銀のトランペット〈完結〉

クリム

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(後編)

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~1~
 吹奏楽コンクール地方大会の、参考作品としてゲスト出演する会場で、音楽部が演奏している間に、賞を決定し会場を整えるということになっていて、響たちは自分の子供たちの演奏が終わりざわつく会場の舞台に、楽譜立てと楽器を搬入する。

 椅子を使わずに、中西双子と川原を全面に出し、藤井も指揮台を片付けてもらいピアノ寄りにスタンバイした。

「音楽部ジャズ、スタートするよ」

 ソプラノサックスの秀人が舞台に躍り出て歩き始めながら、はじめの音を吹く。そこにアルトサックスの優人と、不遜な一年生、少し身体の大きめの川原が音を絡め、ジャズピアノとバンドが入った。

 トランペットは消音器を付け、サックス音を全面に立たせ、フルートがトリルを刻む。一週間の合宿で音が変わり、『和』に触れることでまとまりがでた。

 双子の絶妙なパフォーマンスと、タキシードのようなジャージが受けてか、吹き終わりにはスタンディングオベーションが巻き起こり、拍手がアンコールに変わってしまう。

「藤井先輩、ど……どうしよ……」

 秀人が慌てて藤井に歩み寄り、藤井を見上げるのを、響は消音器を外しながら見た。

「う~ん……」

 藤井の所に大会の事務局が走って来て、藤井が驚いた顔をしたが頷き、響は藤井に手招きされた。

「僕……?」

「みたいやんな」 

 トランペットを持ったまま、藤井の側に行くと、藤井が頭を掻きながら、

「『ハトと少年』いいかん?合宿でやってたやつ。アドリブのを白石さんが書き留めたやつあるじゃん」

と言い響は頷き後ろに戻ろうとしたが、腕を引っ張られた。

「舞台中央ね、双子と。あ、川原くんは下がりん、じゃ、始めるし」

「え……僕……っ」

「ごめんね、響先輩っ!でもっ、テレビも回ってないし、いいじゃん!」

「秀人くん……でも……」

 ちら……と黒田を見ると、黒田は

「やろうぜ」

と顎をしゃくり、消音器を外したトランペットを構えて見せる。

「みんな、合宿でやった『ハトと少年』で」

「諦めなって、響」

 白石がピアノの前で笑っていて、白石に言われて響はなんとなく諦めてしまう。響はトランペットを構え、藤井のタクトを待った。

 会場がいやに静まり、タクトが上に上がり下がる瞬間、音を鳴らしスラーを掛ける。綺麗な音が出て、伸びやかに綺羅やかに、響は音を紡ぐ。サックスが後を追いかけ、黒田が部分で優しい低音を仕掛けて来て、他の音が優しく絡みついて来た。

 そして……曲が終わる頃には、楽器の音が減り、最後サックスが消えると、響は震え出した左手に見切りを付け、親指と小指を中心として右手に力を入れ、ゆっくりと最後のフレーズにスラーをつけて伸びやかに吹く。

 何度も黒田に言われた『綺麗な高音』がステージから観客を包み、響はほ……と唇をマウスピースから離した。

 静まり返った会場から拍手が起こらないそれが不安で、響は後方にいる黒田へ振り返る。

 黒田がトランペットを小脇に抱え、パンパン……と拍手をして、それを合図に音楽部のメンバーが拍手を、会場から怒涛のような拍手が巻き起こった。

「全く……すごいやな、響くんは」

 藤井が拍手をしながら響に握手を求めて来て、響はなんとか右手を差し出し手を握り返し、それを合図にしたように全員が立ち上がり礼をし、会場の拍手の中、音楽部JAZZは終わったのだった。

 コンクール初特別審査賞なんていうものを貰ってしまった音楽部一同は、賞に選ばれなかった吹奏楽部の顧問から賞状と盾を渡され、苦笑いをしてしまう。

 その日はとっとと帰り、打田の家族が経営するお好み焼き屋で打ち上げをしていたのだから。そんなことよりも、響は都心の実家に帰宅するチケットが旅行会社から送られて来て、ためらっていた。

