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第一章 カーヴァネス編

4 薔薇の好姫

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「すまない」

 この頃は朝食と夕食、アフタヌーンティを一緒にしているデューク国王陛下代理がアフタヌーンティの途中で、目を伏せて少し小さめに告げた。

「お兄様?」

 アーリア姫殿下が食べこぼしや粗相したのかとおろおろしていて、僕は首を横に振る。

「すまない。今日はこれで失礼する」

 言うなりデューク国王陛下代理は席を立って出て行ってしまう。

「あ、おい、デューク」

 敬称すらすっとばした兄上が、後を慌てて追うほど急な行動だったらしい。

 僕とアーリア姫殿下は取り残され、呆気にとられていた。

 デューク国王陛下代理の顔は怒ったようであり、青ざめたようであり…。

 真夏の氷柱は溶け切り、ぬるくなった部屋で僕とアーリア姫殿下は残りのお茶を見つめていた。

「ルーネ…私?私が悪いの?」

とアーリア姫殿下が泣き出し、僕とマーシーは慰めるしかない。

「アーリア姫殿下が悪いことなんてありませんよ。さあ、泣き止みましょう」

 アーリア姫殿下は赤毛の前髪をくしゃくしゃと撫でると、

「もう、な…泣かない」

そんな風に三歳なのに言い放ち、僕はにっこりと笑い頷いた。

 僕はアーリア姫殿下のカーヴァネスで、一応デューク国王陛下代理のカーヴァネスでもある。

 ローゼルエルデ王国ではカーヴァネスは女王の話し相手であり、全てにおいて忠言することもでき、政治的に意見を進言する元老院と対等か、女王と寝食を共にするために影響力がある……性別はつねに、女性だ。

 カーヴァネスになる前、お世話係として僕が就いたのは、次期女王であるアーリア姫殿下の母上に髪色と瞳の色が酷似していたから…だと思う、最初は。

 アーリア姫殿下のお世話役…遊び役だったかな…。

 その後、アーリア姫殿下の兄君であるデューク国王陛下代理に好意を寄せられたからおかしくなる。

 僕の兄上と同じ年の十九歳のデューク国王陛下代理は、長身で蜂蜜色の瞳に彩られる切れ長の目は、冷静沈着に見えて結構表情豊か。

 華麗で豪胆で、なおかつアーリア姫殿下の盾であり剣であり続ける真摯な姿勢には、頭が下がるんだ。

 素晴らしい資質を持たれながら、少し癖のある髪は…黒い。

 ローゼルエルデでは黒髪は不吉な色で、アルカディア王国滅亡の一端を担い、黒い悪魔と言われているレェード皇子を思い起こさせるんだ。

 もちろん、僕はそんなことは気にしない。
だってデューク国王陛下はレェード皇子じゃないし、黒髪だから不吉なんて迷信じみてる。それに、かなりの美丈夫じゃないか。

 デューク国王陛下代理自身は害がない…僕には…少し…あるかな…でも、デューク国王陛下代理は、同じ寝台にいても、今は僕を組み伏すような真似はせず。

 礼節を重んじる人だからこそ、中座は珍しいんだ。

「すまない。これで失礼する」

 そんな言葉で僕らはただ取り残され、泣いてるアーリア姫殿下と二人…。

 あれは…逃げ出した?

「まあまあ、国王陛下代理は忙しいのね。アフタヌーンティーも満足にいただけなくなるなんて」

 世話係のマーシー男爵夫人…マーシーでいいか…が盛大なため息をつきながら、木製ワゴンにデューク国王陛下代理のカップを置いた。

 やっぱり…こうなった。

 僕のせいなんだ。

 思えば、昨日もそう。

 僕の寝台はなかなか来なくて、デューク国王陛下代理の寝台を一人で間借りしていた。

 僕は一日のほとんどをアーリア姫殿下と過ごしていて、夕食の後アーリア姫殿下が眠ると、デューク国王陛下代理の部屋に行く。

 本来のカーヴァネスは女王の部屋で寝台を賜り、まるで女王さながらの扱いで過ごすようだけど、さすがに見た目が女の子のようでも男の僕が、アーリア姫殿下の部屋で眠るわけにはいかないからだ。

 夕食を共にしたあと、僕がデューク国王陛下代理の浴槽を使わせてもらい、その頃にはデューク国王陛下代理はいない。

 扉番の近衛に聞いても、

「政務でございます」

の一点張りで、僕が眠る頃にも帰らない。

 着た切りでソファで眠っていたり、政務机で突っ伏していたり…僕は知っていて、ずっと図々しくデューク国王陛下代理の寝台を使っていたわけだ。

「ルーネ」

 小さな声を上げたのはアーリア姫殿下で、僕は慌てて顔を上げる。

 アーリア姫殿下の顔は、デューク国王陛下代理への不安だ。

 そう…これは僕の責任だ。

 デューク国王陛下代理のカーヴァネスでもある僕は、デューク国王陛下代理の一日も管理し進言しなければならない。

 寝台で寝ていないのも知っていて、進言しなかった僕が悪い。

 いや、そもそも、デューク国王陛下代理の好意に甘えて、寝台を占領していた僕の行為が間違いだ。

「アーリア姫殿下、心お静かに」

 僕は告げた。

「デューク国王陛下代理は忙しいだけですよ」

「そう…なの?」

 アーリア姫殿下は納得なんてしてない顔だけど、ぬるいミルクティーを飲んだ。

 僕はマーシーを呼ぶと、

「デューク国王陛下代理は政務で忙しいご様子。しばらくはわたくしとアーリア姫殿下とでアフタヌーンティーを。食事も様子を見て」

 マーシーは僕の言葉の意味を分かってか、頷いた。

「分かりました。ルーネ様次第ということで」

「頼みます」

 デューク国王陛下代理の体調不良は、僕のせいだ。もしこのままなんらかで臥せってしまったら、僕は僕を生涯許せないだろう。

 デューク国王陛下代理はアーリア姫殿下即位までの二年の繋ぎかもしれないけど、アーリア姫殿下の大切な兄上だ。





 その夜、僕はデューク国王陛下代理のための湯を先に使い入浴を済ませて、白い寝間着の綿ドレス…寝間着すらもシルクでしつらえようとするデューク国王陛下代理に丁重にお断りしてやっと綿ドレスになった…でもフリルはふんだんで…を着て部屋へ入ると、デューク国王陛下代理は帰っていた。

