99 / 105
終章〜日常〜
95 マナリング
しおりを挟む
王立魔法学舎では、昼休みを長く取っています。食堂は上級生と下級生の交流の場でもあります。僕は白衣を脱いで食堂の端で生徒の様子を眺めていました。
第一期生と呼ばれる子供たちはこの九月、誰も欠けることなく進級し、上級生となりました。ええ、イビリム様もです。
下級生も入り貴族の子供たちも増えています。当然ですが王族とお近づきになりたい希望を持つ子もいますから、かなり賑やかです。
イビリム様は巨人の祖ユミル国の第一王子ですから、囲まれてご満悦のようです。その近くのテーブルでボルテ様とイベールが勉強し、ナファが二人に教えています。
そんな様子をベクルがジュスト様と読書をしながら見ているのです。ベクルとジュスト様は毎日図書室へ通う仲で、各国からガルド神様が集めた書物が並ぶ書物庫にはそれぞれ違う伝説やお話があり、物語好きな二人はなんだか意気投合し、本をよく読んでいます。
そして割としょっちゅう、茶銀の癖のある髪を掻き上げ、緑の瞳でベクルは読みながら、イベールを見つめているのです。
イベールが王立魔法学舎に入学する前には、実は一悶着ありました。イベールが左薬指につける指輪、僕がマナリングと呼ぶマナを補充してくれる貴重な金水晶の指輪です。
僕ははじめガリウスにマナ文字を刻むように頼むつもりでした。
「母上、兄上の指輪には私の名を刻ませて下さい」
ベクルが政務室に入って来て、僕の手の中にある木箱を指差しました。もうじき入学試験があるため、僕の父上に貰ったものを保管庫から出して来たのです。
僕と同じ髪色の巨人が身体を丸めて、再度僕に懇願します。
「母上、私の名前を」
僕は勿論断りました。
「ダメです、ベクル。あなたは二年後、このタイタン国の国王になるのです。マナリングに名を刻みマナを供給することはあなたに取って簡単でしょうが、それは一生続くのです。あなたがいずれ迎える一妃がどう思うのか……」
僕はガリウスの膝の上で話します。
「兄と弟ならいいではありませんか」
珍しくベクルが引き下がりません。僕はガリウスを見上げます。ガリウスがふむ……と片眉を上げます。
ベクルは上背ならばアリスさんくらいあります。アリスさんが言うには、ガリウスも早熟でベクルくらいの頃には、今くらいの上背があり、騎士の訓練や冒険ギルドで筋肉がついたとのことです。まだまだ細いベクルですが、次第にガリウスみたいになるのでしょうね。ただ、髪色と癖っ毛とガリウスより優しく柔和な表情が、物静かで落ち着いた王の品格を醸し出しています。
そのベクルが初めてただを捏ねているのです。
「兄と弟だが、宿り木が違う。イベールはセリアンの王族の木に宿った実だ」
僕はガリウスの言葉に頷きました。
「そうです。宿り木が違えば伴侶になることが出来ます。祈れば実も付きます。だから、あなたは次王としての……あっ!」
ベクルが僕の手から木箱を掴むと走り出しました。その速さと言ったら……疾風矢の如しでしょう。
「ガリウス!」
「ああ」
ガリウスは僕を抱き上げると、ベクルを追いかけます。ベクルは足が速く、既に離宮の扉の前にいて僕らが追いかけてくると知って一瞬こちらを見てから、扉を閉めました。
「ティーーーーンッ!扉を開けてくださいっ!ガリウス、移動陣を!」
ティンが気付いて扉を開いてくれます。転移陣では近すぎてうまく行きません。
「魔法陣展開、移動!」
まさか子供を止めるために魔法陣を使うとは思いませんでした。僕はガリウスのマナの手に立ち、王宮から離宮の扉へ転がり込み、二階へ駆け上がります。
「主様?」
「ベクルを止めないと!」
階段を上がり走って東の男子用の子供部屋を蹴り開けますと、レースのカーテンがふわりふわり風になびき、イベールの髪にかかりまるで花嫁のベールのようです。明るい日差しの中で、ベクルがイベールの左手薬指に、マナ文字が裏に彫られたマナリングをはめているところでした。
緩いマナリングはイベールの指にぴたりとはまり、綺麗な横顔でベクルを見上げていたイベールが、僕の方を見て笑います。
「見て、おかーさん。ベクルから貰ったんだよ。これで王立魔法学舎に入学出来るね。僕、すごーく心配だったんだ」
ベクルは肩で息を切らしている僕と、走り込んできたガリウスを見て、
「伴侶はマナリングを厭わない者にします」
と言い切り、僕らはもう何も言えませんでした。
そんな無茶振りがあった日のことを思い出すと、ふと、ベクルのあの時の表情を思い出します。
イベールがタイタンの宿り木に実った子ではなく、セリアンの宿り木に実った子だと知った時の、ベクルの表情。
泣きそうな、苦しげな、でも安堵したような……あれはなんでしょうね。
食堂ではイベールとボルテ様が立ち上がりテーブルの上の用具をしまい始めました。するとベクルがジュスト様に声を掛けて立ち上がります。イベールの少し後を歩くベクルの目はやはりイベールを見つめていました。
まだまだ騎士のつもりなのでしょう。お兄ちゃん子の騒動を思い出した僕は、午後からの授業のために席を立ちました。
第一期生と呼ばれる子供たちはこの九月、誰も欠けることなく進級し、上級生となりました。ええ、イビリム様もです。
下級生も入り貴族の子供たちも増えています。当然ですが王族とお近づきになりたい希望を持つ子もいますから、かなり賑やかです。