「やっぱり、無理……無理だよ……」

 何度も言い続けた言葉に、黒田は仁王立ちにため息を着く。

「いかなあかんやろーが」

「うん……」

 八月に入る前の東京は雨ばかりで、黒田はうんざりとした表情で駅に立つが、隣の響は余裕がなく顔が真っ青で、傘もさせずにいる。

「心配すんなし。誰もお前のことは見てねえて」

「う、うん……」

 新幹線に乗ると過呼吸が一度起こり心配をしたが、こっそり手を繋いでいると身体の震えは治まり、響は落ち着きを取り戻したようだった。

 傘をさして閑静な住宅街の片隅を歩いて、意外な程普通な一軒家に辿り着くと、響が玄関の鍵を開け、黒田はひと気のない家に入る。留学まで視野に入れていたはずの響の家は意外な程普通の家で、玄関先の階段を上がり二階に案内されると、黒田は響の部屋の中を見つめた。

 質素な机の傍の横の壁一面の棚は楽譜の山で、ピアノ楽譜と、トランペット楽譜と、総楽譜がぐちゃぐちゃに山積みになっていて、片付け下手の響らしく感じる。
別の本棚では研究用の本も天地逆だったりななめだったりして、黒田は笑ってしまった。

「いる楽譜探せし」

「う、うん」

 響が必死で白石に頼まれた楽譜を探す中で、黒田は本棚からお目当ての物を探し出し、スマホで写真を幾つか撮るが、生真面目に頼まれて楽譜を探す響は気づかないままだ。

「ただいま。誰かいるの?」

と明るめなアルトの女性の声がして、黒田は響が身体を固めるのを理解し、再び手を握る。

「大丈夫だ」

「う……ん」

 左手首にはもうリストバンドははめていないし、病院で処方してもらっている塗り薬で傷跡はずいぶん綺麗になって来ていた。

「……きょうちゃん?きょうちゃんなの?」

 足音が上がって来ると、目元がよく似た女性が響の部屋にやってくる。長く緩めの巻髪と、小柄な割に少しふくよかな身体を震わせて、楽譜を持つ響を見つめていた。

「お、お姉ちゃん……」

 響がうろたえながら姉に呟き、

「きょうちゃん、きょうちゃん、きょうちゃんだあ……」

と、『お姉ちゃん』は泣き出す。

 黒田はなんだか少し泣きそうになってしまったが、やることを思い出して、頭を下げると家を出た。

 ここからが本番だった。

 黒田は響の家の近くのファミリーレストランで、ドリンクバーを注文し、セルフでコーヒーを持って来ると、喫煙席に座る。

 来るかこないかわからない相手を待つわけだし、夏休みの為ざわつく学生たちに話を聞かせるつもりもないし、煙草を吸える年齢でもなく、吸うつもりもないが、喫煙席か空いていたからだった。

 先程のことだ。響の姉が泣いていると、じきに母親も帰り二階に上がってきて、黒田はとりあえず挨拶をして、部屋を出た。

「黒田くん」

「ちょっとファミレスいるし。心配せんでいいて。一時間くらいしたら迎えにこりん。さっき通った駅前んとこ」

「うん」

 階段を降りる時に父親も会社を早退して来るそうで、曽祖母葬式以来の家族の集まりに水をさす気はないし、黒田は黒田でやることがあった。雨の中外に出た黒田はスマホで電話をして相手に用件を伝え、ファミレスで待つことにして、携帯で撮った写真を見つめる。

 珍しくも中学三年の春に撮影したというカラー顔写真の響は、少し感の強そうな生意気そうに写っていて、今よりも髪の色も目の色も濃く、覇気に満ち溢れており、黒田は才長けて小憎らしくも可愛らしい感じに少し笑える。多分その頃に会っていても、響に恋をしていたと思う。

 今とは違う形の付き合い方かもしれないが……。

「反目……かもな。吹奏楽と音楽部と…なんてな」

 響は変わってきている。自分の意見を話せるようになったし、人と接することもできるようになったと思うし、本来の姿に戻りつつあるならば、それを阻む壁を取り払わなくてはならないと、黒田は考えていた。

 だからこそ、響を怯えさせる張本人を呼びつけたのだ。

 『時任等士』たぶん『ときとうひとし』と読むのだろう奴は、部活動写真では響と並んで写る第一トランペットで、吹奏楽部にしてはやけに体育会系な感じの体格に見えた。

 それからしばらく中三になりたての生意気そうな顔の響の写真を眺めていたら、一人の男に声をかけられ、黒田は顔を上げる。

「……あんたが……『黒田』サン?」

「時任……か?」

 目の前に来たのは、やせ気味の軽そうでチャラそうな……髪型もギザギザとして脱色しており、黒田たちが通う高校なら即座に、藤井理容店にぶち込まれて丸刈りにされそうな奴がいた。