 調度品の少ない事務用の机と、応接用のソファとテーブル、奥にクローゼットと寝台があるだけの事務的な部屋の中で、重厚な黒檀の机の上で書類にサインするデューク国王陛下代理。男らしい精悍な横顔を俯けて、文面を読んではサインしている。

 多分…このあいだの外交で共同事業をすることになり、その事業の契約はなかなか大変みたいで…。

 でも、仕事しすぎだろと思う。

 僕は猫のようなしなやかさ…ジーン隊長直伝…の音もない歩みでデューク国王陛下代理の横に行くと、次の書類を見ようとしたその書類を取り上げた。

 デューク国王陛下代理が顔を上げ、切れ長に埋め込まれた蜂蜜色の瞳をぱちぱちまばたき、僕を眠そうに見上げる。

 ほら、見ろ!働きすぎだ。

「ルーネ…子爵令嬢」

 呟いたデューク国王陛下代理は、癖のある黒髪をやや上げ気味にしていて、その髪を男らしく掻き上げ欠伸をかみ殺す。

 僕はデューク国王陛下代理の回転式両肘椅子をくるりと僕に向けて、僕の方に向かせた。

 僕は立っていて、デューク国王陛下代理は座っているわけだけど、身長差で少しだけ僕が見下ろす形になる。

「ちゃんと寝台で寝て下さい」

 そうピシリと切り出した僕に、

「ご機嫌が斜めのようだが、私が何か」

と不思議そうにしているデューク国王陛下代理の顔に腹が立った。

「毎晩毎晩…ちゃんと寝台でお眠り下さい!」

 責任の半分は僕にある。

 寝台を占領しているのは、僕だ。

 だから…気を落ち着かせた。

 ふーっ…と息を吐くと、

「わたくしがもっと早く気がつけば良かったのです。デューク国王陛下代理の好意に甘えていました。わたくしはこの部屋を去ります。マーシーの部屋を間借りして寝台が来るのを待ちます」

 デューク国王陛下代理は、僕の真意を図りかねたように、僕に告げた。

「どうしたのだ、ルーネ子爵令嬢。確かにあなたの寝台のしつらえには遅れが生じているが、あなたに不自由は…」

 理解していない!

「わたくしは、デューク国王陛下代理も寝台でお眠り下さいと申し上げているのです!」

「寝台にはあなたがいる」

 デューク国王陛下代理の言葉に、

「確かにわたくしがいましたが、わたくしはマーシーの部屋に」

「え?」

 え、じゃないだろ、もう!

「わたくしがデューク国王陛下代理の健やかな眠りを妨げているならば、わたくしが部屋を退出いたします」

「ああ…」

 デューク国王陛下代理は、納得顔をして、

「あなたが気にすることはない。本当に忙しいのだ」

 かすかに笑う。

「しかし、デューク国王陛下代理。本当のことを…」

 僕はさらに言おうとしたのだけど、デューク国王陛下代理は手を開いて僕の次の一句を止めた。

 ムッとした表情を読まれたのか、デューク国王陛下代理は僕に告げる。

「だからあなたが部屋を出る必要はない。今日も今から出るから、先にお休みなさい」

「え、今から?」

 デューク国王陛下代理は男らしい端麗な顔に頬杖をして、僕を仰ぎ見た。

「夜でないと湧かない話もある。大人の付き合いで拾う情報もあるのだよ、ルーネ子爵令嬢」

「わたくしは子どもではありません!」

と食ってかかってみても、僕の実年齢は十三になりたて。

 お酒も葉巻も苦手だ。

 でも、僕はアーリア姉上の令嬢お披露目の舞踏会プロムナードに出ていて、なんと偽年齢成人の十五歳を通り越えているんだから。

 実は堂々と酒を飲めたりも、酒屋にも入れたりする…まだ十三歳だけど。

 僕は今、ルーネ子爵令嬢十五歳…。

 年齢も性別も詐称している。

「実際、あなたはまだ子どもだ。早く寝なさい」

 僕にそう言い置いて、デューク国王陛下代理は部屋を出た。

 扉が閉まって、僕は立ち尽くす。

 そんなに忙しいんだ…と、僕は思った。

 平和に見えてローゼルエルデ王国は、春に流行病で国民の三分の一が亡くなったし、小さな村だって住民全員が居なくなったところもある。

 整備や人員配置が間に合わないと、兄上もぼやいていたから、近衛隊とは別の警備隊の話しをデューク国王陛下代理が自ら聞いているのかもしれないな。

「忙しいすぎるよ…」

 僕はまた一人、寝台に寝転がった。 

 デューク国王陛下代理が帰って来られたら開けるはずの寝台で寝ていて、気がつくと明け方になっていた。

 夜中じゅう飲んでいたなら身体に悪いし、とにかく明日の仕事に差し支えるだろうと、眠れなくなっていた頃、デューク国王陛下代理が酒の臭いもせず、ただ土臭い埃をかぶり部屋に帰って来る。

