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3 初めての握手は湿っぽい
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次の日もその次の日もアーロンがやってきたので、正直びっくりした。もう、連続一週間だ。僕はここ数日夜更かしをして書物を読んでいたから、昼過ぎのお茶会は少々辛い。正直午睡をしたいのにと思ってしまう。
父様やセシル兄様のように朝儀や接見などお役目がある人たちの場合は朝軽く食べて、昼をしっかり食べながら爵位貴族との会食をこなし、夜は夜会やサロンでお酒を伴う軽食になる。
一方、僕みたいに何も無く誰からも訪問がない場合、朝はゆっくり目でお茶くらい。そして書物を読み、昼をゆっくり食べ、夕食はスープなどの軽食になる。午後からは庭の散策や書物を読むなど、世界から取り残され動きの止まるような時間を過ごすのだけれど、アーロンが来ると僕の時間が強引に動き出すようだった。
「サリオン殿下、僕は毎晩寝る前にミルクを飲んでいるのです」
「ミルクですか」
もう赤子でもないのに何故だろうと僕が思っていると、アーロンは華やかに笑って、
「僕よりサリオン殿下の方が大きいではありませんか。次期大公となる身としては、伴侶よりも大きくならなくてはと思うのです」
「ご無理をせずともアーロンはもっと小柄で、可愛い女の子の伴侶になればよろしいのではないですか」
僕がそんな風に言うと、アーロンは目を白黒させて言葉に詰まり、
「え、あ、あのっ、違うのでしてっ」
僕はそれが面白くて少し笑ってしまった。するとアーロンが急に真っ赤になって、居住まいを正した。
「僕はサリオン殿下をちゃんと好きになって、伴侶になりたいのです。落実(らくじつ)として王宮では嫌な思いをされたかも知れませんが、大公領では幸せに過ごしてほしいのです。領民にも言い聞かせます。だから、正式に婚約者となってくれませんか」
アーロンが生真面目に手を差し伸べて来る。僕はそんなにも不幸なのかと頭をよぎったが、
「アーロンから辞退をされなければ、婚約は成立し続けます」
と、僕は初めてアーロンの手を握った。手が温かく、汗かきなんだろうか湿っていて驚いた。表面体温が高い方なんだなと思ったら、なかなか手を離してくれない。
「サリオン殿下、今度、僕の領地に来てくれませんか?」
アーロンの?
「あ、いずれはサリオン殿下の領地になります。二人で統治しましょう」
「父王が許可したら……」
「許可は頂きました。夕方までに帰れば良いとのことでした」
父様……いや、この場合、アーロンのお祖父様が寝回ししたのかもしれない。
「…………では、参ります」
僕の長い沈黙の後の返事で、握手は解けた。アーロンの手はすごく熱くてまるで太陽のようだ。
「ありがとうございます!準備を致しますから、少しだけお待ち下さい。今日は失礼します」
アーロンは立ち上がると優雅に礼を取り、扉の前に立ち声を上げる。
「退出をします。扉を開けてください」
控えていたテレサが扉を開き、すぐにやってきたアーロンの騎士に礼を取った。
午後のお茶会は二人きりでとアーロンが願い出て、僕は戸惑ったけれど侍女のテレサが扉の前にいることを条件に、メーテルが渋々要求を呑んだ。
「カノン、お祖父様に連絡だ。僕の領地にサリオン殿下を連れて行く。ロイド、二人分の護衛が出来る様になれ」
側仕え騎士の一人に話し、もう一人が探索から防御の陣を展開し直し僕に頭を下げて、バタバタと帰っていく。
僕の領地と言う言葉に不安になった。オーベント大公領は、片道馬車で三時間の一番近い場所にある。多くのマナを使う魔法陣を使えるのは、見たところロイドだけだ。でも転移陣が使える程ではないだろうと思う。転移陣は貴族の一部しか使えないマナ消費の激しい陣だから。
「父様はどうして許可をしたのだろう」