「同じ年だ。サンはいらねぇな。……座れよ」

 中学の写真の面影がない程の変貌に、黒田は意外な感じがしつつも、黒田の筋肉質の体格に怯えた時任が渋々座ったのを確かめて、同じ物を注文させた。

「なんで喫煙席……」

 きょろきょろする時任に、黒田は凄みを見せた笑いを掛ける。

「聞かれたくない話だし。なんかジュースとか持ってくるか?」

 写真の面影と滲み出る性格もなんだか違い、時任は首を横に振り、黒田の斜め前に浅目に座った。

「お前さ、スマホ見せろ」

「え?なんで」

 さらに低い声で黒田は凄みを見せ、

「響を脅した写真の入ってるやつ」

と時任の尻ポケットに入っているスマホを指差す。

「俺は持ってねえよ。お……俺は脅されたんだ。いや、俺たち第一トランペット全員が。だから、俺たちは付属高校にも進学してねぇし、トランペットも吹いてねぇから。もう、勘弁してくれよ……」

「なに?」

 黒田は目の前の時任に絶句する。

「おんしが脅されていた……?誰にだ。大体、響を……犯してマワしたのはお前んとうやろ?」

 さらに低い声で黒田は時任を睨み付ける。殴られそうな雰囲気に時任は震えながら頭を下げ、小さい声で話し始めた。

「あいつがテレビに出た頃から、コンクールの練習もすげえキツくて、第一トランペットはイラついていたんだ。そんで……生意気だし痛めつけちまおうぜって。初めは真っ裸晒しにするだけが奴が煽ってきて……あんなことするつもりは……なかったんだ」

「奴?」

 時任は震えながら唇を何度も舐め、必死で生唾を嚥下してから話す。

「な……内緒にしてくれよ、関わりたくねえし。う……宇崎だ……俺らは宇崎に嵌められたんだ。俺らのしたことこそこそ写メして、俺らに見せつけて付属に上がるの阻止しやがった。第二トランペットは推薦では上がれないからな」

 時任はしばらく沈黙し、

「俺はあいつに謝ろうとしたんだ。でもあいつ登校拒否ってたし……」

と呟いた。

 時任が響を『あいつ』と呼ぶ度に、その言葉の裏に甘さを感じていた黒田は、苦々しく聞いていて、たぶん時任は響のことを好きだったのだと考える。しかし響が左腕を切り落とそうとした経緯も知らなければ、写メを見せられて同等に陥れられた事実も知らないでいる時任に真実を与え、なじるべきか黒田は悩んでいた。

 すると傘もささずに小雨の中を走ってきた響がガラス越しに黒田を見つけ、ファミリーレストランに入って来た。上気した顔で黒田を見下ろし、黒田の腕を引っ張る響が綺麗な色の瞳で見下ろして困ったように笑って来る。

「く、黒田くん、お父さんまで帰って来ちゃった。もう、ぶ、部活動のことどう話せばいいか。だから来てよ」

 黒田が立ち上がると、響は口をぽかんと開けて響の顔を見る時任に視線を移し、

「黒田くんこっちに友達いたんだ。あの、こ、こんにちは」

と頭を下げたのだ。

 ごちゃごちゃ考えていた頭の中がスッキリとし、黒田はレシートを持って立ち上がる。もう、こいつはどうでもいい。そう思えた。

「ああ、そうだな。響、『お前』なんって答えた?」

「な、なにも言えるわけない……だって……」

「ま、話せへんこともたくさんあるしな。お仕置きとか」

「ぜ、絶対に喋っちゃだめだから。ね!絶対!」

 真っ赤になりながら柔らかな髪で、顔を隠すように俯く響を、目で追い何か言いかけた時任に黒田はきつい視線をよこした。

「黒田くん」

「ああ」

「じゃあな」

と笑いかけ、黒田は溜飲を下げる。響は時任のことを覚えていないのだから。それが精神科の治療のせいか、あまりにも変わってしまった時任の姿にあるのかはわからないが、時任は茫然としていたし、響の態度はまさに奴にとっての天罰のようなものだ。