「デューク国王陛下代理!」

 明け方に起きていた僕にデューク国王陛下代理が驚いた顔をして、

「音を立てたか?すまない」

と謝ってきたけど、黒のお召し物まで泥だらけで。

「湯を沸かし張るように伝えますか?」

「ああ、頼む。少々疲労困憊だ」

 デューク国王陛下代理がソファに崩れ落ちるように座るのを見て、僕は慌てて女官を呼んだ。





 アーリア姫殿下のカーヴァネスの僕の仕事は、朝の朝食から始まる。

 ローゼルエルデ王国で取れた食材をマーシーが選んだ料理長から学びながらのアーリア姫殿下との朝食と、女官からドレスのTPOを伝えてもらい着替えの準備。

 季節と合わせ朝昼晩で選ぶドレスが変わるんだけど、それはガリアの大国の礼儀作法で、僕らはそこまで着替えの必要はない。

 ただ、外交に出掛けるようになると必要な知識となるから、僕も一緒に学ぶ。

 そのあと、語学、ダンスなんかがあって、アーリア姫殿下の午睡の時に僕は、アン近衛隊に剣の訓練に行くんだ。

「では午睡が終わりましたら、呼んで下さい」

「わかりました。ルーネ様」

 マーシーは自分の前では、田舎の屋敷風で構わないと言ってくれたけど…。

 いつボロが出るか分からないから、僕は令嬢らしく丁寧に振舞うことにしていた。

「ルーネ様、お早く」

 中庭を過ぎて近衛隊棟に行くと、マーシーの娘のカーリンが手合わせを待っていて、ただひたすら剣を合わせる。

 三十分は手合わせをしたところで、カーリンが剣を下ろした。

「ルーネ様、すみません、息が…」

 僕は詰めていた息を吐き、カーリンのストップに頷く。

 周りも手合わせをやめて、自分たちの動きを確かめ合っていた。

「お強くなられましたね。しのぐのが精一杯になりました」

 カーリンが僕に飲み物をくれ、僕は礼を言うと白いドレスがまとわりつくのを払いのけ、喉を潤した。

 うん、よく冷えてる。

 中庭をデューク国王陛下代理が足早に歩き渡るのを見た。

 その後を兄上が大股で周りに指示を出しながら歩いていて、指示を受けた近衛が慌てて王宮へ戻って行く。

 デューク国王陛下代理と兄上は午後からの視察に出るみたいで、ここの所アフタヌーンティーすらご一緒していないと気づいた。

 僕にとっては気楽でいいんだけど、アーリア姫殿下にとっては兄妹のふれあいの一つだったから、少し気落ちしている。

 これは…アーリア姫殿下には気の毒だ。

「あのお…子爵令嬢」

 考え込んでからのグラスをもてあそんでいた僕に、若い近衛の一人が声をかけてきた。

「そうですが、なにか?」

 振り返った僕に、士官学校出たてだと話していた…馬糞事件をご一緒した…近衛の人は、

「あのですね…申し上げにくいのですが…」

と前置きをする。

「はい」

 なんなんだろう。

 気を利かせてカーリンが

「ルーネ様、グラスをお下げします」

と、僕から離れて行く。

「デューク国王陛下代理をお止め下さい」

 僕は一瞬、分からなかった。

 止める…何を?

「確かに国民の三分の一が亡くなり、環境整備が追いついていかないのはわかります。人員の不足分を近衛隊で補うのをやめて頂きたいのです。私など昨晩の橋の補修から眠らず王宮の警備です」

 その不足分をさらに埋めるために、デューク国王陛下代理は土埃まみれになっていた?

「近衛隊の中には過労のあまり倒れた者もいます。確かに…確かに…国は今、人が足りませんが、明日出来るものを今すべきなのですか?」

 僕は国の三分の一の人が亡くなった事実を、ちゃんと受け止めてはいなかった。

 様々なところで人が足りない。

 でも、近衛隊はそれのプロではなくて、デューク国王陛下代理の手元には彼らしかいなくて。

「わかりました」

 僕は答えた。

「わたくしなりの進言をいたします」

「あ…ありがとうございます。本当にありがとうございます!」

 なんとか言えたとばかりに、へたり込む若い近衛の名前も僕は知らないんだ。

 あとで兄上に聞いてみよう。

「ルーネ様、アーリア姫殿下の午睡の時間がきます」

 女近衛隊では一番下っ端のカーリンが乗馬の準備をしながら、僕に声をかけてくれ、僕はアン近衛隊長に礼を言うとスカートを翻して走り出す。

 剣がカシャンカシャンと鳴り、アーリア姫殿下の午睡を妨げてはならないと僕は歩くことにした。

 デューク国王陛下代理が、夜中じゅう働いていて…その理由が人手不足から?

 確かに人手不足だろう。

 医師が悪性感冒と話してくれた感染病で大切な人を亡くした者のいくばくかが、生きる希望を仕事を放棄したんだと、田舎の領地でも話しがあった。

「ルーネ子爵令嬢、どうされました?」

「あ、すみません。考え込んでしまいました」

 アーリア姫殿下の扉の前には、アン近衛隊の女近衛がいて、僕は黒檀の扉の前で立ち止まり、考え込んでいたようだ。

「扉を開けて下さい」

 扉が開くとアーリア姫殿下はもう起きていて、ピンクのドレスに着替え終わり、マーシーがアフタヌーンティーの準備を始めていた。

「ルーネ、お兄様は?」

 一緒ではないの?と言いたげに、アーリア姫殿下が見上げてくる。

 忙しい…そう、デューク国王陛下代理は忙しいんだ。

 だから、仕方ないんだ。

「デューク国王陛下代理は視察に行かれました。わたくしと一緒にお茶を召し上がりましょう」

 アーリア姫殿下は僕を見上げたまま

「はい」

と言ってかすかに笑う。

「さあさあ、今日はプディングですよ。お二人ともお好きでしょう?」

 マーシーが明るく盛り上げてくれることがありがたい反面、気落ちしたアーリア姫殿下のかすかな笑いが悲しくて、僕は下を向いてしまった。





 その晩もデューク国王陛下代理は帰らず、僕は次の日の午後モヤモヤした気持ちのまま剣の稽古をし、アン近衛隊長に叱られた。

「では、もう一度」

 手合わせは相手との呼吸が大切で、考え事をしていた僕の剣はずさん過ぎ、カーリンの剣技を避けきれず鍔口(つばぐち)で受け止め鈍い音がしたと思ったら、僕自身が地面に転がる。

「ルーネ様!すみませんっ!」

「ルーネ子爵令嬢!」

 女の子たちの悲鳴があがる中で、僕は無言で立ち上がりカーリンとアン近衛隊長に礼を頭を下げて、練習場を後にした。

 こんな腕では…こんな考えでは、アーリア姫殿下を守れない。

「おや、ルーネ、砂だらけだね」

 午睡の目覚めには早いから、中庭で時間を潰していた僕に声をかけてきたのは、兄上だった。

 兄上は僕が宮中にいる原因を作ってくれ、あまつさえ僕がデューク国王陛下代理に想いを寄せられ、組み伏せられ強引に想いを遂げられた経緯の一端をになっていて、以降の事の顛末を知り得る人だ。