馬車での行き帰り、夕方までに帰ることの方が不安だった。
その日は夕食も喉が通らなかったからだろう。次の日の昼にはセシル兄様と父様が離宮に来ていた。
「サ~リ~オ~ン!元気だったかーー!!」
父様ががばあっと僕を抱きしめて、モジャモジャの髭で頬擦りをしてくる。
「い、痛い!父様、やめてくださいっ!」
「あははは、サリオンの嫌そうな顔」
セシル兄様が笑っていると父様が、セシル兄様の肩を捕まえてセシル兄様の顔にも髭を擦り付けた。
「ほーら、セシルも」
「うわっ、成人してる息子にもします?」
「平等はガルド神殿の大切な教義だぞ~」
もう終わるのかと思ったら、二人と頬擦りをする父上に再び悲鳴を上げる。
「父上ー、痛いー」
「あははは。もじゃもじゃって結構痛いものですねー」
父様流の愛情表現をたっぷり受け終わるのに十分はかかり、メーテルが食事に呼びに来て、小さく雷を落とし引き剥がしてくれて終わった。
「では、食事に行こうか」
セシル兄様が手を伸ばして僕の手を握る。セシル兄様は成人なんかとっくに過ぎて、貴族学舎も卒業している。普通の貴族は成人してすぐ伴侶を持ち、宿り木に祈りを捧げるのに、セシル兄様はずっと伴侶を持たないでいた。僕のせいだと思う。呪われた僕がいるから、伴侶を娶ることが出来ない。
セシル兄様は金髪碧眼の王族特有の容姿をもち、子供の僕から見ても綺麗な顔立ちをしている。貴族はガルド神の平等の教えを体受するために、伴侶に異性を求めることが多いと聞いているが、次期国王になるはずの兄上はまだ女性の伴侶を決めていないでいる。
「では、私は左手を繋ごう」
父上が僕の左手を握り、廊下を歩き始めた。
「再会の儀式が長いです、ラムダ王」
廊下には苦虫を潰したような顔のクロルと、
「サリオン。久しぶりだな」
公爵なのに護衛騎士のハンロックがいて、皆で一緒に明るい食堂に入って行った。
ーーー
クロルとラムダでは、クロルの方が年上です。でもクロルの方が若い顔をしています。
父様やセシル兄様のように朝儀や接見などお役目がある人たちの場合は朝軽く食べて、昼をしっかり食べながら爵位貴族との会食をこなし、夜は夜会やサロンでお酒を伴う軽食になる。
一方、僕みたいに何も無く誰からも訪問がない場合、朝はゆっくり目でお茶くらい。そして書物を読み、昼をゆっくり食べ、夕食はスープなどの軽食になる。午後からは庭の散策や書物を読むなど、世界から取り残され動きの止まるような時間を過ごすのだけれど、アーロンが来ると僕の時間が強引に動き出すようだった。
「サリオン殿下、僕は毎晩寝る前にミルクを飲んでいるのです」
「ミルクですか」
もう赤子でもないのに何故だろうと僕が思っていると、アーロンは華やかに笑って、
「僕よりサリオン殿下の方が大きいではありませんか。次期大公となる身としては、伴侶よりも大きくならなくてはと思うのです」
「ご無理をせずともアーロンはもっと小柄で、可愛い女の子の伴侶になればよろしいのではないですか」
僕がそんな風に言うと、アーロンは目を白黒させて言葉に詰まり、
「え、あ、あのっ、違うのでしてっ」
僕はそれが面白くて少し笑ってしまった。するとアーロンが急に真っ赤になって、居住まいを正した。
「僕はサリオン殿下をちゃんと好きになって、伴侶になりたいのです。落実(らくじつ)として王宮では嫌な思いをされたかも知れませんが、大公領では幸せに過ごしてほしいのです。領民にも言い聞かせます。だから、正式に婚約者となってくれませんか」
アーロンが生真面目に手を差し伸べて来る。僕はそんなにも不幸なのかと頭をよぎったが、
「アーロンから辞退をされなければ、婚約は成立し続けます」
と、僕は初めてアーロンの手を握った。手が温かく、汗かきなんだろうか湿っていて驚いた。表面体温が高い方なんだなと思ったら、なかなか手を離してくれない。
「サリオン殿下、今度、僕の領地に来てくれませんか?」
アーロンの?