 黒幕が宇崎ということも収穫だったし、黒田は傘を傾けて響を入れてやる。響は少しためらったが、無理矢理傘に入れると歩調を落とし、ちらりと後ろを向いた。

 時任が響の後姿を見つめているのが分かった。


 響の母親は姉同様小柄でふっくらとしていて、父親は癖のある茶色い髪を短くまとめ、響とよく似た温厚な人で黒田の話を静かに聞いてくれた。

 嵐の隙間で聞いたトランペットの音に惚れ込んだことや、部活動の様子、病院でのリハビリや、木村講師のこと。

「月一のカウンセリングを終了出来たのは、好きなことを出来るようになったからなんだね、京介」

 夏休み前に病院でのカウンセリングが終わった時、黒田も部屋にいて、響は誰にも部活内で強姦されたことを話していないことを知っていた。

「う、うん。だから、あと一年高校でトランペットをやりたい……です」

「でもな、京介……」

 父親が迷った風に母親を見ると、横に座っていた母親は頷いたから、黒田は姿勢を改めて頭を下げた。

「響が悩んだり迷ったりした時は、俺たちで支えます。だからトランペットやらせてやってください」

 響を支えるはずの仲間が……時任や宇崎が……裏切った世界だけが、響の世界ではなく、黒田や藤井や……同好会の仲間は裏切らない、そんな世界だってあるのだから。

 だから響は傷を隠さなくなった。半袖の腕から伸びる手首には、少しだけ薄くなった切り傷に縫い痕が見える。

「きょうちゃんがやりたいようにしなさい。こんなに元気なきょうちゃんを見ているだけで……お母さん……うれしいからっ……」

 母親が泣き出して、姉もまた涙し、父親はなんとか堪えようと眼鏡を外して目頭を押さえている。中学三年の初夏の響家の辛い地獄……黒田には想像もできない。

 ひとの良さそうな無害な家族が壊れた瞬間。血塗れのキッチンや、必死で救急車を呼ぶ親……病院でうつろな表情で喋らなくなった息子が不登校になり……。

「絶対に、俺が守りますから」

 黒田はさらに頭を下げた。
  




~2~
 新幹線の都合上日帰りで帰宅した響が、すぐに白石に呼び出され、楽譜と一緒に白石の家に泊まり込むことになり、手持ち無沙汰の黒田は新たなる情報を持って自宅の隣の藤井の家に行った。

「宇崎……ああ、こいつやん」

 何枚か撮った写メの中から、四角い銀縁眼鏡の柔和そうな男子生徒を藤井に見せる。

「僕も『宇崎』くんについて調べてみたし。ジュリアード音楽院のプレカレッジに一年在籍して四月に帰国しとる。付属高の吹奏楽部に入学。全国高校吹奏楽コンクールにも出おる」

