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56 武官のルカ

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「僕はは囮にされたのですかっ?」

「……そうなりますね」

 カナメが罰の悪そうな顔をして苦笑いをしている。

「ティーも知っていたのですかっ?」

 ティーも同様で、直樹は頰をぷうと膨らませた。

「宿について部屋でカナメ様に伺いまして」

 ティーに湯に入れてもらい身支度をした直樹は、シンラと明たちがいる部屋に戻る。

 シンラに怒ろうかと思っていたのだが、賊である男が背後から明に日本刀を突きつけられ膝を付いているのを見て、シンラに駆け寄った。

「シンラ、どうして僕に教えてくれなかったの!」

 シンラは気配で明は赤竜の目で男を捉え、直樹に内緒でひと芝居打ったわけであったが、明の口淫はやりすぎだとシンラも苦々しく話している。

「だがな、直樹のお陰で無傷で掴まえられたぞ。お前の民を傷つけたくなくてなぁ。ま、役得かも知れんが五国での親代わりとしては、子供の成長の確認を……」

 明が顎をしゃくり、ちらりと直樹を見下ろす。

「ちゃんと大人だっだぞ。小さくて可愛いが」

「もう!しなくてもいいです!」

 直樹が叫ぶと、

「まさか……黒王様とは露知らず、申し訳ありませんっす」

と男が額を床に擦り付けたまま詫びる。

 夜光玉を二つかざした部屋はとても明るく、男の表情を見ることが出来き、顔を上げるように明が言うと、人の良さそうな浅黒の秀麗な表情を見せた。

「俺は黒国武官ルカっす」

 ルカと名乗った男は明のように浅黒く、少し癖のある黒髪を下の方で小さく結んでいて、人の好い陽気そうな顔を引き締めて、直樹に一度頭を下げまた顔を上げる。

「森のお方は……黒王様の紋様を拝見したところ、和合者様とお見受けするっす」

 そう言うと、シンラの顔を見つめにこりと笑い再び平伏した。

「拝見って……見たんですかっ?」

 直樹は真っ赤になって、ルカに言い返す。

「どれくらい見たんですかっ?」

「そりゃ……あのご開帳振りでは。まあ……全部って言いますか……隅々まで……っす」

 直樹はそのままルカの顔を真剣に見つめ、

「忘れて下さい!僕は嫌です!」

と言うが、ルカが慌てて目を逸らして言った。

「魅惑の目は不意討ちっすよ、黒王様。俺は黒王様よりお付きの片目隠してる方の方が好みが…いてっ…」

「不敬ですよ、あなたは」

 足音もなくやってきたティーに刃の先で首皮を薄く突かれ、

「すみません」

とルカが頭を下げる。

「武官のお前が野盗に崩れた理由は、『欠けた』為ですか?」

 元文官のカナメがルカの前に片膝を付き尋ねると、生来の陽気者なのか明るく首を横に振り、

「俺は野盗になったつもりはないっすよ。ただ、十のうち八も村長に差し出せってのは、村人が暮らしていけないっす。だから、再三話しに行ってるんすよ。別に押し入ったりはしてないっす」

と腕を組んだ。

「どうしてそんなに税を取るのです?」

 直樹が呟くと、

「黒王様もそう思うっすよね。文官は来ないし、調べ回ったら、どうやら八のうち三は、村長がもらい受けてるっす。返すのが筋ってもんで。しかも、近くの村人をなぜか宮に送り込んでいて、俺みたいな超下っ端にはよくわからないっす。でも、国の官として民は大切にするもんっすよ」

