冬埜が――」
「そこはお前が買わないのか…それより、その制服――零鳴国の、国立学校のやつか?」
思わず苦笑した塑亜だったが、話題を変えようと彼女の着ている服について訊ねた。
頷いて答えた少女は、灰色地に青みのあるチェック柄のスカートを軽く摘まんでひと回りする。
「そー、零鳴国の公爵が用意してくれたんだよ…いつでも学校の図書館に入れるように、って」
「…そこは入学してもよかったのでは?」
「いやいや、色々行ったり来たりになるから…入学しても、出席日数の心配が――って、違う!本題が」
首を横にふった少女が、声を潜めるようにして言葉を続けた。
「天宮様から連絡があって――えっと、一度にまとめて引き上げると敵に付け入る隙を与えてしまう上に身バレ?していない人の事も知られるから…時間を空けて、数回に分けてほしいそうです」
「身バレ…天宮様がそう言ったのか?まぁ…そうしないと、この国にいるメンバー全員に周知できないからな」
顎に手をあて、塑亜は考える――あの事件に関わった生き残り達は、このまま冬埜達に任せるとして…自分を含めた、学舎や軍部にいる者達に今回の件を周知させ一年を目処に引き上げなければならない。
引き上げるタイミングも気をつけねば、我々全員が無事ですまないだろう。
(連中に把握されているだろう者から身を隠させなければならないだろうな。それにしても…天宮様が『身バレ』という言葉を選んで使用した事が想像できん)
思わず現実逃避するかのように、塑亜は考えた。
…使うとしたら、天宮ではなく今恋に現をぬかしている男だろう。
少女が自分の言葉で伝えてきたのはわかっていても、ついつい思考を脱線させてしまう自分は彼女と半分血が繋がっているからだろうと結論付けてひとり納得する。
考え込んでいる塑亜の様子に少女が首をかしげていると、彼女の背後――搭乗橋を歩く足音が聞こえてきた。
「さっき聞こえてきたんだけど…僕の紫麻にケンカ売ったのかい、塑亜?」
そう言いながら現れたのは、淡い青色の髪をした黒地に緑のラインの入った軍服の青年だ。
…どうやら、この青年は零鳴国に属する軍人らしい。
彼は少女・紫麻を後ろから抱きしめると、冷たい視線を塑亜に向けて訊ねた。
そんな彼の様子に、肩をすくめた塑亜は答える。
「いいや、そんなわけないだろ…それよりも、冬埜――急に呼びつけてすまなかったな」
「まぁ、いいか……いや、あの時は出発前だったからね。それより、何が起こっている?随分と賑やかなようだが…」
青年・冬埜は呆れたように塑亜の背後へ視線を向けて、様子をうかがっているようだ。
そちらの方から狂ったような声や銃声が聞こえ、不穏な雰囲気が漂ってきていた。
それを警戒しながら眉をひそめた冬埜が、囁くように訊ねる。
「嫌な気配だな…何をやらかしたんだ?」
「どうやら、あの『薬』が使われた。その詳細についてだが……」
塑亜は簡単に玖苑での事件のあらましと、理矩からの報告にあった〈隠者の船〉内で起こった事などを話した。
たまに相槌をうち、話を黙って聞いていた冬埜は深いため息をつく。
「――そうか。僕が零鳴国に移るのを待って、連中は動きだしたようなタイミングだね…まったく、はぁ」
「俺も湊静へ出張に出ていてな…連中の動きを把握しきらなかった。それと、監視を任せていた秘密警察内におそらく…」
こちらの手の者を要所に潜り込ませているのと同じで、敵も潜り込ませていたのだ。
考える事が同じだと言われたら、それに返す言葉は見つからないだろう……
話を聞いていて、親しい人を亡くした事実に俯いた紫麻の頭を優しく撫でると冬埜が優しく声をかけた。
「君は珠雨と仲良かったものね…これ以上、君が哀しい思いをしないようにするから――」
「…うん、『もしもの時は泣かない』って珠雨と約束してるから…大丈夫」