「そいつだな。そいつのスマホに写真が入っているわけなんだが、付属に乗り込むか?」

 藤井が首を横に振り、黒田はコンビニおにぎりをかじってため息をついた。

「一番いいのは響くんに知られずに処理して、宇崎くんにダメージを与えるって寸法だよ」

「意外と黒いな……おんしよ」

 黒田は驚いて藤井を見た。人間観察趣味の、人間好きな藤井がこんなことを言うとは思っていなかったのだ。

「結構、響くんのこと気に入ってんだよね、僕」

 藤井がパソコンを開けると、黒田に動画を見せて来た。

「双子くんが教えてくれとるんやけど、響くんと僕ら結構動画に上がっとるんやわ」

 響がトランペットを吹く映像や、音楽部での響の様子が家庭用のビデオで映し出されていて、

「どんだけ響だよ……なんかやばくね?」

と黒田はまじまじと動画を見た。

『トランペット王子』

だの、

『トランペットの響』

だの大量のコメントと閲覧数の多さに驚いていたが、藤井は

「これだけの影響力やし。双子のおじさんを使えへんかな?ほら『超高校生級吹奏楽』とか」

と笑いながら言い放ったのだ。

「『M響アワー』の秋の枠?そんな簡単には……」

 黒田は三つ目のおにぎりを頬張り、パソコンを閉じた藤井を見る。

「まあ、響くん大ファンの双子を使って、うまく放送枠で付属高とかぶさせば、宇崎くんに会えるやろうし。なんとかなるて」

「おんし、策士すぎやろうが」

「おやま、こんな藤井はお嫌いですかのん」

「好きに決まっとる」

 肩を組んで笑いあった。



「九月末の『M響アワー』収録を最後に、三年生は引退する。次期部長は藤井で、副部長は中西双子セットだ」

 テレビと聞いて響が身体をすくめたが、榊は無視して話を進めた。

 盆明けの緊急招集の前に、藤井から話を聞いて驚いたが、引退前の花火にしては上出来だと思った。

「曲はトランペットソロを中心にした『情熱大陸』。スコアと各パート譜配るよ。注意して欲しいのは……」

 体調の良さそうな白石が、お盆前に響と起こした楽譜をみんなに配っていて、榊は満足気に微笑んだ。白石にはあと一年ある。音楽部は元々白石のための音楽同好会で、白石が高校に在籍している間の約束で、目の上のたんこぶ状態の吹奏楽部にも言い聞かせてあり、申し送りも済んでいる。

 今年卒業する森野は大学医学部へ、榊は神主になるための学校に行く。勿論お互いに高校卒業しても、音楽部には関わるつもりでいるらしいが、まだ白石には内緒だにしているという。

 二年生がテレビを利用してやらかすように、今回のテレビで編曲者の所に白石の名前が出る。それも大切で、病弱な白石の仕事になにかしら繋がるかもしれないと、打算的に考えてもいた。


 いじめられていた森野を救ってくれた白石は、ヒーローだった。
榊も打田も小学四年生の時、別々のクラスで仲間外れにされていた。神主の家の得体のしれない奴と、比類ない音楽ゲーム馬鹿は、白石に助けられ仲間を貰った。白石はひとりぼっちの榊と打田と森野を引き合わせてくれ、それ以来ずっと仲間だ。

「しばらく吹奏楽部なみの練習になるが、頑張って欲しい」

 榊はにっこりと笑って言った。


 
 剃刀が下腹に移動しさすがに響は慌てて、カランに絡んだ手錠を揺らし身をよじるが、深々と埋め込まれた黒田の屹立を締め付けてしまい、ぞくぞく……と震えたつ。

「や、やめてよっ……そんなことしてもテレビに出ないっ……ひ……」

 ひた……と剃刀の刃が屹立の切っ先につけられ、先走るぬるつきを嬲って下へ下がった。

「動くなよ、傷になるからな……」

 黒田はわめき散らした響を物ともせず、響の柔らかな下生えに剃刀をつけ、ふわふわの豊かな陰毛を削いで行く。

「やっ……あっ……んっ……」

 長い毛を刻むように切ると、シェービングソープをつけて念入りに剃り上げて来て、穂先を掴む指や剃刀の当たり方に、響はぽたぽた……と先走りの雫を溢れさせ、緩慢に揺らされる刺激に腰を揺らし真っ赤になった。

「見てみろ、つるつるだ」

 風呂のカランに固定された不自由な両手を握りしめ、響は思わず下肢を見てしまう。

 隠す物がなくなった幼児のようにつるんとした下腹は、鴇色の切っ先が反り返り、すんなりとした桃色の穂先と双珠を丸見えにし、その先の襞が呑み込んでいる黒田の長大な屹立が入り込んでいるのすら見えて、涙が溢れて横を向いた。

「く、黒田くん、テレビに出たら、あの画像がっ……だから……」

 響が折れないと分かるや、黒田が風呂場に持ち込んでいた細い棒にローションを塗るのを見て、響は震え上がる。

 以前やられた切っ先を拡げられ隘路を貫かれ抜き差しされる背徳的な気が狂いそうな快楽は、あとから鈍痛に変わり辛くて、ちくちくと痛む排泄感に泣いたのだ。

 なのに黒田は無慈悲にも切っ先のスリットを拡げ、金属棒を押し込んで来て、響は尻の狭間に黒田の屹立を埋め込まれたまま震え泣くしかなく、ずぶずぶと入って行く温度計を直視して悶えた。

「ひ……ああっ……やだぁ……やっ……ひあっ!」

 棒がの核壁を突いて、背を反らし喘いだ。嫌な汗が体中から噴き出し響は悶えるが、黒田は涼しい顔で棒を操り、浅く深く挿入出しては掻き回すようにくるくると揺らして来て、響の隘路を甘く責め続け、呼応するように襞を貫き刺激を与えてくる。