 直樹はルカの言っていることはもっともだし、森での学びもそう習ったのだった。

「村長の使いの奴は何度も襲撃を受けたと言っていたが……嘘か」

 明の言葉に、ルカが大きく頷く。

「俺、そんなんしてないっす。俺を始末したい、村長の詭弁っすね」

 そんな言葉を聞いていると、直樹はルカは信じられると思った。シンラも言っていた『民があってこその王』と似ている。

「何か変だよ。シンラ、僕、宮に行ってみるよ」

「ああ、さすが俺の直樹だ」

 シンラが手を繋いでくれ、直樹はシンラの尻尾を反対側の手で握る。不安がないといえば嘘になる。だが、実情を知りたかった。




 朝、ちゃっかり朝食を一緒にとるルカの横で給仕の手伝いをするカナメが、直樹に改まって話をしてきたのだ。

 カナメは壮年の域に達しており、直樹たちとは少し距離を置いていたように感じられる。

「直樹様、私と友達になっていただけませんか?」

 カナメが直樹に笑いかけてきた。その笑いはまるで子供のようで、直樹は驚いた。

「直樹様とは交合をしませんでしたが、唯一の深い友として魂は寄り添ったのだと、私は自負しています。私は直樹様に王の片鱗が見られるのです。直樹様の言う『皆が等しく』を私は理解しています」

「カナメさん」

 直樹が戸惑うと、カナメが給仕のため立っているティーと肩を組んで笑った。

「ティーと同じです。直樹様はティーと友達になったのでしょう?私もティーと友達ですから、呼び捨てでお願いします。なにせ、私は『男』ではありません。お陰様で魅惑の目も気になりません」

 ティーは少し困った顔をしていたが、カナメを見て笑ったから、直樹はティーを信頼して頷く。

「カナメ、僕はカナメを信じます」

 初めて直樹はカナメに手を差し出した。カナメは直樹の眼差しを見ても、魅惑されない。

 カナメは直樹に叶わない淡い恋をしていたとも、言葉少なに話してくれた『若かったのです』とも、付け加えて。直樹は、黒国では誰とも交合をしなかった。カナメは直樹の為に、友としての『友愛』を表し、『恋愛』の気持ちを封じ込めたのかも知れない。

 直樹にはそんなカナメの真摯な思いを大切にしたいと思う。

 カナメとティーは黒国の人間だ。そして黒国を憂うルカも黒国の人間で、彼らを幸せにすることが直樹に出来るのならば、黒国にいる価値があるのではないかと思ってします。

「これで、僕とカナメは友達になりました。でも僕には何もありません。記憶もここ二十年程なくて、色々教えてください」

 そう直樹が言うと、

「あーー、私も二十年ほど森おりましたので、ここ最近の様子は……。ティーに教えてもらうしか」 

と困ったようにカナメが言い、

「でも、僕も五年ほど森におりましたので。それに宮のことは知りません」

二人に頼りにされたティーは首を横に振る。

「あ、俺、生まれてから二十五年間黒国の宮の村にいるっすから、色々お伝え出来るっすよ」

「ルカさん、本当ですか?」

「あなたに聞いていません。直樹様、この人は不遜過ぎます『ルカ』と呼び捨てで構いません」

 昨晩出会ってから

「一目惚れ」

だとか、

「可愛くて仕方ない」

だの、ティーに何度も交合を頼み込むルカに、ティーが眉をひそめて言い放った。

「はい、では、ルカ。あまり、ティーを困らせないで」

と直樹は笑う。

 黒髪の人々の笑顔が嬉しくて、直樹は嬉しさのあまりシンラに抱きついて腕に頰ずりをした。

「直樹、見せつけるな。ルカがティーにまた、何か言い掛けている」

 シンラが笑いながら話す。

「わ、だめだよ。ルカ。ティーを困らせないでよ!」

 シンラも嬉しそうで、直樹は慌てて立ち上がり、ティーとルカの真ん中に割り入ったのだった。

 




 食事の後の『芝居』は、ルカを縛り上げたシンラが縄を持ち、村長に挨拶に行くところから始まった。

「昨晩は俺の宿に賊が侵入してな、こうして捕らえたわけだ。こいつは武官であると言うが、どうにも信用性が薄いのでな、宮に引っ立てようと思う。よいな」

 早朝の村の道に、使いの者をはじめ村長に至るまで、シンラの威厳に満ちた言葉に平伏してしまう。

「では、さらばだ」

 明が噴き出しそうにしながら、シンラに寄りかかって肩を組み、直樹は一番後ろをティーと歩いていた。

「ティーのお父さんとお母さんはいないね」

「宮に出されたのだと思います。宮はすぐですから会えますよ」

 カナメが直樹の後ろにやってきて、直樹に声を掛けてきた。
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