小さく頷いた紫麻は目元をこすって答える…その声は、哀しみを堪えているせいか少し震えているようだった。
彼女が落ち着くまで頭を撫でていた冬埜は、何か思い出した様子で塑亜に訊ねる。
「ん?…そういえば、理矩はどうしたんだい?」
「あの『薬』で狂った人間の処分を頼んだ…それで、だ。亡骸を残してここを去れば、奴らのような存在が新たに湧く可能性もある」
声のトーンを下げ、紫麻の両耳を手で塞いだ塑亜は言葉を続けた。
「〈隠者の船〉は、我々にとっても機密の塊だ…珠雨の描いた設計図ならこちらにある。処分しても問題はないだろう?」
「なるほどね…ならば、両方一度に済ませられるな。僕の飛行艇なら…」
納得したように頷いた冬埜は、自らの腕の中にいる紫麻に声をかけ…る前に、塑亜の手を彼女の耳から引きはがした。
そして、何事もなかったように声をかける…もちろん、彼女を安心させる為に微笑みながら。
「ごめんね、まだ少しお仕事の話をしないといけないから…危ないかもだけど、理矩の所に行って僕達の事を知らせてきてくれるかな?」
「あー…うん。わかったけど、護身用に何か武器貰えるよね?」
不穏な雰囲気しか感じない場所へ行けと言う冬埜に、紫麻がむっとした表情で手を差しだした。
まともな状況ならば、二つ返事で向かうのだが…どう考えても、狂った人間のいる気配だけが感じられるところへは丸腰で行きたくないものだ。
理矩や〈狭間の者〉達の実力ならば、ある程度片付けられているだろうが…身を護る術くらいあってもいいだろう。
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それを確認した塑亜は搭乗橋の入口付近に立ち、その飛行艇から降りてくるだろう人物を待っているとすぐに小さな足音が聞こえてきた。
「…おはようございます。というか、何…真っ直ぐ――ここの事だったの?」
「あぁ、おはよう…わかりやすかっただろ、お前でも」
やって来たのは、紺色を基調にした制服を着ている黒髪の少女だ。
彼女は塑亜の言葉に頬を膨らませる。
「ケンカ売ってるなら買うよ、冬埜が――」
「そこはお前が買わないのか…それより、その制服――零鳴国の、国立学校のやつか?」
思わず苦笑した塑亜だったが、話題を変えようと彼女の着ている服について訊ねた。
頷いて答えた少女は、灰色地に青みのあるチェック柄のスカートを軽く摘まんでひと回りする。
「そー、零鳴国の公爵が用意してくれたんだよ…いつでも学校の図書館に入れるように、って」
「…そこは入学してもよかったのでは?」
「いやいや、色々行ったり来たりになるから…入学しても、出席日数の心配が――って、違う!本題が」
首を横にふった少女が、声を潜めるようにして言葉を続けた。
「天宮様から連絡があって――えっと、一度にまとめて引き上げると敵に付け入る隙を与えてしまう上に身バレ?していない人の事も知られるから…時間を空けて、数回に分けてほしいそうです」
「身バレ…天宮様がそう言ったのか?まぁ…そうしないと、この国にいるメンバー全員に周知できないからな」
顎に手をあて、塑亜は考える――あの事件に関わった生き残り達は、このまま冬埜達に任せるとして…自分を含めた、学舎や軍部にいる者達に今回の件を周知させ一年を目処に引き上げなければならない。
引き上げるタイミングも気をつけねば、我々全員が無事ですまないだろう。
(連中に把握されているだろう者から身を隠させなければならないだろうな。それにしても…天宮様が『身バレ』という言葉を選んで使用した事が想像できん)
思わず現実逃避するかのように、塑亜は考えた。
…使うとしたら、天宮ではなく今恋に現をぬかしている男だろう。
