うたかた夢曲

雪原るい

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3話「幼い邪悪[前編]~2人のトラブルメーカー~」

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――そんな他愛ない話で盛り上がりながら、セネト達は"祈りの場"と呼ばれる場所に辿り着いた。
その場所は小さな神殿のような石造りの建物があり、中には小さな噴水と石碑が置かれているだけだ。

通常であれば、神聖な雰囲気に包まれた場所だとわかるだろう…が、さすがにこの騒ぎのせいで手入れが行き届かず荒れ果ててしまっていた。

この光景を目にしたセネトが頬をひきつらせながら魔法で明かりをつけると、愚痴るように呟く。

「なんというか、嫌な気配がしまくっている…というか、それしかしてないな。おれなら、絶対に来たくない…」

セネトがこう言っているのには、今いる場所の現状にあった。

「…確かに、荒れ果てている上に血の噴水ですか。もしかすると…こちらが考えている以上に被害者がいそうですね」

周囲を見回したクリストフが、噴水の水に触れてため息をつく。

それを後ろから覗き込んだセネトは驚いたように息を飲んだが、それもそのはず…クリストフの触れている噴水の水は真っ赤であったのだから。

「いやいや…考えている以上というか、水源が大変な事になってるだろ!おい、ヴァリス…この場所周辺に、本当に結界ははっていたのか!?」

慌てたセネトは、ヴァリスに訊ねた。
困惑と驚きが入り混じった表情のヴァリスが、しゃがみ込んで床と噴水を調べている。

「…おそらくは、水源の方に村人以外の被害者達がいるのだと。それに、ここに元からある結界も解除されて…」

途中で言葉を切ったヴァリスが近くの草むらの方へ視線を向ける、と同時に草むらの中を何かの走り回る音が聞こえてきた。

「…何がいるんだ?」

警戒しながら音のした方向に視線を向けたセネトは、いつでも攻撃できるように術式を描きだす。
汚れた手をハンカチで拭ったクリストフも、仕込み杖を手に草むらの方のうかがっていた。

2人がいつでも攻撃できる体勢にある事を確認したヴァリスは、しゃがみ込んだまま近くに落ちていた小石を拾うと何者かが潜んでいる草むらへ向けて投げ込む。

「ガッ…!?」

何者かの悲鳴と共に、草むらから無数の人影が現れ、3人を取り囲んだ。

月明かりに照らしだされた無数の人影は、あちらこちら負った傷から出血しておりうめき声を発している。
中には手足の骨が折れて自由に動かないからか、這っている者さえもいた。

「うへぇ~…"眠れぬ死者"オンパレードかよ。面倒だから一気に燃やすか…」

目の前に現れたものの正体に、嫌そうに呟いたセネトを横目で見たクリストフは止める。

「あなたがやるとまず間違いなく、ここはなくなりますね。セネト…あなたは加減を知らないだろうから――」
「そうですね…これ以上ここを荒らすのは、いろいろと問題がありますし」

クリストフの言葉に同意したヴァリスは、立ち上がると同時に腰ベルトに差した短刀を抜いた。
そして、面倒くさそうなセネトと…そんな彼に呆れた視線を向けているクリストフに囁きかける。

「あちらの平原まで――私が突破口を開くので、お二人は彼らの気を引きつけつつ着いて来てください…」
「了解…引きつけつつ、おれが数を減らそうかな。このままだと確実に面倒だし…」

用意していた術式に魔力を込めながら『面倒』を連呼しているセネトに、抜き身でクリストフはにっこりと微笑んだ。

「面倒、面倒…と何度言うつもりですか?次言ったら、問答無用で斬り捨てますよ…」

その言葉に、青ざめたセネトは慌てたように首を横にふった。

「言わない、言わない…抜き身は危ないって、クリストフ」

そんなやり取りを静かに聞いていたヴァリスは、セネトを見て小さくため息をつく。

「良いでしょうか…行きますよ?」

確認するかのように言ったヴァリスが、セネトからクリストフ――そして、またセネトに視線を戻すと小声で何かを呟いて正面の"眠れぬ死者"達の元へ走りだした。

「…何であいつは、おれの顔を二度見したんだ?」

少々不満げなセネトに、クリストフは左右から襲いくる"眠れぬ死者"達を一瞬で斬り捨てて答える。

「多分、あなたが一番心配の種だったんじゃないですか?それよりも…僕達も行きましょうか、セネト」
「何でだよ…って、ヘイヘイ。相変わらず、切れ味いいな…クリストフの武器は。おっと、こうしてはおれないっと――」

クリストフがヴァリスの後を追いながら"眠れぬ死者"達を斬っているのを見たセネトは、クリストフがある程度離れたのを確認して詠唱をはじめた。

「"吹き荒れろ、風の刃よ…我が前に立ち塞がる者共を切り刻め!"」

セネトの詠唱に呼応した術式より風が巻き起こり、それを"眠れぬ死者"達に向けて大きく腕をふる。

その瞬間、術者セネトを中心に強風が渦巻くと襲いくる"眠れぬ死者"達を巻き上げて次々と切り刻んでいった。
自分を囲んでいた"眠れぬ死者"達がすべて巻き上がったのを確認して、ゆっくりと指を鳴らす。

風がゆっくりとおさまると、セネトの頭上から"眠れぬ死者"の身体の一部や赤黒い液体が降り注いだ。

「ふっ…どうだ、ざっとこんな感じかな?これだけ刻めば…もう動けないだろ」

ひと仕事終えたセネトは額の汗をぬぐいつつ、少し離れた位置にいるクリストフとヴァリスの元へ向かおうと一歩前に出た…が。
視界の端で何か動いた気がして、足を止めると首をかしげた。

「ん…?今、何か…――」

何かが動いた気配に視線を向けたセネトは、ゆっくりと息を飲んだ。
夜の暗闇でよく見えないが、目を凝らして動いているものの正体を確認するとものすごい速さで走りだす。

そして、何も気づいていない様子のクリストフとヴァリスの元へ駆けつけたセネトが、身振り手振りで状況を伝えようとするもあまり伝わらなかった。
首をかしげてしまったクリストフとヴァリスの肩を掴んだセネトは、荒い息を整えながら説明する。

「そ、そんな呑気な事を…言っている場合じゃない、って。あ、アレ…」

セネトが指差す方向を見たクリストフとヴァリスは頬をひきつらせたまま、その様子を眺めていた。
そこにいたのはバラバラになっていた無数の"眠れぬ死者"が合体し、不気味な雰囲気を醸しだすように動いている集合体だった。
ゆっくりとだが、確実に近づいてくるを見たクリストフは呆れた口調でセネトに訊ねる。

「…うわぁ、を作ったんですか?セネト…器用ですね」
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