 いや…僕を昇進のチャンスにしている節もある。

「兄の部屋においで。このままではアーリア姫殿下が驚かれる」

 僕は兄上のもっともな意見に頷くと、兄上の近衛隊長室に入り、カーテンを引かれた部屋で、白いドレスを脱ぐとパタパタと砂をはたいた。

 シュミーズとドロワーズの姿だけど、兄上なら構うもんか。

「ルーネ、君はデューク国王陛下代理をどうしたいのだい?兄は人の恋沙汰には入り込む趣味はないが、しかしね、少々首を突っ込ませてもらうよ」

 僕が薄汚れた白いドレスを着ようとしたところ、兄上が真新しいドレスを出してきた。

「発注していた新しいドレスだよ。デューク国王陛下代理から依頼されていたのだ。夏向きの薄織りが涼しそうだねえ」

 ドレスは透け感のある粗いけど滑らかな織り方で、夏の昼には過ごしやすい長袖だ。

 純潔の令嬢は、白の長袖のドレスとしきたりでは決まりがあって、純潔を捧げると色を貰う…つまり色ドレスをたまわるのが王族のしきたりらしい。

 愛妾宣言…。

 そこからはその権力者と同等の身分を有するらしいんだけど…国三分の一の人口減少で王族も何人か死に、ましてや王宮にいる王族自体あまり見たことはないからわからないでいた。

 アーリア姫殿下は長袖は暑いだろうとのデューク国王陛下代理のご配慮で、半袖のドレスをしつらえている。

 全女王のドレスを解いてしつらえるのは、母御前の温もりを感じて欲しいからと聞いていたが、ローゼルエルデ王国の財政が逼迫している最中、僕のシルクのドレスは新品だ。

「気にしなくてもいいよ。デュークが自分の俸禄でしつらえているんだから」

 俸禄で思い出した。

「兄上、デューク国王陛下代理をお止めください。あんなに休みなく働いては、お身体を壊します」

 兄上はくい…と顎に手を当て、僕を見下ろした。

「兄もデューク国王陛下代理はオーバーワークだと思うよ。朝から晩までいや深夜まで働き通しだ。何故だと思うかい?」

 静かに詰問され、僕は

「人手不足だから…」

と答える。

「まさかと思うけど、気づいていなかったのかい?」

「何をです?」

「そうなんだ。ふうん、君には…少し呆れるよ、ルーネ」

 兄上はくっくっ…と笑いながら、小さなグラスに濃い酒を注ぎ一気飲みした。

「君はデューク国王陛下代理から避けられているんだよ。何か不敬でも働いたのかい?」

 不敬なんて…寝台を占拠しているのが不敬なら…そうだけど…。

「ないと…思います…」

 兄上が息を吸い込み、少し酒臭い息を吐いた。

「では部屋に帰らない理由はなんだろう?」

「忙しいからです」

「ルーネ、君にはそう見えるんだね。では、わざと忙しくしていたらどうだろう?」

 兄上は二杯目のグラスを手にして、飲み干すとため息をつく。

「デュークの会話の大半は君の日常だ。恋は人をダメにするのかな。兄は君を見ていなくても君の様子が毎日分かるほどに嬉しそうに語るデュークに苦笑するやら呆れるやら。でも、ある時から君の話を避け、やらなくてもいい仕事に埋没した」

「僕にどうしろと!僕にだってわからないのです。部屋を使え寝台を使えと言ったのはデューク国王陛下代理ですよ!」

「そうだね」

 飄々とした兄上は、多分その上を…それ以上を僕に求めている。

「兄上は…デューク国王陛下代理に…組み伏されろと…言うのですか…」

 デューク国王陛下代理の御心に添うために身体を差し出せと…。

「カーヴァネスであるならば、そんな管理も必要だ。当たり前なことだよ、ルーネ。それが出来なければ、退出すべきだよね」

 すごく重い言葉だった。

「で…でも…デューク国王陛下代理は無体はしないと…」

「それだけ君が大切な存在だからだ。ねえ、考えてごらん。デュークは君に無体はしない。でも、君が知らないうちになんらかのことがあり、デュークが君を守るために部屋を出たとしたらどうだろう」

 僕が知らないところで…?

 それがデューク国王陛下代理が部屋に帰らない原因を作ってしまったのなら、解決するべきだ、うん。

「アーリア姫殿下の午睡の寝姿を見ると部屋に戻ったから、今なら会えるはずだよ」

 僕は兄上に頭を下げて、デューク国王陛下代理の部屋に走って行った。

 デューク国王陛下代理はアーリア姫殿下の部屋から内扉を使って戻って来ていて、息を切らした僕を見て琥珀色の瞳を細める。

「涼しげなドレスがよくお似合いだ。夏の長袖はあなたに負担を掛けるが、許してほしい」

 そんな風に切り出されて、僕はただお礼を言うしかなくて。

「ありがとうございます…とても過ごしやすいです。あの…」

 デューク国王陛下代理が部屋を出て行きそうになり、慌てて声を掛けた。

「何か?視察があるので失礼する」

「あの、お話しがあります」

 デューク国王陛下代理は、それでも部屋を出ようとする。

「別の日でもいいか?」

「いえ、今、お願いします。わたくしとは話しをしたくないのですか?それほどの不敬ならわたくしが詫びなくてはなりません」

 デューク国王陛下代理は下を向き、

「あなたが不敬など…」

と呟くから、僕は扉の前を占拠した。

「わたくしのために部屋を出ていかれているのですね」

 デューク国王陛下代理の表情は変わらない。

「視察だとか、様々な深夜までの仕事は、わたくしと部屋にいたくない気持ちからでありませんか?」

「いや、違う」

 デューク国王陛下代理の答えは、僕にとってデューク国王陛下代理の表情から、

「はい」

と言うように感じて、ムッとした。

 やっぱり…やっぱり、僕に原因がある。

「わたくしが…原因なのですか?」

「違う、あなたのせいでは…」

「では、なんです?今まで以上の忙しさに、近衛隊も疲弊しています。デューク国王陛下代理の周りには近衛隊がいて、彼らのことも思し召しください」

「あなたには関係のないことだ」

「関係ならご自身でお作りあそばされたでしょう!デューク国王陛下代理」

 僕は言ってから真っ赤になった。

 あの時の、あの事態を思い出してしまったから。

「…それでも、あなたは、私を拒絶するのだ!」

 デューク国王陛下代理は、叫ぶように告げて来た。

「え…?」

 意外だった、僕が拒絶?