少女が自分の言葉で伝えてきたのはわかっていても、ついつい思考を脱線させてしまう自分は彼女と半分血が繋がっているからだろうと結論付けてひとり納得する。
考え込んでいる塑亜の様子に少女が首をかしげていると、彼女の背後――搭乗橋を歩く足音が聞こえてきた。
「さっき聞こえてきたんだけど…僕の紫麻にケンカ売ったのかい、塑亜?」
そう言いながら現れたのは、淡い青色の髪をした黒地に緑のラインの入った軍服の青年だ。
…どうやら、この青年は零鳴国に属する軍人らしい。
彼は少女・紫麻を後ろから抱きしめると、冷たい視線を塑亜に向けて訊ねた。
そんな彼の様子に、肩をすくめた塑亜は答える。
「いいや、そんなわけないだろ…それよりも、冬埜――急に呼びつけてすまなかったな」
「まぁ、いいか……いや、あの時は出発前だったからね。それより、何が起こっている?随分と賑やかなようだが…」
青年・冬埜は呆れたように塑亜の背後へ視線を向けて、様子をうかがっているようだ。
そちらの方から狂ったような声や銃声が聞こえ、不穏な雰囲気が漂ってきていた。
それを警戒しながら眉をひそめた冬埜が、囁くように訊ねる。
「嫌な気配だな…何をやらかしたんだ?」
「どうやら、あの『薬』が使われた。その詳細についてだが……」
塑亜は簡単に玖苑での事件のあらましと、理矩からの報告にあった〈隠者の船〉内で起こった事などを話した。
たまに相槌をうち、話を黙って聞いていた冬埜は深いため息をつく。
「――そうか。僕が零鳴国に移るのを待って、連中は動きだしたようなタイミングだね…まったく、はぁ」
「俺も湊静へ出張に出ていてな…連中の動きを把握しきらなかった。それと、監視を任せていた秘密警察内におそらく…」
こちらの手の者を要所に潜り込ませているのと同じで、敵も潜り込ませていたのだ。
考える事が同じだと言われたら、それに返す言葉は見つからないだろう……
話を聞いていて、親しい人を亡くした事実に俯いた紫麻の頭を優しく撫でると冬埜が優しく声をかけた。
「君は珠雨と仲良かったものね…これ以上、君が哀しい思いをしないようにするから――」
「…うん、『もしもの時は泣かない』って珠雨と約束してるから…大丈夫」
小さく頷いた紫麻は目元をこすって答える…その声は、哀しみを堪えているせいか少し震えているようだった。
彼女が落ち着くまで頭を撫でていた冬埜は、何か思い出した様子で塑亜に訊ねる。
「ん?…そういえば、理矩はどうしたんだい?」
「あの『薬』で狂った人間の処分を頼んだ…それで、だ。亡骸を残してここを去れば、奴らのような存在が新たに湧く可能性もある」
声のトーンを下げ、紫麻の両耳を手で塞いだ塑亜は言葉を続けた。
「〈隠者の船〉は、我々にとっても機密の塊だ…珠雨の描いた設計図ならこちらにある。処分しても問題はないだろう?」
「なるほどね…ならば、両方一度に済ませられるな。僕の飛行艇なら…」
納得したように頷いた冬埜は、自らの腕の中にいる紫麻に声をかけ…る前に、塑亜の手を彼女の耳から引きはがした。
そして、何事もなかったように声をかける…もちろん、彼女を安心させる為に微笑みながら。
「ごめんね、まだ少しお仕事の話をしないといけないから…危ないかもだけど、理矩の所に行って僕達の事を知らせてきてくれるかな?」
「あー…うん。わかったけど、護身用に何か武器貰えるよね?」
不穏な雰囲気しか感じない場所へ行けと言う冬埜に、紫麻がむっとした表情で手を差しだした。
まともな状況ならば、二つ返事で向かうのだが…どう考えても、狂った人間のいる気配だけが感じられるところへは丸腰で行きたくないものだ。
理矩や〈狭間の者〉達の実力ならば、ある程度片付けられているだろうが…身を護る術くらいあってもいいだろう。
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