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9 月が綺麗だなには、どんな意味があるのだろう

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 昼は村長の家で会食をしながらそれぞれの家長の挨拶を受けた。僕に面識があったとしても、何の役にも立たないのに、村人は笑顔で自分たちの誇る果物について話してくれる。

「税収以外で余った分は商業都市に売りに行く。そこで小麦を購入したり手に入らない日用品を手に入れるんだよ」

 セシル兄様が話してくれるのだけれど、僕の頭の中は金の魔獣くんの姿でいっぱいだった。

 会食の後は果樹園の視察をする。林檎、葡萄、桃、杏、梨が採れると聞き、森が随分開けている中で栽培を積極的に行っていることに驚いた。

「自然に……ではないのですか?」

 セシル兄様が頷いた。

「苗木を育て植える。そうして増やして行くが、実のよくなる木と甘い実をつける木の花粉をつけ交配もする。『あの方』の知恵により、レイダース村の果物は市場でも高い取引をされているんだ」

 僕の知らない知識だった。ただそこになる果物を採っているだけだと思っていたのに。

 それにしても『あの方』って、誰なんだろう。

 夕食は果物をふんだんに使ったサラダとパン、そしてスープだった。果物のサラダは本当に甘くて、僕はおかわりをねだっしてまった。セシル兄様とハンロックは村長に再び招かれ、今度は酒宴になるらしく、僕はメーテルと裏口の木戸を少し開いた。金の魔獣くんが昨晩兄上が座っている。

「お一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫。セシル兄様も心配いらないって話していたよね」

「そうですが……」

 昨晩メーテルはほとんど眠っていない。僕の夜散歩の間は屋敷で待機し、僕らが帰宅すると僕の手足を拭いて、寝室の中で興奮して話していた僕に相槌を打ち、寝落ちしたセシル兄様が起きて来ると、湯を沸かし準備をしてから、セシル兄様とハンロックの朝食を簡単に作り、洗濯をする。僕が昼前に起きると再び湯を沸かして、僕を浴槽につけて髪を洗ってくれ、村長宅へ送り出してくれた。

「だから、セシル兄様が帰って来るまで仮眠していて」

「では、ご好意にありがたくすがります。扉の前に椅子を置きまして、仮眠いたします」

『おーい、昨日のお前、いないのかー?遊びに来てやったぞー』

 金の魔獣くんの高い声が、僕を呼んでいる。薄荷の香りもして来そうだ。慌てて服を脱ぐと、メーテルが少し笑いながら服を受け取る。

「楽しそうですね、殿下」

 魔獣相手にと言う言葉は出てこない。メーテルの目の前の僕も、鈍銀の魔獣だからだ。

「楽しい?嬉しいのかな?何故だか胸が熱くなるんだ。金の魔獣くんといると何かから解放されている気がする」

 僕は扉の隙間から飛び出した。

『来たな。危険がないか調べるのに付き合ってやる』

『うん、金の魔獣くん』

 扉から岩の上まで飛んで、魔獣くんの身体から溢れるふわりした薄荷の香りを嗅いで、僕は魔獣くんの頭に鼻を擦りつけると、魔獣くんも下から僕の顎髭に頭を擦りつける。

『今日もスーッとした匂いがする。お前は気持ちが落ち着く』

『君も薄荷の香りがするよ。すごく好きな匂い』

 僕は走り出した。小さな滝を越え魔獣くんと駆け抜ける。気持ちいい、このままずっと魔獣でいたいほどに。

 一番高い岩場に飛び上がると、僕より小さい魔獣くんはその後からよじ登り、二匹で水面に映る月を見下ろしていた。

 ふと金の魔獣くんが月を見上げた。

「つ、つ、つ、月が綺麗だなっ!」

 僕も思わず見上げた。ずっと満月の月なんて大したことないーー

「え……」

 いつもと変わらないはずの月が、魔獣の目だからだろうか金を吹き付けたように輝いて見える。まるで隣にいるい金の魔獣くんの瞳みたいだ。

 このまま魔の森に行ってしまいたいくらい楽しかった。魔獣くんといると、僕は上を向いていることが出来る。知らず瞳から涙が溢れていた。このまま金の魔獣くんの瞳の色のような澄んだ月を切り取って時を止めたいくらいだった。だからだろうかーー

『このまま死んでもいい』

 なんて、思いもしない言葉が口から飛び出した。

『あ、ごめんなさい。変なことを……魔獣くん?』

 魔獣くんは大きな瞳を見開き全身の毛を逆立てると、いきなり僕の胸髭から顎髭をざりざりと舐め始める。僕が身動き出来ないくらい驚いていると、僕の方が背が高いから口髭まで来た時に、

『ねえ、急にどうしたの?』

と顔を下げると、舌を出していた魔獣くんの口に当たった。ざりりと口の周りを舐められて、魔獣くんの行動が止まる。金の瞳と視線が重なった。

『お、お、お、俺、ちょっと、用がある』

 急に岩場を飛び降りて森へ駆けて行く。

『また、明日なーー!』

『魔獣くん、僕、明日はいないよ!!もう、いつ来られるか……』

 分からないのに、もう会えないかもしれないのに……行ってしまった金の魔獣くんの消えた森に入り、魔獣くんの進んだ道を探したかった。

 見上げていた月が微かに曇る。

 僕が見下ろしていると、セシル兄上とハンロックが村長の家が帰ってくるのが見えて、僕は岩場を降りてとぼとぼと湖の周りを歩く。

 裏戸を前足でカリカリと二回ほど引っ掻くと、メーテルが扉を開けてくれた。

「お早いお帰りでございますね」

 メーテルが僕の四つ足を拭きながら尋ねて来る。僕は頷くとまだ変幻が解けないために、魔獣の姿で溜め息を吐いた。

『急に森の奥に行ってしまったんだ』

「魔獣は名前で縛らない限り自由なものですから」

 名前で縛る……そんなことはしたくないけれど、僕の横にいて欲しい。一緒に離宮の庭を駆けたり戯れあったりすれば、離宮のみんなの手を煩わせないのに。

 僕は獣化していると殆ど眠れない。眠りも浅くすぐに目が覚める。そんな僕を撫でて落ち着かせてくれる手や、夜のお散歩に付き合ってくれるのは、テレサやアルベルト、そしてメーテルだ。僕は月明かりが薄れた頃にヒトの姿に戻り、昼前まで短い睡眠を取るのたが、彼らはそんなことは出来ない。だから必ず誰かが一人、迷惑な僕のために夜当番をしていた。

『少しだけでも走れたから、寝台に行くよ』

 僕は魔獣のまま寝室の方に歩いて行くと、開け放した寝室でハンロックがセシル兄様の柔らかい金髪をタオルで拭いているのが見えた。魔法冷風器を使えば早いのに髪が痛むからってタオルでハンロックが拭くのだが、時間がかかって眠くなるとセシル兄様が話していたのを思い出した。

「ん。サリオン、おいで。お腹を撫でてあげよう」

 ゆっくりと流れていた二人の時間を潰してしまう気がして、僕は踵を変えると、ハンロックに両手で捕まってしまう。

「俺が今晩我慢できるように、セシルと俺の間で寝ること」

 何を我慢するのだろうか。ハンロックはお酒の臭いがすごいし、セシル兄様もかなり香る。

「ふふふ、股の付け根をいっぱい触ってあげようね」

 この夜は二人に揉みくちゃにされて、僕は金の魔獣くんのことを思い出さずに眠ることが出来た。



ーーー
酔っ払いハンロックのクレイモアは我慢させられています。子供の寝る布団では無理ですよ、多分。意外と気づきますからねえ。
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