「あ、いずれはサリオン殿下の領地になります。二人で統治しましょう」
「父王が許可したら……」
「許可は頂きました。夕方までに帰れば良いとのことでした」
父様……いや、この場合、アーロンのお祖父様が寝回ししたのかもしれない。
「…………では、参ります」
僕の長い沈黙の後の返事で、握手は解けた。アーロンの手はすごく熱くてまるで太陽のようだ。
「ありがとうございます!準備を致しますから、少しだけお待ち下さい。今日は失礼します」
アーロンは立ち上がると優雅に礼を取り、扉の前に立ち声を上げる。
「退出をします。扉を開けてください」
控えていたテレサが扉を開き、すぐにやってきたアーロンの騎士に礼を取った。
午後のお茶会は二人きりでとアーロンが願い出て、僕は戸惑ったけれど侍女のテレサが扉の前にいることを条件に、メーテルが渋々要求を呑んだ。
「カノン、お祖父様に連絡だ。僕の領地にサリオン殿下を連れて行く。ロイド、二人分の護衛が出来る様になれ」
側仕え騎士の一人に話し、もう一人が探索から防御の陣を展開し直し僕に頭を下げて、バタバタと帰っていく。
僕の領地と言う言葉に不安になった。オーベント大公領は、片道馬車で三時間の一番近い場所にある。多くのマナを使う魔法陣を使えるのは、見たところロイドだけだ。でも転移陣が使える程ではないだろうと思う。転移陣は貴族の一部しか使えないマナ消費の激しい陣だから。
「父様はどうして許可をしたのだろう」
馬車での行き帰り、夕方までに帰ることの方が不安だった。
その日は夕食も喉が通らなかったからだろう。次の日の昼にはセシル兄様と父様が離宮に来ていた。
「サ~リ~オ~ン!元気だったかーー!!」
父様ががばあっと僕を抱きしめて、モジャモジャの髭で頬擦りをしてくる。
「い、痛い!父様、やめてくださいっ!」
「あははは、サリオンの嫌そうな顔」
セシル兄様が笑っていると父様が、セシル兄様の肩を捕まえてセシル兄様の顔にも髭を擦り付けた。
「ほーら、セシルも」
「うわっ、成人してる息子にもします?」
「平等はガルド神殿の大切な教義だぞ~」
もう終わるのかと思ったら、二人と頬擦りをする父上に再び悲鳴を上げる。
「父上ー、痛いー」
「あははは。もじゃもじゃって結構痛いものですねー」
父様流の愛情表現をたっぷり受け終わるのに十分はかかり、メーテルが食事に呼びに来て、小さく雷を落とし引き剥がしてくれて終わった。
「では、食事に行こうか」
セシル兄様が手を伸ばして僕の手を握る。セシル兄様は成人なんかとっくに過ぎて、貴族学舎も卒業している。普通の貴族は成人してすぐ伴侶を持ち、宿り木に祈りを捧げるのに、セシル兄様はずっと伴侶を持たないでいた。僕のせいだと思う。呪われた僕がいるから、伴侶を娶ることが出来ない。
セシル兄様は金髪碧眼の王族特有の容姿をもち、子供の僕から見ても綺麗な顔立ちをしている。貴族はガルド神の平等の教えを体受するために、伴侶に異性を求めることが多いと聞いているが、次期国王になるはずの兄上はまだ女性の伴侶を決めていないでいる。
「では、私は左手を繋ごう」
父上が僕の左手を握り、廊下を歩き始めた。
「再会の儀式が長いです、ラムダ王」
廊下には苦虫を潰したような顔のクロルと、
「サリオン。久しぶりだな」
公爵なのに護衛騎士のハンロックがいて、皆で一緒に明るい食堂に入って行った。
ーーー
クロルとラムダでは、クロルの方が年上です。でもクロルの方が若い顔をしています。
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