「やっ……やぁっ……あっ……やめっ……やめっ……ん…っああああっ!」

 内壁が小刻みに痙攣して響は、ひくひくと全身を震わせ強制的な快楽に酔うが、黒田がさらに隘路を責めて来て、息が止まりそうになり、涙が溢れた。

「やっ、やめっ……っあ……」

 マドラーのようにくるくると回されては隘路を拡げられて、何度も核を体内からも責められ続け、響は腰を揺らす。もう頭は快楽に朦朧としていて、下腹は重く排出だけが楽になる手段で、何度も緩慢な快楽の波がやって来た。

「出るよな、テレビ」

 黒田が確実に感じる部分を擦って来て、再び絶頂がやってくる。

「テ、テレビ……出ないっ……出たくなっ、ひぁっ……!」

 壁を破りそうな勢いで内壁を貫かれ隘路を突いてきて、響は前後で連動する襞のひくつきと、屹立をいじめぬかれ排出したくてとうとう根を上げた。

「テレビ……出るから……ぁ。イきたい……っ……抜いてっ……ぅああっ…!」

 棒を抜かれて黒田の手で擦られながら、内壁を屹立で貫かれながら気が狂いそうな絶頂を迎えた。
響は息を止め、内壁に黒田の体液を感じ、響の拡げられ真っ赤になった切っ先からトロトロと白濁が溢れ出て、その快楽に響はひく……と震える。

 過ぎた快楽を甘受した響の下腹は白濁を垂れ流した後、さらに排出を促してきて、響は尻の狭間に熱い楔に翻弄され、足を開いたままぶるぶると痙攣した。

「く、黒田く、抜いて……出……ちゃっ……だめっ!やだぁ…っ!」

 白濁が溢れた後なおも内壁を貫かれ刺激されて、響は快楽に狂った身体の敏感な切っ先から、温かい体液が溢れ出すのを、嗚咽を殺し泣きながら横を向いて身に受けた。

「あ、あ、あ、あ……」

 何時間も受けた快楽にタガが外れ、響は吐露とは別の排泄してしまったのだ。排尿は屹立した穂先から響の胸を濡らし排水溝に流れて行き、青臭い精の香りと混じり、独特の香りが風呂場に充満して、黒田の二回目の吐精を内壁に受けた。

「ひ、ひど、ひどい、うっ……うっ~~っ」

 過ぎた快楽が生理的排尿を引き起こした響は、身悶えしながら泣き咽ぶが、黒田は治まっても長大な穂先を抜くと、響の残尿がつたつた……と垂れる穂先を舐めたのだ。

「やっ……んっ……んっ……」

 舌先が拡げられた切っ先をねぶり、響は恥ずかしくてたまらない。

「響…お前、可愛いやな」

 黒田が掠れた声で呟いてきたが、響は羞恥に顔を背け、黒田の清めてくるシャワーと手を甘受した。


 腰が痺れて自力では歩けない響を、やすやす抱きかかえた黒田が、クーラーの効いた部屋に敷布を引いて響をそっと座らせる散々散らされ穂先が痛くて辛い響にパジャマの上だけを肩に羽織らせて、自分はパンツを履き響にパソコンの動画を見せて来た。

「なに、これ」

 響が動揺して動画をクリックすると、『トランペットの響』『トランペット王子』と書かれた動画は、最近の演奏会やコンクールのビデオ撮りのようで、響にポイントを当てていて、過去のものは『M響アワー』や、中学の演奏会のものは響だけを切り抜いた形になっている。

「結構あるやらーが?ネット動画は全世界発信だし?こんだけ世間を騒がしとるのに、お前の写メは出回ってないがや」

 響が動画を見ている間に作ってきたエビピラフとサラダをテーブルに置き、黒田がテーブルを引き寄せて響の前に持ってくる。

「つまり、いじめた側はその場で楽しくて憂さを晴らせば忘れちまうってことやろ。いじめられた側はずっと苦しんで辛い思いをするのに……。本当におんしはよう頑張ったで、響」