イビリム様は巨人の祖ユミル国の第一王子ですから、囲まれてご満悦のようです。その近くのテーブルでボルテ様とイベールが勉強し、ナファが二人に教えています。
そんな様子をベクルがジュスト様と読書をしながら見ているのです。ベクルとジュスト様は毎日図書室へ通う仲で、各国からガルド神様が集めた書物が並ぶ書物庫にはそれぞれ違う伝説やお話があり、物語好きな二人はなんだか意気投合し、本をよく読んでいます。
そして割としょっちゅう、茶銀の癖のある髪を掻き上げ、緑の瞳でベクルは読みながら、イベールを見つめているのです。
イベールが王立魔法学舎に入学する前には、実は一悶着ありました。イベールが左薬指につける指輪、僕がマナリングと呼ぶマナを補充してくれる貴重な金水晶の指輪です。
僕ははじめガリウスにマナ文字を刻むように頼むつもりでした。
「母上、兄上の指輪には私の名を刻ませて下さい」
ベクルが政務室に入って来て、僕の手の中にある木箱を指差しました。もうじき入学試験があるため、僕の父上に貰ったものを保管庫から出して来たのです。
僕と同じ髪色の巨人が身体を丸めて、再度僕に懇願します。
「母上、私の名前を」
僕は勿論断りました。
「ダメです、ベクル。あなたは二年後、このタイタン国の国王になるのです。マナリングに名を刻みマナを供給することはあなたに取って簡単でしょうが、それは一生続くのです。あなたがいずれ迎える一妃がどう思うのか……」
僕はガリウスの膝の上で話します。
「兄と弟ならいいではありませんか」
珍しくベクルが引き下がりません。僕はガリウスを見上げます。ガリウスがふむ……と片眉を上げます。
ベクルは上背ならばアリスさんくらいあります。アリスさんが言うには、ガリウスも早熟でベクルくらいの頃には、今くらいの上背があり、騎士の訓練や冒険ギルドで筋肉がついたとのことです。まだまだ細いベクルですが、次第にガリウスみたいになるのでしょうね。ただ、髪色と癖っ毛とガリウスより優しく柔和な表情が、物静かで落ち着いた王の品格を醸し出しています。
そのベクルが初めてただを捏ねているのです。
「兄と弟だが、宿り木が違う。イベールはセリアンの王族の木に宿った実だ」
僕はガリウスの言葉に頷きました。
「そうです。宿り木が違えば伴侶になることが出来ます。祈れば実も付きます。だから、あなたは次王としての……あっ!」
ベクルが僕の手から木箱を掴むと走り出しました。その速さと言ったら……疾風矢の如しでしょう。
「ガリウス!」
「ああ」
ガリウスは僕を抱き上げると、ベクルを追いかけます。ベクルは足が速く、既に離宮の扉の前にいて僕らが追いかけてくると知って一瞬こちらを見てから、扉を閉めました。
「ティーーーーンッ!扉を開けてくださいっ!ガリウス、移動陣を!」
ティンが気付いて扉を開いてくれます。転移陣では近すぎてうまく行きません。
「魔法陣展開、移動!」
まさか子供を止めるために魔法陣を使うとは思いませんでした。僕はガリウスのマナの手に立ち、王宮から離宮の扉へ転がり込み、二階へ駆け上がります。
「主様?」
「ベクルを止めないと!」
階段を上がり走って東の男子用の子供部屋を蹴り開けますと、レースのカーテンがふわりふわり風になびき、イベールの髪にかかりまるで花嫁のベールのようです。明るい日差しの中で、ベクルがイベールの左手薬指に、マナ文字が裏に彫られたマナリングをはめているところでした。
緩いマナリングはイベールの指にぴたりとはまり、綺麗な横顔でベクルを見上げていたイベールが、僕の方を見て笑います。
「見て、おかーさん。ベクルから貰ったんだよ。これで王立魔法学舎に入学出来るね。僕、すごーく心配だったんだ」
ベクルは肩で息を切らしている僕と、走り込んできたガリウスを見て、
「伴侶はマナリングを厭わない者にします」
と言い切り、僕らはもう何も言えませんでした。
そんな無茶振りがあった日のことを思い出すと、ふと、ベクルのあの時の表情を思い出します。
イベールがタイタンの宿り木に実った子ではなく、セリアンの宿り木に実った子だと知った時の、ベクルの表情。
泣きそうな、苦しげな、でも安堵したような……あれはなんでしょうね。
食堂ではイベールとボルテ様が立ち上がりテーブルの上の用具をしまい始めました。するとベクルがジュスト様に声を掛けて立ち上がります。イベールの少し後を歩くベクルの目はやはりイベールを見つめていました。
まだまだ騎士のつもりなのでしょう。お兄ちゃん子の騒動を思い出した僕は、午後からの授業のために席を立ちました。
14
お気に入りに追加
1,180
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
オレに触らないでくれ
mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。
見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。
宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。
『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる