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11 指輪に選ばれし者
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「魔法石に魔法供給をしたとはどう言うことだ?」
正餐の後の読書の時間にハンロックが離宮にやって来るなり、僕に問いかけた。
「ハンロック?魔法石に魔法を流し込んだだけだけれど?」
「師はいないはずだ。どうして出来る?メーテル殿か?」
「私ではございません。魔力供給は苦手ですし」
お茶を出したメーテルが首を横に振る。僕は息巻くハンロックに失礼ながら指を指す。
「ハンロックに魔法剣術を教えて貰った時。剣に魔力を流して剣に魔力の根源マナを乗せて打ち込むから、その応用だよ」
剣に乗せる場合は放出になるが、魔法石には定着して保持する力がある。だから流し込むだけでいい。
「どのくらいの力を込めていいか分からないから時間が掛かってしまったけれど」
ハンロックが踵を返し部屋を出て行ってしまった数時間後、セシル兄様とハンロックが二人揃って現れた。もう夕方に近い時間帯で夜の食事が終わる頃だった。
「魔法石に魔力供給をしたんだってね。もう魔力調整操作ができるなんて」
「セシル兄様、いけないことでしたか?」
僕が気軽に行ってしまった行動はーー
「いや、凄いことなんだよ。十歳で魔力制御できるなんてね。では、これを試してみよう」
セシル兄様は左手の小指につけている指輪を僕の中指に差し込んだ。指輪はピタリとはまり、抜けなくなってしまう。引っ張り取ろうとするが、どうしても外れない。
「セシル兄様、す、すみません」
セシル兄様が僕の手を取り、指輪をふわりと撫でる。
「うん、大丈夫。君は魔法学舎で学ぶ権利を与えられたんだよ、サリオン」
セシル兄様も通ってということだろうか。セシル兄様とは十五歳くらい違う。だからセシル兄様の小さい頃のことを僕は知らないでいた。
「魔法学舎……ですか?」
「そう、学舎でマナ制御と魔法陣を学ぶんだよ。僕はこう見えても魔力の根源であるマナの扱いが苦手でね。膨大なマナを制御出来ずに、よく物を壊したものだよ。ねえ、ハロ」
セシル兄様の伴侶で護衛騎士のハンロックは、僕とセシル兄様の座る椅子の後ろにいて警護をしている。ハンロックがいるとメーテルは護衛陣を張らなくていいため、部屋に入ってこない。ハンロックを信頼しているのだろう。
「ああ、俺もよく壁に叩きつけられた」
セシル兄様とハンロックの言葉に驚いた。ハンロックはセシル兄様の幼年期の学びと遊び相手として、王城に招かれていた一人だったのは知っている。
「幼少期、多くの取り巻きの中で唯一残ったのがハンロックだった。見かねたクロルがこの指輪をくれたんだよ。指輪は一定の魔力量がなければはまることはない。サリオン、君は指輪に選ばれた。クロルを明日遣すからね。明日、魔法学舎へ遊びに行っておいでよ」
そんなふうに一方的に話しを切り出し切り終わるのは、セシル兄様のいつもの癖なんだろうけれど、今回はやけに強引だ。半強制的に行くように指示された感がして仕方がない。
セシル兄様が立ち上がり、ハンロックが扉を開けると、廊下で待機していたテレサが頭を下げる。
「明日、朝十時前にクロルが来るからね、サリオンがお出かけ出来るように準備をしておいて。服はクロルが持ってくるはずだけれど、もし用意がなければ村に行った時くらいに地味めがいいな。メーテルに伝えてくれないか」
セシル兄様がテレサに告げると、テレサは頭を下げたまま頷いた。それから僕のいる部屋に入り、緊張していたのか息を吐く。
「テレサはセシル兄様が苦手なのか?」
テレサが苦笑いのような顔になり、
「お綺麗過ぎて逆に怖くて。ハンロック様も鋭利なナイフみたいにお綺麗ですが、王太子殿下はこの世のものとは思えないんです」
「では、テレサは僕付きで正解かな?僕は平凡で地味だから」
自嘲ではないのだけれど、テレサは首をぶんぶん縦に振りそれから横に振ったりした。
「殿下、私は殿下のお側にいられて幸せです。あ、あ、あの、今日はメーテル様に替わり、ブラッシングさせていただいてもよろしいでしょうか」
僕は目をまん丸にしたんだと思う。そう、テレサは魔獣の僕がすごく好きなのだ。
「いいよ。入浴の後で」
入浴の時はいつもテレサに手伝ってもらう。亡くなった母様が好きだった薔薇と薬草を散らした湯に浸かり、散湯で頭を洗ってくれるテレサの指は僕より太くてガッチリしているけれど優しい。
タオルでじっくり水気を拭いて、薔薇水で肌を整えてくれる。既に月が出ていて、僕は月の光を浴びて鈍銀の獅子型の魔獣に変幻した。指輪は僕の左手の中指にあり、獣の指にも安定するらしい。
「殿下、寝台へどうぞ」
寝台には一枚絹織物がかけられていて、梳る準備がされていた。僕はその上に音もなく飛び上がると、テレサは僕の頭から背に掛けてブラシをそっと当ててくれた。薔薇香油を木の細かいブラシ先に付けて、ゆっくりと梳る。撫でながらゆっくりゆっくりと、テレサの指は温かくて安心できる。
僕は浅い眠りの中へ入って行った。
※※※※※※※※※※※※※※※
もっふもふー、もっふもふー、殿下の鬣もっふもふー。小さな獅子耳も丸くて可愛い。尻尾の先のふっさふさも美愛。
あたしがその秘密を知った日、サリオン殿下はまだ鬣もない小さな獅子で、あたしは頭を撫でさせてもらい悶えたっけ。殿下は今十歳、少しばかり柔らかな鬣が生え始め、月の光に鈍銀がキラキラしている。なんて綺麗!あたし、モフれて興奮!
頭から腰先までブラッシングしてあたしは終わる。お腹の柔らかなところと内股は、メーテル様と王太子殿下のみの場所だもの。
あの、婚約者。アーロン様も触るのだろうけれど、アーロン様はいつ知るのだろう、殿下の秘密を。秘密をお知りになって、殿下を受け入れられるのだろうか。口封じの誓約陣は入れられないだろうけれど、あたしは心配だわ。
あたしは殿下がアーロン様に嫁しても、絶対について行くって決めてる。それはメーテル様にも話してあって、メーテル様よりも自由がきくあたしの特権なの。
殿下の毛並みは滑らかで、絹みたいな手触り。柔らかな髪の毛と一緒。
あたしは珍しく寝息を立てられた殿下の獣体に、獣体用の掛布を掛けた。明け方にはヒト型に戻るからドレスシャツをお着せして、寝台の敷布と掛布を替えつつ、寝かせて差し上げる。あたしも少し寝ようっと。
「おやすみなさいませ、殿下」
あたしは月明かりに輝く殿下の寝台の横で一礼をすると、部屋を出た。
ーーー
テレサは幸せです。
正餐の後の読書の時間にハンロックが離宮にやって来るなり、僕に問いかけた。
「ハンロック?魔法石に魔法を流し込んだだけだけれど?」
「師はいないはずだ。どうして出来る?メーテル殿か?」
「私ではございません。魔力供給は苦手ですし」
お茶を出したメーテルが首を横に振る。僕は息巻くハンロックに失礼ながら指を指す。
「ハンロックに魔法剣術を教えて貰った時。剣に魔力を流して剣に魔力の根源マナを乗せて打ち込むから、その応用だよ」
剣に乗せる場合は放出になるが、魔法石には定着して保持する力がある。だから流し込むだけでいい。
「どのくらいの力を込めていいか分からないから時間が掛かってしまったけれど」
ハンロックが踵を返し部屋を出て行ってしまった数時間後、セシル兄様とハンロックが二人揃って現れた。もう夕方に近い時間帯で夜の食事が終わる頃だった。
「魔法石に魔力供給をしたんだってね。もう魔力調整操作ができるなんて」
「セシル兄様、いけないことでしたか?」
僕が気軽に行ってしまった行動はーー
「いや、凄いことなんだよ。十歳で魔力制御できるなんてね。では、これを試してみよう」
セシル兄様は左手の小指につけている指輪を僕の中指に差し込んだ。指輪はピタリとはまり、抜けなくなってしまう。引っ張り取ろうとするが、どうしても外れない。
「セシル兄様、す、すみません」
セシル兄様が僕の手を取り、指輪をふわりと撫でる。
「うん、大丈夫。君は魔法学舎で学ぶ権利を与えられたんだよ、サリオン」
セシル兄様も通ってということだろうか。セシル兄様とは十五歳くらい違う。だからセシル兄様の小さい頃のことを僕は知らないでいた。
「魔法学舎……ですか?」
「そう、学舎でマナ制御と魔法陣を学ぶんだよ。僕はこう見えても魔力の根源であるマナの扱いが苦手でね。膨大なマナを制御出来ずに、よく物を壊したものだよ。ねえ、ハロ」
セシル兄様の伴侶で護衛騎士のハンロックは、僕とセシル兄様の座る椅子の後ろにいて警護をしている。ハンロックがいるとメーテルは護衛陣を張らなくていいため、部屋に入ってこない。ハンロックを信頼しているのだろう。
「ああ、俺もよく壁に叩きつけられた」
セシル兄様とハンロックの言葉に驚いた。ハンロックはセシル兄様の幼年期の学びと遊び相手として、王城に招かれていた一人だったのは知っている。
「幼少期、多くの取り巻きの中で唯一残ったのがハンロックだった。見かねたクロルがこの指輪をくれたんだよ。指輪は一定の魔力量がなければはまることはない。サリオン、君は指輪に選ばれた。クロルを明日遣すからね。明日、魔法学舎へ遊びに行っておいでよ」
そんなふうに一方的に話しを切り出し切り終わるのは、セシル兄様のいつもの癖なんだろうけれど、今回はやけに強引だ。半強制的に行くように指示された感がして仕方がない。
セシル兄様が立ち上がり、ハンロックが扉を開けると、廊下で待機していたテレサが頭を下げる。
「明日、朝十時前にクロルが来るからね、サリオンがお出かけ出来るように準備をしておいて。服はクロルが持ってくるはずだけれど、もし用意がなければ村に行った時くらいに地味めがいいな。メーテルに伝えてくれないか」
セシル兄様がテレサに告げると、テレサは頭を下げたまま頷いた。それから僕のいる部屋に入り、緊張していたのか息を吐く。
「テレサはセシル兄様が苦手なのか?」
テレサが苦笑いのような顔になり、
「お綺麗過ぎて逆に怖くて。ハンロック様も鋭利なナイフみたいにお綺麗ですが、王太子殿下はこの世のものとは思えないんです」
「では、テレサは僕付きで正解かな?僕は平凡で地味だから」
自嘲ではないのだけれど、テレサは首をぶんぶん縦に振りそれから横に振ったりした。
「殿下、私は殿下のお側にいられて幸せです。あ、あ、あの、今日はメーテル様に替わり、ブラッシングさせていただいてもよろしいでしょうか」
僕は目をまん丸にしたんだと思う。そう、テレサは魔獣の僕がすごく好きなのだ。
「いいよ。入浴の後で」
入浴の時はいつもテレサに手伝ってもらう。亡くなった母様が好きだった薔薇と薬草を散らした湯に浸かり、散湯で頭を洗ってくれるテレサの指は僕より太くてガッチリしているけれど優しい。
タオルでじっくり水気を拭いて、薔薇水で肌を整えてくれる。既に月が出ていて、僕は月の光を浴びて鈍銀の獅子型の魔獣に変幻した。指輪は僕の左手の中指にあり、獣の指にも安定するらしい。
「殿下、寝台へどうぞ」
寝台には一枚絹織物がかけられていて、梳る準備がされていた。僕はその上に音もなく飛び上がると、テレサは僕の頭から背に掛けてブラシをそっと当ててくれた。薔薇香油を木の細かいブラシ先に付けて、ゆっくりと梳る。撫でながらゆっくりゆっくりと、テレサの指は温かくて安心できる。
僕は浅い眠りの中へ入って行った。
※※※※※※※※※※※※※※※
もっふもふー、もっふもふー、殿下の鬣もっふもふー。小さな獅子耳も丸くて可愛い。尻尾の先のふっさふさも美愛。
あたしがその秘密を知った日、サリオン殿下はまだ鬣もない小さな獅子で、あたしは頭を撫でさせてもらい悶えたっけ。殿下は今十歳、少しばかり柔らかな鬣が生え始め、月の光に鈍銀がキラキラしている。なんて綺麗!あたし、モフれて興奮!
頭から腰先までブラッシングしてあたしは終わる。お腹の柔らかなところと内股は、メーテル様と王太子殿下のみの場所だもの。
あの、婚約者。アーロン様も触るのだろうけれど、アーロン様はいつ知るのだろう、殿下の秘密を。秘密をお知りになって、殿下を受け入れられるのだろうか。口封じの誓約陣は入れられないだろうけれど、あたしは心配だわ。
あたしは殿下がアーロン様に嫁しても、絶対について行くって決めてる。それはメーテル様にも話してあって、メーテル様よりも自由がきくあたしの特権なの。
殿下の毛並みは滑らかで、絹みたいな手触り。柔らかな髪の毛と一緒。
あたしは珍しく寝息を立てられた殿下の獣体に、獣体用の掛布を掛けた。明け方にはヒト型に戻るからドレスシャツをお着せして、寝台の敷布と掛布を替えつつ、寝かせて差し上げる。あたしも少し寝ようっと。
「おやすみなさいませ、殿下」
あたしは月明かりに輝く殿下の寝台の横で一礼をすると、部屋を出た。
ーーー
テレサは幸せです。
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