 黒田がピラフを食べながら自然体で話して来る。その方言が何故だか胸に染み、て響は泣けてしまう。黒田はそれ以上は何も言わなくて、響は泣きながらピラフを食べた。



 東京のMHKホールの廊下を黒田と藤井は足早に歩いて、目的の部屋を見つける。

「付属のソリスト様は一人控室ってか。情報は完璧、双子様様やんか」

 見取り図から待機時間まで双子が調べ、黒田と藤井の作戦に加担していた。もちろん響の強姦写真を保持している内容は控え

『響は宇崎にいじめられたからうちの高校に来た』

としていたが、響大ファンの中西双子は怒り狂ってしまい、秀人が乗り込もうとしたのを優人が何とか止め、双子には響を控室から出さないように話しを盛り上げる使命を与えていて、今日収録の五高校に付属が含まれていることも知らせていない。


「もう、いいから一人にしてくれっ」

 ヒステリックな声と、硬質な何かがが割れる音がして、黒田と藤井は廊下の影に身を潜めた。

 控室が開き付属の学生が二人出て行き、扉は少し開いたままだ。

「うん、好都合やん」

と藤井が素早く入り込み、黒田が後ろ手に扉を閉め鍵をかけた。

 響よりも少し大きそうな体躯がトランペットを抱えて座っていて、足元にはグラスの破片が散らばっている。

「僕は出ていけと……誰だ?」

 顔を上げた宇崎は神経質そうな眼鏡と、尖った顎がやっぱり神経質そうで黒田は肩をすくめた。中学の時の卒業写真そのままの感じがして、響に会わせたくないなと思う。

「お前が宇崎か。中学の時の『親友』……」

 宇崎はあらかに警戒し、トランペットを抱えたまま立ち上がる。
部屋の端には付けつきの電話があるが、それは藤井が抑えていて、宇崎には外に連絡すべがない。

 あるとしたら、宇崎が持っているであろうスマホだけで、もちろん黒田も藤井もそれが目的だったから、宇崎が鞄からスマホを出させために行動を見守る。

「響の高校の『親友』だ。宇崎」

 宇崎は「ひっ」とトランペットを掴んで後ずさる。

「何を言っているんだ。僕は……」

「響にひどいことしたんやってな。宇崎」

 宇崎は
  
「響くんにひどいことしたのは、時任たちで、僕じゃない。だから関係ない」

と言いながら後ずさり、黒田がちらりと視線をずらすと、宇崎が鞄にいく。そしてお目当ての物を掴み出した。

「へえ…それかん。極秘映像入り、携帯」

 藤井が二つ折りの古い携帯電話を取り上げた。

「君は響くんが権利を得るはずやった留学の権利を得て、響くんにひどいことをした奴んらからも付属高推薦の権利取り上げた、優秀な部活部長さんで。うーん……とてもすごいよね」

 長身の藤井が畳み掛けるように宇崎に話しかける。宇崎は怯えているようで、声も出ないでいた。

「でも……一年で留学から帰って来て、何かあったのん?」

   宇崎がさっ…と青ざめた顔をして、黒田は藤井のハッタリが効いたのだと思う。藤井から後ろ手に渡された二つ折りの古いタイプの携帯電話はセキュリティも甘く、何度か心当たりを試していると、信じられないことに響の誕生日の数字で簡単に開き、黒田は一つしかない写真ホルダーから響の目隠しの写真……いや……時任と強姦した奴ら中心で写る写真を確認した。

「宇崎……貴様……!」

 黒田は宇崎の携帯電話を二つにへし折り、基盤さえ踏みにじり、

「このっ!」

と宇崎を殴ろうとする。

「ひいっ……」

 部屋の隅に逃げた宇崎は

「やったのは時任で、僕は関係ない!」

と叫びながら身体を丸めた。

「お前が響を写真で脅したんだろーかよ!ふざけんなっ……響はっ……!」

 こんなやつのために、響が悩み苦しんで人生をおしまいにしようとした事が許せなくて、黒田は宇崎を捕まえる。

「やめれって、黒田。彼の小粒そうな性格上写メは黒田が壊した携帯にのみ保存されてるんじゃないんかな。しかもSDに保管していそうな勇気もない。黒田が踏み潰した携帯持ってリハ行くし」