 デューク国王陛下代理は顔を両手に埋め、端正な顔を歪めている。

「あなたは…私を拒絶したのだ」

 デューク国王陛下代理が呟くその声を、僕は午睡から目覚めただろうアーリア姫殿下のかわりに聞いている…つもりだった。

「あなたは寝台で私を怖がった。あなたから抱きついてくる至福の先を求めた私が馬鹿だっのだ。しどけなく眠るあなたの肩に触れた私の指先に怯えるあなたを見て、私は…あなたを怯えさせる存在であり、あなたの側にはいられないと」

 その瞬間、僕は僕に対して怒りを感じた。

 僕が…デューク国王陛下代理に怯えている…?

 僕はデューク国王陛下代理を信頼している、それは確かだ。

 なのに、無意識下の僕はデューク国王陛下代理の存在に怯えていた。

 僕は僕が許せない。

 僕はアーリア姫殿下のカーヴァネスであると共に、デューク国王陛下代理のカーヴァネスなんだ。

 デューク国王陛下代理は顔を両手で覆ったまま立ち尽くし、僕はその手に両手で触れる。

 大きくて骨ばった指先に指を絡めると、夏なのに冷たい指先。

「今、あなたに触れられると、理性が抑えられない。触れないでくれ」

 すごい大人だと思っていたデューク国王陛下代理がしょげてしおれていて、僕はその手を包み込む。

 デューク国王陛下代理をお救い出来るのはこの僕だけで、僕が身を捧げればいいと、そんな自己犠牲とよくわからない優越感に満たされ、怯えるなんてこともなく変な高揚感すらあった。

「わたくしは怯えてなどいません」

 ほら…と腕ごと包み込むために抱きしめる。

「デューク国王陛下代理、大丈夫です」

 夏なのに冷え切った腕は血が冷めているようで、僕はいきなり抱き上げられると、寝台にデューク国王陛下代理ごと飛び込む形となり、抗議をしようとして開いた唇を塞がれた。

「ちょっ…」

 息をつけないほど深くそして舌を噛まれた痛みにひっ…と身体が硬くなり、それから舌が引っこ抜けるくらいに吸われて…頭の中が痺れた。

 体格差があり過ぎて抗えない僕は、酸欠と舌を吸われた痺れから動けなくなり…。

 ふ…と身体が軽くなる。

 デューク国王陛下代理がやっぱり冷たい指先で羽交い締めにした僕の頰を撫でた。

「誰に唆された、ルーネ子爵令嬢。いくら積まれて、私と同衾どうきんをしろと?」

「え…?」

「後ろ盾のいないアーリアを失脚させるのなんて簡単だ。伯父以外では、私の子どもが女王候補になり得る」

 僕は呆然としながら、デューク国王陛下代理を見上げて、デューク国王陛下代理が恐ろしく冷めた顔をしているのを理解した。

「わたくしは…誰にも…」

「では、私が国王陛下代理であり、現在仮ではあるが国を動かしている人間であり、権力の大きさを知ったからか?私を手玉に取れば、権力を掌握出来るとでも?」

 僕の脳内がすうっ…と冷め、羽交い締めにされたままの格好だけど、足でデューク国王陛下代理の腹を蹴り上げた。

「っ…」

 軽い蹴りだが手の拘束は緩み、僕の頭の下にある羽根枕でデューク国王陛下代理の顔を何度も叩く。

「やっ…やめないかっ…!」

 完全に手が離れた瞬間、腰に掛けていた剣を手にすると、羽根枕をはねのけたデューク国王陛下代理の耳元すれすれに剣を突いた。

「僕を愚弄するなっ!僕は金など貰ってないし、権力も必要としないっ!」

 悋気が僕の女性らしい言葉遣いをすっ飛ばし、目をまん丸にしているデューク国王陛下代理の耳元から剣をスッ…と引く。

 ああ…溜飲を下げた…デューク国王陛下代理の信頼は得ていなかったんだ。

「寝不足の頭では見識も深まらない。デューク国王陛下代理が僕の誠意を疑うのなら、僕は部屋を出る。ただそれだけです」

 僕は何も言えずに立ち膝のまま動かないデューク国王陛下代理を残して、扉を開けるよう近衛に頼む。

「待ちなさい…いや、待ってくれ」

 デューク国王陛下代理が慌てるが、

「しっかりお休み下さい、デューク国王陛下代理。あなたは今、国を動かす『国王』なのですから」

と言い放ち、僕は部屋を出た。

 マーシーの部屋に転がり込んだ僕は、夕食も朝食も頭痛と言って寝台からでなかった。

 お匙係の子には申し訳なかったけど部屋を出てもらい、その子の簡素な寝台に潜り込んだまま食事にも手をつけていない。

「ルーネ様、お勤めは果しなさいませ」

 ぐずぐず寝台にいる僕に、マーシーが洗った白いドレスを持って来て、僕は仕方なく袖を通す。

 アーリア姫殿下はデューク国王陛下代理と食事をしたらしく…なんだあ、僕がいなくてもいい感じだ…と僕は僕に苦笑した。

 それでもアーリア姫殿下はすごく僕を心配してくれ、なぜかデューク国王陛下代理も部屋にいたりしたけど、僕は完全に無視をした…訳ではなくちゃんと挨拶をし、アーリア姫殿下の御心が休まるよう取り繕う。

「ルーネ子爵令嬢、話しをしたい」

「今からアーリア姫殿下の語学の時間ですから」

 僕がアーリア姫殿下の横に座り、語学のレッスンを受ける最中、デューク国王陛下代理が後ろで見ていた。

 僕は不敬なことをしたかもしれないけど、僕は絶対に許さない。

 僕はアーリア姫殿下とデューク国王陛下代理に、全身全霊をかけていて、その少し先にデューク国王陛下代理への同情があった。

 愛情ではない同情だ。

 でもデューク国王陛下代理は僕を信じてはくれなかった。

 もう、いい。

 居心地の悪い語学と新しく帝王学が入り、アーリア姫殿下は一生懸命だ。

 昼食では食べながら寝てしまい、僕はアーリア姫殿下を寝台にお連れし、デューク国王陛下代理が何か言う前に剣の稽古に出る。

「ルーネ様!今日は実戦形式です…国王陛下代理!」

 中庭奥の近衛隊詰所で待ち構えるカーリンが、僕の後ろから付いて来るデューク国王陛下代理に驚き礼を取るけど、デューク国王陛下代理は構わないと手を挙げた。

 僕はカーリンとの実戦形式の手合わせに集中していて、アン近衛隊長の合図を聞いて何人かが同じように実戦形式での剣技を繰り広げる。

 カーリンの剣を受け流し、低い姿勢からカーリンの喉に剣を突き立てようとするけど、間合いが短くて届かなくって、どうして僕はこんなにダメなんだ。

 もう少し、もう少し、と剣を振るう僕のターンは終わり掛け、カーリンの番になり今度はカーリンの剣技を受け流す方になる。

 いつもより力加減されてる感じがして、僕はぐっと押し返した。

「えっ…」

 僕の切り返しがいつもと違ったからか、カーリンがたたらを踏み、そのあとぽてんと尻餅をついた。

「ルーネ子爵令嬢、素晴らしい切り返しだ」

 声はアン近衛隊長で、軽く周りから拍手がわく。

 これが…素晴らしい?

 僕は頭に血が上りそれを冷静に意識する自分がいながら、僕は剣を地面に叩きつけた。

「ふざけないでください!」

 女近衛隊が静まり返る。

「こんな剣技では、お二人を守れない!わたくしだって分かってる!」

 怒りと情けなさでいっぱいの頭で地面を見ると、真下の剣は柄からぽきりと折れていた。

 まるで僕の矜持のような剣…ジーン隊長から貰った剣は、もう役に立ちはしない。

「ルーネ子爵令嬢…」

「ルーネ様?」

 アン近衛隊長とカーリンの声を後ろに、僕は練習場ら逃げ出した。

「ルーネ子爵令嬢!待ちなさい!」

 デューク国王陛下代理の命令口調に、

「構まわないでくれ!」

と怒鳴り返し、マーシーの部屋に飛び込むと鍵をかける。

 アーリア姫殿下の午睡の目覚めはまだ時間があり、氷柱の風を仰いで送るマーシーには悪いとは思いながら、僕は汗だくで薄い掛布に丸まった。

 そうすると、さっきの光景がありありと浮かび上がり、僕の気持ちをどん底に落としてくる。

 あれは…。

 完全に八つ当たりだ。

 女騎士団は静まり返り、アン近衛隊長も絶句していた。

 カーリンも泣きそうな顔をしていたし、なによりも田舎のジーン隊長に貰った剣が根元から折れて…。

 細身の中振りの剣は使いやすくて、僕の宝物だった。

 田舎ではこの剣は僕の腰に常にあり、帯刀を許されるのは一人前の証だと教えられていた。

 その証を…僕は折ってしまった。

 そして、その剣を捨てて、育ての母とも言えるマーシーの部屋に逃げ込んで…そう…逃げたんだ。

 剣さえあれば、アーリア姫殿下をあのそばかすから守れるし、デューク国王陛下代理の手伝いが出来るかもしれないなんて、僕は思い上がっていたんだ。

「ルーネ様」

 マーシーの声と共にノックの音がした。大人げなくも無視を決め込んだ。十三で婚姻する人達もたくさんいるけど、僕にはそんなの無理だ。きっと十五歳になっても、大人になんてなれない。

「扉を開けてくださいまし。アーリア姫殿下はまだお眠りです。お話しをいたしましょう」

 マーシーの小さな優しい声が辛かった。だって、だって、マーシーの旦那さんのジーンの剣のだったんだ。

 いや、正式には、ジーン隊長が最初にもうけた男の子…すぐ死んじゃった子のための剣って聞いていた。

 だから…だから…ジーン隊長の亡くなった息子さんのぶんまでと、僕に預けてくれたのに…。

 ごめんなさい。

 ジーン、マーシー、亡くなった息子さん。

 僕が泣きそうになりながら掛布の中で丸くなると、低い深い声がして、僕はすくみ上った。

「…ルーネ子爵令嬢」

 デューク国王陛下代理の凄味のある低い声…怖い…。

「開けなさい」

 いやだ…すごく怖い声だ…。

 真夏の汗だくのはずが、冷たい汗に変わり、僕は大きくはない寝台の端に寄った。

 剣で威嚇した不敬も、手合いの手落ちも、目の前から逃げ出した無様も…全て全て僕の責任だ。

 ただの悋気に振り回され、僕はなんて子どもだったんだろう。僕は僕のしてかしたことの大きさを過小評価していたのかもしれない。

 ガチャガチャとドアレバーを揺らす音がしばらく聞こえたけど、なにやらマーシーとデューク国王陛下代理の小さな話し込みの声がして、アーリア姫殿下が起きてしまわれたと不安になった。

 話し声も収まり、僕はホッとして肩の力を抜く。

 諦めてくれたんだと思って安心していたところ、

「では、まかり通る。ルーネ子爵令嬢、扉から離れていなさい」

と、ドガッ…ガッ…鈍い音がすると思ったら、剣の切っ先が木の扉からはみ出て、斜めに切り裂いた。

 国宝であるアルカディアの剣でデューク国王陛下代理は扉を切り壊し、肩から入ってきた姿はまるで黒い鬼神のようなオーラが見えるようで…伝説のレェード皇子…黒い悪魔…を思い起こさせる。

 恐怖以外しか感じられない僕の目の前で鞘に剣を収め、肩で息をついたデューク国王陛下代理は、僕の方につかつか歩いて来て、

「話しをしたい」

と寝台の前に立ちひょいと抱き上げられた。

 しかも掛布ごと。

 僕は暴れようとしたけど、包まれたまま抱き上げられて、芋虫のようにもぞもぞできるだけで。

「ちゃんとお話しなさいませ、ルーネ様」

 マーシーの声が聞こえるけど、薄い掛布は顔も覆っていて息くらいしか出来ない。

「アーリアを頼む」

「かしこまりました」

 えっ…ちょっと…。

「離してっ…」

 もがもがと動き話すけど、デューク国王陛下代理の腕は身じろがず、僕は多分裂けた扉をどかす音の中で部屋を移動し、近衛兵が立っているデューク国王陛下代理の部屋の扉から入ることになった。

「国王陛下代理…その…」

 近衛兵止めてくれ!声を出すと、僕ってバレちゃう。

「ルーネ子爵令嬢だ。察しろ。私から扉を開かない限り開けることはならぬ」

 息を呑むくらいの凄味のある声と、緊張した近衛の声。

「はっ…!」

 重厚な扉が開く音と、氷柱のひんやりした空気が、デューク国王陛下代理の部屋だってありありと認識させられ…僕は寝台に降ろされた。

「本当にあなたには翻弄させられる。野生の子鹿のようだ」

 掛布を解いた僕は寝台に座り込み、床に片膝を立て跪くデューク国王陛下代理と目が合う。

 その瞳は怒ってなどいなくて…むしろ笑っているようで…。

「今日の手合わせでのあなたは、集中力が散漫で、女近衛隊が手加減するしか無かったのだ。全力を出せばどちらも怪我をする。彼女はあなたの乳兄弟だろう。姉とも呼べる者があなたの心の不調を見てとったのだ。アン隊長も今ここで辞めさせなくてはと機転を働かせた訳だが…」

 言われて、僕はカーリンとアン隊長に心の中で詫びた。

「あなたと話しがしたい」

「話すことなんてありません。わたくしが、わたくしの自身で決めたことだと言わせたいのですか?」

 僕は最低限の礼節だけをむき出しにして、正面から見るデューク国王陛下代理に告げた。

「やはり…そうだったか…」

 デューク国王陛下代理は安堵の息を吐くと、少し嬉しそうにしていて、僕はもう後には引けなくて…。

「わたくしは不遜にもデューク国王陛下代理に同情したんです」

「同情でもかまわない。純粋なあなたが私に自らを捧げようとしてくれた。あなたを信じられなかった私を許してほしい」

 許す…許すって…?

「同情でもかまわない。あなたが欲しい」

 これは…愛じゃない…同情だ…。

「わたくしの気持ちは…同情なんです…」

 デューク国王陛下代理の両手が、僕の左手を包み込んだ。

「同情でもかまわない。私を助けてくれ」

 そう言い放つデューク国王陛下代理の瞳は潤んでいるようで、僕はデューク国王陛下代理の助けてくれという言葉に震える。

 助けられるのは…僕だけなんだって僭越な考えはやっぱりどこかにあって、しかも、その中身のほとんどは同情で…全てを知った上で、デューク国王陛下代理は、『助けてほしい』と。

「こ…怖かったんです…ものすごく…」

「優しくする。あなたを怖がらせないと約束しよう」

 接吻キスされながら押し倒されて、僕はもう抵抗出来なくなっていた。

 琥珀色の綺麗な瞳は少し赤く…虹彩に欲情を感じていて、僕はその琥珀色に弱いんだ。

 ドレスを脱がされドロワーズとシュミーズを脱がされた後、僕は汗だくの肌を思い出し、

「入浴を…汗が…」

 素肌を触れられなんだか息を詰めるしかない僕は、自分がひどく汗をかいていて臭いとか、汚れとかを気にして必死で懇願した。

「あなたの匂いはまるで摘みたてのシロツメクサだ。幸せを感じる」

 なんて熱に浮かされたように囁いてきて…それを耳元で聞いて恥ずかしくなる。

 剣を極めた逞しい腕で抱き寄せられ、デューク国王陛下代理の欲情を知り、僕の身体はそれに反応していた。

 最奥の狭間が鼓動を伴うように蠢き出し、僕はデューク国王陛下の下で顔を両手で覆う。

 デューク国王陛下代理の衣擦れが素肌に感じて、その後の熱が分かり、どうしていいかわからず僕はデューク国王陛下代理に縋り付いた。

「大丈夫…心配ない」

 明るい夕方の光りの中で、僕はデューク国王陛下代理の囁くような呟きの中で、僕は恐れ多くも口内にまだ誰にも触れさせたりはしていない切っ先を含まれ、羞恥に悶えながらデューク国王陛下代理の口の中に迸らせ、泣きそうになりながら息を切らした。

 その直後深い狭間を指で擽られ、ぬくりと指が入って来た時、ぞわりとした感覚に腰を浮かせ、瞬間蕩けそうな感覚に息を詰める。

 デューク国王陛下代理の指は軟膏をたっぷりと付け、僕の狭間の出口である部分を広げ揉み擦り、僕は気持ち良さともどかしくてどうにかして欲しくて涙を溢れさせた。

「あなたに満たされたい…」

 熱い囁きとともにもどかしい指が消えて、僕の身体を労わるかのように腰に枕をそっと入れて来て、僕の脚の間に割り込んで、僕の膝の裏をデューク国王陛下代理の腕に引っ掛け、腰を引き上げられる。

 それから僕の開かれ柔らかく解された狭間に、デューク国王陛下代理の熱い切っ先が埋め込まれ…。

「ひっ…」

 怖い…裂かれそうな感覚に、僕は声を出した。

「心配するな。あなたを引き裂きはしない」

 引く声は穏やかで、僕は知らず泣きながら身体のこわばりを解く。

「そう…呼吸をあわせて」

 その呼吸が分からなかったんだけど、デューク国王陛下代理は僕がふう…と力を吐くと進み、僕はなるべく息を吐いて力を抜いた。

 ぐっ…と埋め込まれて、その異物感に体内が拒絶している。

 その度にデューク国王陛下代理は

「大丈夫」

と優しい表情で僕をなだめて落ち着かせてくれ、内臓をせり上げる大きさと、前よりも拡げられた狭間の恐怖に僕は何度も怯えては啜り泣いた。

 でも、僕はやめてくれとは言わなかったし、僕はデューク国王陛下代理を受け入れることを決心していたから、デューク国王陛下代理は僕の体内にさらに深く飲み込ませる。

「んっ…んうっ…あっ……はあっ…」

 デューク国王陛下代理に息を吐くように言われ、詰めていた息を吐くと不思議に楽になった。

 痛みはないけど内臓がせり上がり苦しいのは相変わらずで、まるで最奥に心臓が移動したみたいにどくどく脈打って…。

 それもデューク国王陛下代理を深いところに包んでいる感覚になり、脈打つデューク国王陛下代理の生きている証を感じている。

「すまない、動く」

 僕の身体から出て行きそうになるそれは、ずるずると引き抜かれ火花のように僕の指先足先までびりりとする感覚に、

「ひあっ…」

と僕は声をあげた。

 また深く埋め込まれると、ゾクゾクする感覚と気持ち良すぎる部分を押して追加するそれは間違いなく快感であり、僕の身体はデューク国王陛下代理にしがみつく。

「痛くはないか?」

 デューク国王陛下代理の言葉にしがみついたまま、首を縦に振った。

「よかった…あなたを傷つけてはいないようだ」

 デュークの陛下代理は、安堵の深い息を吐いてから、最初は緩めに挿入出を始め、僕は強烈な快楽に身悶える。

「あっ…あっ…やっ…あっ…」

 内臓をせり上げ肺を押されて甲高い声が知らず出てしまい、息を殺そうとしたけどだめだった。

 何度も何度も試すように引かれては奥へ返すもどかしさに僕はデューク国王陛下代理の首を寄せ唇に唇をつけて、泣きながら懇願してしまう。

 助けて…お慈悲を…と。

 気持ち良さの頂点に差し掛からない快楽の粒は僕をはしたなくおかしくさせ、デューク国王陛下代理がきつく激しく挿入出してくると、強烈な快楽に意識が飛んだ。

「はっ…あっ…あっ…あああっ…!」

 息も乱れてただ揺らされているしかなくて。

 多分…何回も体液を散らし乱れ、デューク国王陛下代理の迸りを身に受け、デューク国王陛下代理の愛情を余すことなく感じすぎて…それも二度三度ではなく…僕は初めて組み伏された時同様に意識を手放していた。





 目が覚めたのは…多分夜。

 部屋は暗がりでデューク国王陛下代理が、黒檀の机で書類を見ている明かりだけだった。

 ナイトガウンを着た横顔は端正で、たまに鷲鼻の鼻先に指を当てるのは、きっと癖なんだろうな…と、僕は起き上がれずに眠くて眠くて再び眠りについてしまう。





 次の日、僕はアーリア姫殿下から、強烈なジャブをいただいた。

「ルーネ、ルーネをお姉様と呼んでいいの?」

 なんとなく気まずい朝食で、僕は身体がふわふわして腰に力が入らない…まるで軽く麻痺したような感覚のまま椅子に腰掛けると、お匙係の子が下がった後、アーリア姫殿下からそんな言葉をもらった。

「え…あの…っ…」

 マーシーを見ると、マーシーは横を向いて吹き出しそうにしてるし、何故か兄上まで来ていて、すでに肩を揺らしている。

 笑ってるんだ…このっ…。

「アーリア。ルーネ子爵令嬢は、内緒の『お姉様』だ。アーリアが女王になるまでは、皆には秘密にしよう」

 一年は喪に服し、次の一年は、次期女王即位のための華やかな準備の時期になる。

 アーリア女王陛下になるまで、アーリア姫殿下の周りで醜聞などダメだ。

「内緒の『お姉様』…!マーシー、ルーネは内緒の『お姉様』なのよ。秘密よ」

 アーリア姫殿下には、それがいたくお気に召したようで、マーシーにも繰り返し話している。

 あーあ…お兄様ではなく、お姉様かあ…。

「ルーネ子爵令嬢、朝食が終わったら時間をいただけないか」

 デューク国王陛下代理が声を掛けてきて、僕は頷いたけど…なんだろう。

 アーリア姫殿下も付いてくると言うから、僕はアーリア姫殿下の手を引いて、デューク国王陛下代理の後に従って王宮の地下へ歩いていた。

「王宮の宝物庫の中の武器部になる。あなたに合う剣があればいいが…アーリアは触れないように。アーリアにはアルカディアの剣がある」

 デューク国王陛下代理の腰にあるそれは、女王の腰飾りになる神剣だ。

 蝋燭がつけられ部屋が明るくなるにつれて、剣や槍が小さな部屋にたくさんあり、急時にはそれを使用すると、デューク国王陛下代理が話してくれる。

 僕が…この部屋の剣を使っていいのだろうか…と悩んでいると、壁に掛けられている金の剣が目についた。

 中剣で太すぎず細すぎず、綺麗なフォルムで、僕はなんだか手に取りたくなり、ついに手にしてしまう。

「ルーネ子爵令嬢?」

「わたくし…この剣が欲しいです」

 デューク国王陛下代理が少し渋る。

「あなたにはもう少し細みの…そのレプリカで…構わないのか?」

「はい!レプリカ…なんの…?」

 アーリア姫殿下は飽きてしまい、なんとデューク国王陛下代理がアーリア姫殿下を抱き上げて、

「ソレスの剣…と言う。レプリカだが…」

と告げた。

 ソレス…古代語で太陽。

 なんかこの剣に似合うような気がする。

「よろしく、ソレス」

 手に馴染むその剣は鞘がなくて、抜き身のまま金の鎖で腰に下げる形となり、僕はソレスをそのまま下げてアーリア姫殿下の午睡の時間に、アン近衛隊にお詫びにいった。

 アン近衛隊は僕の平身平頭に驚き、

「レーグルの時は仕方ないでしょう。私も気持ちも体調も崩しますよ」

と肩を優しく抱かれた。

 レーグル…あ…月経だ…。

 僕のあのヒステリーを、女の子の月経に感じたんだ…。

「…お察しします、ルーネ様」

 カーリンが苦笑してから、僕の剣をジーン隊長に兄上経由で渡ったと教えてくれた。

「父は折れるまで使ってくれたと喜んでいました」

 ジーン隊長…何も言わないでいるカーリン…ありがとう。

 この剣はアーリア姫殿下のために使おうと決めている。

 僕は田舎のジーン隊長に手紙を書いた。

 お詫びとお礼だ。

 いつか…アーリア姫殿下を僕が遊んだ川で避暑にお連れしたいな…デューク国王陛下代理も兄上もついでに、と思いつつ。
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