 黒田の太い腕は振り下ろざま空を切り、宇崎はトランペットをがらん……と落として頭を抱えてしゃがんでいた。

「響は……響は手首を切り落とうとしたんやし?こいつの脅しで!んで、なんで、止めんだ!」

 藤井は黒田の背中を押して、扉へ向かわせる。

「殴っても意味ないやん?それよりも響くんを見にいかんと。おんしがいなくて過呼吸起きてないかな?」

「あ、お……おう……!」

 黒田が携帯を床から拾ってポケットに押し込み、部屋を開けて廊下に誰もいないのを確認して出る。

「響京介……来ているのか……」

 床に座ったまま、宇崎が顔を上げてきた。

「うん。君、よう聞いといてな、響くんの音。ああ、そんで、宇崎くん。響くんはおんしのこと『親友』と思っとるからね。万が一にも会うたらそう努めてほしいな。お約束ですよ?」

 尻もちをついて震えている宇崎に、振り向きもせず藤井は言い放つ。リハ―サル後の生放送の『M響アワー』で、付属は音楽部の後に演奏するのだ。

 部屋を出ると、藤井は黒田に告げた。

「黒田、僕ね、響くんみたいな真面目に生きてきた子が辛い目に合わないように、しっかりと現状を把握できる部長になりたいんよ」

 黒田は

「おんしがやらんで、誰がやんだよ」

と笑った。

「あ、黒田くん、どこに行っていたの?秀人くんがね……」

 控室を開けると、笑いをこらえながら、しかし吹き出した響を見て、二人は笑った。双子が迫真の演技で、音楽部メンバーのそれぞれの癖を披露していたのだから。




 響のソロを中心にした『情熱大陸』は、白石独特の編集もあってか見事な出来栄えで、その年の高校コンクール最優秀賞の付属よりもよりよい拍手を貰ったと思う。

 響と宇崎の接点は、その日結局なかったが、響は全力を出し切りM響から再びオファーを頂いてしまった。それを必死で断り、中西双子は叔父が客員講師を勤める音楽大学から推薦を打診されたりと、てんやわんやだった。

 トランペットを床に落としてしまったからか、メンタル的なものか宇崎のソロは鳴らず、黒田はトイレで付属高生徒の宇崎への愚痴を何とはなしに聞いてしまたのだが、響には伝えなかった。

 敷いて言えば格の違いなのだろう。実力主義の付属中学の中で第二トランペットは、第二トランペットということなのだ。




「諸君、および、藤井新部長。一つ提案があんだけど」

 神社でのアルバイト料金と称して新調したキーボードを前に、白石が手を挙げる。

「卒業式の花道でなにかやってみたくないか?サプライズだよ、サプライズ」

「はあ、サプライズですか。卒業生に向けてですんよね」

「ああ、吹奏楽部もやらへん、サプライズやし」

 卒業式前、半日となり部活時間が多くなった音楽部は、以前よりも練習時間が長くなっている。つまり学校において、平日は暇であって、春の慰問演奏も決まっているし、商店街の春のバザール音楽サービスは新曲を取り入れたから、個々でリハーサルだけで整えた後の話だから、自主練習ができるようにと、資料室を開放しているのだ。

「僕はいいと思うよ。是非演奏したいです」

「やる気じゃん、響。うちのエースがやる気なのに、それを削ぐんかい、藤井部長」

「では、仮顧問に話してきます」

 藤井がやれやれといった表情で職員室に行ってしまうと、響は黒田に目くばせをする。

「なに吹く?黒田くん」



 卒業式は音楽部サプライズにはサプライズの応酬がされた。卒業生を送り出すアーチの真ん中あたりで、音楽部メドレーを演奏していた響たちだが、卒業生のなかから音がこぼれてくる。

「え…」

 フルートとトロンボーンが響き、『宇宙戦艦ヤマト』の音楽にかぶさる。

 榊と森野が楽器を演奏していたのだ。

「学校は卒業するけどね、音楽部は卒業するなんて、僕らは言ってないよ。これは同好会なんだから」

 白石が目を真ん丸にして笑っていた。

「やられたがや……おんしらも演奏に加われし」

 当然といった風に榊と森野が音楽部に入り、卒業生を音で見送る。

 音楽部はまだ続いていくのだと、響は嬉しくなったが、曲の合間に榊が放った言葉に、双子がブーイングをして、吹き出しそうになった。

「あ、でも、白石が卒業したら、音楽部解散な。双子も川原も吹奏楽に戻れよ」
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